きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
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急に、7月にバンコクに行こう、と決める。

放送大学の単位試験が、7月末にあり、その準備勉強を日本で行い、めでたく試験が終わってからバンコクに行く、
そういうつもりで、いたのです。

ところが、格安航空券をインターネットで調べ出すと、どの会社でも、8月1日から、8月15日まで、ハイ・シーズンで、値段が倍近くに、跳ね上がることがわかります。

そんな高い航空券は買う気がしない。
とすると、次に行くのは、8月の16日過ぎ、ということになって、
6月の15日に帰国した日から、ちょうど2か月、日本にいることになる。

ちょっと、どうかなぁ。。。

ということで、勉強を、バンコクでやればいいじゃないか、という気になってきた。

もう、勉強できなくても、いい気になってきた。
あはは。

そこで、インターネットとの格闘がまた、始まります。
格安航空券を得るために。

先回の学習では、なんだかんだいっても、バンコク行きなら、タイ国際航空が一番安い、ということがわかっていました。

直航便で、明るいうちにバンコクに到着、30日Fix、という条件ですが。

こんどは、荷物も少なく、身軽なので、乗継でもOK,最安値のフライトで行こう、と決めました。

乗り継ぎ、午後便が一番安い、と思った。

2.8万円、中国航空(北京経由)、乗継。
一見やすそうでしたが、どっこい、くわせもの。
燃料サーチャージ(30150円)、税金(2310円)、空港使用料(2040円)、その他(手数料)で、3.5万円。
合計6万3000円。
行きは、9時間、帰りは12時間のフライトになる。

4.43万円、全日空、直行便。
燃料サーチャージ(28600円)、税金、空港使用料が、全部で3.3万円。
合計7万7300円。

4.5万円、シンガポール航空、直航便。
燃料サーチャージ(17360円)、税金、空港使用料が、全部で2.2万円。
合計6万6700円。

5.8万円、タイ国際航空、直行便。
燃料サーチャージ(17390円)、税金、空港使用料が、全部で2.2万円。
合計7万5000円。

結局、シンガポール航空に決定。
乗継で、サービスのおぼつかない中国航空で、12時間もかかるフライトと、
4000円弱の差、しかないので。

中国航空の格安販売の仕方には、参りますね、旅行代理店さん。
燃料サーチャージ等、一番高い設定になっていて、みかけの2.8万円は、おとりです。
こういう、詐欺的雰囲気を是正する意味で、
10月くらいから、航空券販売は、全額記述することに、法律が改正されたと、聞きます。
当然、ですね。
費用の比較が、インターネットででてくる最初の金額ではできない、というのは困る。
また、そのことを知らない人は、だまされた、と思う人もでてくるでしょう。

燃料サーチャージも、航空会社によって、様々です。

シンガポール航空、タイ国際航空は、今のご時世で、安い設定でがんばっている。
日本系は、全日空も日本航空も、高いです。

シンガポール航空が、サービス世界一、というのも、わかるような気がしますね。

では、行ってまいりまっす。


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テオとの結婚式をひかえて、ピアフは最後に、もう一度、自分を責めます。

「私たちが愛し合っていることは事実。
でも、私の命はたった一本の糸でつながっているだけのようなもの。
長い将来があり、しかも健康で丈夫なこの青年を自分にしばりつけておこうなんて、道をふみはずしたことになるのではないだろうか」

テオに、こう、言います。
「あなたを幸せにしてあげられる自信がないの。
わたしたちにとって、いいことは何もないのよ」

テオは私をさえぎると、私の両肩をつかんで、揺すぶりました。
「僕は君と結婚したいんだよ。
君に僕の名前を名のってほしいんだ。

僕を幸せにできないのが心配だというけど、ぼくはきみを失うことの方がもっと怖いんだ。
居マは病気のことなんて何も考えないでほしい。
まずきみ自身がちゃんと病気を治そうと決心することなんだ。

きみの病気はぼくが治してあげるよ。
妻が病気で苦しんでいるとき、そばにいて看病するのは夫の役目なんだ。

君の健康状態が良くないことぐらい、ぼくにだってわかっているよ。
僕が愛を打ち明けた時だって、きみは病気だったんだから。

みんなはきみを見捨ててしまった。
それまではいつもきみのそばにくっついていたくせに。
本当の友達のほかはね。
だからぼくは腹が立ってしょうがなかったんだ。

ぼくがきみを愛していることに気がついたのも、
きみを幸せにしてあげたいと思ったのも、
その時だったんだ。

きみはぼくの青春をむだにしたくないと言うけど、くよくよ考えることないじゃないか。
ぼくだって、今まで毎晩毎晩、夜通しで遊びまわってばかりいて、むだなことをしてきたんだ。

もう27歳になったんだし、そろそろちゃんとした生活をして、
ある人のために尽くしたいと思ったんだ。
わかってほしい、それが、きみのことなんだ」

Edith Piaf et Theo Sarapo - Interview - 1962(テオと一緒、ピアフの幸せな顔)
http://jp.youtube.com/watch?v=B8JiDBfS09c

Edith Piaf & Théo Sarapo - A quoi ça sert l'amour(二人のデュエット)
http://jp.youtube.com/watch?v=oxuPXAH6NsE

Edith Piaf (a Nimegue) - A Quoi Ça Sert L'Amour (10 / 13)(二人のデュエット)
http://jp.youtube.com/watch?v=MuJi9AQpB7Q&NR=1


年齢にかかわりのない愛、特に女性が主役の場合の例は、たくさん沢山あるのだろうけれど、
このピアフのラブ・ストーリーは素晴らしい、と思う。

ふと、藤間紫のことが頭をよぎりました。
1944年、21歳のときに、24歳年上の藤間勘十郎と結婚、1男1女の母。
1960年代、40歳になるころから、13歳年下の市川猿之助と生活し始める。
1985年、62歳で、勘十郎(86歳)と離婚。(勘十郎は1990年没)
2001年、78歳で、市川猿之助と正式に結婚。
これも、すごい愛の物語ですよね。

女性達よ、いつまでも、すばらしい、存在であれ。

  (わが愛の讃歌 エディット・ピアフ自伝 晶文社 引用・加筆 )

1949年、マルセル・セルダンを航空機事故で亡くし、その死からは、立ち直ったものの、1960年交通事故の際に打ったモルヒネから、麻薬中毒を陥り、その禁断の苦しみを緩和しようとして飲むアルコールが、2重の中毒を引き起こし、ピアフは、舞台に立つことすらできない、状態になっていきます。

エディット、もう歌うのはやめなさい。自殺行為と同じだよ。

何度も医者にそう言われながら、無視します。

「生きていくために、うたうことが必要だった。
日々の糧を得るためであるよりも、歌えなくなってしまったら、生きていることが出来ない、のです。

歌は私にとって、自分自身であり、自分の肉体であり、血であり精神であり、心であり、魂なのです」

「中止されたフェスティバル・・・ピアフ舞台で倒れる・・・ピアフ過労で倒れる・・・ピアフ病気再発・・・危篤状態続く・・・ピアフ絶望か・・・ピアフ再度の輸血・・・それでもピアフ必死に歌い続ける・・・」

こんな状態のなかで、ピアフは沢山の幻滅や離別をくりかえし、歌い続け、人生の最終章を迎えます。

テオ・サラボーとの出会い。

テオ27歳、ピアフ47歳。

彼女は、スキャンダルの餌食になること、どんな非難や嘲笑や侮辱にも慣れていました。
肉体はぼろぼろで、顔と言えば実際の年齢よりもずっと老けこんでいます。
愚かで気狂いじみている、といわれることも平気です。

しかし、人生を歩み始めたばかりのこの青年に、私の残りの人生を分かち合うことを押しつける権利があるのだろうか、とピアフは悩みます。

「私が、男から男へ遍歴していたのは、ただひとつの理由からです。私はつねに同じものを求めつづけていたからです。それは、思いやりがあり、親切で、やさしく、そして誠実な男性です」

テオからの求婚に、生命のともしびすら消えかかっている彼女には、もっとも重大なことしか胸に響いてきません。
重大なことというのっは、愛し愛されること、幸せになり、満ち足りた気持ちになれることです。

「(承諾の)理由は簡単なことです。しかもとっても素晴らしい理由なのです。
テオが、私を愛していたからです。
私もテオを愛していたからです」

テオがピアフを、彼の両親への承諾をえるために、その家庭を訪問する場面は、泣けます。

ピアフは、彼の家族の一員として認められ、みんなから喜んで受け入れられることをねがっていました。
彼の父は結婚に対して厳格な考えをもつギリシャ人です。

家につくと、父、母、ふたりの妹が迎えます。
みんなぎこちなく、堅く、すぐには打ちとけません。
妹のキャテイが、ピアフにツイストが踊れるか、訊きます、踊れないとというと、教えてあげるわ、といってレコードかけて、踊りだします。。。

そして、テオは、両親をともなって庭に出ていって、話しを始める・・・。

そして3人は、またサロンに戻ってきます。

ランブカス氏は、黙ったまま、しばらくの間じっとピアフを見つめてから、話しだしました。

『「今、テオからあなたとの結婚に賛成して欲しいと言われたところなんです。
彼は感心な息子でしてね・・・、
もう分別のある年齢ですし、何をしようと彼には彼の自由があります。
あなたとの結婚問題も私が干渉すべき問題ではないと思っています。

それはそれとして、あなたにわかっていただきたいことがあります。

私はあなたを家族の一員としてお迎えすることを大変うれしく思っています」

私は必死になって泣き出しそうなになるのをこらえていました。

でも私より8か月年下のテオのママンから、

「エディット、これからは私のことをママンと呼んでね」
そう言われた時、もう我慢しきれませんでした。

私はどっと泣き出してしまったのです。

私の気持ちが落ち着いてから、みんなで楽しく食事をとりました。
彼らにとって、家族との生活は毎日のことなのです。
そのことが私にとってどんなに大きな感激だったか、彼らにわかってもらえたらと思います。

生まれて初めて、私は、父や母や妹たち、そして未来の夫に囲まれたのです。

Edith Piaf - mariage avec Theo Sarapo (1962) 結婚式
http://jp.youtube.com/watch?v=JSgeq4WDqVk&feature=related

Edith Piaf In Concert 1963 (VCDRip)
http://jp.youtube.com/watch?v=NvPGdfKJHX8&feature=related

(「わが愛の讃歌 エディット・ピアフ自伝 晶文社」から抜粋・加筆)

結婚式では、いまでも歌われることがあるという、「愛の讃歌」という歌。

実は、元歌とは全然意味の違う、内容だってことは、多くの人が知っていることだろうか。
「エデット・ピアフ~愛の讃歌~」という映画もあったそうですから(僕は観ていない)、その歌の内容については知られているはずですね。

そもそも、日本で一番有名な「愛の讃歌」は、越路吹雪の歌で、歌詞は岩谷時子が書いています。
岩崎時子は、越路吹雪の歌を作るために、フランス語の歌詞をみないで(つまり、訳詞、ではなく)作詞したのだそうです。

あなたの燃える手で あたしを抱きしめて
ただ二人だけで 生きていたいの
ただ命のかぎり あたしは愛したい
命のかぎり あなたを愛したい・・・

これは、越路吹雪にはぴったりの、太陽の下のひまわりのような、愛の歌、である。
ただ、愛したい、という能動的な言葉が多いように見えるが、それは表面的なだけであって、基本的には、この歌は、なまぬるい、愛の環境にひたりたい、という受け身の歌である。
あなたと暮らせるものなら、なんにもいらない、という無欲を謳う程度のもの。

愛のために、この身が汚れようが、朽ち果てようが、あなたが望むなら、何にでもなるわ、何でもやって見せるわ、という鬼気迫る、迫力はない。
そして、命果ててもなお、神様に結びあわせてもらうのだ、という深淵さもない。

越路の歌は、この世で、別れたくない、幸せになりたい、という単純な歌。

元歌は、人生の運命に翻弄され、愛する相手がこの世を去ったあとに、そんなこと、何でもないわ、愛があるから、という、愛の不滅を謳う歌。

たとえいつの日か 人生があなたを引き離そうと
あなたが死んで 遠いところへ行ってしまおうと
わたしを愛してくれるなら たいしたことではないわ
なぜって わたしもまた いつかは死ぬのだから
わたしたちは 永遠を手に入れるでしょう
果てしない青さのなかで
もう何の悩みもない大空のなかで
愛する二人を 神様が結びあわせるのよ

ピアフは当時30歳で、フランスで初めての世界チャンピョンになるボクサーのマルセル・セルダンと恋に落ちます。

「彼と知り合うまで、私は何者でもありませんでした。
もちろん私は有名な、それも非常に有名な歌手ではありました。
でも、精神的には、絶望したひとりの女にすぎなかったのです。
私は人生は無意味だと思っていました。
男たちは、みんな野獣とおなじだと考えていました。
・・・・
この世にやさしさや安らぎや愛情が存在することを教えてくれたのはマルセルでした。
そのとき世界は私にむかって初めて闇のベールをぬいだのです」

「あるときマルセルは、きみはなぜ悲しい歌をうたうのか、と訊ねた。
陽気になるためよ、とピアフは答え、
あなたはなぜボクシングで人をなぐるの、と聞き返した。
やさしくなるために、とマルセルは答えた。
こんなに単純でやさしく、強くて繊細な男はいなかった」

この歌は、ピアフに会うためにパリからニューヨークに向かう飛行機事故で亡くなった、マルセルに捧げた歌でした。

ピアフ自身によるフランス語の歌詞、に対して、岩谷時子ほど完全に無視した作詞でない、いくつかの「訳詞」があります。
美川憲一の歌とか、英語版で言えば、ブレンダ・リーなども歌っています。

元歌の意味は、次のようなものです。

『 青空が落ちてこようと 

大地が崩れ去ろうと

そんなことはどうでもいいの、あなたが愛してさえくれれば

世の中なんてどうでもいいの

十分に、愛で満ちた朝があれば

十分に、私の体があなたの手の中で震えていれば

世の中の問題なんてどうでもいいの

愛しい人 あなたが私を愛してくれるから
.
私は世界の果てまで行ってもいい

髪を金色に染めてもいい

あなたが私に求めるなら

月を取りに行ってもいい、大金を盗みに行ってもいい

あなたが私に求めるなら

祖国を否定してもいい、友達を否定してもいい

あなたが私に求めるなら

誰かに自分のことを笑われてもいい、私は何でもする

あなたが私に求めるなら

いつの日か、人生が私からあなたを引き離したとしても、

あなたが死んで、私から遠く離れてしまったとしても、

そんなことは重要ではない、もしあなたが私を愛しているのなら

私も死ぬだろうから、

私たちは私たちのための永遠を手に入れるだろう、

広大な青空の中で、

空には何の問題もない

私の愛、あなたは愛をどう考えているの?

神は愛し合うそれら(2人)を合わせる 』


「あたしは、ずいぶん恋愛したけれど、一人の男しか愛さなかった。
その男の名は、マルセル・セダン。
そして、一人の男しかもたなかった。
その名は、テオ・サラポ」
(テオ・サラポのことは、次回に紹介します。女性を元気付けるお話です)



YouTubeで聴いてみてください。

Edith Piaf Hymne a LAmour(フランス語)
http://jp.youtube.com/watch?v=NjR5xFZxZK8&feature=related

Edith Piaf - HYMN TO LOVE in English(英語)
http://jp.youtube.com/watch?v=5GEXLf-m0xk&feature=related

山口百恵が、サヨナラ・コンサートで、「さよなら」のかわりに、最後に歌った歌でもあるんですね。
(さすがに、岩谷時子バージョンでは、ありません!より、元歌に近い内容です)

http://jp.youtube.com/watch?v=lAXeKX-1spE&NR=1


恋文  青年は急いで読み、
     壮年はゆっくり読み
     老人は読みなおす。
                  (プレヴォ・フランスの作家)

恋の悩みほど、甘いものはなく、
恋の嘆きほど、楽しいものはなく、
恋の苦しみほど、うれしいものはなく、
恋に死ぬほど、幸福なことはない
                  (アルトン・ドイツの詩人)

自然は恋のためにのみ、
われわれをこの世に生んだ。
                  (チェーホフ・ロシアの作家)

ということは、いつまでも、恋をしなさい、ということと読む。

青春とは人生の人生のある期間のことではなく
こころの持ち方を言う。
年を重ねただけでは人は老いない
理想を失うときに人は老いるのだ。
サムエル・ウルマンの有名な「青春」という詩の一節ですが。

恋するこころを失うとき、人は老いるのだ、
といってもいいでしょう。

恋するとは、何に対してでも良いのですが、
芸術や、
学問や、
理想の社会造り、
そんな高尚な才の持ち合わせがないならば、
もちろん、異性への憧れ、
でも。


作家の水上勉さんのお嬢さんは、足が不自由でした。

8歳になったとき、奥さんの骨盤を削って移植する、手術をしました。

手術後、水上夫妻は、麻酔の覚めない、酸素マスクのわが子を、じっと見守っていました。

すると、かすかに、お嬢さんが人の名前を呼んでいます。

「タカちゃん」

それは、母親の名前ではありませんでした。

小さい時から、ずっと付き添って育ててくれたお手伝いさんの、名前です。

水上さんは、ハッとします。

なんて、「愛}というものは厳しいものなんだろう。

親が、我が身を削って骨をやっても、なお及ばないほどの「愛の行為」があったのに違いない。

本当に自分のために、献身的につくし、慈しんでくれた、お手伝いのタカちゃんの「愛」の方が、父にも、母にも増して、こどもには大きな、大切な「愛」であることを知らされた。

それ以来、自分は「愛」という言葉を軽々しく使わないことにした、

と水上さんは、書いています。

ビクトル・ユーゴーは、

「人生最上の幸福は、愛されている、という確信にある」

と言います。

ロマン・ロランは、

「愛は、それが自己犠牲であるときのほかは、愛の名に値しない」

とも言っています。


人間にとって、愛された、という記憶、が人間を作り、
愛されている、という思いが、幸せの源泉なのですね。


             (今泉正顕 キャンドル・サービスから  抜粋・加筆)


前回(6月21日)の続きです。

ネットの出会い系サイトに、会員登録し、
ルールを理解し、
いろいろな方のプロフィールを検討したあとで、
この人はと思い、申し込みをする。

それだけでも、かなり、エネルギーのいる作業だなぁ、と感じる。

なかなか、交際OKの返事も来ない。

なんとか工夫して、やっと返事がもらえた!

そして、勢いこんで、メール交換を始める。。。

ところが、どうも、しっくりこない、イメージと違う。。。
やっぱり、この人ではないんだ。

他の人と、やり直してみよう。

そしてまた、同じことの繰り返し。
。。。。
という風に、気が付いてみると、

1か月に何人もの人とメールを交換しているはめになっている。

何故なんだろう。

3.相手をすぐに変えるのは、ドン・ファン思考が潜在してはいませんか?

会員リストの中のプロフィールを、いろいろ読んでいく。
内容豊かで、良く書きこまれたプロフィールもあれば、
大きな印象を与えるだけの、情緒的な表現のプロフィールもあったりする。

読んでいくときに、それぞれの相手のイメージを頭に描いて、
自分の持っている、好ましい女性象・男性象とくらべ、
合格なら、申込みを決行する!

問題なのは、申し込んで、百パーセント、返事が来るわけではない。
そして、返事の来ない(断られた)理由が、とんと分からない。

そうこうしているうちに、申し込みを、受けてもらえるかどうか、に熱中せざるを得なくなってくる。

数をこなす、ようになってくる。

交際OKの返事が来て、メール交換が始まる。

プロフィールを読んで、イメージした時と、今受け取っているメールの間に、違和感を覚える。

誰しもがプロフィールなんて書き慣れてはいないから、これは、当然と言えば、当然の現象なのです。

そう受け取って、メール交換が始まってから、改めて相手を理解しよう、
と考えた方が、賢明なのです。

ところが、なかなかそうは思わない人の方が、多いのではないでしょうか。

自分のイメージと違っていれば、ああこの人ではない、と思ってしまう。

そして、早々と、次の人を探しにかかろうと、してしまうのです。

ドン・ファンは、付き合った女性が嫌いになるから、次の女性へ移っていくのではないのです。

今の彼女が嫌いなのではないけれど、
女性、というものへの憧れが強くて、理想の女性をさらに求めて、移っていくのです。

なにか、永遠に無い理想を追い求めて行く、それが、ドン・ファンです。

次々にメール相手を、簡単に変えてしまう人が、このドン・ファン心理と同じだとはいいませんが、多少反省してみる点はあります。

ネットという、相手を探す、交換する、ということが簡単にできる、という環境にあります。

相手を選ぶのは、相手そのものを良く知った上で行われるのではなく、自分のイメージが先行する、ということがあげられます。

相手をしっかり見つめよう、という気が、弱い面があります。
これは、ネットなので、簡単には出来ないことなので、気分の問題ではないかもしれません。
ただ、はっきりした、意志がなければ、簡単に相手のことを判断してしまいがちです。

メール交換という交際を始めた、ということに、一種の達成感もあって、
ここまで来たなら、もっといい相手も、また見つかるだろう、という思いになります。

そして、定かではない、自分の理想の女性イメージ・男性イメージを求めて、さ迷いだすのです。

要は、自分の持つイメージに合わせた異性を求める、という幻想をやめること、
が必要なのではないでしょうか。

人間、いくつになっても、相手の異性について、分かることは少ないものです。
だから、自分の異性へのイメージなんて、ひよわな夢のようなもので、それをたよりにするのは、どうでしょう。

まずは、現実に眼の前にいる相手を、理解しようと、語りつくしてみる。
始めは、半分くらいは、目をつぶるくらいで、メール交換を続けてみる。
そして、だんだん、目を開いて行って、判断する。

とにかく、2、3回のメール交換だけで、相手を判断してしまう、
交際をやめる決心をしてしまう、
ということは、いかにもチャンスを失っているような、気がしてなりません。

いや、それよりも、そのような人は、ドン・ファンのように、次々に相手を変えていってしまう、そんな結果になってしまう、それを危惧します。

もう一度、自分の態度を見直してみませんか?


前回(6月20日)の続きです。

メールというのも、手軽ではありますが、相手に真剣に思いを伝えようとすると、難しいものです。

ごく軽い、日常会話であるならば、話し言葉のノリで、書けますから、簡単といえるかもしれません。

しかし、やっと申込みにOKをもらった相手とのメール交換、となると、話し言葉のノリで、というわかにはいきません。

その理由の二番目です。


2.あせりすぎていませんか?

年齢を経るごとに、知識や経験が詰め込まれてきますから、自分というアイデンティティも、しっかりしたものとなってきます。

自分の好みや、行動の仕方も、だんだんはっきりしたものになってきます。

ましてや、離婚などという経験をすると、自分では辛い体験をくぐってきただけ、人間が良く分かってきた、人の悲しみや思いやりの大切さが分かる人間になった、と思います。

また、独身を長く続けてきた人にとっては、初めは漠然と大きかった希望も、現実的なものの見方に長ずるにつれて、だんだんに小さな希望へ、はっきりした望みへと、と自分の考えがまとまっていく、のではないでしょうか。

若い頃は、寡黙なタイプ、であった人も、こうして自分の考えが、はっきりしてくると、結構、雄弁家になっていきます。

自分の考えに対して、せっかちになってきます。

こんな人が、満を持して、メール交換による交際を始めるわけです。

その人の最初のメールはどんなものでしょう?

自分の過去、自分の現在、自分の願い、自分の好み、自分の夢、自分の理想の生活、そんなこんなで、怒涛のような熱心さで、相手に思いを、ぶつけてしまうのでは、ないでしょうか?

始めから、自分のすべてをぶつけ、さらして、相手の理解を求め、相手にも同様に、自己を語ってもらいたい、という態度が、前面に出る、というケースが多いのではないか。

年配者のメールの書き方を想像すると、特にそういう想像をしてしまいます。

これが、(1)で書いた、的確な表現がとれず、つたない、失礼な文言を含んだ文章が加わると、ただの、ひとりよがりのメールになってしまいます。

そこに、相手の姿、相手の思いを、想定しながら文章を書く、という思いやりは、みられません。

自分の言いたいことを、言いたいように、書いているだけ、

になってしまいます。

人間、そんなに、ド~ッと言われても、理解できるものではありません。

自分の思いは、こんなにボルテージが高いのだから、相手も同じ状態のはずだ、
という調子では、理解の道は、通じません。

あせらないこと、一、二度のメールで自分を理解してもらいたい、と思わないこと。

そんなことは、無理なんです、から。

一度に、あれも言う、これも言う、で書く量が多くなる、というアプローチよりも、
何度も、頻繁にメールを送る、ことを心がけるアプローチに変えたら、どうでしょうか。

そして、大事なのは、経済的状況などの事実だけを語るのではなく、
日々の心情、感情も伝える、こと。

短いメールだけれど、頻繁にやりとりが行われる。

内容も大事だけれど、今日も、明日も、次のメールが来る、ことが楽しみになる、
そんなアプローチを心がけたら、良いのではないでしょうか。

そんな、相手との「関係」つくり、が大事なのですね。

そうすれば、書き方のつたなさや、失言なども、修復可能です。

相手を想う気持ちが、自然に醸成されてきます。

そして、ああ、こんなにメールを交換しているんだけれど、どんな声の人なのかしら、
と次の関係へのステップが生まれてきます。。。

メール交換を長続きさせるコツは、あせらないこと、せっかちにならないこと。
そう心がけてみては、どうでしょうか?

今回は、この辺で。

3.相手をすぐに変えるのは、ドン・ファン思考が潜在していていませんか?
  (次回)




インターネットの出会いサイトで、相手を探すときは、
どんな小さなサイトであったとしても、数十人の候補者の中から、
自分に合うだろう、という人を絞り込んで申込みをする、でしょう。

申し込んでも、申し込んでも、なかなか思わしい返事が来ない、という場合もある。
例えば、男性の場合、20歳も年齢の違う相手に、申し込む、とか。

ネットの良さは、自分の信念を曲げず、思いが完全に成就するまで、
申し込みを続ける、ということも可能です。
自分のしていることは、誰にもわからないから。

これが、普通の、結婚相談所などで行ったら、2,3回もしたら、
「あなた、そんな、夢みたいなた思いは忘れて、現実をみなさいよ」
とでも、言われてしまいます。

これはこれで、面白いテーマだと思いますが、今日は、別の話題。
つまり、より現実的な思いを中心に、申し込みをし、交際OKの返事をもらった場合のことです。

何人もの、候補者のプロフィールを、比較しながら読んでいるときは、なかなか楽しいものです。
その相手との、交際の情況などを想像しながらの、作業ですから。

上手く行くのかな、どうだろうか、などと想像する、
もうこれだけで、くたびれてしまって、
なかなか、申し込みもでにいたらない、という状態におちいってしまう人も、
会員の中にはいるのではないでしょうか。

そして、数名に申込みをし、うれしいことに返事が来て、メール交換を始めます。

ここから、まぁ普通のステップとしては、
1.何通かのメール交換の後、
2.電話で話をして、声の感じが良くて信頼がおけそうであれば、
3.実際に会う、デートをし、
4.デートを重ねて、最終的なカップルへの合意に至る。
という節目で、進行するのではないか、と思います。

1から2、あるいは1から3へのステップに進む割合は、どのくらいなのでしょうか。

データを取って分析したわけではないので、正確なことは、言えません。
が、結構、確率は低いような、気がします。

当赤い糸のメンバーは、35歳以上ですが、若い人たちの出会い系サイトで、デートまで至る確率と、当サイトの確率を比べると、当サイトの方が、低い、ような気がします。

それは、何故なんだろうか、と考えてみたいのです。

1.メールの書き方に慣れていなくて、うまく自分が表現できていない、のではありませんか?

誤解があっても、うまく訂正出来ないで、相手を怒らせたまま、終わってしまう。

これって、結構、多いのではないか、と思っています。
文章で自分を表す、ということに慣れていない、にも関わらず、自分の文章を自省することもできない。
それでいて、相手は、それ相応の年配者として、送られた文章を読む。
稚拙で、失礼な文章は、若い人同士なら、笑ってすませることでも、真剣に受け止められてします。
ああ、こんな人は、ダメだぁ・・・。

こうして、2、3回にメール交換で、互いのことを、実は、よく分からないまま、終わってしまう、ということが、多いのではないか、と思っています。

やはり、メールの書き方は、相手の立場を考えつつ、自分の思うことを語る、ということで、そんなに簡単なことではないのだよ、
ということを、もう一度、思いなおして、わが身を振り返る必要が、あるのではないか、と思います。

年配の人ほど、ついつい普段の語り口でメールを書いてしまうと、大変ぶしつけな内容になっていることが多いようです。

そしてまた、受け取る方としても、あまり表面の言葉に神経質にならずに、
一度、二度は失礼な、と思われる発言にも、
片目を閉じて、

それって、もしかして、こういう意味なのですか、

とうような、やりとりをする余裕が、大切なように思います。

これなくしては、いつも、いつも、同じことの繰り返し、で終わってしまいますので。


2.あせりすぎていませんか?
  (次回)

3.相手をすぐに変えるのは、ドン・ファン思考が潜在していていませんか?
  (次回)

今回は、この辺で。



今回の訪問では、最大の目的だった、アパートを決めることができた。

そして、生活に最低必要な品々をそろえ、インターネットも、これが1メガサービスか、と思われるスピードであるものの、自分の部屋から自由にできるようになった。

コンドミニアムに付帯している、ジムで、ランニング・マシーンや、ダンベル、腹筋トレーニング台、などを使って体力アップの時間も、後半の2週間は、毎日30分、定期的に実行するように、なった。

実は、ゴーグルを買って持ってきたのだが、プールには、まだ、入っていない。

また、今回は、最大の荷物、ゴルフ・バッグを持ってきたのだが、ドライビング・レンジでの練習にもいけなかった。
次に、タイに来たときは、ゴルフを必ずしなきゃいけない、という今の決心です。

デートも、1回しか会わなかった人もいれると、9人の女性と会って、会話したことになりました。
その中の一人が、今日、空港まで見送りに来てくれる、
ことになっています。
(タイの出会いサイトの勉強、という意味もあって、こんなに沢山、デートしています。
なんて、いいわけ、しちゃいますが)

しかし、今回は、バンコクを一歩も離れなかった。
これは、いけない、
今度来た時は、旅行したい。

タイに関する知識や理解を、こうして深めていこう、といしていますが、
なんといっても、タイ語を学ぶ必要がある、
という気持ちが、ますます、強くなっています。

7月末に、今勉強中の、心理学系の最終試験があるので、それが終わったら、
いよいよ、タイ語に、本格的に取り組む、予定。

なんとか、こんな感じで、約1ヶ月のタイ訪問を終えます!

Thai Dating, Singles and Personals


タイの雨季は、おおざっぱに言うと、5月から11月までの期間のことをさすのだろうが、この間は、観光という意味でも、オフ・シーズンのように受け取られているようだ。

乾季の11月から2月までが、タイ最良の観光シーズンだ、というわけである。

しかし、雨季が、雨が多いから、観光的にシーズン・オフ、ということは、違っているのではないか。
べつに、雨降りがひどすぎて、観光に大きく影響するとは、思えないのだ。

それほどに、タイの雨は、軽い、という印象をもっている。
日本の梅雨の期間のような、いったん降り出すと、いつ止むともわからず、しとしと振り続ける雨ではないからだ。

ザーと降ったら、1時間もすれば、止んでしまう。
降ったら、止むまで、待てばいい。

乾季が、タイの観光シーズンだ、というのは、たまたまその時期が、アメリカやヨーロッパ、日本、などの冬に時期にあたっているから、なのでしょう。
寒さを、避けて、タイにやってくる。

タイの雨季は、雨が多い、からではなく、それらの国も、けっこう暑いから、同様な気候の、タイにくる必要は、ない。

「タイの雨季」と言う言葉で、インターネットを検索すると、
沢山の人が、タイの雨季の雨について、心配して問い合わせをしているのが、わかる。

観光に影響するような、雨は、あまりない、といえるのではないか、、、。

ロングステイする僕にしてみれば、雨季で、観光客が少ない方が、かえって万事、好都合ではある。
タイの人にとってみれば、いつでも観光客でにぎわって欲しいのだろう。

当地に滞在する、外国人においては、あらたな参入者は少ないほうが良いし、
その間の飛行機代や、ホテル代や、レジャー費用などが、オフ・シーズンの価格になって、空いていて、うれしいのである。

だから、タイの雨は、たいしたことはないよ、と声を大にして言う気は、さらさらないのだけれども。

どうやら、僕は、タイの雨が、嫌いではないようだ。

タイ人と日本食を食べる時は、Fujiとか、大戸屋、に行くことが多いけれども、自分ひとりで、ちょっと食べたい、でもタイ・レストランに行く気力は無い、と言いう場合、8番ラーメンか、やよい軒に行くことが多くなった。

味は、双方とも、そんな差はなく、値段もほぼ、同程度、と考えていいと思う。

まぁ、やよい軒には、セット料理が多いので、こちらの方が、安い、といえようか。

どちらも、一回当り、100バーツから130バーツで、済ませることが出来る。
日本円で言えば、330円から430円の間の値段です。

そんな値段だから、そこそこの日本食が味わえるだけで、満足すべきで、それにサービスがどうの、こうの、というと、何だか、気が引ける。

両店とも、サービス・チャージは値段に含まれておらず、チップ・ボックスが、精算するキャッシャーの前に置かれている。

そうは、いうものの、やはり、日本人なので、ウェイトレスやその他、店員によるサービスに違いがあると、やけに目に付くのです。

やよい軒の方が、はるかに、教育が行き届いており、それは、日本風の接客、カストマー・ケアだと思う。

たとえば、先日、8番ラーメンでのこと。
チキン焼肉、ご飯、味噌汁、おしんこ、ゆで卵、水、の一品料理を頼みました。
出てきた、順序は、チキン焼肉、おしんこ、味噌汁、ゆで卵、ご飯、そして、水。。。
それが、ひとつずつ、時間の間をおいて、出てくる。

ご飯の時は、親指を、ちゃわんの中にのめりこませて、わしづかみにして、持ってきた。
それも、一度、僕のテーブルに持ってきて、なにを思ったのか、持ち帰って、またやってくる、
というおそまつ。
最後の水は、こちらが、催促してから、やっと持ってきた。。。
8番ラーメンニ、セット料理が少なくなったから、こうなのか。

水、最初に出てきて(料理、する必要がないのだから)、ご飯、おしんこ、味噌汁は、一緒に出し、
次にチキン焼肉、、、というのなら、客の立場からも、店員の立場からも、合理的だと思う。
一品一品ばらばらだから、全部そろったか、どうか、わかりにくい。。。。

一方、やよい軒では、一度オーダーすると、ウェイトレスが、とどこおりなく配膳したかどうか、店長かフロア主任のような立場の店員が、目配りして、見て回っている。

昨日も、行って、野菜炒め定食を注文した。

僕が、日本の、自分の街の中華料理屋さんで出している野菜いためと、まったく同じ味なので、ついつい注文してしまう。
そして、やよい軒の野菜炒めには、お肉が入っている。
量は、日本の中華屋さんのほうが、圧倒的に多い、のだが。
まぁ、1000円と、330円の違いである。

まず、水だが、びんと、氷の入ったグラスを、持ってきて、
ただ、置いていくのではなく、
きちんふたを開け、グラスにそそいで、
礼をして下がる。

その野菜炒めに、サラダがついてくる。
実は、そのサラダ鉢をみると、小さなちいさなアリちゃんがいる。
僕は、アリちゃんなら、ちょっとはじき出して、サラfダはそのまま、食べようとしました。
ところが、小さくて、なかなか、簡単につまみ出せない。

その様子を見ていた、近くのウェイターがさっそく飛んできて、
さっとその鉢をさげて、
新しいのを持ってきたのです。

普通は、料理さえ運んでしまえば、
また、他のウェイトレスが担当したテーブルなら、
目配りなんかしない、
というのが、よくみられる態度、だと思う。

基本的な、訓練が、8番ラーメンと、やよい軒では、大きく違っているなぁ、
と感じました。
やよい軒さん、頑張ってください。

330円で、こんなサービスが受けられることは、気分がいい、
そんな風に思いました。

若者は、愚かでよい。
若いうちは、無知で、無恥で、無謀で、ある。
だから、どんなことにも、真剣に、裸になって、取り組むことができる。
過ちを多く繰り返し、そして成長するのだ。

かえって心配なのは、無難な生を望み、生半可に大人になってしまう、
過ちを侵すことおそれ、冒険をしない、若者である。
これでは、人間は成長しないし、
なにか、大切なことを理解しないし、そして、後の世代にただしく
ものを伝えることすら、できない。。。。

これは、よく、言われることだと、思います。
それならば、と、僕は思うのです。

大人は、愚かでよい、と思う。

と。

いや、さらに、そういうならば、

人間は、愚かでよい、と思う。

人間は、所詮、100年くらいの寿命の生き物です。
できることは、限られている。
いくら、努めても、過ちを侵さなくなる、ということはない。

なにか、しようと、思うかぎり、年齢に関係なく、過ちを侵すものです。

過ちを侵すことが、悪いのではなく、
過ちすら侵さない、なにも新しいことをしようとしない、
そのことが、悪い、のです。

人間は、いつまでも、無知で、無恥で、無謀で、いいのではないか。
自分が、そうと、わかっていれば。
そして、それにめげずに、
生きている限り、新しいことに、向かって行こう、
という気概の方が、大切ではないか。

恋は、若いものがするもの。
年配になっての恋は、老いらくの恋、などどと、
世迷言のように、言われていた、時代があった。

今は、90代の独身者同士が、老人ホームで出会って、
車椅子同士であったのが、リハビリに励んで、励んで、
車椅子のお世話にならなくなったばかりか、
セックスまで、楽しむことになった、
というレポートまで、ある時代です。

人間は、愚かでよい、

ということが、
こういうことを導くものなら、

真実それは、人間のためによい、考えだと言える。

そんな気がしますが、どうでしょうか。


初めてのデートの時は、日本食を食べたので、2回目は、タイ料理にしたいと思いました。

それで、Sさんに、プー・パッ・ポン・カリーを食べよう、と提案。

僕は、昨年の11月から、今回で、4回目のタイ訪問なのですが、まだプー・パッ・ポン・カリーを食べていない。

日本人の好むタイ料理の中、常に5本の指(3本の指)に入る、日本人大人気の料理です。

ソンブーンがプー・パッ・ポン・カリーの発明者で、本店以下、5店舗に拡大している、レストラン。

恥ずかしながら、今まで、食べたことがなかったので、今回は、なんとか食べて、帰りたいと思っていたのです。

それで、Sさんに言うと、MBKから近くて、プー・パッ・ポン・カリーを食べられる、お店を、彼女がいくつか探してくれた。

もちろん、僕が、ソンブーンのことを言っていたので、ナショナル・スタジアムの裏手にある、ソンブーン本店のお店もその中に、入っています。

Sさんが、ソンブーン以外にもお店を探してくれたのは、僕の選択支を広げてくれるためで、彼女の好みのお店を勧めるつもりではない、と言う。

プー・パッ・ポン・カリーは、ソンブーンが発案者、というように、日本のガイドブックには、書かれているので、そんなに速くプー・パッ・ポン・カリーが他店に広がるものかなぁ、と僕は思う。

それで、やはり、本物を食べたい、という気持ちがあって、ソンブーン本店に行くことにしました。

かなり、大きな、Seafood レストラン。
前のソイ8の通りには、両側に車が駐車している、商業地ではなく、住居地区内にある、レストランという感じ。
BTSナショナル・スタジアムから、徒歩で、10分くらい。

Sさんのいいところは、10分くらいなら、平気で歩いてくれること。
そして、日本人の歩くのを、速すぎる、と文句をいわないこと。
(僕の経験でいうと、タイ人は、まず歩かない、歩いても遅い、のです・・・)

さて、注文は、よてい通り、プー・パッ・ポン・カリーをはじめ、トムヤムクンのスープ、えびのクン・パオとか、4,5品に、飲み物。。。(僕はビール、Sさんは緑茶・・・)。

そして、プー・パッ・ポン・カリー、日本人に大人気、と、そう騒ぐほどのものでは、なかったなぁ、です。

第一に、これがここのお店が、初めて世の中に発案した料理なんだ、
と僕が力説しても、
Sさんは、何を言ってるの?という顔をしている。

彼女は、料理が得意なのです。
彼女は、このプー・パッ・ポン・カリーを作れるよ、と言います。
彼女のお父さんは、もっとおいしいプー・パッ・ポン・カリーを作る、と言います。

そして、これは、タイ料理ではないよ、
とばっさり。

これは、中国の海鮮料理、
だといいます。

考えてみれば、蟹のカレーソース炒め、なんですから、どんな中国海鮮料理屋さんにも、ありそうです。

ソンブーンで、初めて発案した料理、なんて、ちょっとひいきの引き倒しで、だれが言い出したのか。

誰かが、言い出すと、それをうのみにして、どんどん、うわさがひろまって、日本人の中では伝説化してしまう、そんな類の話なのではないか。

この日は、このソンブーンの話が災いしてか、僕が、なにを言っても、日本人の言うことは、「まゆつば」、みたいに受け取られて、しまう。

僕が、論理的な話にもっていこうとすればするほど、女性は、論理的話には、もとから懐疑的ですから、なおさら、不信の目が、鋭く、なってきます。

あ~あ。
疲れる、一日、でした。

にっくきは、ソンブーンのプー・パッ・ポン・カリー!


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真実は、常に厳しい、ものなんだよ。
だから、甘い考えは、捨てなさい

歯を食いしばって、がんばるんだ、
歩いてはいけない、前を向いて走れ、
他人より一歩でも速く、先に行け、走れ、走れ、
人生の真実は、厳しいんだから。

と、そう言って、育ってきたのではないですか?

周りに、そうあからさまに言う人間が、幸いにいない場合でも、
自分自身で、なぜかそう思うように、生きてきている。

学校で。
新聞、雑誌で。
TVで。

そんな話を沢山聞き、目にするから。

僕も、なんとなく、そんな風に感じていました。
真実は、厳しい。
それが、常識、だと。

それで、
真実は、常に優しい
という言葉を、目にした時、
驚きました。

誰の言葉、かって?
それは、どうでもいいことで、多分、昔から、多くの賢者が、こう言っているはずです。

目からうろこが落ちる、(魚でもないのに、目にうろこがあるかなぁ)
というか、
頭をガツンと殴られる、(これは、ちょっと過激すぎ)
というか、
脳みそが洗われる、
というか、
顔を冷たいタオルで拭いてもらう、
というか、
耳が2倍にふくらむ、

ような、新鮮な響きをもって、僕のこころを撃ちました。

そうなんだ、人生の真実は、優しいものなんだ。

そう、思う、ってことで、
救われるなぁ、
と感じました。

今、あるままで、
この努力が、成功しようが、失敗に帰してしまおうが、
それは、また、受容れられて、
それは、一歩前進することに、つながって、
いつか、優しい真実の実が、自分に訪れてくる、
そういう風に、
信じる力を、与えてくれる。

今まで、とても、難しいことかなぁ、僕に出来るかしら、
と思っていたことも、
真実は、厳しいぞ、という言葉の前では、
萎縮してしまっていたことも、
真実は、常に優しい、君の味方だ、
と言ってもらえれば、
なんとなく、やってみよう、やれるさ、やるんだ、
って、気になってくる。

今日も元気に、アイ・エム・ハッピー。
と言う、
気になってくる。
不思議。。。
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昨日、タイ・ラブ・リンクという出会いサイト(アダルト系の出会いサイトではありません)で、ペン・フレンドになっていた女性Sさん(28歳)と、初デートをしました。

タイの農業省のような政府系組織のスタッフで、バンコク生まれ。
僕が、日本を出発する前から、メール交換が始まり、もっと早くにデートしているはずだったのですが、僕のコンドミニアムの件が落着せず、のびのびになっていたものです。

さすがに、バンコク到着ご、2週間もたってから、
「どうでしょう、会えますか」
と言ったから、相手は、おかんむりです。

「相手を尊重する意味で(悪い言葉で言えば、もちあげる、ために)、あなたが僕のような男とメール交換してくれるだけで、幸運を感じていますよ」
と言ってみると、
「私は寛大なこころの持ち主だから、だれとでも、お友達になってあげるのです」
と言ってきた。

これには、僕もあまり良い気分でなく、
「じゃ、いいです。もうちょっと、優しい人かと思っていたのに・・・」
と言って、デートを諦める、思いでいると、

「ごめんさない、そんなつもりではなかった、ジョークのつもりだったのです。
タイと日本では、ジョークも違うのかしら・・・」

「日本では、人をがっかりさせたり、傷つけたりするジョークは、ダーティ・ジョークと言います」

「ダーティ・ジョークなんて、そんなつもりはなかった、本当に!」

とかなんとか、あって、

結局、彼女の職場に近いというマーボンクロン(MBK)で、5時にデートすることになりました。
めでたし、めでたし。

MBKは、知っている、東急ストアの隣、ということで、僕は、安心していました。
先回、3月に来た時に、2度ほど、東急に行ったことがあったので。
スカイトレイン(BTS)の駅の出口から、すぐ見えるところにある、誰もが簡単に行ける場所です。

僕の住んでいるコンドから、バスに乗って、チットロムに行き、そこからスカイトレイン一駅分は、
歩いてシーロム駅に行けば、そこから見えるのが、東急・MBK。
だと思って、時間を見ながら、家を出ました。
ところが、シーロム駅の前にあるのは、東急・MBKではないのです!
シーロム・パラゴン、という、これも巨大な、ショッピング・モール+レストラン ビルディングなのでした!

僕の、まったくの勘違いで、東急・MBKは、もう一駅先、なのです。
ひやひやしながら、暑い日中を、さらに歩かなければ、ならないはめに。。。

だいたい、タイ人は、時間にルーズだから、少し遅れても大丈夫、僕の方が、早く着くに決まっている。
と思っていました。
それで、待ち合わせ場所に着く前に、丁度、5時になったので、ケイタイ・メールで、
「今、東急2階の、入り口についたよ~!」
という書き込みを送った。
すると、意外なことに、
「私も、東急2階の入り口に居るけど、あなたは見えないよ~!
どこに居るの!?!」
という返信。
僕は、約束の時間通りに(あるいはその前に)やってきたタイ女性に、初めてあうことになりました。

彼女は、「私は良い仏教信者、ですよ」
と言う。
良い仏教信者には、守らねばならない、5戒律がある。
1.殺さない。
2.盗らない。
3.嘘をつかない。
4.酒を飲まない。
5.不倫しない。
なのだ、と僕の顔をまじまじ、みつめながら、言っていました。

僕が、ビールを注文した後だったので、僕が、言えたのは、
1と2と5は、僕の守備範囲でOKだと思う、というのが精一杯。

嘘をつかない、も言いたかったけど、ケータイ・メールのすぐ後では、
いくらなんでも、言えなかった。。。

そんな一日を、過ごしました。


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CW前道路

CentralWorld前の道路。普段は、5車線と2車線の対抗道路だが、ラッシュ時には、6車線1車線に、勝手になっている。。。

CW広場


CW伊勢丹前


もう、6月1日、バンコクに来て、2週間が経ってしまった・・・。

ついこの間バンコクに到着して、コンドミニアムを、仮契約したものから、別に変えたり、生活必需品を整えたり、している間に、あっという間に、2週間だ。
あえて、日本人の友達をつくろうという努力をしていないので、まだ、友達がいない。

昨日、今日と、
朝起きて、朝食を作り(サラダ、卵焼き、シリアル、牛乳など)、食べて、
その後、コンドのジムで、ランニングと腹筋、鉄アレイをする、
それからシャワーを浴びて、ちょっとゆっくり、TVや、インターネットを見ていると、
もう昼過ぎで、またランチの時間、
冷蔵庫にある、野菜や、パンや、ソーセージ、などで、野菜炒めなどを簡単につくると、
外に出て行く必要がない、
それで、ランチの後、本を読んだり、ブログを書いたりすると、
もう夕方になっている。。。
結局、夕方には、近くのジャスコやカルフールに行って、買い物したりするだけ。
それで、一日が終わって、しまう。

なんだか、バンコクに来ても、生活が拡大している感じではなく、
縮小均衡(小泉改革みたい・・・)していくような、感じで、
これでは、いけないなぁ、と思う。

タイが好きな人の、旅行記、なんか読むと、もう、4泊5日の旅でも、
あそこにも、ここにも行ったり、食べたり、経験したりの、出来事が満載で、びっくりする。

なんだか、そろそろエンジンかけなきゃならないのかなぁ。

今回の最大の目標は、アパートを借りて、生活の拠点を作ること、だった。
タイ語を学ぶための行動は、今度バンコクに来る8月以降、と予定しているので、
あとは、ノンビリ、あちこちを見てあるくだけなんだ。

明日は、デートがまっているけど。。。

というわけで、じっとしているのも嫌気がさして、雨も降る様子がないので、出かけました。

写真は、伊勢丹の入っているセントラル・ワールド付近のものです。
いつも、休日・祭日には、催しがあって、にぎやか。
ほどよい、人出。
退屈を紛らわせてくれること、間違いなしです。



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梅雨があければ、夏。
ぐずぐずしていると思っても、あっという間に、夏はやってくる。
夏は、恋の季節、と昔からいいますね。
そう考えるだけで、心の中に、しなやかに動き出すものを感じる。

恋をして、愛に至る、そんな経験を、思い出したり、夢見たり、とても今は良い時期ですね。

「恋をして、何を感じましたか?」  
という質問に対してよく却ってくる答えはーーー。

・何か大きな存在の一部になった感覚。
・本当の自分になれたという確かな実感。
・今までにない力と安らぎ。
・いのちの不思議さを知った。
・未知のものを恐れる気持ちが消えた。
・流れるような動きとつながりの実感。
・自分自身とまわりのすべてをはじめて受け入れられた。
・自分のからだや五感が、生き生きとしてくる。
・世界が新鮮な目で見えてきた。
・何かに祝福されているという感じ。
・わが家に帰ったような気持ち。

そのとき、私たちの内なる何かがリラックスしている。
ふだんの心配や思いわずらいはなりをひそめ、私たちは覚醒し、生き生きしてくる。
ありのままでいること、自分自身でいるという体験をする。
恋をすると、より大きな自分が開かれ、私たちはパワフルで生き生きしてくる。

いのちの中心とじかにつながる水路が開かれるのだ。
生き生きしたいのちとのつながりだ。

だからこそ愛はかけがえのないものなのだ。
私たちが愛する人との間でいちばん大切にしているのは、ただ一緒にいるということ。
そして、それは「一緒に」いる、というよりも、一緒に「いる」ということなのだ。

ふたりが、「いる」という存在の、いのちのつながりに開かれ、
自分自身の豊かさを愛するひとと分かち合えるときである。

              (ジョン・ウェルウッド 『男女の魂の心理学』 より)
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