きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
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コンドでの日常生活のための買い物なども済んだので、そろそろ市内のあちこちを歩いてみようか、と考えました。
先日は、ルンピニ公園で半日を、散歩と読書で過ごしたので、今日は、チャイナ・タウンに行こうかと。

地下鉄の終着駅が、タイ鉄道の起点、ファランポーン駅で、ここの様子も一度みておかなければいけないところ。
いつか、鉄道の旅をするだろうから。

というわけで、まずは、ファランポーン駅に行き、雰囲気は昔の、上野駅かなぁ、という感想。
あまり詮索する場所でもないので、地下鉄の通路をもう一度くぐって、向かい側の、チャルン・クルン通りに通じる出口に出る。

通りを確かめるために、ガイドブックを眺めていると、タイ人が、親切そうに、そこは車道だよ、危ないから道端に寄った方が良いよ、と話しかけてくる。
英語が通じる。
ついでなので、チャイナ・タウンに行きたいのだが、この通りをまっすぐで良いのか、と訪ねる。
道は正しいけれども、今、チャイナタウンに行っても、なんにもないよ、6時過ぎでないと、つまらないところだよ。
と言う。
その時の時間は2時半。
ここで、いや、それでも構わないのだ、と言ってしまえば良かったのだが、こちらも時間潰しに歩いているようなものなので、そうかなぁ、と思ってしまう。

それよりも、今日はブッダの日で、由緒正しい、ロイヤル・テンプルがある。
(ブッダの日?仏陀生誕祭は先週ではなかったか?)
今日、そこのラッキー仏陀に祈願すると、望みがかなえられる、とても良い日だ、ぜひ行って見なさい。
ここから、近い。
その後で、これもあなたはラッキーだね、HOMEFACTRYという宝石の加工卸しの業者の、一年一度の一般客対象バーゲンの最終日だ。これも、あとで、寄ってみたら、どうか。
いや、トクトクで、40バーツ、行って、待たせて、ここに戻るまで、40バーツで行ける。

と言いながら、通りかけたトクトクを止め、ロイヤル・テンプルと言う、トクトクの運転手が70バーツ、というのを、40バーツにしろ、と交渉して、さぁ、どうぞ、と僕にすすめる。
70バーツを40バーツに値切ってくれてので、まぁ、信用してしまった。
そのまま、ことわることは出来ずに、トクトクに乗る。
2,3分も走って、路地を入り、ロイヤル・テンプルに到着。
ラッキー仏陀が入っているお堂は無料、寝入りブッダは、20バーツ。
ごゆっくり、私はここで、待っています、と運転手。

ラッキー仏陀の堂の中に入ると、先客がいて、僕をみると、座布団を使いなさい、と勧める。
これが、やたら、親切で、ここロイヤル・テンプルは、バンコクで最初に出来た仏教寺院である、ラッキー仏陀は、スコータイの王朝時代の守り仏で、スコータイ、アユタヤ時代を経て、ここに至っている。
など、歴史を教えてくれる。
(・・・そんなに由緒ある仏陀なら、もっと立派なお寺になっているんじゃ、ないか??)
そして、自分はプーケット出身で、アメリカでロー・スクールを出て(なにか、Certificateのようなものを、ちらり)、今は、サンフランシスコで、タイと中華にレストランを経営している。
(ロー・スクールを出て、タイ料理店??)
日本人の何某さんという、慶応出身で、ITビジネスをやっている日本人の友達がいる。云々かんぬん。

そして、これから、どうするのですか?
と聞いてきた。
もう、ここらあたりで、ヘンな男だと思ったので、話しにけりをつけたくて、HOMEFACTORYに行くように、勧められている、と言う。
これで、話を打ち切れるかと思ったら、どっこい、それが、彼の待っていた話題なのであった。

いやいや、あなたは運が良い、そこは今日が、今年のプロモーションの最終日で、今日なら、一般客が安値で買える。
実は自分も、今回の帰省で、昨日宝石を買ったばかりなんだ。
といって、その保証書など、示し、そこの店の詳しい宣伝を始めた。。。

ちょっと、うんざりしながらも、30分以上、ロイヤル・テンプルに居て、もう帰ろう、とトクトク運転手に戻る。

地下鉄の駅に戻ってくれ、と頼むと、運転手が、あわてたように、せっかくここまで来たんだし、HOMEFACTORYは近いから、買わないまでも、見るだけでもどうか、チャイナタウンに行くには、早い。
もう、ここで、仕組まれたルートなんだな、と感ずいたけれども、あまりに熱心なので、だまされついでに、最後まで行ってみようと、あきらめる。

HOMEFACTORYは、決して近くはなく、15分は走った。
そして、宝石をたんと、みせられた。
せっかくだから、いろいろ話は聞いて、タイは、ルビーをサファイアが採れて、とくにルビーが良いらしい。
気に入った、ルビーのペンダントも出てきたが、ここはぐっと押さえて、買うのは止めた。
どうにかこうにか、積極的なセールス活動をくぐり抜けて、何も買わずに、そこを後にすることができた。

僕が、中に居る間に、どんどん人が入ってきたが、日本人が多い、というわけではなく、西洋人が結構、カップルで、来ているのが、見えた。

ファランポーン駅に戻ってきたのが、5時だったから、ちょうど2時間半くらい、かかったことになる。
それで、40バーツはかわいそうに思えて、運転手には、チップを10バーツ。

振り返ってみると、最初の道端で親切に話しかけてきた男から、運転手、そしてラッキー仏陀のサンフランシスコの男、HOMEFACTORYの面々、すべてネットワークでつながっている、騙しのグループなのでした。
それぞれが、役割の一端を担っている。
決して、ひとりだけが、あくどく、しつこく、勧めるのではなく、ちょっと親切にして、次にバトン・タッチ、そして、最後は、今日が最終日、もうこの値段では買えませんよ、こんなに良いものが、保障付き、無税、こんな良い話、ないでしょう?

部屋に帰って、インターネットで「ラッキーブッダ」で調べると、沢山の被害が報告されていました。

宝石のHOMEFACTORYだけでなく、洋服の仕立て屋が、セースルの場であるケースもあるようです。
旅行者が、シルクのスーツを仕立てよう、とそもそも考えていたりすると、ついつい、買ってしまう。

久しぶりに、チャイナタウンでも、と観光客になったとたん、観光客を騙すグループに出会ってしまいました。
僕の場合、実被害は、トクトクの40バーツとチップの10バーツでしたし、そういう経験が出来て面白かった、
ということですが、結局、チャイナタウンには行けてないので、一日を棒にふった、という甚大な被害にあった、というべきでしょうか。

それにしても、長年続いているらしい手口らしいのに、どの旅行ガイドにも、注意が載っていないのは、どうなのでしょうか。非常に、具体例だから、もっと知らしめて、良いとおもう。
と、せめて、自分の日記には書いて、知らせよう!


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タイ料理をフードコートとかで何種類か食べてみて、なんとなく気が付いた
のは、野菜が結構少ないかな、ということ、
ご飯が山盛りで、どろどろおかずがあって、はい、それまで。
スパイスのために野菜はあっても、野菜そのものを味わう野菜はない、
というか。。。
まぁ、タイ料理、わかっているわけではないので、そういい切れるわけ
ではないですが、今の、自分の範囲の中では、そんな感じ。

で、野菜は、日本に居るときは気にしすぎるほどに食べていたので、
タイ滞在中もそうにか、自分で工夫して食べなくちゃ、と思いました。

サラダ・バーの野菜は、ジャスコ、カルフール、TOPS,どこでもあるので、
新鮮な生野菜は、そこで、入手する。
でも、毎回、サラダ・バーでは飽きるので、自分で野菜炒めくらいは、
作りたい。

そのために、電気コンロ、フライパン、一式整えました。

電気コンロ、と書きましたが、英語名は、Induction Cookerです。
電磁式過熱器、調理器、というのでしょうか。
これは、アルミ製のフライパンは使えず、ステンレス製でなければ
ならない。
アルミ製のなべにも、使える電気コンロは、別なのですね。

日本では、ガスを使っているのですが、バンコクで借りているコンドは、
ガスが使用できないので、電気製にしなくてはならず、この機器を
買うのも、一苦労しましたね。
なにしろ、店員さんは英語をしゃべれず、僕はタイ語がわからず、
ですから。

そして、キャベツ、にんじん、たまねぎ、を買った。
日本に比べて、野菜は、そんなに安い、という感じはない。
へ~、こんなに高いのか~。
安い、ことを期待しすぎているので・・・。
例えば、にんじん、日本のスーパーのバーゲンの方が、安い、
という感覚です。
(でも、味の素は、タイではめちゃくちゃ安い。どうしたことだろう)

まぁ、健康のためですから、値段はさておいて・・・。

野菜炒めを、日本で作っていると、同じ要領で作ってみましたが・・・。
味が、無い、感じ。

日本では、きゃべつはきゃべつだけで、いためれば、ほんのり甘味もでて、
おいしかったりするんですが、タイでは、なんだかあっさりしているだけ。
味が、しない。

これは、もう、ちょっと工夫しなければ、美味しく食べられないなぁ。
という状況です。

それで、タイの野菜について、mixiで、質問&回答のやり取りを見つけ
ました。
以下、その抜粋コピーです。

******************************

Qさん(質問):
一昨日からバンコクに住み始めました☆

食べ物について質問です。
以下の食材を自分で調理したいとき、みなさんはどうされていますか?
「やめといた方がいい」「これなら大丈夫」「ここに売ってるものなら大丈夫」
「こうやって調理すれば大丈夫」等のアドバイスをお願いいたします。

たまご

葉野菜(キャベツなど)

豆腐
油揚げ
くだもの

あとはおススメの食べ物とかもあれば教えていただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします。

7 2006年09月11日 13:38
Aさん(回答):

卵:必ず火を通すようにしましょう
魚:魚にもよりますが、生は絶対にダメです
野菜:絶対に日本より安全です(私は日本産の野菜は絶対に生では食べません)
肉:問題なし(私は豚肉でも生で食べますよ)
豆腐:問題なし(作っているのはほとんど日本人)
油揚げ:同上
果物:問題なし

以上からもわかるように、気にしすぎないほうが良いと思います。
ただ、魚にしても卵にしても、生で食べる習慣がない国ですので生で食べれる
くらいの鮮度を保つ輸送をしていないためですので(卵を炎天下にトラックの荷
台に剥き出しで運んでいます)海の魚でしたら新鮮なものは生でも大丈夫です
が、川魚を生で食べると肝臓ジストマに感染すると思ってください。
(ソムタムに入っている生のカニも同じ)
まあ、川魚を生で食べて肝臓壊すのは日本でも同じですが・・・

Bさん(回答):

タイの野菜は品種改良しすぎた日本のものと比べ、ガンの抑制に効果が
あると、筑波大学の研究論文で発表されていますね。
トムヤククンが理想のスープなんだとか。

*******************************

ということで、タイの野菜は安全、健康的ではある、ということのようです。

虫に食われた穴だらけのまま、スーパーで売っている青野菜もありますから、
より自然栽培に近いのでしょうか。
見栄えにとらわれる考えを修正して、美味しい野菜を見つけたい、
そんな日々になってきました。

今回、バンコクに来て、2週間が過ぎました。
最近、下記の二つのブログに目が止まりました。

一つは、50代でしょう、タイの若い女性と結婚し、タイで、車を買い、家を建て、
果ては全ての貯金も取り上げられた上に、ちっぽけなカバンひとつで、
その家を放り出された男性。

もう一つが、31歳の日本男性が、25歳のゴーゴーダンサーに入れあげた
上で、もつれ、果ては女性を殺して、自分もマンションから投身自殺した
事件。

国際結婚の天国と地獄 (The Thailand ワンオアエイト奮闘記)
http://sirisomritikun.blog36.fc2.com/blog-entry-126.html

タイでもついにこんな事件が (タイでロングステイしながらゴルフ友達になりましょ)
http://blog.goo.ne.jp/nagaichi_1950/e/e7cab22d8019499056a5b42d96778687

ここで、取り上げたのは、珍しい事件だからではありません。
よくよく、目にし、耳にする、話だから、です。

50代でタイに来て、若いタイ女性を紹介され(あるいは、日本の風俗で
知った女の子を追いかけてタイに来て)、タイ語も、タイの習慣も文化も、
わからないままに、求められるままに、資産をつぎ込み(私を愛しているなら、
私の望むこと、喜ぶことはしてくれるでしょう?とても嬉しい、愛してる、
というセリフはあったでしょう)、金の切れ目が縁の切れ目か、とびくびくしながら、
避けることもできずに、行き着くところまで、行ってしまう。
傍から見ると、ほらみろ、いわんこっちゃない、そもそも30歳も歳が離れて
いるんだから、金だけが目当てだ、くらいはわかるじゃないか。
自業自得な、バカなおっさん。

後者は、若い日本人男性で、少しの金で、目一杯遊べるというので、タイの
風俗通い旅行を、定期的に行い、あげくは、特定の女性を好きになってしまって
(こちらも、日本のタイ風俗店で知り合って、追っかけてタイまで来る、という男の子も
いるでしょう)、金がないから女の子を囲うこともできず、愛情と嫉妬のはざまで、
切れて、殺人や犯罪にいたる、というケース。

前者は、金があってもダメ、後者は金がなければやっぱりダメ、ということを物語って
います。
ただし、50代の日本男子と、20代のタイ女子の恋愛は、なりたたない、ということでは
ないと思う。
また、若い日本男子と、タイ風俗女子に恋愛が、すべて刃物沙汰になる、ということ
でもない。
共通しているのは、お金の価値というものを正しく理解し、実用していない、という点。
愛情、というものに、ヘンに寄りかかっている。
前者は、金を愛情と等価に考えて、これだけの金を使ったんだから、当然相手には
それに見合った愛情のお返しを期待、してしまう。
金は、相手をつなぎとめておく手段にはなっても、愛と等価な行動にはならないことを
知らなければ、ならないのです。
つなぎとめておく手段としてのお金の使いかたは、車や家を相手名義で買い切ったり、
銀行口座を相手共有のものとはしない、ということが、実施できなければ、実質効果の
ある使いかたとは、とても言えない。投げ捨てているようなもの、ではないか。
タイの不動産は、日本人は購入できない、というのなら、ローンで買えばいいのです。
30年ローンで、名義は相手タイ人のもので、支払いは自分がしてやる、それで、
30年間、つなぎとめられる、わけです。支払い総額が高くつこうが、家を購入した
とたんに、お払い箱になるよりは、よほど賢い遣い方です。

後者の場合は、とにかく、金が無くて、風俗の女の惚れて、自分は愛情一杯一杯で、
愛しぬこう、だから君も仕事をやめて僕のオンリーになってくれ、ということが無理なのです。
純な愛情なんて、この場合(昔昔からですが)、現実離れした、幻想です。
日本の、豊かで、安易で、頑張りたくない生活のなかで育った若者が、見やすい、
幻想なのです。
この青年は、お金の価値を正しく理解し、今もっているお金で遊べる限界を知って
遊ぶか、もっともっとお金を稼げるように、自分をみがくか、どちらかの道を選ぶしかない
のだと、思います。

小倉千賀子さんが、言っていました。
現代の恋愛は、究極のところ、男は金、女は顔、なのだ。 (結婚の条件)
もし、現代でもそうなら、この事実は、
いままでも、いまも、そしてこれからも、男女の間の心理的事実でありつづける、
だろうと思う。
男性の魅力の、ひとつとして、金=経済力、それが、愛情を得、育てる
礎になる、ということとを、もう一度、肝に銘じて、
上に書いたような、典型的な2つの失敗を、なんとか、減らしてもらいたい、
と祈ります。
しかし、なくならないでしょう。
成功する恋愛よりは、失敗に終わる恋愛の方が、はるかに多いのであって、
これらは、その失敗の典型パターンにすぎないので、繰り返しくりかえし、
行われてしまうでしょう。
だれしも、頭で知っていても、自分の場合は特別だ、自分の恋愛は本物だ、
と思い勝ちなものです。
そう、思い込むことが、恋愛である、とも言えますが。

最後に、30歳も年が離れた男女に愛情が芽生えるわけがないでしょ、
お金目的に決まってるでしょ、ということを論理的に示そうとして、
そういう思いでいる50代の男性を諭し、考えを改めさせようとして、
(余計なおせっかい、なのですが)、こういう例をあげます。

だって、自分が若い男子で、50歳を過ぎた大金持ちの女がやって
きて、好きだわ、といわれたら、どうします。そりゃ、目をつぶっても、
しばらくは付き合うでしょ、お金がたっぷりもらえるうちは、、、。

これは、上のBlogの最初の記事で、書かれてる事柄です。
ちょっと、反論したい、です。

この論旨には、もっともらしく見えて、2つの欠点があります。
ひとつは、上の小倉理論にもあるとおり、お金は男性の魅力の大きな
要素なのだ、という点。お金がある男性(年配の場合もあって当然)が、
自分に平和と安定と家庭と将来を与えてくれる、というのなら、そこに
愛情を感じる、ということは、ごく自然な成り行きです。
あり得る、ということです。
ふたつめは、50代の女性が、あたかも魅力のまったく無い化け物の
ような、言い草だ、という点です。
星野知子は50過ぎでしょ。十朱幸代は65歳。
この人たちは、もちろんお金を持っていますが、お金をもっている、ということが
魅力なんですが?
お金を持っていなくたって、お付き合いしたい、という年配の、魅力的な女性、
いっぱいいるんじゃ、ないですか?



Thai Dating, Singles and Personals

ネットサーフィンをしていたら、2006年の記事に、高倉健さんが、文化功労賞に選ばれた、とい記事に出会いました。
遅ればせも、いいところですが、そうかぁ、うれしいなぁ、と感じました。

75歳。歳を降れば何人もの人が栄誉をになうのだろうと思っていたが、俳優としては初めてだといいます。(だから、今は、77歳なんですね~)

極限の地や、極限の立場に置かれた人を演じてきた高倉さんが、以前、こう述べたことがある。

「孤独な作業に命をさらし・・・揉まれに揉まれ、悶え苦しんだ者だけが、やさしくてしなやかな心を持つことができる。
僕はそういう人間に感動します。(アサヒグラフ)」

という朝日新聞の記事に惹かれて、健さんの「あなたに褒められたくて」を久しぶりに手にしました。

この本は「宛名のない絵葉書」というお話から始まります。

檀一雄という作家が、ポルトガルの西端のサンタクルスという小さな漁村に住んでいたことのドキュメンタリーを撮る、という仕事でのお話です。

檀一雄と高倉健という、どこか似た、さすらい人を感じさせる好エッセイという気がします。

ほとんどの撮影が終わって、あとはヨーロッパ最西端のロカ岬で、大西洋に沈む夕陽を撮ることになります。

落日を拾ひに行かむ海の果て

と、謳って、檀一雄はこのロカ岬に沈む夕陽をこよなく愛したと言われます。

(なんで、檀一雄はヨーロッパの果ての果てまで来て、知る人も居ない小さな漁村で、一人暮らしを始めたのでしょう。
自分自身の落日を見とどける、という意味もあったのでしょうか。2年間の滞在のあと、身体を壊して日本に帰国することになります。)

夕陽を待つ間、健さんは日本に送る手紙を書きます。

「ヨーロッパ大陸の最西端のロカ岬の、村はずれのカフェで、この葉書を書いています。
夕陽が大西洋に沈む、そのときを待ちながら、なぜかあなたのことをとっても思っています

ここまででいっぱいになった葉書を手にして、健さんは、誰に書いているのか、いったい誰にだしたらいいんだろう、とわからなくなってしまいます。

誰なのでしょう


この答えは、この本の最後のお話「あなたに褒められたくて」で明らかになるのですが、一旦わきに置いておいて、もうひとつの話題を。

高倉健の、もう一冊の本に「南極のペンギン」があります。

大きな活字で、振り仮名も付けられた、子供向けの絵本のようになっています。

最初に「アフリカの少年」というお話があります。

アフリカで撮影をしているとき、砂嵐に襲われます。

ひろい砂漠の地平線が、まっ黒い雲におおわれて、いままでの青空がかき消されるように、みるみるその雲が近づいてきます。

砂あらしは砂と石を大量にふくんだ突風です。

「砂あらしになります。早くホテルにもどりましょう」

とおびえたように現地のスタッフが言います。

車で一目散にもどる途中、砂漠の一本道を走り続けているときです。

道標の下に、大きな黒いかげが見え、よく見ると15,6さいの少年です。

少年は、はだしの両足をしっかり地面につけ、両ひざをかかえこんでうずくまっています。

「どうしたんだろう?」

と僕がきくと、

「砂あらしがとおりすぎるのを、待っているんですよ」

と現地のスタッフは、見慣れた光景のように、無表情にこたえます。

顔をあげた少年と、ほんのわずか、視線があった。

うらやましそうな、悲しい目だった。

車をとめて少年を乗せ、家に送り届けるのは簡単だった。

だが、僕はあえてそうしなかった。

少年はだれにも助けをもとめていなかった。
自分で考えてとった行動なのだろう。
おさないときから、彼はなんども砂あらしにおそわれているはずだ。その経験から、その場にうずくまって待つのが、いちばんいいと判断したにちがいない。
そう思った僕は、彼をそっとしておきたかった。

夢をみろよ

僕は心の中で少年に話しかけた。

どんな土地に生まれるのか。
どんな親に育てられるのか。
だれにもわからない。
こどもはなにも選べず、ただ生まれてくる。

だが、夢なら自由に見ることができる。
その夢をかなえる時間は、まだ君にはかぎりなくあるはずだ。

砂あらしにうずくまる君を、現地の大人たちは助けない。砂あらしにたえる力を、子どものときから身に付けさせるためだろう。
そうしなければ、この土地でいきていくのはつらい。だから、大人たちは見て見ぬふりをする。
それも大人のやさしさだ。

旅人の僕は、なおさら君を助けられない。ずっとそばにいるわけにはいかないからだ。

”だから、夢をみてくれ ”



さて、もういちど、最初の本にもどります。

それは、「あなたに褒められたくて」と題した小エッセイです。

そして、最後に次のように、タネを明かして、しめくくられています。



お母さん

僕はあなたに褒められたくて、ただ、それだけで、あなたがいやがってた背中に刺青(ほりもの)を描れて、返り血浴びて、さいはての「網走番外地」、「幸福の黄色いハンカチ」の夕張炭鉱、雪の「八甲田山」。
北極、南極、アラスカ、アフリカまで、三十数年駆け続けてこれました。

別れって哀しいですね。
いつも。
どんな別れでも。

あなたに代わって、褒めてくれる人を誰か見つけなきゃね。



(蛇足)
高倉健は幼少年のころはからだのとても弱い子でしたから、お母さんはスパルタで育てました。
一方、彼が俳優になって映画を見るときには、ストーリーではなく、危険な目にあっていないかを見ていました。危険を感じると、仕事をやめろと長い手紙を書いたといいます。映画のポスターを見ただけで、「アカギレが足にできちょるね。もう寒いところで撮影をしないように、会社の人に頼んでみたらどうね」と言ってくる。ポスターの撮影のとき、健さんはメークさんや衣装さんやカメラマンには、アカギレができていることを肌と同色の絆創膏をはったりして隠し通していたのですが、お母さんには、ポスターをみただけなのに、分かってしまったのです。
日本では、男性の寿命は、女性より5歳ほど、短い。
その理由として、いろんな説があるでしょう。

一言で言うと、男性が生きにくい生き物だ、ということだと思います。

心理的に振り返ると、男性は男児のころに、初めて他人を意識する対象は、
母親であって、このもっとも親しい人が、自分と同じ性ではないこと、自分は
男であることを意識させられます。

やがて、男性は、男性であるが故に、子供を産むという、最も創造的な能力が
ないことを知ります、女子には出来て、自分には出来ない、だから、男子にも
可能な重要なことが出来るようにならなければ、という意識が植え込まれます。
それが、男は外に出て、競争に勝ち、生活に糧を得る、家族を養う、
という意識になります。

ヒトが存在したその昔、もっともヒトが膨張した時代、男性は狩猟生活で、
あるいは牧畜生活で、獲物を獲るため、生活の糧を得るため、家族を守るため
の様々な能力を見につけました。

男児は、一般的に、女子よりは荒っぽい遊びをしますし、競争や、勇気とか
力強さ、を意識して成長するものです。
筋力は、男性の方が発達しているもので、それが発揮される環境で、自分の
力が発揮できれば、男性は幸せです。
遠い過去においては、それが狩猟とか、戦闘によって満たされたでしょうが、
今は、そのような必要のなくなった時代です。
スポーツの世界が今では残された唯一の聖域かもいしれません。
それでも、男性たる存在を証明するために、男は競争意識・戦闘意識を
失くすことは、できないのです。

子供を産むことの出来る女性には、温かさ、優しさ、親切、思いやりが期待され、
それなりに、役割完結します。

男性は競争や闘争を念頭においた男らしさを大切にし、周囲の期待にこたえ
ようと、強く、自信に満ち、自立的行動をもって、役割完結しようとします。
しかし、すべてがうまく行くことはないものです。

男性はそもそもから競争にさらされるわけ、ですから、孤独です。
競争で傷つけられたり、惨めな思いをしても、情緒的に振舞うことは禁じられ、
おのれのこころの中に閉じ込めます。

気が付けば、男子には、学校時代から、真の親友(へんな言い方ですが・・・)が
無く、他人になんでも話す、ということが難しいひとが、多いのです。

女性の方が、親友がいる、という人が多かったり、とにかく何でも話す、
という性格は、作られやすいのではないでしょうか。

男は、生きにくい、んです。

そんな男性の、本当の救いになるのは、伴侶、なんですね。

だから、そんな男性が、シニアになり、社会生活からも身を引くようになると、
いよいよ伴侶との生活に、すべてをかける、多くを期待するようになります。

自分には、本当の友、と呼べるものが居ないことがわかります。
伴侶が自分の親友である、自分の親友になって欲しいのだ、ということに
気が付くのです。

これが、女性にとっては、気が重くて、大変です。
濡れ落ち葉、といって、笑ったり、なじります。

どうして、そうなのか、そうなってしまったのか、考えてあげ、やさしくなって
欲しいなぁ、願うばかりです。

また、そんな男性のあり方を反映して、「100万本の赤い糸」などの
出会いサイトなどで、交際を始めるにあたっても、
男性の方が、どちらかというと、性急で、結論を急いだり、
一方的の自分の意見を述べたり、反論をあまり許さない、
というか、余裕のない、ものの言い方になり勝ちなのではないか、
という感想をもっています。

男性には、くれぐれも、自分の行動を、振り返ってみる時間とこころのゆとりを
持つことを願いたいです。

女性には、くれぐれも、男性の行動の背後をみてあげるやさしさと、、
自分が肝心な点はリードしてあげる、ころろのゆとりを持って欲しい、
と祈りたいです。

Roomベランダ・キッチン

Room内観

ルンピニ公園1

ルンピニ公園2

ルンピニ公園3

ルンピニ公園4

ルンピニ公園膝枕1

ルンピニ公園膝枕2


電磁式Cookerから、フライパン、なべ、包丁、まな板、湯沸しポット、
コーヒーメーカー、カップ、お皿、などなど、
そんなに料理するつもりはないのだけれど、最小の品を買いました。

もう、これだけで、セントラルやロビンソンの安デパートや、ロータス、
カルフール、ジャスコなどのデスカウント店やスーパーに足を運んで
約、一週間、かかりました。

ベランダにキッチンがしつらえてあるのですが、調理器具はまったく
ないので、全部買います。
テーブルに椅子も買いました。
手で運べるもの、小さいもの、色はあっさり系、というだけの基準で探した
のですが、なかなか、みつからないものです。
一人だけの食事になるだろうと、最初、椅子は一脚しか買わなかったの
ですが、それは、なんとも落ち着かないように、目に映るものですね。
それで、椅子は二脚、そろえました。

上の写真は、
ベランダ・キッチンの様子と、部屋の中から、入り口ドアーを眺めた
ものです。
部屋代(40SQM)10,000バーツ、管理費680バーツ、
インターネット(1M)630バーツ、初期導入費1530バーツ。
水道電気は使用料次第、、、。
多分、月、13,000バーツ(4万3000円)くらいで済むのではないか、
と想像しています。
あとは、食費とレジャー費用のみ。

こんな感じで、スタートしてみます。

そうこうして、一息つけたので、25日の日曜日、ルンピニー公園に散歩に
行ってきました。
散歩、といっても、地下鉄で6個目の駅なので、近くはないのですが。

バンコクには、緑豊かな公園って、少ないですね。
地図でみると、ルンピニーは、街のど真ん中にあって、緑の木がうっそうと
茂っていそうな期待があったのですが、
着いてみると、高い木々はあるのだけれど、枝葉の付き方が、か細くて、
たよりない。
南国の枝もたわわんばかりの木は、一本もない。。。

歩いて行くと、ベンチの多さが目立ちます。
アメリカ人らしい青年が二人、ジョギングをしている姿など、雰囲気は、
少しだけ、ある。

多くのタイ人たちは、家族や、カップルで、ビニール・マットの上で、
遊んだり、昼寝をしたり。。。

写真は、その中で見つけた、カップル2景。
女の膝枕、、、世界共通。
おっと、ここでは、男の膝枕、もありました。
日本でも、女の膝枕は、白昼堂々、見せるカップルもいるだろう、と思う。
しかし、男の膝枕する姿は、あまり見られないのではないだろうか?
不勉強で、僕には知識がないのだが。。。

公園のベンチで、小一時間、片岡義男の「花のある静かな日」を読んできました。


男は家庭に仕事は持ち込まない。
家で、会社の仕事の話はしない。
というのが、男のあるべき姿、という見方をする考えもある。
一方主婦は、夫が帰宅するや、その日の出来事をなんでも話したがる。
些細な、隣近所の噂話まで、じつのよく話たがる。
話をすることで、ストレスが解消される、ということを言う。

男は、会社で、またアフターワークの付き合いで、ベタベタした感情のもたれあいを
しているので、家に帰れば、もう無口でいたい、
のではないだろうか。
しかし、主婦は、気苦労の多い近所付き合いで疲れたこころを、夫に話しを
することで、癒そうとしているのだ、
と思う。

こうして、ある夫婦の愛を語る本によれば、
妻は夫の、一人になりたい、という欲求を理解し、その時間を与えた方が良い、
夫は、妻の話に、耳を傾ける時間を持つ、妻は解決をもとめて、あれこれの
問題を言うのではないから、回答を与えようとするのではなく、まずはただ聴く、
という時間をもつこと、
というようなことが言われる。

なるほど、と思う。

一方、シニア世代の夫婦関係のストーリーをみると、
特に定年後の男は、妻にべったりくっついて、濡れ落ち葉、とさえ言われる。
定年後には、妻とじっくり時間を持ちたい、一緒に旅行もしたい、
と思う男が圧倒的に多い、ようだ。
妻の方は、夫元気で留守がいい、のが、四六時中家に居るようになり、
三度の食事から、散歩から、会話まで、うんざりするようにになる。

これは、前者のストーリーが逆転したことを意味する。
夫は、妻に、癒しを求め、
妻は、一人の時間が欲しい、
と言っているのである。

男性は、女性も、一人になる時間を持ちたいのだ、ということを、もっと十分に
理解する必要がある、
と強く感じる。
やさしく、温かで、思いやりのある女性でも、
いつもべったりした人間関係を望んでいるわけではないのだ。

そう思うのは、大きな間違いである。

夫から離れて、ひとりになる時間、友達に会うことだったり、映画やコンサートに
いくことだったり、小さな旅行だったり、

自立した人間をはぐくみ育て、維持するためには、男性にもそれが必要なように、
女性にも、当然、必要なのだ。

ということを、男性は、もっと理解すべきではなかろうか。

老後は、あるいは、シニアになったら、夫婦二人だけの生活、ということに
対するイメージは、
男性の方が、はるかに陳腐で、矮小で、夢のない姿、
に映っているように思えます。
男性は、なにか、閉じこもろうと、しているようにすら、見えます。

豊かに、60歳以上を過ごすために、まだまだ夢をもつことを忘れてはいけない、
自立の気持ちを忘れてはいけない、
と思うのです。

あなたは、次の質問に答えられますか?
どちらが長生きか? (A: 独身者  B: 既婚者)






そうです、答えは、B:既婚者 なんです。

その理由は?

もう、様々な経験をされて来た皆さんが、それぞれに考えてみてください。

それは、すべて、正解です。

要は、人は、愛によって、癒され、満たされ、健康を保たれるのです。

孤独は、人を傷つけ、不安にし、免疫力を低下させるのです。

そして、人間は、所詮は、ぎりぎり孤独なのですから、

せめて伴侶の

愛が、必要なのです。

そう、思います。
若者のあいだで、従来の、男性らしさ、女性らしさの固定観念が
あいかわらず、変化しつつあるようだ。

旅行やデートの主導権もとらず、自分の見た目を追及する男、
男物の服も着こなし、デートよりも仕事優先の女、が増えている。

「配偶者や恋人との旅行先は、自分が決めたい」と答えた男性は、
60代では50%以上だが、20代では20%強にとどまる。

また、若い男性の関心は「自分の見た目とニオイ」。
「自由に使えるお金の主な使い道」で、
20代の男性は、「化粧品、香水、整髪料など」 と答える。
2003年の調査の3倍強、35.6%に増えた。

一方、女性は「たくましく」なる傾向。
「恋人や配偶者に頼られるとうれしい」という女性は、
50代では、8.8%、
30代では、34.2%、
20代では、39.1% (おお、4割)

「迷わずにデートより急な仕事を優先」 する女性は、
20代で、37.7%で、実にどの年齢層の男性よりも、高い、のだ。

「男性向けの服でも、見て欲しくなることがある」 女性は、
20代で3割、
30代では4割に達する。

                   ( 日経産業地域研究所の調査による)

これを、どう読むのか。
女性の男性化で、日本の活力はよみがえるのか?

一方で、興味ある指標が発表されました。

国際競争力:スイスの有力ビジネス・スクール、IMDの評価。

日本は、1989年1位。(第1位だったのです!)

今年2008年は、22位。
昨年24位からは上昇しているが・・・。
アジアの中でも、なんと8位。

日本の劣化を、どうやって、食い止めるか。

やはり、男も女も、がんばらなくちゃ。

バランスが大事であって、若い男性陣にはもっと強くなって欲しいし、
年配の女性陣にも、もっとがんばってもらいたい。

旅行先を自分で決める、という比率が、年配になるほど男性が高くなる、
ということに、不満があります。
僕が、不満、なのではなく、その配偶者であったり、カップルである、女性に
不満があるはずだ、と想像するのです。
男がリードすれば、自分勝手な選択になる、女性がリードすれば、ほどほどに、
両者の望みが反映される、そんな気がします。

なかむつまじく、カップルが過ごせるためには、女性のリードがベター、
と考える、この頃なんです。

出会いのサイトでは、女性会員の数が、成否の鍵を握る、とは誰もが理解していることでしょう。

そういう意味で、単純に、百万本の赤い糸サイトも、女性会員が順調に増えて欲しいと願っています。

ところで、その女性たちのことを、男性たちは、どの程度に知っているのでしょうか。

離婚して、それが良い経験になって、いろんなことを考え、思いやりが深くなった、だから
もう同じ間違いはしない、もっと優しくなった自分がいる。

と考える人は、男性も女性も多いかと思います。

しかし、果たして、そうでしょうか。

よくわかりません。
もし、そうならば、再婚は、もっと増えて良いはずだし、人間の幸福指数は、もっと高まる
まずですが、どうも、そうとは見えないのが、実感です。
どうでしょうか。

人は、単に離婚する、という経験からは、自分自身のピュアーな考えを、さらに深めは
するかもしれませんが、相手のことを真に思いやる、という心は、言葉でいうほどには、
信用できないのではないでしょうか。

相手のことを思いやる、ということは、ある意味で、自己を譲る、という面があると思う。
それが、離婚という人生の修羅場経験を経て、上手になるとうれしいのですが、
はたして、そうでしょうか。
現実的には、自分を守る、というこころの方が、強くなりはしないか?

太平洋戦争に敗れて、日本人すべてが前途に悲観し途方にくれていた時、
ドナルド・キーンが、
「日本には、世界に冠たる、すばらしい日本婦人がいるかぎり、大丈夫です」
と書いた。

伝統的に、女性的と考えられる特徴の、

温かさ、親切、優しさ、愛らしさ、特に他人への思いやり、

それらに日本人女性は、秀でていたとキーンさんは、言っているのだと思う。

現代のフェミニストからみれば、男性が勝手につくった性的役割特徴だ、というかも知れ
ないですが、人間にとって、大切な性格特徴ではある、と思う。

そして、男性も女性も、それを同等に見につけることが大切なのです。

しかし、それでも、二人のカップル関係では、その面で、女性に一歩リードして欲しいと
僕は願ってしまうです。

離婚すると、男性は、再婚したい、と考えるそうです。
もう、一度、人生をやり直したい。

一方、女性は、それほど、すぐには、再婚は考えない傾向にあるそうです。
一人で生きられるなら、一人がいいかな。

男性は、こころの問題が一番で、再婚したい。
女性は、経済問題が一番で、再婚しなくても、生きていける。

男性は、孤独に弱い。
女性は、孤独に強い。

どうみても、男性の方が、あせっているように見えます。
短絡、直情的、良い言葉でいえば、熱情的、熱心、なのです。
男女関係に、まだロマンを捨てない、でいる。

一方、女性は、より冷静なようです。
より現実的に、一歩一歩、前進する。
離婚をして、よりその性格が強まる。
だから、どうも、再婚の付き合いが始まると、男性がことを性急に運ぼうとしすぎて
いるように見えるんでは、ないだろうか。

そういうことが、この赤い糸のサイトを通じて知り合った、メール交際にも、起きて
いるのではないか、
と想像します。

出来るものならば、そうした男女の心理の差も理解して、
うまく男性をリードしながら付き合いを進展させ、結婚にいたる道を歩んでくれるような、
かしこく、やさしい、女性に会員として参加してくださることを、願っています。

男性に対して、期待したいのは、決して女性を、こういうものだ、こうあるべきだ、と
一方的には、思わないこと。
それが、せめての、離婚の経験から得た、貴重な知恵なのではないでしょうか。

かのフロイトでさえ、
「いまだかって誰も答えたことのない、そして30年間女性心理を研究してきた
私にも答えられない大きな疑問は『一体女性は何を欲しているか』である」
と書いている。

女性心理は、これほどに、男性にはわかりにくいものだと理解し、もっともっとわかる努力を、
男性はしなければならない、と思うのです。

RoomBed2


RoomBed1


コンドミニアムは家具付きですが、買い足さなければならないものが、沢山あります。
基本的に、ベッド、TV、冷蔵庫、ソファ、キッチンがついているとして、
さしあたり生活するには、ベッド・シーツ(大体、ベッド・シーツ、枕カバーがセット)、
枕それ自体、シャワー・タオル、石鹸、シャンプー、テッシュペーパー、などなど。

買い慣れないものとしては、ベッドの類ですね。
キング・サイズ、というだけで売り場に行っても、始めはよくわからなかった。
上に書いた、ベッド・シーツのセットと、掛け布団のセットは、別売り。
バンコクは年中暑いので、掛け布団(もちろん薄手のものですが)は要らない。

ベッド・シーツのセットの値段、
3流デパートのロビンソンで、ざっくりですが、僕の好みにあったものの値段は
3500バーツ(1万2000円)、
大型スーパーのカルフールで、2000バーツ(6600円)。

ロビンソンのベッド売り場ではなく、入り口付近で、セールをしていた。
そこで見つけたのが、720バーツ(2400円)の商品。
品物は、良い、ようである。(女性友達Aの意見)
部屋の雰囲気・カラーに合わせた商品を選ぶ。
洗濯に出す期間も考慮して、2セット購入。
普通の枕X2、長い棒状枕X1、タオルケット(掛け布団の替わり)、も購入。
全部で、2500バーツ(8300円)でした。

こんな感じです。
これで、やっと、ぐっすり眠れるでしょう。

April4(3).jpg

バンコク到着と同時に本契約して入居する予定だったコンドミニアムが、
期待していた条件が満たされそうも無いので、仮契約をキャンセルし、
同時に引っ越す新しいコンドミニアムに移る、といういわば離れ業を、
たった3日間で僕が出来た背景には、手助けがあったのです。

それは、タイ・ラブ・リンクで、3週間前からメールを数通、チャットを2回
交わしていた女性Aさん。
今回のタイ訪問で、一番に会いたいと思っていた女性です。
予定では、15日の到着後、落ち着いているはずの16日に、会うことに
なっていました。
会ったのは16日、ではありますが、状況は落ち着いた、どころではなく、
混乱のまっただなかで、僕は、コンドミミアムの事務所のスタッフと、
インターネットのIT テクニシャンとで、相談やテストを何度も繰り返している、
という状態。

一方、彼女とは、前日夜に電話で会話して、午後2時に会う、という
約束。
いろいろ交渉している中で、2時近くになり、そろそろかな、と思っていると、
彼女からメッセージ、袈裟11時に卸の業者から商品納入の電話が入り、
遅くなる、4時にして、と言ってきた。
彼女はお店を持っていて、緊急の事態も当然起こるだろう、と思いはしても、
こちらも、大変な状況なので、
そんなに簡単に約束を変えるなよ~、
マイ・ペン・ライなんだろうか~
という感情を抑えることができなくて、
Are you sure to make 4:00pm this time?
という、ややいやみがこもった携帯メールを返してしまった。
どうにか、今度は変更なく、4時に待ち合わせ。
ラチャダのジャスコまで、ライトバンを運転して、彼女はやって来た。

まず、ESPLANADEのFujiで日本食を食べる。

その後で、予定だった部屋を見てもらい、どう感じるか、感想を
聞きます。
すっきり、きれいで、ソファや、冷蔵庫、TV、クローゼットなども新品で、
いいところだと思う、というコメント。
そして、その日の午前中に、僕が見つけておいたコンドに移動して、
その部屋の感想を聞く。
こちらの部屋の方が、断然良い、というのが、ひと目見た彼女の感想。

部屋以外の、周りの環境や、事務所のスタッフの対応、プールなどの
ファシリティーの状況は、前者の方が良さそうなんだが、と僕が言うと、
周りの環境なんて変わらないじゃないの(と彼女には見える。僕には、ちょっと住民の
レベルが違うように思えたのだが、見る目によって、そんな差は、無いのも
同然なのか、と後で思った)、
ファシリティーはどう本気で使う気なのかによるけど、大差があるようには全然見えない、
要は、ほとんどの時間は、部屋の中にいるわけだから、部屋が気に入るか、どうか、
それが一番よ。

そういうコメントを、自分でも納得していた感想なのだけれども、再確認
して、考えを後押ししてくれ、前者をキャンセルする決心をつけさせて
くれたのです。

前者のキャンセルには、仮契約をキャンセルする、ということで心情的に
相手に申し訳ない気持ちと、10,000バーツのデポジットを失う、
というペナルティがあるので、誰かが背中を押してくれることが、とても
大事なのでした。
デポジットを諦めるのだから、それ以上に、相手に申し訳け無いと思うことは
ない、あなたはカストマーじゃないの、と言ってくれた。

そして、翌日、キャンセルを告げ、2日間滞在した部屋を引き払って、
移動する日です。
結構な荷物があるので、彼女はまた、朝の11時、ライトバンで来てくれました。

新しいコンドの契約を、即、しなければなりません。
家賃2ヶ月分のデポジット(2万B)、1ヶ月分の家賃と管理費(1万680B),
ここまでは、前のコンドミミアムと同じ、なのですが、
新しく管理費、電話、水道、電気の使用デポジットも必要、ということで、
トータルで、3万8千バーツが必要になりました。

前のコンドに入るための現金しか持ち合わせていなかったので、内の2万を
まず収めて、後は、昼食後、バンコク銀行で、円を交換して、支払い、
部屋への荷物の車からの引越しは、その後で行う、ということになる。

彼女は、その間、ずっと付き合ってくれた。
選択の決断、荷物の引越し、など、彼女がいなければ、もっともっと大変な
目にあっていたところ。

感謝、感謝、感謝。


Thai Dating, Singles and Personals


今日は、何故、ネット交際がなかなか始まらないのか、ひとつの現象について、
考えてみたいと思います。

百万本の赤い糸に、登録される方は、現在のところ、40歳以上の方が主流です。
一般的に、パソコンの使用経験が少ない方が、多いと思います。
男性でも、50歳以上になると、個人でパソコンでインターネットを使用、という方は
少ないように思います。

しかし、問題は、パソコンに不慣れ、ということではないのです。
問題は、気力を無くしてしまう、ということではないでしょうか。
不慣れなパソコン、よくわからないインターネット、そして半ば疑問を抱きながら、
出会い系のサイトをいろいろ眺めて、そうしてとにかく、登録してみる、というところ
までは、やっと、なんとか、こぎつける。。。。

本来なら、特に男性の場合、会員登録後、すぐに申し込みをしてみる、という
のが普通のような気がします。
たぶん、登録決心前に、あらかじめ女性会員のプロフィールを見て、お付き合い
してみようか、という方がおられたから、登録しようと思った、と想像します。

ところが、その登録までに、時間と気力を使い果たしてしまうのか、実は、
登録後に、すぐ申し込みを始められる人が、非常に少ないのです。

女性の場合は、申し込みは待つもの、ということを女性の美徳と感じられている
方も、まだ多いかもしれませんから、これはこれで大幅な変化は期待できない
かもしれませんが、男性の場合は、ちょっとヘンだなぁ、と感じます。

男性も、インターネットは申し込みを待つもの、と考えている、とは思えません。
それでは、何故、すぐに申し込みを始めないのか。
1.出会いサイトなんて信用がおけないから、ちょっと様子をみてみょう。
2.自分に自信がないから、自分から働きかけることはしないで、自分でも
  いい、といってくれる申し込みを待とう。
3.実は、積極的に申し込みをしてみたい相手もいて、登録したのだが、
  登録までが大変で、もういっぱいいっぱい、申し込みの方法にしたがって
  リクエストを送る、なんてとてもできない、ひとやすみしよう。

上の仮想理由の3つのうち、3番目が一番多いのではないか、と思っています。
ここまで来たからには、あと一歩なのです。
興味を持ち続ける気力を強くもって欲しいなぁ、と思います。

人間、新しい買い物に、興味がなくなると、老人化が始まる、といわれます。
新しい服なんて、もういらないや、流行なんて、もう関係ないし、いままで
あるものでなんとか、やりくりしていけば、いいんじゃない、、、というのが、
危険なのです。

これまでで、もう、いいや、と引いてしまう考え。
おおげさに言えば、人生という、まだまだ体験したこともない、新鮮な驚きに満ちて
いるはずの舞台から、もう降りてしまう、考えではないでしょうか。
舞台は、一幕が閉じたばかり、なのではないでしょうか。

新しいことを始めることは、すばらしいことだと思うのです。
それが、出会いサイトで、申し込みをしてみる、ということも、新たな経験です。
登録するだけでは、行動が完了していることには、ならないと思うのです。

ぜひ、あと一歩、興味をもって気力を維持、し続けて欲しいと願います。

登録しただけで、休眠状態(ドーマント)に入ってしまう男性会員の方を、
応援したいと思います。

4月に来て、調べて、仮押さえしておいたコンドミニアムに(デポジット1ッ月分家賃10,000バーツ)、15日にバンコク到着後、まずは入居しました。

その日のうちに、正式契約上の、デポジット(残りの1か月分)と家賃分を支払うことになっていたのですが、荷物があったりで、落ち着いてから、翌日でもいいよ、という話になりました。
この、事務所側の配慮が、僕にとっては、幸いしました。

というのは、賃貸予定の部屋のTVのチャンネルの問題と、インターネット接続の件で、予想外の環境だったためです。

3-4月に1ヶ月だけ賃貸した部屋が、今回のコンドミニアムと同じなのでしたが、その部屋のTVシステムは、HBOからCCN,NHKと非常にチャネル数の多いシステムだったのです。
仮契約のときに、TVのことを訊くと、全部同じシステムだから心配ない、ということだったのです。
ところが、実際は、大違い。
先回泊まった部屋は、ケーブルテレビのプラチナ契約をしているオーナーで、チャネル数も最も多いmのなのです。
今回の部屋は、基本契約に組み込まれている、タイチャネルとNHKワールドが見られるだけのもの。
日本人だから、NHKさえ見れればいいのだろう、というくらいの気持ちで、大丈夫、と言っていた節がある。
(あとあとよく考えると、前回の部屋もプラチナ分の料金は、月に2000Bもかかるのだから、部屋代に上乗せしていないはずは無いのだけれど、ケーブル会社の管理も昔はずさんで、料金を支払わずに居るユーザーなのかも知れない・・・と思った。最近は、ケーブル会社の管理が厳格になった、という話を聞きます)
現在のTVシステムを、ケーブルTVに変更すると、初期設定料3500B、月額2000B,1500B,780Bなどから選択することになります。

もっと深刻なのが、インターネット。
ここでは、Wi-Fi無線システムが基本なのです。
無線ということは、各フロアに無線管理器を置くとして、その機器から部屋までの距離が、シグナルを受ける強弱に比例して、場所によっては使い物にならない部屋が出てきます。
僕の仮契約の部屋が、そんな部屋だったのです。
テスト使用させてもらったところ、まず簡単につながらない(シグナルが弱いため)、またいったんつながって、データをインプットしている途中で、中断されてしまいデータが失われる、などということが、頻繁に起きるのです。
一日に、ちょっとだけメールを見たり、という軽い使いかたではなく、かなりのインターネット・ヘビイユーザーであろう僕にとっては、これは使えない。。。。

ということが、良く理解でき、最終的な判断がくだせるまでに、3日間かかってしましまいsた。

そして、結局、その部屋を借りることは止めたのです。
契約不履行で(4月半ばから、その部屋を押さえていたので)、デポジットの1ヶ月分は、
ペナルティーとして、召し上げられてしまいました。
クスン。

ですが。。。

不運なことでしたが、不運があれば、また運もある、ということがわかりました。

その部屋の問題を追求しながら、平行して、急遽探し出した部屋が、いままで見たどの部屋よりも、快適な部屋なのです。
TVも無料で、前の部屋より良いチャエルの組み合わせ。
NHKジャパンも、見れる。
(NHKの海外放送には、2種類あって、NHKワールドは、どちらかというと外国人に向かって、
日本からメッセージをおくる、文化紹介を行う、という考えが強く、独自のプログラム作りをして、
提供しますー英語で語る番組が多いー、一方、NHKジャパンは、日ごろ日本で放送しているそのままの内容と放送する、というもので、海外にいる日本人にはこちらの方が、良いと思われます)
インターネットも、オールド・テクノロジーだけれども、電話回線前提の、ビル内LANシステムです。
こちらの方が、安定度は高いはずです。

そうこういうわけで、実は、嵐のような、3日間だったのです。
ヤット、ホットしました~。

今度のタイ行きでは、ゴルフバッグを持って行きたい、と思っていました。
ロングステイの始まりとなる、コンドミニアムを借りるのが、主目的なので、プレイが出来るとは思っていないのですが、いつかは運ばなければならないものです。
ところで、気になるのが、手荷物超過の料金です。

アメリカの旅行であれば、エコノミーで行っても、受託手荷物の無料の限度は、60Kgくらいあります。
だから、ほとんどオーバーするなんて、気にする必要はない。
ところが、アジア方面の旅行となると、エコノミーの無料限度は、20Kgとなります。
どうして、アメリカとアジアでは、こうも差があるのか、分かりません。
どこの航空会社でも、同じです。

そこで、出発の前に、タイ航空に電話して確認しました。
タイ航空では、20Kgをオーバーした場合(2,3Kgであれば、その時のカウンターにいる
担当者の判断で、無視してくれると思う)、35Kgまでならば、超過料金は1律、
US35ドル、 それ以上の超過については、1Kg毎に、3000円追加、というルール。

そこで、35ドル追加作戦でいくことにしました。

ゴルフバッグは、手持ちに中で一番軽い、布製のもの。1Kg。
パターを入れて、14本のフルセットを持って行きたい。
ただし、僕のアイアンセットは、最近のファイバーなどを使った軽量のものではなく、
スチールシャフトで、X100というストロング仕様(もっとも太くて重い)なので、
9Kg になってしまいました。

メイン・バッグには、あまり持っていかないようにしようと思いながら、ロングステイの
始まりであるので、なかなか減らすことができない。
いつもは、食べ物なども、少しは日本食を入れていくのですが、今回はゼロ。
本など重めのものは極力減らし(あるいは持ち込みバックの方に入れるようにし)
なんとか、20Kgくらいになった。

そこで、空港のチェック・インです。
荷物を渡します。
重量計に置いて、重さを見ると、28Kg。

僕は、タイ航空のマイリージの会員です。
また、今回のチケットは、タイ航空のホームページから直接オンラインショッピング
したものです。
(他の格安チケット会社のものより、タイ航空直接の方が、安かったのです)

なんと、言われるか、35ドルかかりますが、よろしいですか、はい、お願いします。

というのが、僕のストーリーでした。

しかし、チェックインの担当者は何も言いません。
僕が、きれいな人だなぁ、という気持ちで眺めたのが功を奏したのか。
上に書いた、会員であったり、チケットの購入元が良かったのか。
わかりません。

しかし、そのまま、スルーで通してくれのでした!
かなり、神経を使ってパッキングしたので、なんだか、苦労が報われた感じで、
ラッキー!

とても良い気分で、成田を出発しました!

もっと良いことが、バンコクのスワンナプーム空港で待っているのですが、
それは、また次回に書きます。

では またね。

昨年から、3度、タイにロングステイの可能性の求めて、行っていました。
誰にも、どの団体にも頼まず、一人でこつこつ、よろよろ、しながら、
バンコクやタイの一端を知るように、やってきました。
タイに仕事関係で行ったことがあったわけでもなく、知人がいるわけでも
ないのですが、なんとなく、タイが良さそうで…。
もちろん、ロングステイ関係の本は読み、セミナーにも出て(マレーシアの
ものでしたが)、多少調べてはいました。
昨年11月に1週間、12月から新年にかけて、3週間、そして、3月半ばから
1か月、滞在してきました。
そして、今回はコンドミニアムを借りに行こうとしています。
1年契約で、ワンルーム、1万バーツ、管理費780バーツ、40SQM、
ベッド、ソファ、TV(NHK視聴)、冷蔵庫、キッチン、温水バスタブ、付き、
地下鉄駅から歩いて2分、という部屋です。
1万バーツ、といえば、今、3万3000円くらい。
ちょっとした観光ホテルでは、一泊1万5000円くらいしてしまいますから、
ホテルの2日分です。
そう思うと、安い。

とにかく、明日、出発なので、わくわく、です。
日本は、5月になっても、寒くて、ストーブをつけたくなるような日もあって、
何回かタイに行っただけなのに、もう、寒さに弱い体質になってしまった
のかなぁ、という思いです。

ロングステイの試走です。
バンコクに決めるのか、
あるいは、
チェンマイとか、パタヤとか、にするのか、
はたまた、マレーシアや、インドネシア、フィリッピンもあるのか、
そんな試行錯誤の行動記録を、お伝えできればと、思っております。

では、行くぞ~。



小倉千加子の「結婚の条件」を読んで、僕も、考えた。
少子化が進んでいます。
原因は、晩婚化と、非婚が、増えているからです。
また、結婚しても出産率が低下しているからです。
政府もいろいろ手を打っているつもりでも、どこに目をつけているやら。
働きながら、子育てしやすい環境をつくる、とか。
保育園を増やそう、とか、育児手当をよくしようとか、、、
少子化を止めるには、役にたたないでしょう。
それは、すでに、子供を持とう、あるいは持っている人を援助する
だけの手段ですから。
それを見て、子育てしやすくなったから、結婚しよう、という人は
いない。
結婚する人たちの多くは、子供をもちたい、と思うひとたちでしょう。
なかには、生涯、夫婦ふたりで、というカップルもいるかもしれない
けれど、少子化に影響するほどの数ではない。
少子化に歯止めをかけるには、
若い年代の結婚を増やすこと、
非婚で子持ちが可能になること、
中絶を厳しくすること、
この3つの手段しか、ないでしょう。
少子化は、アメリカ、ヨーロッパ、アジアの殆どの国で起こっている現象です。
少子化に歯止めがかかった国、といえば、
イギリス、フランス、北欧諸国、そしてアメリカ。
それぞれの国を支える社会意識のパラダイムを変えることに成功した国、なのでしょう。
たとえば、結婚という形はとらない非婚のままで、カップルは正式に共同生活を送り、
子育てをする。
あるいは、シングル・マザー、シングル・ファザーを援助する社会的仕組みを作り上げた。
さて、日本では。
上にあげた手段のもっとも効果のあがるであろう、1番目の、
若い年代の結婚を増やすこと。
これは、ますます、絶望的になってきている、ように思えます。
80年代以降、フェミニズムが猛烈に日本の女性たちの間に席捲した。
見合い結婚などとんでもない、現代女性のメンツにかかわる。
結婚は、自由な出会いから生まれる、恋愛結婚。
しかしまた、恋愛と結婚は、ちがう、とも言う。
恋愛相手にもとめる資質と、結婚相手にもとめる資質は、違う。
前者には、ルックス・楽しい会話、、、後者には経済力。
好きになってっも、経済力がなければ、結婚しない、のである。
高度成長時代後の世代は、「苦労したこともないし、したくもない」のだ。
これに輪をかけて、フェミニズムの影響で、
経済力もあって、しかも、家事の協力もしてくれる男性、が理想なのである。
結婚しないのは、したくないのではない、すごく結婚したいのである。
ただ、自分あった適当なひとに、巡り合わない、だけだ。
自分にあった人。
尊敬できる人がいい。
尊敬とは、歴史上の大人物のような人ではなく、
新聞を読んでいて分からないことがあれば、なんでも答えてくれる人。
言うならば、高学歴の人。
夢のある人がいい。
会社を辞めて退職金で信州にペンションを建て、こころの触れ合いを求めるような夢ではなく、
安易に離職など決してしな、どこまでも出世競争を勝ち抜く「勝ち組」の男、
やさしい人がいい。
借金を頼まれた気の毒な友人にお金を貸すやさしさではなく、家族のことを考えて
友人にはお金を貸さないで、妻の生活を保証してくれるやさしさなのだ。
もう、徹底的に、自分は苦労したくない、贅沢と安楽に慣れた、ミーイズム。
自分に適当な人に出会わなければ、結婚しない、しなくてもいい。
これが、フェミニズムの行き着いたところ。
そして、時代は悪化して。
格差社会の到来。
もう経済力を持たない、将来も見込みのつかない、若者がどっと現れた。
経済力のない男とは、好きになっても、結婚しない、という考えは改まらない。
ますます、強まる。
そして、晩婚化、が心配されるどころか、非婚化が、どんどん増えていくのではないだろうか。
非婚、というより否婚である。
どうすれば、貧く始めても、手を取り合い、苦労をともにして、生活を築きあげていこう、
人生を豊かにしていこう、という精神がよみがえるのか。
愛は、失われた、のか。
フェミニズムが、男をおとしめ、
女自らをも、おとしめ、
愛を殺したのか。

とにかく、若い人は、大変だ。
そして、今、30代、40代の人たちも、晩婚化が地すべりで非婚につながって、
50代以降も独身・単身が続くおそれが高くなり、大変だ。
もういちど、自分を振り返り、苦労すること、苦労を通して得られるものの価値、
そうしたものを考えてみる必要があるのではないか。
もっとも、それを苦労と思うこと自体が、愛の堕落なのだと感じるのだが。
とにかく、つまらない世の中を、つまらなく送りたくない。
と、自分ながらに、思った一日でした。


Thai Dating, Singles and Personals
あるとき、こんな言葉を聞いて、びっくりしたんです。
フィリピン娘なら、60の日本人でも、20歳の結婚相手が探せるよ。

これには、いろいろな反応があるでしょう。
ははん、やっぱり金で女を買おう、という話だな、というのが、もっとも普通の感覚でしょうか。

フィリビン・パブに通い、フィリピーナにぞっこんいかれた経験のある日本人なら、
そうだろうな、
と、簡単に了解される話、でしょうか。

僕が、この話を聞いたとき、僕の頭にあったのは、
「60歳は、人生百年のハーフタイムだ」
という日野原重明さんの言葉です。

新しい生き方の始まりの時。

60歳を、人生前期の大人になった20歳と同じスタンスでとらえれば、90歳まで生きる
として(日野原さんは、100歳までいきる、としているのですが。。。氏は現在96歳、
です。)、30年間の大人の時間の開始、です。
20歳から50歳まで、の時間を振り返れば、30年間で、なんと多くのことが達成できることでしょうか。

そんな始まりの時を、たまたま独身で迎えることで巡り合わせたら、もう一度、結婚し、
生活を創造する、ということを考えて、当然だと思うのです。

インターネットで、国際結婚をひくと、日本女性との結婚がなかなか実を結ばない
男性対象に、中国やアジアの女性とのカップリングをあっせんする、サイトが出てきます。
詳しくは書きませんが、なんとなく、うさんくさいし、お金が半端じゃない。
日本の、日本人カップルのための結婚相談所、よりはるかにお金がかかる。

一方で、僕自身、ロングステイに興味をもっているので、そういうセミナーや、インターネット
情報をみると、単身ロングステイヤーが現地女性と結婚する、あるいは恋人関係を
もつ、ということが、だんだんはでに、言われるようになってきている。

もっとも、多くの場合、現地の風俗で出会った相手か、山岳地方かどこかへんぴな
村からあっせんされて、見合いで決めた相手か、そういうのが多いようなのですが。

しかし、単身者が、どんどん相手を見つけて、自由な(一見、、)楽しみを実行して
居る様子なのです。
それを、日本人が、やっかみ半分、いやいや、まるっきりの、やっかみ全部で、非難している
発言がめだつので、ほんとうなんでしょう。

客観的に考えて、冷静に言って、悪いことではない。
ただし、風俗でであった相手でもなく、無知を承知でお金のための見合いで決めた
相手でもなければ、という「かっこ」条件付きで。。。

前者は自由恋愛だから、なんの非難する点はないのですが、やはり安定した結婚
生活を求めるには、破綻の確率が高くなるでしょうし、
後者は、破綻の危険は同様で、その上、人道上、あるいは、性格上、受付にくい
考えが基盤にあります(僕の考えからすると、、、という意味です。)

単身ロングステイでアジアの国に行った人間に、そんな出会いができるのだろうか。
現地の言葉も、できない。
若者のように、学校へもぐりこむこともできない。(ただし、人によって可能性はある。)
職場を持っているわけでもない。
ないない、づくし。。。

しかし、インターネットの出会いサイトが、あるのではないか?
出会い系サイト、と言えば、日本でも風俗代理店のようなサイトから、まじめな結婚
をめざすサイトまで、手広くある。
アジアでも、同じ、なのではないだろうか。

ということで、いくつかのサイトにメンバー登録して、体験して、研究してみました。

これまでの結論は、タイのタイ・ラブ・リンクスが、一番目的をかなえてくれそうな
サイトである、というものです。

さて、これまで、どちらかというと、男性の側にたっての見方で書いている、と読まれていると
思います。
タイで、ロングステイで、タイ人を恋人か結婚相手として・・・・。

ロングスティの話や、セミナーなども、女性単身で、というあり方を対象にしてはいないようです。

しかし、僕の発想は、男も、女も、同じようなことを目指し、得られるのではないか、というものです。

シニアな女性も、単身で、友達複数で、ロングステイするようになるのではないか。
独身で、経済的ゆとりも、ある程度ある。
身体が元気なうちは、日本でじめじめしていたくない。
だけど、あまりお金がかかりすぎるのは、困る。
アジア人であることに、引け目を感ずることなく、暮らしたい。
趣味や、あたらしい知識を得ることに、時間を使いたい。
そして、家事や食事などは、ごく簡便にして、時にリッチな外食を楽しむ。
最後に、恋人できれば、最高。
日本人は、女も男も、若くみられるから、絶対お得!

女性の単身シニア、ロングスティ、タイでなら、十分あり得る、と感じます。

なぜタイで(フィリピンでも、マレーシアでも、ベトナムでもなく)、
どのようにタイ・ラブ・リンクスが良い、と考えるのか。
それは、次回の書き込み、といたします。


Thai Dating, Singles and Personals


96歳にして、現役の医師で聖路加病院理事長は、
あのよど号ハイジャックで機内に4日間拘禁されて救われたとき、
59歳だった。

その日から、第二の人生が始まった、
いや生まれ変わった、と氏は言います。

そして、21世紀は、人生100年の時代。

これまでは、60歳は還暦、子供がえりの赤いチャンチャンコ。
これも新たなステージの始まり、という意味は持つけれど、
それは消極的で下降するイメージです。
第二の幼年時代、というなんとなく子バカにした、話だとは思いませんか。

現代のイメージは、
60歳で、また新たな人生の始まり、質の違った登り坂のスタート、
というものではないでしょうか。

氏は、60歳を、人生のハーフタイムと呼びます。
これから後半が始まるのです。

人生の午後、という言い方もあります。
いろいろに使われますが、そろそろ人生を収束しよう、のんびり、やすらかに、
ひとに迷惑かけないよう生きよう、というだけの人生の午後にありかたは、
今ふうではありません。

午前と午後、という時計をじっと見つめてください。
午前の12時間は、なんと短いことでしょう。
朝の6時まで(人によっては7時まで)寝て、意識的な行動がとれるのは、せいぜい6時間。
一方、午後の12時間は、なんと長いことでしょう。
10時に寝る人でさえ、10時間も意識的な行動ができるのです。
人によっては12時間。
6時間と12時間の差。

人生の前半は、肉体的精神的に大人になるまで、眠っているいるのと等しいのです、
そして自立した社会人になり、家庭をもち、子を育て、こういう見えざるノルマを、
人として果たすために、我々は悪戦苦闘して午前を過ごすのです。
これはこれとして、人のあるべき姿、なければいけない。

しかし、人生の午後になったら、そうした社会的ノルマは完了、
新たなスタートが出来るです。
人生の前半において、その数々の岐路において、果たさなかったこと、
生きなかった自分の過去があったら、今度は思いっきり、そのために
時間を使うことができるのです。

したくて出来なかったこと、
新たに始めたいこと、
自分自身こころから望むこと、
それが許されるのです。
そして、時間は10時間以上も、たっぷりあるのです。

いやいや、そういっても、もの覚えも悪く身体もうまく動かなくなって、、、
という人には、こう考えるのだそうです。

それは、登り坂をのぼっているから、苦しいんだ、と。

「後半の人生こそは、
あなた方が自由にデザインできる希望のある人生である
ことに気付いていただきたいのです。

自己を開発する後半のあなたの人生の主体は、あなた自身です。
あなたが勇気と希望をもって生きられる第二の人生の旅路は、
成熟への上り坂であることを期待して欲しいのです」

人生、命の時計が止まるまで、登り坂である。
その意気込みを忘れない。
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朝目覚めると、空がどんよりと曇っている。
まずい!
昨日までの二日間、夏日を思わせる天気だったのに。
あわてて、天気予報をみる。
なんだって~今日も、明日も、しっかり80%雨の予報が出ている。

5月11日~12日の二日間、東京代々木公園で、2008年タイ・フェスティバルがある。
僕にとって、初めてだが、一週間前に、インターネットで知って、行ってみようと思っていた。

もう一度、インターネットで確認すると、雨天決行、とある。
タイも今は、雨季なのだから、雨が降ってもいいさ、という気になった。

早めに、千葉の家を出て、山の手線に乗るころまで、誰も濡れた傘をもっていない。
結婚式に出席する、20歳代の女性二人が、着物姿で乗ってきた。
座っている僕の目の前に立ち、会話を続ける。

「バンコクから2時間くらい、、、南なの」
「それで、友達できた~」
「それが、話をする人はいるんだけれど、友達をなるとね~」
「ふ~ん、そうか~、日本でだって、そうかんたんに友達できないもんね」

なにやら、僕がタイ・フェスティバルに行くことに合わせたような、内容の話だ。
東京中の、人間が急にタイに興味をもったような。。。

原宿駅で降りると、もう雨だった。
代々木公園の方にむかって、歩いていくと、やはりタイ・フェスティバルに行くのであろう人たちが、ぞろぞろ歩いている。
会場まで、道に迷うことはなさそうだ。

天気には恵まれなかったのだが、大変盛況だった。
例年、30万人以上の来場者になる、そうだ。
まあ、レストランの多いこと・・・。
東京中心に日本で営業しているレストランが出店しているのだろう。
その数、50店舗ほど。
人気の店では、大変な、行列だ。

フェスティバル、ということで、お祭り気分で家族ぐるみ、やってくる人も多そうだ。
日本流にいうと、木下にゴザをしいて、飲んだり食べたりしている家族の面々。
小雨、なにするものぞ。

僕が何故、タイ・フェスティバルへ、って?

30歳以上シニアな人達にとっても、恋愛・結婚の対象として、タイ人はどうだ、
と、
真剣に考え始めているのです。
右上のタイ・ラブ・リンクは、タイの真面目なデート・サイト(出会いサイト)です。

これから、ブログで紹介していきます。

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Thai Dating, Singles and Personals


こころは知・情・意からなり、行動をもたらします。
それでは、こころの中心、こころのエネルギーは何でしょう。
それは、情、ではないでしょうか。
感情が、行動をうながす、基準となります。
知が働かなくても人は行動します。
意のないところでも行動は起きます。
しかし、行動あるところ、必ず情は動いています。

この情は、また、やっかいなことに、一番干からび易いものではないでしょうか。
人は、初心を忘れやすいものです。
あの、うきうきした、新鮮な感情も、冷めてしまうのです。
こども心も、年齢とともに、失われていってしまいます。
美しいもの、善きものに触れて、すなおに感動することが、少なくなっていきます。

それは、こころのエネルギーが、減っていくことと同じではないでしょうか。
人は、情に、絶えず、水をやり、太陽の陽をあて、土を豊かに保たねばなりません。

ということで、「古今和歌集」です。

(たまたま、今勉強しているー日本の古典ーというテキストに、
「古今和歌集は、四季の歌が季節の推移を追って配列されているように、
巻11から巻15までの5巻をあてられれた 恋歌 も、恋の始まりから
終わりまでの種々の相をたどるように歌が並べられている、、、」
という文章にであって、いま一度、手に取ってみたのです。)

それぞれも巻から、1首。

恋歌1 469 :  

ほととぎす 鳴くや五月の あやめ草 あやめも知らぬ 恋もするかな

                                 よみ人しらず
(時鳥が鳴く五月に咲きほこるあやめ草、そのあやめではないが、
この世の筋道(あやめ)もわからなくなるような恋に、焦がれている私)


恋歌2 552 :

おもいつつ ぬればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを

                                 小野小町
(いちずに思いながら寝たので、あの方が夢にあらわれてくださった
のであろうか。もし夢とわかっていたなら、目を覚まさないでいたのに)

恋歌3 616 :

起きもせず 寝もせで夜を 明かしては 春のものとて ながめくらしつ

                                  業平朝臣
(あなたのことを思い、昨夜は起きているでもなし、寝るでもなし、
というありさまで夜を明かしましたが、今日も一日、春の長雨に
降りこめられて、もの思いに沈んだまま、暮らし、夜になりました)


恋歌4 729 :

色もなき 心を人に そめしより うつろはむとは 思ほえなくに

                                   貫之
(本来何の色もないわたしの心を、あなた、という色で染めた時以来、
その色がさめようなどとは、思えないのだけれど・・・あなたの心変わり
さえなければ)

恋歌5 747 :

月やあらぬ 春やむかしの 春ならぬ わが身ひとつは もとの身にして

                                   在原業平朝臣
(この月は、去年の月とちがうのだろうか。今年の春は、去年の春と
同じではないのだろうか。月も春もいっこうに変わりはないけれど、この邸は、
すっかり荒れ果ててしまっている。ただわたしだけが、もとのままで、
ここにやって来た)


和歌や、俳句、読むだけでなく、自分で作りたい。
それが、こころに(情)、水やりをし、たがやしつづけることに、つながる、思う。


いまなお精力的な演出活動を続ける蜷川幸雄さん(72歳)も、
4,5年前から老いを実感し始めた、という。
しかし、
「演出家として、老いは経験するべきこと。無理に若返ろうとは思わない」。

それで落ち込んだりしないように、いろいろ工夫している。
物忘れに対しては、
「明日はこのCDを持って行く」などと枕もとにメモしたり、
出先から家の留守電に吹きこんでおいたりする、
という。

舞台照明が暗い、と感じることも増えた。
自分が感じる世界と、若い世代が感じる世代とのギャップに気づくと、
その間を調整する、
もう一人の自分が現れてきた。

こみ上げた怒りを抑える間、二人の自分が言い争う。

「年寄りのエキセントリックな癇癪だ」
「いや正当性がある」

怒らずに済んだら、

「人間が出来てきた」
「いや感性が鈍くなっただけ」

つまり、老いることによって、人生の時間を2倍に、濃密に生きていくようになった、
のではないだろうか。
老いることは、悪いことばかりでは、ない。
と、すこし納得させてくれる。
そして、いつまでも、第一線で、進歩しつづけることが、可能なのだ。

仕事が終わると、まっすぐ家に帰る。
本や新聞を読み、DVDを見て、シェークスピアを読み込む。

はは~、いまでも、、、、たぶんいつまでも、シェークスピアを読み込み続けるのだろう。
演出家だから、シェークスピア。
稀代の演出家でも、70歳を越え、なお探究、しつづけるのだ。

そして、今が一番いい時期だ、と感じる。
という。

だから、昔より抱える仕事も、今が一番多い、
のだ。

若い才能に出会うと、

「絶対オレの方がいいぞって、認めさせたいんだ」

闘志も衰えること、無し。

(朝日新聞の「元気のひみつ」の記事から(2008年4月27日)




わたしが、「百万本の赤い糸」というサイトを始めたのは、2000年のことでした。
35歳以上の男女を対象としました。
まだ、インターネットが、盛んになりかけていたころです。
ホームページ・ビルダーの使い方を勉強しながら、なんとなく人のお役にたてるかも、と思いながら開始したのでした。

当初は、メルマガなども同時に発行して、会員の数もどんどん増えていったことを覚えています。
そのうちに、わたしの都合で、メルマガを止め、その他の活動もできなくなって、赤い糸のサイトに費やす時間も限らてきました。
当然、赤い糸の、会員の伸びや、会員間のやりとりも、少なくなってきます。
そしてまた、バツ一の人だけを対象にした、それなりに全国的に著名だったサイトも、突然中止になったりしてきました。

それで、わたしも、サイト運営を止めようかな、と思ったことがあります。
結局止めずに、継続したのは、つぎのようなわけです。

3日間、会員登録も、申し込みもなければ、止めよう。
そう、決めました。
誰かが、求めているかぎり、やめられない、という思いがあります。

ところが、確かに活発ではない、けれども、3日も何も無し、ということも起きないのでした。
かならず、誰かが、新しい出会いをもとめて、やってくるのです。
そうして、えんえんと8年間も続いている、というわけなのです。

というのも、この35歳以上シニアまでの、恋愛そして結婚の需要は、今後、ますます高まっていくだろうと、思うからです。
少子高齢化が、さまざまに問われています。
わたしからすると、単なる高齢化、という現象よりも、独り世帯が増大することの方がおそろしい。
むなしい世界が見えてくるようです。

35歳以上の男女が、未婚であれ離婚であれ、独り身でいる、ということには、深い理由があるわけです。
結婚なんかしたくない、いや再婚はもうごめんだ、というひとにも、そう思わせる、一人ひとりに深い理由があるのです。
もう、自分の人生は、これでいいのだ。
あとは、しずかに、ひとにわずらわされることなく、安心してくらせさえすれば、それでいいのだ。
そう、思っているひとがいっぱいいる。

しかし、それが、ホントの本音、なのか。

一人でいるのが楽だからいい、
面倒をみるのもみられるのも、いや。

ほんとう、だろうか。
人間は、なんのために生まれてきたのだろう。
楽をするため?
幸福になるため、なのではないの?
ちから一杯、生き切るためではないの?

やればできる、求めれば得られる、それを追求しないで、いいの?
それほどまでに、自分という人間、自分の人生を、ディスカウント
(割引いて考える、やすっぽいものにする)して、いいの?

もう、これでいいや、とまで、思いきれたのなら、
そして様々なしがらみも断ち切れて自由ならば、
ここは、もう一歩突っ込んでみたらどうでしょうか。

初心に返って、もう一度、人生を創るのです。

まだまだ、時間はたっぷりあるのだし、
以前より、自由なこころを、獲得しているのだし、
成功に一歩、近づいているのですから。

女性とは、
居ればやっかいだし、
居ないとさびしい。

男性とは、
居ればやっかいだし、
居ないとさびしい。

それでいいではありませんか?
あなたが、いま、一人だったら、さあ、今日からパートナーを探しましょうよ。


問:  今も恋愛したいですか?
寂聴: したい、したい(笑)。わくわくしたいですね。
    それで、プラトニック・ラブを書きたいと思ってます。
    ・・・・・・
    80歳くらいまでは、オペラの脚本を書くなど、新しいことをすると
    わくわくしましたよ。
    85歳にもなると、そういうのがなかなかなくて、今探しているところです。
    まだ、自分を諦めてないのね。
    もしかしたら、まだまだ何か出来る才能が隠れているんじゃないかな、
    それを引き出してみたいなという気があります。
    それがあるから生きているんです。
                           (Agora5月号 インタビューより)

ほんとうに、瀬戸内寂聴さんの創作エネルギーには、恐れ入るものがあります。
良寛を書き、釈迦を書き、80歳台になって、まったく新しい分野の能や浄瑠璃やオペラの書いて、
85歳の誕生日には、世阿弥を描いた「秘花」を発表。
こんな作家が、いただろうか?

そして、いまなお、「まだまだ何か出来る才能が隠れているんじゃないかな」と思っている。
それを引き出すこと、それが生きていることだ、といいます。

寂聴さんほど、才能もなく、大きな仕事となって成果が現れなくても、この生きる志し、は誰もがめざすものとして、学べるのではないだろうか。

いつまでも、一歩でも、あるいは半歩でも、生きている限り、前進しつづけること、前進することができるのだ、ということ。
その信条を、こころのポケットにしまいこんでおきましょう。




わたし達は幸福にならなければならない、
なぜならば、
わたし達は限られた生命を生きているから。
わたし達には愛がなければならない、
なぜならば、
わたし達はひとりでは生きられないから。

わたし達は、いま、この限りある人生の途上で、さまざまな困難にぶつかりながら、悲しみ、苦しみ、涙を流し、それでも、崩れ落ちそうになる気持ちを、今一度立て直して、なんとかしっかり生きて行こう、としています。

それは、わたし達に、この人生を大切に思い、人生の歓びを極めたいという願いがあり、この世のどこかで待っているはずの「愛」からの呼びかけが、こころの奥底に響き続けているから、ではないでしょうか。

わたしは、こうした、懸命に生きていこう、よりよい明日のために、今日一日を一歩前進しよう、としている人々と、この人生のひとときを、ささやかながらも、共有できれば、と思い、このブログを始めます。

特に、いま、愛ある生活を真剣に求めているひとと、共感したり、感動したり、励まし合ったり、そういう交流が出来れば、幸いです。


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