きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
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早期定年退職した55歳のころから、翌朝早く起きる必要がなくなったので、

寝付けない夜や、途中で目覚めてしまった夜など、NHKラジオ深夜便という番組を聴くことが多くありました。

その番組の中で、月の最終土曜日の夜、五木寛之さんが約50分、「わが人生歌語り」として連続の番組を持っていました。

須磨佳津江アナウンサーが、絶妙の聞き手で、毎回、五木さんも意識していなかった想い出や、感情などを掘り起こされ、自然に語りが始まる、という感じで、とても良い番組でした。

いつもいつも聴いてるわけではなかったのですが、ずいぶん前に、五木さんが作家になった後の話しにまでなっていたので、もうとっくにシリーズも終わっているだろう、と思っていました。

なにしろ、このインタビューの本やCDも、すでに出版されていたので・・・。


そして、タイから帰国した先の土曜日、なにげなく深夜便をかけると、それが第59回目、最後の放送だ、という日でした。

1か月に1回、1年で12回ですから、59回というと、5年間です。

まったくの偶然でしたが、最後の放送を聴くことができて、良かった。

と思うと同時に、5年間、というと長いようでいて、実はあっという間なんだ、と改めて痛感しました。

僕が、早期退職してから、もう6年目、ということでもあります。


五木寛之さんの本は、けっこう読んでいるかもしれません。

「他力」ということに、今の著名人のなかで、一番、関心を持っていて、わかりやすく説明してくれる人だと、思います。

彼と生年月日が、まったく同じ人、石原慎太郎さんは、「自力」の人です。

石原さんが太陽(自力)だとすれば、五木さんは月(他力)です。

少女趣味のような表現で、もうしわけありませんが。


僕も、年老いてきて、「他力」ということが、とても気になってきています。

今日、古本屋に行くと、五木寛之さんの「私訳 歎異抄」がありましたので、さっそく買ってきて読みました。

五木さんは、敗戦後の数年間に彼の身の回りに起きた、過酷な出来事(母親の自栽?、父親の精神的な死、も含む、その他)を生涯、背負って生きている人です。

この本の「まえがき」にこうあります。

「他人を蹴落とし、弱者を押しのけて生きのびてきた自分。

敗戦から引き揚げまでの数年間を、私は人間としてではなく生きていた。

その黒い記憶の闇を照らす光として、私は歎異抄と出会ったのだった」


あの有名な段の訳は、こうなっています。(一部、省略しますが・・・)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あるとき、親鸞さまは、こう言われた。

善人ですら救われるのだ。まして悪人が救われぬわけはない。

しかし、世間の人は、・・・・(略)・・・
「あのような悪人でさえも救われて浄土へ往生できるというのなら、善人が極楽往生するのはきまりきっているではないか」
こういうところが、普通一般の考え方だろう。

そのことばは、なにげなく聞いていると、理屈にあっているように思われないこともない。

だが、あらためて阿弥陀仏の深い約束の意味を考えてみると、仏の願いにまったく反していることがわかってくる。


というのは、いわゆる善人、すなわち自分のちからを信じ、自分の善い行いの見返りを疑わないような傲慢な人びとは、阿弥陀仏の救済の対象ではないからだ。

ほかにたよるものがなく、ただひとすじに仏の約束のちから、すなわち他力に身をまかせようという、絶望のどん底からわきでる必死の信心に欠けるからである。

・・・略・・・

あらゆる煩悩にとりかこまれているこの身は、どんな修業によっても生死(しょうじ)の迷いからはなれることはできない。

そのことをあわれに思ってたてられた誓いこそ、すべての悩める衆生を救うという阿弥陀仏の約束なのである。

・・・略・・・

わたしたちは、すべて悪人なのだ。

そう思えば、わが身の悪を自覚し嘆き、他力の光に心から帰依する人びとこそ、仏にまっ先に救われなければならない対象であることがわかってくるだろう。

おのれの悪に気づかぬ傲慢な善人でさえも往生できるのだから、まして悪人は、とあえて言うのは、そのような意味である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


こんなに善い自分だから、当然救われるだろう、

というのではなく、

こんな愚かな自分でも、救っていただけるのか、

ということから発する信心の強さ。


なが~く生きているほどに、

「こんな愚かな自分」という思いが

なんだか、ますます、

強くなってくるのです。


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この前の記事で、健康寿命を延ばす方法について書いたのですが、

Hさんから、とても貴重な情報をいただいたので、ここに紹介しておきたいと思います。

健康寿命を延ばす「10の方法」生活習慣と食事、運動がカギ!

簡単にいえば、健康寿命を延ばすには、
(1)カロリーコントロール、
(2)運動、
(3)前向きな考え方が不可欠
と言っています。

この前の記事で述べた、
・食生活
・適度な運動
・ストレスの無い生活
にほとんど一致します。


そして、その<健康寿命を延ばす「10の方法」>とは、

healtylife10

ということだそうです。

詳細は、上のオリジナル・サイトでお読みください。


さて、先月タイから戻ってきたとき、シンガポール航空の夜便だったのですが、

映画を一本観ました。

クリント・イーストウッドの「グラン・トリノ」という映画です。

また新作で、監督・主演しているのか、すごいな、と思い、

彼の最近の作品には、駄作がないので、この映画、聞いたこともなかったのですが、

やはり観てみたいと思ったのでした。


そして、日本に帰って、文芸春秋の2月号をみると、

「わが人生の最良の瞬間(とき)」

という特別企画ものがあり、

30人の著名人が「輝ける幸福論を説いています。

どういうわけか、外国人はただ一人、クリント・イーストウッドが寄稿しているのでした。

(日本人は、最近の彼が、大好きなのかな・・・)

その記事を、僕の記憶のために、ここに抜粋して、書いておきたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<35歳下の妻との日々    クリント・イーストウッド(俳優・映画監督) >

過去の最良の時を思い出そうとしても、78歳になったせいか、記憶がかなり色あせてしまって、これは!というのがない。

しかし、改めて考えてみると、やはり今が最も幸せで楽しいベストの時だと断言できる。

仕事も充実している。

アンジェリーナ・ジョリーが、誘拐されて子どもを探す母親役を演じた「チェンジリング」を監督したが、その後すぐに「グラン・トリノ」という作品にとりかかった。

この映画では主演だけでなく監督、制作、音楽までを手がけている。

映画はチームワークによって作り上げられるものだから、仲間たちとお互いの脳細胞を刺激し合うような意見交換ができる。

音楽の創作のためにピアノの前に居る時間も、私の感性を豊かにしてくれる。

現役の俳優だから、外見を維持するために毎日エクササイズをしているが、これとて、この年齢になると、義務というより自分が生きているのだという実感を与えてくれる。

健康状態も申し分ないし、毎朝、今日もなにか新しいことを学ぼうという新鮮な気持ちで目が覚める。

ひとつの仕事が終了した途端、すでに次回作のアイデァが頭の中に湧き上がっている。

私は観客の好みに合わせて映画を作っているわけではない。

自分が気に入ったストーリーを映画にしているのだが、それを観てくれる観客が多少なりともいるのだから嬉しいと思っている。

・・・・・

私が92年に「許されざる者」を制作したのは、父が亡くなった年にさしかかった頃だ。(注:父親は63歳で他界)

年老いたガンファイターの姿を描くことで、自分でも主役を演じるのは終りににようと思っていた。

撮り終わって、あとは残りの人生を気ままに楽しもうと思っていたのだが、インタビューに来た三十五歳下のテレビ・レポーターと結婚することになってしまった。

これには過去の離婚で懲りていたはずなのに、自分でも仰天している。

そればかりか、子どもまで生まれてしまってね。・・・・

再び子育てが始まることになってしまった。

・・・・・

いまの生活は本当に充実しているし、年とは不相応かもしれない。

ただ実際のところ、七十八歳の役者にとって、演じる意義のある役は簡単には見つからない。

この「グラン・トリノ」が私の最後の出演作だと言われていることは知っているが、またカメラの前にたつかどうかは自分でも分からないんだ。

でも母が教えてくれたように、生きているのが楽しいうちは自分が興味を覚えたものに打ち込んでいきたいと思っているよ。

<わが人生の最良の瞬間(とき) : 文芸春秋 2009年2月号から>

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


僕は、ここに、「人生百年」の、あるいは「健康寿命」の、

きわめて上質なモデル・ケースを見るような気がします。


61歳で撮った「許されざる者」の後が、彼の第二の人生。

そして、結婚し、また子育てまで、二回目とは!

日野原重明さんの説で言えば、60歳から90歳までが、第二の人生。

クリント・イーストウッドは、今、その第二の人生の、真っただ中にいるだけ。

まだまだ、映画の主演、監督を続けていくことでしょう。


偶然に最新作を観て、偶然にこのエッセイを読み、

励まされるなぁ、

と感じています。。。


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人の寿命を規定しているのは遺伝要因が25パーセント、環境要因が75パーセントだと言います。

そして、長寿を実現する生活習慣で、もっとも大事なのは、

・食生活
・適度な運動
・ストレスの無い生活

だそうです。

食生活については、粗食というより素食、肉、野菜、魚、などをバランスよく食べる。

適度な運動は、DHEA(性ホルモン)、成長ホルモン、女性ホルモン、男性ホルモンをアップする。

DHEA(性ホルモン)が高い人ほど長寿である、という研究結果があるようで、

素食でカロリー制限してDHEAをあげ、運動でまたDHEAをあげる、こと。

ストレスフルな生活が、寿命に悪影響を与えるのは、「沖縄ショック」現象でも推察できる。

かって”長寿の島”として讃えられていた沖縄県が、数年前から急に平均寿命の数値を下げ始めた。

とくに男性は、最近の調査では、全国25位、真ん中より後ろ、だといいます。

昔の沖縄の男たちはあくせく働かなかったのですが、本土復帰後、本土の男なみに働かなければならなくなった。

それがすごいストレスとなったから、という説です。



大切なのは、平均寿命ではなく、健康寿命(健康で自立していられる年齢)。

女性は長寿だけれども健康寿命は、男性にくらべ相対的に短い。

要介護期間は、男性6.7年に対し、女性9.1年、という2006年のデータがあります。

百寿研究の対象者の例でいうと、数としては圧倒的に女性が多いが、

元気なのは男性が多く、女性は寝たきりの割合が高い。


アンチ・エイジングとして、医学界では、

老化のプロセスを受け入れながら、

老化のスピードをコントロールすることによって、

高齢者になっても生活の質や健康状態を高いレベルに保つ、

ことを目指しています。

ただ、アンチ・エイジングという言葉に、老いを否定的にとらえるニュアンスがあることは警戒しないといけない。

アンチ・エイジングはアメリカ由来の言葉で、

アマリカ人の発想は、

「寿命を延ばしたい」、

というよりも、

「若返りたい」

という欲望です。

日本では、老、という字は、本来尊敬のこもった字で、

江戸時代の幕閣は、若くとも、老中とか大老、と呼ばれた。

古来、老人を「翁」と呼んで「神に近づいた素晴らしいもの」、と捉えていたのです。

老とは、豊かなものなのだ、と考えていた。

・・・・・・・・・・・・・以上、「不老革命」:寿命100歳社会がやってくる:
              文芸春秋2008・2月号 

老いの中に、豊かさがある、ということは、

昨日、トム・ワトソンの全英オープン最終日のプレーを見ていて、感じました。

最終日、最終組で、140年振りの記録をかけてプレーしている姿は、

過度の緊張も現わさず、失敗にも大きく動揺せず、すばやく美しくプレーし続けます。

この姿を見ていると、タイガー・ウッズが、いかにまだ未成熟か、ということが分かります。

ミス・ショットに激怒してクラブを叩きつけたり、バッグを蹴飛ばしたり、

トム・ワトソンには、そう姿はありえません。

もう、このプレー振りをずっと見ていたい、

ピンチをどうやり過ごすのか、

チャンスを如何に、冷静にものにするのか、

18ホールも36ホールも、

ずっと見ていたい、、、、。

そんな心地よい、プレー振りなのでした。

そして、最終ホールをトップで迎えます。


結果は、

第3打がグリーンをわずかにオーバーし、寄せもわずかに距離を残し、

パットを外して、

トップタイで打ち上げ、

その後のプレーオフに負けて、

最高齢者優勝の記録達成は、できませんでした。

試合後のインタビューでは、

記録達成できずに残念だったこと、

まだ(優勝)出来る、という感覚を得ることができた、

来年の全英オープン、セントアンドルースに挑戦する、

というものでした。

見ている僕も、元気になりました。


(おまけです。老いが豊かであるエピソードをもうひとつ。

藤原正彦さんは、ある数学の問題についてもう二十年考え続けてきたのに、

それでも毎朝コーヒーを飲みながら、

「今日もあの問題について10時間考えられるか」

と思うと嬉しくて、

一人で笑ってしまうのだそうです。

同じく「不老革命」 文芸春秋2008・2月号   )


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石川遼選手とタイガー・ウッズの組み合わせの話題でスタートした今年の全英オープン。

二人が予選敗退して、もう今年の全英オープンは終わった、

と思っていたのに、

なんと、それ以上に、注目の人が世紀の記録を塗り替えようとしている。

トム・ワトソン、59歳。

僕が社会人となり、落ち着いてから、ゴルフを始めた頃は、

彼の最盛期、

でもありました。

アメリカ出張の時に、買った英語の本の中に、

トム・ワトソンの本がありました。

今、その1983年に出版された本を手にしているのですが、

前書きに、彼のメジャー大会の成績が紹介されています。

1977年と1981年にマスターズ優勝。

1982年、全米オープン優勝。

1975年、1977年、1980年、1982年、1983年、全英オープン優勝。

メジャー初勝利が全英オープンであり、メジャー最後の勝利も全英オープン。

そして、今日、26年振りのメジャー優勝と、6度目の全英オープン優勝、

そしてさらに、19世紀の伝説の名選手、トム・モリス・シニアの最年長優勝者記録、46歳を142年振りに、大幅に塗り替える、

そんな大記録に挑戦するのです。

また、午後11時からのTV観戦で、眠れそうにありません。

僕が、ちょぼちょぼとゴルフを始めたころの大スターで、

もっとも馴染みの深いアメリカの選手で、

今また、僕が、タイで、2度目のゴルフ・デビューをしようとしているとき、

再度、模範とすべきモデル・プレーヤーとして(もちろん、技術的な模範ではなく、心構えとしての模範、ではありますが)、ここに現われて来てくれました。

今日は、じっくりトム・ワトソンを応援して、一夜を明かしたいと思います。

僕が、今考えている、2度目のゴルフ・デビュー、という言い方は、正しくないかもしれません。

考えてみると、これまで、長い期間ゴルフを続けてきたわけですが、

典型的なサラリーマン、月一ゴルファーで、やってきました。

本格的に、集中して、ゴルフに打ち込んだことは、過去にありませんでした。

タイに行っても、そこそこ楽しめればいいや、

という思いでした。

ところが、ちょっと異変が起こってきたのです。

最近、どうも左手の握力が弱っているようだ、ちからが入らない、

朝起きがけに、指の関節が非常に痛い。

左手を力込めて握ると、関節が痛む。。。。

考えるに、これはリュウマチ、という病気かもしれない。

原因不明、完全治療不能の、病。

ひどくなると、関節が曲がってもとに戻らなくなる、、、、。

かの、ジャンボ尾崎もリュウマチに苦しんでいる、とか。

おやおや、死に至る病ではないが、身体の自由が奪われる病、なのか。

もしかすると、5年後、いや、3年後、もうゴルフはできなくなっているかもしれない。

と、こう、思った瞬間、

ゴルフが出来るうちに、一度でいいから、

自分でこころゆくまで打ち込んだ、といえるほどに、

ゴルフ漬けの期間を送ってみたい、

良い思い出を作れるかどうか、

集中してみたい、

という思いが強くなっているのです。

身体がまだ十分動くうちに、

思い切って楽しんでおきたい、

そんな気持ちになっています。

だから、今日は、これから、

TV観戦です。


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大雪山系遭難で、10名の方が無くなられました。

このツアーは、ずっと人気となっている、中高年の登山愛好家たち、主に60代の人を集めた夏山登山ツアーです。

日本の百名山に数えられ、参加者の中には、百名山の多くに登りたい、と思っていた方もいるのではないでしょうか。

亡くなられた方の年齢は、69歳、68歳、66歳、64歳(2名)、62歳(2名)、61歳、59歳。

これを見て、だから年寄りの登山なんて無謀なんだよ、

と思わないで欲しいと、感じています。

無謀だったのは、ツアー・ガイドが、悪天候にもかかわらず登山を決めたことであり、

無理だったのは、下山を決めたあとのガイドの能力です。

多分自分が生還することに精いっぱいで、

参加者が付いてこれないほどのペースで下山してしまったこと。

3人のガイドのうち、二人はこのコースが初めてだった、といいます。

最大の責任は、このツアーを企画した会社の代表にあるのでしょう。

NHKのニュースで見た記者会見のなかで、終始おどおどし、

「ツアーの実施に無理なところがあった」

といったん発言したあと、

「は無かった」

ともぐもぐと訂正していたのは、無残な姿でした。

フロイト流に、言い間違いは、潜在意識のなせる技だ、とだれもが思ったのではないでしょうか。

この男が、ツアーがキャンセルになるのが嫌で、決行させた張本人ではないか、と。


亡くなられた方々のご冥福はお祈りします。

そして、こんなことで、中高年の登山ブームに水をかけられないように、願うばかりです。

考えてみれば、

60歳をはるかに越えて、多くの人が、高山に上る楽しみを実行できる、

すばらしく元気な日本人に、

あっぱれを感じているのです。

僕は、登山に関してはまったく関心はありませんが、

それを楽しむ人たちの思いは、想像できます。

今の中高年登山のブームは、

若いころに登山家だった人たちが、仕事を引退して、また趣味の世界へ戻ってきたひとが中心ではなく、

中高年になって、時間ができ、初めて山に登る楽しさに出会った人たちが多いのではないでしょうか


そういう意味で、僕は、素晴らしいと思うのです。

年齢を経て、新しい趣味に出会い、楽しむこと。


97歳まで生きたバートランド・ラッセルというイギリス人は、

20代までに数学の世界で大きな業績をあげ、

第一次大戦のときに戦争に反対して投獄され、

戦後は哲学の本を何冊も書いて、

さらに歳をとってから、小説を書きます。

そして、90歳を超えてからアインシュタインと協力して原爆反対運動を起こし、

座り込みで警官にゴボウ抜きされるのが、94歳。

なんとも、尊敬に値する、バイタリティーです。


僕が感じるのは、このような生き方が、なにも特別なことではなく、もっと一般に出来るような時代になったのではないか、ということです。

もちろんラッセルほどの世界は築けないでしょうが、

ひとそれぞれの才覚に応じて、

100歳という年齢スパンのなかで、

どんどん新しいことを体験していく、

いきいき、生きつづける、

そんなことが可能になった、

21世紀なのではないか。

そう思いたい、のです。

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バンコクにいるときは、コンドミニアムが加入しているケーブルTVが、チャネル数は多いけれども、NHKは見られません。

それで、大体は英語のチャネルをつけることになるのですが、あまりTVを見たい、とは思わなくなっています。

それが、日本に帰ると、やはりTVを見てしまいます。

今日は、衛星放送の、海外ニュースを見ていて、英国の事件にいたくこころを動かされました。

英国の、サーの称号をもらうほどに有名で有能な、音楽の指揮者が、妻とともにスイスの自殺幇助センターでともに自殺を遂げた、というニュースでした。

サー・エドワーズ・ダーンズ(85)がジョーン夫人(74)と、こども達にみとられながら、スイスの自殺幇助クリニックで、穏やかな死をともに迎えた、というものです。

Conductor Sir Edward Downes in assisted suicide with wife after she got terminal cancer


その背景は、まずジョーン夫人が、不治のガンを宣告されたことがあります。

ダーンズ氏は、この15年間眼が見えなくなり、最近は耳も遠くなりつつあり、過去50年間にわたって献身的に支えつづけてくれた夫人なしでは、生きていく力も湧かない。

いっそ愛する夫人とともに、あの世に旅立ちたい、という決心からの選択でした。

僕は、何か月か前に、ドイツで、ある精神科医が、自殺幇助をおこなうサイービスをしていることが問題視されているという新聞記事を読んでいました。

その時も、自殺幇助が、ドイツでは法律違反ではないようだ、法律ではそれを明確に規定していないようだ、

ということを知って、びっくりしたことがあります。

自殺幇助は許されるべきではない、ことは先進国では、当然であり、常識ではないか、と思っていたからです。

この記事、ほんとかなぁ、と思ったものです。

ところが、今度のニュースで、自殺幇助は、英国では違法であるけれども、スイスでは合法なのだ、ということを知りました。

人間の究極の自由は、死の選択ができるかどうか、である。

という思想があるのかもしれません。

個人主義、自由主義の行き着くところで、それを認めているのでしょうか。

「若きウェルテルの悩み」でゲーテが描いたのは、人を愛することの崇高さ、とともに、自己の生を尊厳を持って終えるに、自殺する自由は奪えない、ということだったと思います。

(「若きウェルテルの悩み」は、バンコクの古本屋で買って、読んだばかりの本です。

ちなみに、assisted suicde、というキー・ワードで、YOUTUBEを引くと、自殺する人たちのその時を映像でみせようとしている人たちが、たくさんいることがわかりました。

おぞましいので、見ることをお勧めはしませんが・・・)


日本では、なかなか受け入れられない考えかもしれません。

自殺、と聞くと、理由、背景がどうであれ、

とにかく生きなければだめなんだ、死んではいけない、という

単純な人道主義発想の大連呼になります。

たとえば、江藤淳さんが、最愛の妻に先立たれ、ほどなく後を追ったときも、

やはり、江藤さんには、そこを乗り越えて生きて欲しかった、

という声が大きかったことを思い出します。

江藤淳さんにとっては、妻なきあとの世界は、生きた世界ではなかったのでしょう。

「妻に褒められたくて」、すべての仕事をしてきた人だったからです。


とにかく、人の死、とくに自殺について、今日は深い思いをいたしました。

美しい死、

というものをさえぎってはいけない。

世の中に、常識という、

魔物がいる。

本当の、自由な精神とは、

なにか。

世界の法律も、

さまざまです。

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今年は2009年、ということは21世紀も10%を過ぎた、ことになります。

21世紀になって早々に、日野原重明さんは、「人生百年」という本を書かれています。

20世紀のほとんどは「人生五十年」の時代で、現在が「人生八十年」、そして21世紀は早々に「人生百年」の時代になる、といいます。

59歳のとき、「よど号」ハイジャック事件に巻き込まれ、四日間の拘禁のあと命拾いに解放された時、自分の第二の人生を、自覚的に始めた、と言います。

そして、この本を書いてる当時は、91歳で、第三の人生に立っていると感想を述べています。
(ちなみに日野原さんは現在、97歳です)

第二の人生は、60歳から90歳まで。

60歳は「人生百年」のハーフタイムに過ぎず、

けっして現役の人生が終わるのではなく、

この年齢を超えた人生こそは、自分自身で自由にデザインできる希望のある人生である。

「自己を開発する後半のあなたの人生の主体は、あなた自身です。

あなたが勇気と希望を持って生きられる第二の人生の旅路は、

成熟への上り坂である、

ことを期待してほしい」

この、成熟への上り坂である、という言葉が好きです。

人は、一生、上り坂を歩むのだ、と別のところで言っています。


精神科医の中沢正夫という人が、

50代以降の人生は、もう「引き算」だと思っていた(今まで出来たことが、だんだん出来なくなっていく、マイナスになっていく)けれども、意外に「足し算」に変わる可能性がある、

と言っていますが(「他人の中のわたし」)、

似たような感慨を述べたものです。

しかし、日野原さんの場合は、もっと強く、明解です。

「海からの贈物」という本を引いて、人生の午後の価値にふれています。

アン・リンドバーグの「海からの贈物」を彼女が書いたのは、五十歳のときでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人生の、青年期や、四十、あるいは五十前の壮年期に属する、
原始的で肉体的な、仕事本位の生き方はもう中年にはない。
しかし人生の午後が始まるのはそれからで、我々はそれを今までの
ものすごい速度でではなしに、それまでは考えてみる暇もなかった
知的な、また、精神的な活動に時間を割いて過ごすことができる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして、人生の午後の時間は長い。

肉体的な仕事本位の生き方をする午前の時間は、意外に短いのです。

いってみれば、たかだか数時間にしか過ぎません。

それに対して、午後は寝るまでに十時間以上あります。

つまり、起きてる時間の五分の三が、午後の人生のためにあるのです。


「人間が人間らしく生きるために必要な三つのこと」として、

精神医学者のV・E・フランクルの言葉を引用しています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一つは、人間はクリエイティブに何かを創る、生産することで生きがいをもって生きられる。

二つめは、人間は他の動物とはちがい、なにかを愛することによっていきいきとする。

そして三つめ、これが大事なのですが、逆境に耐えることによってより人間らしくなる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いかにも、アウシュビッツの収容所から奇跡的に生還した人が、その経験から絞り出した
知恵として、理解を迫るものがあります。

日野原さんは、この逆境と言う言葉を、すこしやわらかく、ストレス、としてとらえて、

ストレスを受けつつ、耐えることによって、人はさまざまなことを学び、いくつになっても自分を成長させることができる、

と考えます。

だから、

「ストレスのある環境づくりが、後半の人生にハリを持たせる」

といいます。

のんびり、悠々自適が、理想ではない・・・。

また、

「若い友人をつくることで”二倍の人生”が生きられる」

というのです。


今日は、どうしてこんなことを書いてるかというと、

これから、いよいよ、第二の人生に踏み込みますが、

今やっていること、

これからやろうとしていることが、

どんなふうなのか、

もう一度、精神の置きどころを見つめてみたくて、

「人生百年」を読み返したからです。

今日は、初めて、町の健康診断を受けに行きました。

早期定年退職してから、健康診断、受けたことがありませんでした。

企業に在職中も、健康診断は毎年、逃げまわっていました・・・。

今回も、たまたま日本にいる時期に、町の健康診断がある、ということを知り、何年に一度くらいは、という気持ちがあって、受診したのでした。



五木寛之さんは、国民健康保険を一度も使ったことはない、

(医者にかかったことはない、という意味です)、

と言っていて、自分の身体は自分で養生するもの、そういう本を書いています。

それに、痛く、感服しています。

ああ、でも、今日の数値、

すこし、気になる・・・。

かなり、気になる・・・。


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朝日新聞を取っているときは、週末の夕刊に載る日野原重明さんのエッセイを読んでいました。

<9X歳・私の証 あるがまま行く>

というタイトルのエッセイで、その9Xのところが93歳、94歳、95歳と、毎年変わっていきます。

それで、ああ、まだ元気はつらつなんだ、ということがわかります。

タイに長期にくるようになって、朝日の購読をしなくなりましたので、

手軽に消息を知る手段が無かったのですが、

今日、ちょっとTVを見ると、日野原さんが出演されていました。

対談の番組で、医師の白衣を着られており、今でも現役で医療活動をされている様子を説明していました。

97歳!

先生がずっと続けられている小学4年生を中心にした「いのちの授業」についてもすこし説明されていました。

黒板になが~い線を引いて、0から10と、97のところに縦線を切って、

10歳と97歳の年齢の差を視覚化して、

授業は始まるのでしょう。

lifespan1


そして、「君たちのいのちはどこにあるの」、という質問から、

こどもたちひとりひとりに、聴診器でおたがいの心臓の音を聞かせるそうです。

生きていることの貴重さ、大事さ、を直に感じさせる。

そして、時間についてかたり、昨日も明日も、いのちは捕まえることはできない、

いのちは、今、このときを捕まえる事が出来るだけ、

だから、今を大切に生きよう、

今このときの連続が過去となり、未来となるのだから。

いのちをそまつにしてはいけない。

いまは、そのいのちを自分の成長のために使おう、

そしていつかは、じぶんのいのちを他のひとの役に立つように育てよう・・・。

いのちの授業の最後は、「しゃぼん玉」の歌を合唱して終わるのだそうです。

僕は知りませんでしたが、「しゃぼん玉」の歌は作詞家野口雨情が、

生後たった7日で亡くなってしまった長女への思いを込めた作品だと言います。

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シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ

屋根まで飛んで こはれて消えた
 
シャボン玉消えた 飛ばずに消えた

生まれてすぐに こはれて消えた
 

風々吹くな シャボン玉飛ばそ

     
          シャボン玉 ---- 野口雨情/中山晋平
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7日で失われたいのち、

10歳までいきて来たいのち、

そして97歳までいきているいのち、

いのちの不思議さ、

みんな大切。



日野原さんの元気さ、生涯現役、生涯青春振りを、いつも見習いたいと思っています。

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日野原: 

睡眠時間はだいたい5時間。

昨夜は三時半に寝て、今朝は七時半に起きて原稿を書きました。

おとといは二時間半しか寝ていません。

寝ないで仕事ができると、ものすごく健やかになって達成感がある。

いい原稿が書けると「やったな」と感じて脳内ホルモンが出るんですね。

気持ちがさわやかになって高揚しますよ。

そのいい気持ちの達成感は夜まで続くんですね。

達成感が自分へのご褒美なんですね。

     90歳のときのインタビュー記事から<生き方の可能性>

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いのちの授業では、0歳、10歳、そして日野原さんの年齢(現在は)97歳に、チェック線をいれるのですが、

それを、0歳、10歳、60歳、そして97歳、と区切って見て、

lifespan2


驚きました、

60歳から、

もう一度の人生の長さがあるんです!


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