きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
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先日のブログに記事で、土曜日はデートです、と宣言しました。

そんなことをわざわざ書くのは、

読者の方の、興味を引きたいため、と思われるでしょうが、

そうではなく、

基本的には、このブルグは僕自身の備忘録のために書いているので、

このデートにかける自分自身の期待、思いの深さを、

表しているとお考えください。


その18日の記事に対して、

ウチャラポーンさんから、親切にも、バラの花を贈ったらどうか、

というアドバイスがありました。


バレンタイン・デーの日には、

日本では、女性から男性へ、チョコレートを贈る、という習慣ですが、

タイでは、男性から女性へ、バラの花を贈る、ということは聞いていました。


それにも増して、

タイ人との恋愛についてもコンサルができるほど経験と知識の豊富なウチャラポーンさんが、

タイ人は、赤いバラは愛している人に贈るもの、と信じているんですよ、

と言うのであれば、

これは準備しないわけには行きません。


僕は、変人では決してなく、

人の信じることは、信じて実行したい、という普通の人ですので、

昨日は、バンカピのどこでバラの花が調達できるか、調査しておきました。


少し歩いて、お花屋さんはあちこちにあるだろう、という予想は違って、

なかなか街中に見つけることができません。

男性から女性に贈る、ちょっとした具合を整えてくれる、そんなお花屋さんです。

それでも、ザ・モールの中に、一軒みつけました。


今日の約束は、早く来れるなら、なるべく早い時間に会いましょう、

としていたので、

今朝になって、10時までには、ランシットからバンカピに行ける、

という連絡がありました。

それで、バラの花を買う、時間の余裕を持って、9時半にはモールに行きましたが、

なんとモールは、土・日と、10時からの開店で、着いた時には閉まっていて、

ちょっとあせりましたが、

10時開店と同時に、速攻でバラを求めて、

約束の場所へ。


めでたく、バラの花を喜んでくれました。

ranshitlady1
大事に持って帰ってくれたようです。


お茶を飲み、

ランチを食べ、

バンカピ公園で、毛布を敷いて座って、

4時までには、ランシットに帰りたい、という予定を話していたので、

3時まで、

沢山の話をしました。


さて、バラの効果は、

この先、

現れてくれるでしょうか?


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前にも書いていますが、マンションから正面足下にみえるセリタイ団地通りでは、木曜日にナイト・マーケットが開かれます。

バンカピに引越して、最初に描いてみた希望は、

同棲するほどの中のタイ女性と出会い、

二人でこのナイト・マーケットを楽しみたい、

というものでした。

それからというもの、なんと木曜日のやってくることが早いことか・・・。

なんの進展もみないままに、もう一週間が過ぎ、また木曜日。

そして、夜ともなれば、煌々と輝くマーケットの明かりと、あやしげなタイ音楽の音色に、

僕のさびしさと、

タイ女性に巡り合えないはかなさが、

ますますに、つのるのです。。。


なんとか、しなきゃ。

と言って、誰でも良いと、こればかりは言えないので。

ここは、がまん、がまん、

なのでしょうか。


先週の金曜日にチャットしました。

タイ女性N : Is Japan beautiful?    (日本は美しい?)

僕B : I think so. (そう、思う)

N: Please tell me more. (もっと話して)

B: Japan has four seasons, clearly distingushed.

         (日本にははっきり違う4つの季節がある)

N: So. (それで)

B: Each season has different beautiful flowers and festivals.

         (それぞれの四季には、それぞれの美しい花とお祭りがある)

Japan is very rich of mountains, rivers, trees, beaches,,with all flowers.

         (日本では山と川と緑と海がお花で一杯なんです)

N: I like folwers very much.  (わたし、お花、大好き)


ここで、何故か僕は、大分前に読んだ武田泰淳の「富士日記」の一文を思い出します。

「なぜサクラ、その他の花が、地球上に存在するのかということは、なぜ人間が地球上に棲息しているのかというぐらい、ふしぎなことである」(昭和45年5月八日)


B: Why are all flowers in the world so beautiful?.....Nobody knows.

(世界中の花、どうして美しいんだろうね、、、誰もそのわけを知らない。

N: Flowers are beautiful.  (お花は美しいわ)

B: Maybe flowers are Smiles of GOD for the world.. (きっと神様の微笑み、なんだね)


相手が、クリスチャンであることを知っていて、そう言ってみました。

これが、痛く相手を感心させて、

あなたの言うことは面白い、

ということになり、

今度の土曜日にデートすることになっています。

ドンムアンからバンカピまで来てくれることになりました。


実は、この土曜日は、

アユタヤの、ある女性ペンパルの誕生日であり、

彼女のアパートの前まで、来てくれないか、

と言われているデートがあったのです。

コラートから移ったばかりで、自分もアユタヤを良く知らないので、

とにかくアパートまで来て、それからどこかへ出かけましょう。

彼女は英語が出来なくて、誰か友達に翻訳してもらっては、メールのやり取りをしていました。

誕生日に、会う、ということは、他には男友達は居ない、ということで、

こころ動くものもあったのですが。。。


お花の彼女とのデートを選ぶことにしました。

こういう風に始まった出会い、

うまくいかないかなぁ。。。


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貴重なコメントをいただいたまま、返信できずにいましたが、

今日、すべてにお応えを書くことが出来ました。

2時間もかかりましたので、今日は本文の記事はありませんが、

ぜひコメントとその返信をお読みいただければ、

と思います。


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バンカピのマンションの部屋から、セリタイ団地通りを見ていると、

なにやら今日は、活気付いています。

木曜日、恒例のナイト・マーケットの日なのです。

これで何度目のマーケットの夜か、数えてみると、

ここに引っ越して、もう一ヶ月がたったことになるんです。

恋人とマーケットのの夜店をからかいながら、

屋台で夕食を食べ、

夜が更けるまで飲んで、

帰る、

そんな日が早く来ることを望んでいるんですが・・・。

なかなか、実現しそうにないまま、

今日はアソークのタイムズ・スクエアまで出かけ、

日本帰国のチケットを購入して来ました。




破局は、実に簡単にやってきました。


MAYの実際の家族構成は、子供二人で、ごく普通であり、

親類がコン・ケーンに多いことは、ウボン近くに住むことが厭な場合、

選択肢が多くなって、良いことだと思いました。

彼女も、大学を卒業するまではウボンに居るが、結婚後は、どこに住んでも構わない、と言います。

タイでは、親と将来一緒に住むのは、妹の方、と聞いたこともあり、うなずけます。

これで、僕の、もっとも大きな疑問符で包まれていた複雑な家族の問題は、解消したわけですが、

なぜこんなことを知るのに、こんなにも時間と労力を要するのか、疲れてしまうなぁ、

という思いも強くなります。

彼女のコン・ケーンの親類、また母親系のウボンの親類、それらの家族との付き合い、まぁ、今はイメージくらいでいいわけですが、とても彼女から聞ける様子ではありません。

どんなことをしている親類が居るのか、多くは農家なのか、付き合いは頻繁なのか、などなど・・・。

ウボンの実家を訪れたときもそうでしたが、

自分から、町のことを僕に教えよう、知ってもらおう、見せてあげよう、

そういう気持ちがまったくなくて、

いつまでも、リビングで、TVを見、取りとめのない会話をしているだけなのでした。


話が一段落したので、もう2時にも近いし、

ランチでも食べに、モール・バンカピに行ってみよう、

と言いますと、

暑いから嫌、

とまた同じことを言います。

お腹が空いたし、何か食べないといけないから、じゃ、前の団地通りに行ってみよう、

とにかく、ちょっと外に出よう。

僕としては、団地通りの屋台食堂で、

軽いタイ料理を一緒に食べて、教えて欲しい、

そういう気持ちがあります。

そうやって、思い出を作り、僕のタイ生活も豊かになっていく、

そういう願いです。

ところが、これにも、

MAYはお腹が空いていないから、外には出たくない、

という返事。

彼女は、朝から、なにも食べていません。

僕は、モーチットへの出掛けにパンと牛乳、

部屋のもどって果物を少し食べていますが、それでも、空腹です。

僕が、お腹が空いた、と言っても、僕の気持ちを考えて、行動しよう、という気があまりない。

親に、大事にされすぎて、わがままなのか・・・。

とにかく、もう少し、夕方近くになれば、いくらなんでも外に出て、食事をしたくなるだろう。。。

じゃ、本当に、少し眠るといいよ、

と言って、彼女を寝室でひとりになります。


3、40分ほどすると、彼女が寝室から出てきます。

眠れたの?

少し、だけ。

少し、でも眠れたんだね?

うん、、、。ねぇ、GOLDを買ってくれると約束して。

GOLD?

だから、どんな時期にどんなGOLDを買ってあげるものか、まだ分かってないから、急に言われても、困るなぁ。
まだ、そんな関係じゃ、ないと思うけれどねぇ。

なんでもいいのよ。

僕は、一人で、初めてのバンコクに来た、というそのことに重要さを認めていたので、何か記念に買ってあげることは、考えていました。

GOLDと言っても、リングとか、腕輪とか、ネックレス、とかあるでしょ。
何が欲しいの?

ネックレス。

それじゃ、何か探してみよう。

ネックレスが一番重量がありそうなもののようにも思えましたが、

細い金の鎖もあるだろう、

という気持ちで、そう言いました。

そう言うと、MAYの顔が、大任を果たした、というか、安心した、というか、

喜びの表情に一変しました。

彼女がウドンを出るときに、親から必ずGOLDをもらってくるようにと、

至上命令でも受けていたのでしょう。。。?


もう3時も過ぎたし、気分も良くなっただろうから、

食事に出ないか?

とまた訊いて見ます。

いや、MAYは食べたくない。あまり太らないように、食べないの。

ウボンの時から、本当に食べない子だ、と思っていました。

それじゃ、これから、どうするの?

せっかくバンコクに来て、どこにも出ないで。。。

今から、明日帰るまで、どんなことしようと、考えてるの?

すると、

明日の朝、ショッピングする。

そして、午後1時のバスで、ウボンに帰る。

なんと、そう言うのです。


実は、金曜日には、バンコクに来ることを決め、旅費も送ったのですが、

実際には月曜日に来ることになりました。

そのときに、何故土曜、日曜、月曜、と来ないのか、問いただしたのですが、

日曜は学校に行くから、

ということで、月曜早朝に到着の予定で、帰りは、火曜日の夕方遅く、ということに決着していたのです。

たった一泊で、短すぎる滞在ですが、それでも会いたい、とMAYが言っている、という風に解釈してあげていました。

少しでも時間を共有し、僕にも彼女のことを分かってもらいたいし、彼女も僕のことを知りたいのだろう。

他に目的があったとしても、少しはこの思いがあるだろう・・・と。

ところが、火曜日の夕方遅く帰る、という約束は、すでに変更されて、

昼の1時にバンコク出発したい、と言う。

朝のショッピングで(GOLD買ってもらい)、それでその足でモーチットに向かい、

そそくさと帰りたい、

と言っているのです。

どうして、こんな幼稚な行動をとろうとするのでしょう。

その思惑が、見え見え、ばればれの、こんな話をすれば、

男は、はい、さようなら、おつかれさまでした。

と言うのが、わからないほど、単純なのか、

男を見くびっている誰かの入れ知恵なのか・・・。


僕は、

それはないよ、また約束が違うじゃないか。

今回は短い訪問になるから、来る時間、帰る時間は、最初から重要なことで、

なんども、何度も、確認したでしょ。

それを聞いたうえで、こっちは、あれもしよう、これもしよう、と一所懸命考えていたんだよ。

せっかくのバンコク訪問なんだから、僕が日本に帰るまでもう会えないかもしれないし・・・。

それを、簡単に忘れて、明日1時に帰る、

GOLDショッピングの他はなにもしたくない、

それじゃ、あまりにセルフィッシュだと思わないかい?

それだけ、言いました。


この時間のことだけでなく、さまざまなことを自分から説明しようとしない、

相手の気持ちを察して行動してあげようと思わない、

そういうことも頭をかすめての、セルフィッシュ、という言葉です。


すると、突然、彼女が切れました。

じゃ、もう、今から、帰る!

これも誰かに教わったのか、そう言えば、男は引き止める、と思っているのか。

僕は、朝からの、さまざまな話し合いで、疲れ果てはじめてきていたので、

まぁ、帰っちゃえば?

という気になっていました。

MAYが、あたふた、バッグに荷物をいれ、バス・ルームで顔を整えて、部屋から出て行くときも、なにも言いませんでした。

初めてのバンコク、と言っているので、ちょっと危険かな、とは思いましたが、

レデー・ボーイと連絡とるかもしれないし、

なんと言っても、タイ人なんだし、大学生なんだから、

心配するには及ばない、

と判断して、放っておきました。

それでも、途中から、もどってくるかな、という気持ちは少し残っていたのは、

僕もまだ、甘い、ということでしょうか。

やがて、携帯メールで

今モーチットに着いた。これからチケットを買う。

というメッセージが入りました。

ここで、引きとめがあるか、と思ったのか、どうか。

モーチットに居る、と言うので安心した、気をつけて帰りなさい。

とだけ、返信しました。

朝の4時半にバンコクに到着し、

夕方4時半にバンコクを出発する、

なんとも短い、バンコクのデートでした。


30分ほどして、

もうあなたとは連絡しない。

あなたのことは忘れます。

という短く、強い、メッセージが、

僕に送られてきたのでした。


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MAYからのメールで、

二人で歩いているところを、大学の友達にも見られたみたいで・・・

ということを言ってきましたが、

まんざら嫌がっている風でもなく、安心しました。

そして、今度のMAYのバンコク訪問の、

最大のポイントは、

彼女の、初めての、バンコク訪問だ、ということです。

今まで、ウボンを離れて行ったことのある場所は、コーン・ケンだけ。

そんな彼女が、たった一人で、

しかも、年配の日本人の部屋に泊まりにくるのです。

ノーセックス、プロミス!!!???

ノーセックス、OK!!!

とは言っても、彼女と彼女の母親も気持ちとしては、ただ事ではありません。

MAYが最初はピュアーな自分だけの気持ちで、

一人で行く、

というニュアンスの発言をした後、

実際に母親の打ち明けたところ、母親も一緒に行かなければ、

と思い直し、言い直したことも、十分理解できます。

それを、再度こころを翻し、一人で来る、という。

これは、一言で言って、すごいことで、大胆で、勇気のいる、行動です。

僕が、その約束を守る決心をしたのは、当然です。


MAYの予定では、

日曜日の夜に発ち、月曜朝、6:30分にバンコク、モーチット・バス・ステーション到着。

僕は、モーチットまで迎えに行く、と伝えました。


当日、夜の7時ごろ、バスに乗った、という連絡。

あれ、朝の6:30着にしては、早い乗車で、11時間ほどかかる計算になる。

僕の場合はウボンからバンコクで、10時間半ほどかかったから、

彼女に実家のある町からは、そのぐらいなのかな、と思っていました。


ところが、夜の12時半ころに、今、ナコン・ラチャシーマー(コラート)に着いた、

という連絡がはいるではありませんか!

コラートからバンコクまでは、3時間から4時間の間です。

それだと、4時半ごろの到着となり、6時半ではありません。

迎えに行く立場上、時間を確認しなければなりません。

もし、4時半だとすると、僕もおちおち眠っている時間がなくなります。

MAYに到着時間を再度確認すると、

運転手に訊くと、5時半バンコク到着だといっているとの返事。

1時間の繰上げです。

じゃ、5時にはモーチットで待っているようにするから、

とメールを打って、浅い眠りをとり、目覚めたのが3時15分。

3時45分に、マンションの前で、タクシーを待ちますが、数は少ないし、この時間ですから、普段よりタクシー運転手への警戒感が高まります。

やって来たタクシーに、ラットプラオ通りを行って、モーチット・バス・ステーションまで、とはっきり伝えます。

この時間ですから、道路に車は少なく、非常なスピードでモーチットに着いたのが、4時15分。

深夜料金なのか、130バーツ。

今、モーチットに着いたよ、

とメールを送ると、これが送信エラー!

メール・サービス不可、というメッセージ。

これって、クレジット料金のチャージが必要って、こと!!!

いつも肝心なときに何かが起きる携帯電話だなぁ、と思いながら、

コンビに探してカードを買わなくちゃ、と慌ててると、

MAYからのメールを受信。(受信はOKなのです)

今、モーチットに着いた。人が沢山。

4時20分です。

知らされていた時間から、また1時間繰り上がっています。

電話をしましたが、もちろん通じません。

田舎からポッと出てきた娘が、バンコクのエロ事師に騙されて、売春宿に売り飛ばされる危険から、MAYを救い出せねばなりません!

あせっていると、またMAYからメール。

インフォーメーションの前で待っている。

ああ、これで安心、最小限、必要な連絡はつきました。

ここで、また僕の予想もつかない行動をMAYがとっていたら、と思うと冷や汗です。

インフォーメーションの場所を探して行くと、人混みを避けるように、MAYが立っていました。

僕の顔を発見したときの、彼女の顔に表れた満面の笑顔!

安心したのか、

暑い、人がいっぱい、疲れた、眠い、

と矢継ぎ早に話しかけてきます。

どこかで、朝食を食べるかと訊くと、いらない、早くゆっくりしたい、と言います。

そして、バンカピの僕の部屋に着いたのが5時半前。


シャワーを浴びて、着替えて、一眠りしなさい、と僕。

さっぱり服に着替えた彼女、眠ろうとするかと思うと、今は眠くない、と言い出しました。

こうして、長い、彼女との会話が始まりました。

初めてのバンコクはどう?などという雑談の多くありますが、

ここでは要点のみを書きます。


今日は、何をしたい、どこへ行きたい?

暑いから、どこへも行きたくない。

セントラル・ワールドとかプラトゥナムとか、一緒に行ってみようと思っていたんだけれど。

人の多いところ嫌い、あまり行きたくない。

となんだか、張り合いがありません。

ショッピングもしたくないの?

これには、堅く決心してきた言葉のように、

ゴールドを買って欲しい、

とすらりと出てきました。

おぉ、来たか、という思い。

二人が親密になれば、その証に、ゴールドを男が買う、ということは知っている。

ただ、今は、どれぐらいの段階で、どれぐらいのゴールドを買うのか、まだ分かっていない。

それより、まだ、二人は話し合って知るべきことがある。

私はお母さんとお父さんのことを考えている。

今回、一人でバンコクに来ることは、大変な決心だった。

その家族のことで、話し合わなくちゃ、と僕は思っている。

MAYの複雑な家庭を説明して欲しい。

?  複雑って?

シンプルな家庭じゃないと、思った。

ウボンに迎えにきてくれたのが、お母さんだよね、顔が似ているから、分かる。

そうよ。

実家の町で、2軒目に行った家で、紹介してくれた女性を、MAYは「私のお母さん」と言ったよね。

そう、言った。

MAYは二人のお母さんを持っている。

ということは、お父さんは、二人の妻をもっている、ということ?

オー、ノー、ノー!



2軒目の家は、お父さんの弟の家。

おじさん、ってこと?

そう。

何故、私のお母さん、と言ったの?

いつも親しくして、そう呼んでるのよ。

何故、レデー・ボーイを、私の弟、と呼んでいたの?

レデー・ボーイはおばさんの子供でしょ。

そうだけど、私のお母さんが彼が好きで、彼もうちのことなんでも手伝ってくれる、車を運転するとか、だから弟、と呼んでいるの。



じゃあ、MAYの家族は、お父さん、お母さん、MAY、12歳の妹。

叔父さんの家族が、叔父さん、おばさん、兄、レデー・ボーイ、8歳の妹。

そう。

なんだ、それじゃ、複雑じゃない。

MAYの、他の親類は居るの?

お父さんの兄弟姉妹が4人、コン・ケーンに居る。

お父さんは、仕事の関係で、こっちに来て、お母さんと結婚した。

お母さんの系統の親類は、こちらに居る。


こういう話を引き出すまで、なんと時間がかかったことか。

彼女は、いつもの日常生活をしているときと、まったく同じ頭の中での表現で、

土地柄も習慣も知らない、外国人に、自分の家族を紹介したのでした。

それが、どんな解釈を相手に与えるか、

まったく、想像も、気にかけることも、ないのです。

僕が、気をもんでいるのも、まったく理解しがたいようでした。



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昨日の水無月さんのコメントに対する返信のなかで、

「日本人が結婚するという、リス族やアカ族は、斡旋する人が特殊に居て、なにやら異常な世界だと、僕には感じられます」

という表現をして、あとで落ち着かない気持ちになりましたので、

ここで補足したいと思います。

なにやら異常な世界、という表現を読み返して、自分で笑ってしまいました。

多くの平均的な人々から見れば、僕が行っていることも「異常な」行動だと映っているに違いなく、

そんな僕が、リス族・アカ族の女性たちと、必要に迫られて結婚する人たちを、「異常な世界」呼ばわりすることは、軽率でした。

日本の僻地の農村で、お嫁さんの来てがない農業青年が、貧困にあえぐタイの娘たちと結婚することには、異常さはありません。

なぜ若すぎるほどの娘さんたちが相手なのか、それも、タイの方にも理由があるのかもしれません。

貧しい家庭のために金銭を得て両親を支えることは、子供の責任であり、

若い娘さんほど、環境に対する柔軟性も高く、

幸せな新しい生活を送る可能性が高い、

ということも、楽観的にみれば、ありうる考え方です。


僕が嫌ったのは、

こういう、お互いが、家族のため、自分のより良い将来のために、結ばれようとする人々の動きに便乗して、

単なる性の対象商品として、それらの少女を日本人にうりつけようとする輩が居る、ということでした。


いずれにしろ、何が幸福で、なにが不幸なのか、

個々に、それぞれの場合で異なるのであり、

他人の知りえることではない、

他人が異常だとか、不幸な人たちだとか、御託を述べることは出来ない、ということです。


みんな、死に行く運命の人間に、

人生の、勝ち、負け、はないと思います。

言うならば、人間は、みんなが「負け」る運命なです。

だから、せめて命の終わりには、

いにしえのギリシャで言われたように、

「君は人生を情熱的に生きたか」

と問われて、イエス、と答えて終わりたい、

そう思うのです。。。



さて、ウボン・ラチャターニー・ストーリー、第二部です。

第一部の後、生活が動いていますから、他のことを書こうと思っていたのですが、

どうやら、第一部の(5)のままでは、

誤解が一人歩きしそうな気配が出てきてしまいましたので、

第二部を続けて、記述することにしました。

(そんな理屈はどうでもいいから、早く書けよ、という声が聞こえそうです・・・)



タイ・ラブリンクで、プロフィールを読み、そこに貼られた写真をみて、

興味の沸いた女性に、申し込みのメールを送ります。

返事が来て、さらに自己紹介をし、もっと写真なども交換して、

いよいよ会いたい、と思うと、デートの申し込みをします。

そして、一度会って、写真との違いに驚いたり、

相手が英語を話したがらなかったり、

単に食事やプレゼントを欲しがる、たかり、だったり、

いろいろな理由がありますが、

なかなか2度、3度、会いたい、会いましょう、という相手に巡り合うことは、

それほど簡単ではありまえん。

そういう意味では、MAYとの間は、デートに至るまでも、ウドン・ターニー経由だったり、

一度会ってから、なんどもゆり戻しがあったりしながらも、

ウボンと発つときには、

交際を継続しようと、ということになった、数少ないケースではあります。


ウボンからバンコクまで、また800キロ、10時間強の旅を終えて、バンカピの部屋に戻ったときは、

さすが疲れ果てていました。

(バンコクからウドンまで700キロ、ウドンからウボンまで500キロ、ウボンからバンコクまで800キロ、それで、彼女を2000キロの女、と呼んだわけですが、さすがに2000キロは距離がいがありました・・・)

5月30日には、MAYの町で一年に一度のお祭りがあるから、来れたら来てね、と言われていました。

しかし、頭にはどうしても、MAYの家族の模様が、複雑にからんで、離れません。

万が一にも、話がうまく展開して、彼女と結婚しようか、ということになったとして、彼女の複雑な家庭環境と、折り合いつけてやっていけるだろうか。

大疑問です。

どうにかして、もう少し、家族関係を知らなければ、

という思いが強まります。

そして、5月30日に、またウボンまで行く、という考えは遠い感じです。


別れて、二日もすると、MAYから、

また会いたい、

と言ってきました。

大学の、長い週末があったら、バンコクにお出で、と言う話もしていたので、

MAYがバンコクに来れる?

と訊くと、

行けるけど、チケットを買うお金がない、

と言ってきました。

速攻で、(MAYの気が変わらないうちに)

お金は送るから、銀行名、口座番号、アカウント・ネームを教えてちょうだい。

送られてきた口座に2000バーツ振り込みました。

弟のレデイ・ボーイも、大学入学のためのバンコク行きは、バスだったし、

ぼくもバスでの旅行なので、その金額で十分だと思いました。


ところが、その返事が、またトーンが変わって、第三者の入知恵がありそうな内容です。


5000バーツ送って欲しい。

母親と車で行くから、ガソリン代を出して欲しい。

母親と来るなんて、言ってなかったじゃない・・・

チケットを買うお金がない、と言ってきたからには、

車ではなく、バスか汽車で来ることを意味するので、

またMAYの変身です。

母親と行き、バンコクではレデー・ボーイの所に泊まる、

その間に、僕と会いたい、

というメールが続いて来ました。

大学の勉強があるから(今、夏季学習かなにかで、大学に通っています)

何日も滞在できないバンコクで、レデー・ボーイの所に行ったり、バンカピに来たり、

というのでは、会ってもゆっくり会話など出来ようもなく、

現実的に意味ある訪バンコクになるとは思われません。

前のメールでは、一人で来る、という発言をし、

すぐに今度は母親と一緒、だと言う、

それにレデー・ボーイのところへ行く、

というのでは、会って、話している時間がないので、

今回の話はないことにしよう、

と返信しました。


あなたは私を理解してくれない、私の家族をヘルプしてくれない、

バンコクには行かないから、お金は返す、

と言ってきました。

しょうがない。

と思いながら、まさか、お金を返してくるとは想像していませんでした。

しかし、翌日、僕の口座に2000バーツ振り込まれてきました。

ふ~っ、

まあ、これで終わったなぁ、という思いでした。

(何度、こういう気分になったことでしょう)

それでも、お金を返金してきたのには、ちょっと驚きました。

普通、けんか別れであれば、そのお金はそのままもらったまま、でしょう。。。


しかし、また、翌日になって、

やっぱりあなたに会いたいから、一人で行く、ノー・セックス、OK?

と言ってきました。


僕としては、MAYの発言に、身も心も振り回されながらも、

また、2000バーツ振り込むことになったのでした。


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A story of the lady for 2000KM Bus travel (Part I ) ends today.
Part II : MAY comes to Bangkok, Despair
Part III : Let's start again from the beginning
(Part II and III may come up soon...)


何故、眠れないの?

(これから、まったく、甘い、青春っぽい会話、がはじまります。

年甲斐も無い、と非難精神がむくむくしてしまう方は、ここで読むことを中止してください。

当方は、年甲斐の無いことを、あえて、意識的にしようと思っているのですから)


わからない。 でも、このままで、いいのかな、と思って。。。

あなたは?

僕も、眠れない。。。

(僕は、昨夜から疲れ気味なので、ちょっと眠っていました・・・、こういうウソは許される、でしょ)

いろいろ考えている、ということ?

そう。

(誰のアドバイスも受けない、一人の時は、とても小さな声になります)

ほんとうに、そうなの?

そう、考えている。

もう一度、会う?

会ってくれるの?

(この電話の声を聞いたときに、僕のこころは決まっていたのでした。何度目の変心か!)

明日の朝、ホテルに来てくれたら、もう一度、話しあおう。

来れるかい?

行く。


僕は、彼女が、ひとりで決めたことだろうから、バスでくるもの、と想像しました。

だから、7時まで、などという無理な時間は言いません。

何時には来れるの。

9時には行ける。

今度は、必ず、来れる?

必ず、行く。


ウボンに来て、2日になるというのに、MAYとは最初の3時間しか会っていないのです。

今日は、とにかく、もう一度会おう、という気持ちになっていました。


それから、浅い眠りに着いて、朝食に起きると、

携帯メールです。

あなたが私と結婚するとき、親にお金を上げなければならない、分かってる?

突然の変調に、また戸惑いながら、

(このころには、彼女が親・アドバイザーと話すたびに、調子が変わる、ということに気が付きはじめていました)

僕は、もう、今日はもう一度MAYに会う、と決めていたので、

分かってる。いくらかはしらないけれど。

500万払わないと、いけない。

僕にはお金が無いから、そんなに出せない。100万しか出せない。


タイ女性と結婚するとき、結納金としてお金を出すことになろう、とは思っています。

それでも100万は、僕には多すぎるかな、まぁ実際のときに値切るチャンズもあるだろう、

くらいの気持ちでした。


それで、メールは終わりです。

いいとも、だめとも、返事はありません。

それでも、彼女は、会いにやってくるだろう、

とは思っていました。


食事を終えて、またスターバックのWifiで、インターネットを始めました。

すると、電話。

おいおい、もうバスには乗っているころだろうに・・・。

しかし、ここでも、また意外な発言に合います。


母親と女の友達がいっしょに行く、と言っている。


MAYがウボンまで、誰と来ようがかまわないが、

ホテルには、MAYだけが来て、ふたりで、じっくり話さなければならない。

それは、わかってる。母と友達は、ロビーで待つから。

本当に、ふたりで、部屋で話すんだよ。

分かってる。


常に、話しが変化し続ける、この展開に、

タイ人の柔軟さ、なのか、しぶとさ、なのか、もうこちらとしては、どうにでも、と言う気分にさせられる、

たくましさ、のようなものを感じ始めていました。

もう、付いていくしか、ない。。。。


それで、彼女がやってきたのは、10時です。

僕は、部屋で待っていました。

ドアーを開けると、MAYが抱きついてきます。

ハグはいいのです。

それから、話したのは、

とにかく、今は、ノーセックスであること(MAYの主張)。

ただし、スキンシップは大事だからキスは許すこと(僕)。

ここで一旦、終結をみましたが・・・。

やがて、キスはほっぺに、ちゅ、のアイサツ・キッス(MAYの理解)ではなく、

恋人同士の映画のようなキスであること(僕)、

という、かなり大事な修正案を通したりしました。


それから、買い物に出ることにしました。

何が買いたい?

と訊くと、二人のリングといいます。

僕は、まず、携帯電話と見に行こう、と言いました。


今までMAYが使っていた携帯電話は、母親のもので、彼女自身の携帯はない、

ということだったので。

ロビンソンには携帯電話売り場がなく、

BIGCに行き、その並びにあるIT街のような場所へ行きました。

最新機種の高いのは買ってあげられないから、

6000~7000バーツの予算で、選らんでね、

と言っておきましたが、

選択するのに、あれこれ迷う、というタイプではなく、

あれれ、と思う間もなく、サムソンの黒っぽい、実用的な機種を選びます。

大学で勉強しているのがサイエンス、ということもあるのでしょうか。

値段も、5000バーツです。

そのIT街を出がけに、時計売り場を通りました。

女の子用の、安い、ファッション時計屋さんです。

時計がないから、と腕をみせて、買っていい?

と訊きます。

いいよ、というと、これも1000バーツくらいの時計が一番高い、というお店なのですが、

選んだのは、280バーツの品物。

それでも、腕にはめて、

ビューティフル、

といって喜んでいます。

ショッピングが終わったら、彼女の実家のある町にいくことを決めていました。

一緒に来ていた母親と友達は、ホテルのロビーではなく、別の場所にいて、今は食事中。

MAYは、リングを買いたかったのを忘れているようです。


ネバダ・ホテルの前の通りで、待ち合わせて、

車に乗り込むと、昨夜、電話で話をした、女友達が、居ます。

25歳で、彼女のボーイ・フレンドはスウェーデン人で、6月にタイにやってくるとか・・・。

この友達に、英語の通訳もふくめて、相談しながら、ぼくとの会話を進めていることが、はっきりしました。

運転は、一昨日と同じ、弟のレデー・ボーイ、18歳、です。

車を運転中、MAYの父親の写真を見せられました。

警察官だそうです。

ピストル、持ってる?

とおばかな質問をして、

もちろん、

とドーンと僕の胸をうつ仕草などしてみせます。

まじめに、あまり気持ちのいいものではありません。


よりによって、また警察官か~、って感じです。

というのは、ルーイの女性の父親も警察官だったのです。。。


MAYの町は、ウボンから80キロほど離れたところにあります。

ウボンの街は、ベトナム戦争時代に、米国空軍の基地だったこともあるのでしょうか、

道路の整備が良くされているところで、

この点もウドン・ターニーに似ているのでした。

いよいよ彼女の町に入り、3時に家に到着。

僕は、これまで、タイ・ラブィンクで知り合ったペン・パルの実家を、

3軒ほど、訪問して(させられて)います。

MAYの町と、家は、この3軒とくらべて、もっとも貧しい作りでした。

女友達が、車で来る途中、なんども、僕が、町に住めるかどうか、

質問したり、説明したり、していましたが、

なんとも、今は、答えようがありません。

途中で、女友達は、自分の家だ、といって降りましたが、

彼女の家も、似たり寄ったり、でした。

とくかく、似たり寄ったりの、貧しい家並みなのです。

外国人が住んでいるような、白い壁にオレンジの屋根、みたいな家は一軒もありません。

MAYの家に着くと、妹がいました。

12歳の、かしこそうな、可愛い、女の子です。

学校の成績も、良い、と言っていました。

しばらく、MAYの家にいて、

壁にかかっている彼女や妹の写真のことを、話あっていました。

今日は、夕方、身近の親類とレエストランに行き、夕食をすること。

弟のレデー・ボーイは(ボーと言う名前なんですが、MAYはレデー・ボーイ、レデー・ボーイと呼びます)、夕方のバスで、大学に入るために、バンコクに出発する、

だから、彼は、夕食会には出られない、

というようなことが分かってきます。

この間、妹は出入りしていましたが、母親はどこにいったのか、姿を現しませんでした。

一時間ほどして、今度はレデー・ボーイの家に行こう、と言い出しました。

むこうの方が、涼しいから。

???

ちがう車がやってきて、3分ほど離れた家に移りました。

家に入って、MAYとTVを見ていると(なにもわかりません)、

40台前半と思われる、きれいな女性が現れます。

MAYは、立ち上がって、わたしのお母さん、

と紹介するではありませんか。。。

???

彼女は、にこにこ笑いながら、果物を置いていってくれます。

そのランブータンを剥くために、MAYが台所に立って行ったあと、

ひとりで、

???

を繰り返しています。

そうしていると、20歳代の若い男性が入ってきて、ボーのお兄さんだ、ということがわかります。

MAYがランブータンをもってやってくると、

また一人、小さな女の子の出番です。

8歳です。

MAYは、お菓子代のお小遣いをあげて、といいます。。。

手にお札を乗せると、MAYはそのなかから、20バーツ札を取って、その子にあげました。


よくみると、レデー・ボーイと、その兄、そしてこの8歳の子には、

さっきMAYが私のお母さん、と紹介した女性のおもかげがあるように見えます。


ということは、

ここら辺で、警察官といえば、それなりの豊かな人間で、

それが証拠に、MAYといい、レデー・ボーイといい、大学に行かせているくらいで、

妻を、ふたり、かかえている艶福家なのか???

弟がレデー・ボーイだったり、

妻が二人もいたり、

それぞれが仲良く、行き来している、

これは、僕の想像を超えた、家庭環境なの?


そんなことに驚いている僕なのですが、

MAYたちは、なにごともないように(僕がどんな感情になっているか、おかまいましに)

立ち居ふるまっています。

なんでもタイ北部には、文化も歴史も異にするカレン族がいて、外国人と結婚することも多い、

と聞いていましたが、

ここタイの東部もラオス国境に近くなれば、

カレン族とまではいかなくても、まったく違う文化の世界となるのだろうか。

そんな想いが過ぎります。

それなら、それで、なにか自由な気もします。


MAYは、どうも、僕に町のなかを見せたり、説明して歩く、などとは全然思っていない様子。

これでは、ここに住めるかどうか、訊かれても、判断のしようがない。。。

12歳の妹のミヤが、さっそうとバイクに乗ってきたので、

MAYにバイクにの乗って町を走ってみてくれないかな、

といってみると、大学生になってから、バイクは危ないので乗らない、と言う。

それでも、ちょっと外に出て歩きたい、と僕。

家の外に出ると、

道路に面して、ちいさな食べ物の商いもしているらしく、

屋根をはった下に、何台かのテーブルがあり、

レデ・ボーイとその友人が話しています。

今夜出発する、バンコムのことでも話しているのでしょうか。

MAYと僕が、そのテーブルのひとつに座ると、

なんだか人が、入れ替わり立ち代り、やってくるようになってしまいました。

近所のおばちゃんがやってきて、日本人か、とか訊きます。

また、30代と思われる女性がやってきて、

ハンサムだねー、もう一人、どう?(と、僕をからかったように思いました)

やがて、写真でみた、MAYの父親に似た男性がやってきて、軽く合あいさつしました。

MAYの父親だとすると、なんだか、あっさりしたあいさつ、に感じましたが。

僕たちの斜め前にすわって、柔和な顔で、ひとびとと会話をしています。


そうこうしても、いっこうに時間は過ぎていきません。

夕食会は7時から、とMAYが言いました。

今は、6時過ぎたところです。

ボーは、何時にここを発つの?

と聞くと、7時半に、バス・ステーションを出発だ、とのこと。

みんなでボーの見送り、するんでしょ?

そう。

だったら、7時の夕食をレストランでしていては、見送りにいけないから、

夕食会は、もっと早くしないといけないんじゃないのかい?

じゃ、早くする。

早くする、って、みんなその気なの?もう6時過ぎだよ。

わからない。

僕は、今夜、ウボンに9時までに戻りたい、と言ってあるけど、

分かっているよね。

大丈夫。

ものごとが起きる順番と、かかる時間と、その時刻に関する想像力が、まったく無いような気がしながら、

もう話をする気力が無くなってきます。

どうせ、MAYが仕切っているわけではなさそうなので、

彼女もただ、相槌をうっているつもりだけなのでしょう。

もう、流れにまかせるより、仕方なし。


ということで、

実際には、7時半にボーを見送り、

その後で、関係者は、2台のピックアップ・トラックに乗って、町の郊外の、

あずまや風の小さな建物が、大きな沼に何個も張り出して作られているレストランで、食事。

6畳あまりのスペースに、10人。

場所いっぱいに、食べ物が並べられ、お酒とビールを(二人だけ)飲んで、

2時間ほどの、僕の歓迎の宴が執り行わたので、ありました。

(支払いは、もちろん、僕ですが・・・2800バーツ)


ウボンのホテルに送ってもらったのが、夜の10時。

よくはわからないまま、

ウボンに、MAYに会いにきた目的が、

一応すべて、達せられたような、気持ちが、

ようやく沸いてきたのでした。。。



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タイでバス旅行をしているとき、楽しみといえば、窓からの見える景色を、

ぼんやり、いつまでも、眺めていること、でしょうか。

特にイサーン地方では、変わり映えのしない、平坦な道に、

それほど大きくも無い木々が、生えていて、

牛が、時々人の目を楽しませるためのように、ぽつんぽつんと草を食んでいる。。。

そんな景色がえんえん、続きます。

そんな中で、その街に近づくと、中央分離帯に、あるいは、道路の両側に、

きれいな花々を咲き溢れさせた中都市があります。

僕の経験では、ルーイと、今度訪れたウボン・ラチャターニーがそうでした。

ああ、旅人を迎えてくれる、そんな温かい想いを、ふと抱いてしまうのでした。




4時からは、ほとんど眠気もなく、MAYからの連絡を待っていたのですが、

案の定、ありません。

6時に、こちらから、最後のメールのつもりで、

いろいろ想いの変化もあったようだけれど、

僕は、7時にバス・ステーションに行って、バンコクに帰ります。

と打ちました。

もう携帯電話の電池も気にすることはないので、オンにしたまま、

食事をしていると、

今から、ホテルへ行く、

とMAYからの返信。

あわてて、7時までに来なければ、もうバンコクに帰るよ、

本当に7時までに、来れるの?

と打ちます。

と、

これにはすぐの返事がありません。

もう、7時近くになって、部屋で出発の準備をしながら、

最後の確認のため、と思い、

ホテルの部屋の電話から、彼女の携帯電話に電話します。

すると、なにやら相談しているらしく、

8時半に、行く、

ということを言い出します。

僕は、なにを今更8時半なんて、言ってるの、

7時までに来れなければ、バンコクに帰る、といったでしょう。

来れないのなら、これでお別れだよ。

8時半まで、待ってくれるなら、行く。


なにやら、言っていることが、よく分からない状態になり、

僕は、さよならね、

と言って電話を切りました。

僕としては、なにか腑に落ちない、MAYの変化です。

どうも、彼女からの応答を見ていると、僕は二人の人間と会話しているような気になっていました。

弱気な、ピュアーな事を言っているときと、

突然、態度が変わるとき。

どうやら、MAYは、ぼくとのやりとりを、相談しアドバイスを受けながら、行っている様子です。

もちろん、でしょう。

それで、後で分かったことですが、

このとき、すでにMAYは母親、弟とともに、

ウボンの街から、自分の家のある町に帰ろう、としていたのでした。

6時にすぐホテルに行く、

とMAYが言ったことを、

多分母親と、電話でアドバイスしている近所の女友達の意見で、

もう我が家に帰そう、という判断をした、と思われるのです。

そこへ、僕からの最後の電話が入って、また気持ちが動き、

そこからウボンに戻れば、8時半になる、

だから、8時半まで僕が居れば、戻る、

と言っていたようなのです。

僕は、そんなことは知りませんから、MAYがまだウボンに居て、

それなのに、すぐ来れないのは、どういうわけかさっぱりわからず、

さじを投げたのでした。


さて、もうバンコクに帰る、と決まってしまった、

としても、朝の7時はとっくに過ぎてしましました。

ウボンから、バンコクまでのバスは10時間以上かかる、と書かれています。

今からバス・ステーションに行っても、9時とか10時のバスしかなければ、バンコク到着が夜になり、

ちょっと嫌です。

そこで、せっかくウボンまで来て、ネバダ・ホテルしか知らないのも惜しい、

ということで、もう一泊することに決めました。


そして、またホテルの前の、スターバックに行き、Wifiを使って、インターネットとメールをチェックします。

そこには、昨夜、午前0時50分に、MAYが打った、不思議な英語のメールがありました。

タイ語で書いて、翻訳ツールで英語に訳した文章を、そのまま貼り付けたメールです。

タイ語のメールの内容自体が、すっきりと表現されていないためでしょう、英語の文も支離滅裂です。

でも、いくつかの大事な言葉があり、

昨夜の、携帯メールで僕が想像したことは、ほとんど当たっている内容でした。

セックスが大事、と言う人が怖かった、とも書いてあります、、、

もっとチャンスが欲しい、とも書いてあります、、、

よくは分からないメールながら、MAYの心情だけは、伝わってくるような、迫力があります。


それで、彼女に、返信することにしました。

携帯電話でのやりとりが、必要になるので、まず充電器を買い求めることにしました。

スターバックの女店員に訊くと、同僚などに相談して、丁寧に答えてくれようとします。

そして、ホテルを出て、右に500Mほどでロータシがあるから、そこの携帯電話ショップがいいだろう、

と教わります。

行くと、充電ケーブルはありません。

今度はそこの店員さんが、親切に、ホテルの左に出て500Mにロビンソンがあり、その隣にサムソンのサービス・センターがあるから、そこで相談するといい、と教えてくれます。

サービス・センターでは、充電器は純正で490バーツする、と言います。

が、充電だけなら無料でしてくれる、と言うので、まず充電だけしてもらいます。

といっても、15分以上はかかりますので、いろいろ話をしていると、

純正だから高い、純正だから高い、と彼らが何度か言うので、

純正じゃないものは、どこかで売ってますか、

と訊くと、

ホテルの正面500MくらいのところのSKショッピング・センターの中の、

携帯電話ショップに、あるかもしれない、と言う。

SKに行くと、140バーツで手に入りました。

みんな、日本人はまだ珍しいらしく、想像以上に、やさしく対応してくれます。


これで、準備はできたので、午後の3時を過ぎていましたが、

MAYに携帯電話で、メールをしました。

朝のバスに遅れたから、もう一泊ウボンに泊まることにしたこと、

携帯電話の電池の問題はもうなくなったこと、

昨晩のMAYのPC メールも見たこと、

もう一度会って、話して合ってみないか、

と書きました。


しばらくして来た彼女からの返事に、驚いてしまいました。

僕は、彼女がまだウボンにいるものだとばかり思って、

もう一度会ってみようとは思わないか、

と言ったのですが、

彼女はもう、ウボンから、実家のある隣の県の町に、帰っていたのです。


ここで、朝、8時半にホテルに行くのどうの、と言っていたときには、

彼女はすでに、ウボンを離れていたことに、気がつくことになりました。

この意外さに、また僕は、カチリンときてしまうのです。

なんで、そのことを言わない!

もう、ウボンに居ないんなら、僕は7時にチェックアウトして、バンコクに帰れたかもしれないではないか。。。

本当に会う気なんか、なかったんだろう。

と言うと、

そんなことはない、会いたかった、と言います。

それなら、もう一度、ウボンに来てくれるか、と言うと、

分かった、これからバスで行く、という返事。

何時になる?

午後5時。


ところが、5時前に、メールが入って、

こんどは僕に実家の町までバスで来て欲しい、と言うのです。

言葉を話せない外国人が、知りもしない土地へ、夜の到着のバスで、行けるはずがない。

と言うと、

わたしは、町のバス停で待っている、というばかり。


この、やりとりの変化にも、彼女と彼女の背景にいる家族・アドバイザーの様子が見えます。

もっとも、まだこの時点では、僕はそれを強く意識はしていませんでしたが・・・。


とにかく、朝と同じで、行くと言ったあとで、結局行けない、ということの繰り返し。

外国人に、夜のバスで来い、というのはあまりに負担が多すぎる要求なので、

また会おう、という話はなかったことに、しよう、

というメールを打って、本当にこれでお終い、にしようと決心したのでした。


夕食と一緒に飲んだビールが利いて、

うとうとしている、10時頃に、電話が鳴りました。

最初はMAYが話しましたが、すぐに、英語のできる近所の女友達(彼らのアドバイザー?)に変わって、もっぱら彼女と話すことになります。

いろいろ、MAYと家族の気持ちが、行ったりきたりしているのは、

タイのカルチャーを守る家庭であり、彼女が無垢であることを、理解してもらわないと、困る。

という、もう分かっていることを、話ます。

彼女を大切に扱ってくれるか、どうか。

僕は、昨日の夕方までは(ホテルで3時間話していた時)、彼女がバージンであることを知らなかったから、言い方にも、率直すぎるところがあったと、思っている。

当然、今は、彼女の心情も分かるし、大切に思う・・・。

ボコボコしない?(と言っていたような、記憶)

今は、しないと約束する。

しかし、MAYに話したけれど、結婚前はノーセックス、ということは、守れないと思う。

それは、私には(この女友達)わかるけど・・・。

そんな話の繰り返し、になります。


かれらはかれらで何か話しているので、余計話がわからなくなって、

それじゃ、これで、終わりにしましょう、

ということで、電話を終えました。

お互い、疲れた~、という感じです。

これで、終わり、と思いました。

(何度、思ったことでしょう・・・)


そもそも、本気の本気で、大学生の彼女と結婚したい、という気持ちで居るわけではなく、

35歳から65歳の男性を求む、という女性を知りたい、

という動機なので、

こんなもんなんだ、という思いを味わって、

それで良し、

なんです。


よし!

一日遅れになったが、明日の朝7時に出発だ!

という気持ちを強くして、ベッドに入ったのです。

すべてが終わった!



ところがです、

深夜の4時に、電話の音。。。。


眠れない・・・・。

というMAYのさびしい声。。。


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