きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 今日も元気だ、幸せだ!
96歳にして、現役の医師で聖路加病院理事長は、
あのよど号ハイジャックで機内に4日間拘禁されて救われたとき、
59歳だった。

その日から、第二の人生が始まった、
いや生まれ変わった、と氏は言います。

そして、21世紀は、人生100年の時代。

これまでは、60歳は還暦、子供がえりの赤いチャンチャンコ。
これも新たなステージの始まり、という意味は持つけれど、
それは消極的で下降するイメージです。
第二の幼年時代、というなんとなく子バカにした、話だとは思いませんか。

現代のイメージは、
60歳で、また新たな人生の始まり、質の違った登り坂のスタート、
というものではないでしょうか。

氏は、60歳を、人生のハーフタイムと呼びます。
これから後半が始まるのです。

人生の午後、という言い方もあります。
いろいろに使われますが、そろそろ人生を収束しよう、のんびり、やすらかに、
ひとに迷惑かけないよう生きよう、というだけの人生の午後にありかたは、
今ふうではありません。

午前と午後、という時計をじっと見つめてください。
午前の12時間は、なんと短いことでしょう。
朝の6時まで(人によっては7時まで)寝て、意識的な行動がとれるのは、せいぜい6時間。
一方、午後の12時間は、なんと長いことでしょう。
10時に寝る人でさえ、10時間も意識的な行動ができるのです。
人によっては12時間。
6時間と12時間の差。

人生の前半は、肉体的精神的に大人になるまで、眠っているいるのと等しいのです、
そして自立した社会人になり、家庭をもち、子を育て、こういう見えざるノルマを、
人として果たすために、我々は悪戦苦闘して午前を過ごすのです。
これはこれとして、人のあるべき姿、なければいけない。

しかし、人生の午後になったら、そうした社会的ノルマは完了、
新たなスタートが出来るです。
人生の前半において、その数々の岐路において、果たさなかったこと、
生きなかった自分の過去があったら、今度は思いっきり、そのために
時間を使うことができるのです。

したくて出来なかったこと、
新たに始めたいこと、
自分自身こころから望むこと、
それが許されるのです。
そして、時間は10時間以上も、たっぷりあるのです。

いやいや、そういっても、もの覚えも悪く身体もうまく動かなくなって、、、
という人には、こう考えるのだそうです。

それは、登り坂をのぼっているから、苦しいんだ、と。

「後半の人生こそは、
あなた方が自由にデザインできる希望のある人生である
ことに気付いていただきたいのです。

自己を開発する後半のあなたの人生の主体は、あなた自身です。
あなたが勇気と希望をもって生きられる第二の人生の旅路は、
成熟への上り坂であることを期待して欲しいのです」

人生、命の時計が止まるまで、登り坂である。
その意気込みを忘れない。