きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
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300万人もの人命が絶たれたアウシュヴィッツ収容所から生還した経験を書いた「夜と霧」で有名な、精神科医のV・E・フランクルが言っています。

人間が人間らしく生きるために必要なことが三つある。

1.人間はクリエイテイブに何かを創る、生産することで生きがいをもって生きられる。

2.人間は、ほかの動物と違い、なにかを愛することによって、いきいきとする。

3.人間は、逆境に耐えることによって、より人間らしくなる。

収容所の生活に耐えられなく、滅亡して行った人間は、ひとつの未来、彼自身の未来を信ずることのできなかった人間だった。
未来を失うと共に、彼はそのよりどころを失い、内的に崩壊し、身体的にも、心理的にも、転落したのだった。    (「夜と霧」  みすず書房  179ページ)

この言葉が、若者のためだけでなく、人間、何歳になっても大事な真理だと思います。

いや、年齢が高まるほどに、未来が一見とぼしくなると見られる、高齢者ほどに、大切な生きる知恵だと思うのです。

いくつになっても、未来を創る、そういう心構えで、生きていきたい。



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予定時刻は、7時20分到着。
成田にランディングしたのは、7時丁度で、着地後、時速20kmで、約20分間、空港内を走ってターミナルに着いたので、ほぼ正確に7時20分の到着となった。

朝早い到着便は、ほんの一機か二機なので、空港内は、静かだ。
入国パスポート処理も、一人もまたずに通過できた。
預けたバゲッジも15分ほどで、でてきた。

今回は、はじめてJRを使っての空港の往復だ。
今まで、20年間、成田にはいつも、車だった。
タクシーだったり、自分の車だったり。
しかし、JRも悪くない。
通関を終えて、出口をでると、すぐエスカレーターで、電車のホームに出れるのだ。
歩いて、5分もかからずに、電車に乗れた。

家に帰ると、やはり、お風呂に入りたい。
そして、パソコンを立ち上げて、無事到着の旨を知らせたい、と思った。
その相手から、メールが来ている。
こういうのは、うれしいものだ。
写真も添付され、新しく、一人で写っている写真だ。

メールを打って、お風呂に入って、コンビニで買ったソバを食べて、爆睡。


3週間のバンコク滞在、あっという間に帰国の日になりました。

7月の6日に到着して、空港タクシー・ドライバーが女性ドライバーだったことに、世界中どこでも女性ドライバーは安心だ、と思いながら市内のラチャダに着いたのが、つい先週のような気がする。

今回もいろんな、経験をしました。

部屋のインターネットがある朝から急に使えなくなり、調査・修理を頼むが、エンジニアは、夕方6時しか来れない、という。
一日目は、その6時の約束を、こちらがすっぽかして(デートの約束が入った)、その日は直らず。
翌日、朝事務所に行って、まだ、使えない、と言うと、もう一度、6時にエンジニアが来る、今日は、大丈夫か、と訊くので、今日はなんとか部屋にいることにする。
昨日、すっぽかしたじゃないか、ということはあまり、強く責めてこない。
それは、助かる。
そもそも、食事頃の6時にしか来れないほうが、悪い、という反論を頭の中で用意していたのだが、そういう議論にはならなかった。

2日目も、使えないと、さすがになにかとチェックしなければいけないことがたまってくるので、横丁のインターネットカフェに入ってみる。
30分、10バーツ。1時間、15バーツだという。
5月に来たときまでは、横丁のネットカフェの存在を知らず、BIGC の1時間30バーツを、探してやっとの思いで使っていたりした。
知らない、ということは、なんと時間とお金をロスすることだろう。

また、パンテップというバンコク一番のITモールにも、今回、初めて行った。
6階建てのビル全体が、IT ショップ。
ワイアレスのマウスを買った。
350バーツ。レシートをくれなかった。
ところが、部屋に帰って、使ってみると、うんともすんとも、動かない。
不良品だ。
あ~あ、明日、取替えの交渉で、嫌な思いをするんだろうか。
レシートもくれなかったし。。。
などと思いながら、翌日、その店に行き、壊れている、交換してほしい、と言うと、
もちろん、いい顔はしなかったが、レシートが無いから、当店で買ったかどうか、
分からないので、うんぬんかんぬん、という話にはならなかった。
心配だったので、同じ製品は止めて、同じ値段で他のマウスと交換した。
すんなり、だった。
あまり、明日の交渉のことを考えて、頭をめぐらす、なんてことはしない方が、
いいみたいだ。

今回のバンコク訪問で、デートした相手は、なんと数えて、13人になっていた。
ブログに、ニンとの出会いの模様は、ストーリー風にまとめて書きましたが、それは、はじめの2日間の出来事。
13人、みんなのことを書く、時間がなかった。
こういうと、遊びやからかい半分で、デートしているように響くかもしれない。
それは、困ることで、結局、ネットの出会い、というのは、単なるきっかけで、やはり人は、会ってみなければ、分からない、と思うのです。
その、まずは、第一歩の判断をしたくて、会ってみる。
写真とイメージが違う。
話しも、なかなか、通じない。
相手も、よく感じていないようだ。
もう一度、会いたいとおもう人か、どうか、判断する。
別れたあとで、デートのお礼をし、次に、相手も会いたいと感じているかどうかの、打診をする。
大体は、ここで、相手も、おざなりな社交辞令を返事して、それで、付き合いは終わる。

なかなか、思いを、通じ合わせたい、という相手は、見つからないものです。

ところで、僕の今回のバンコク訪問の収穫は、どうやらそういう相手に巡り合えたのです。

その、楽しい思いをおみやげに、今回は帰国します。

今後の僕のブログに、彼女は沢山登場することになるかもしれません。
お楽しみに、です。



Thai Dating, Singles and Personals



カルフールの入り口を入ると、MKがある。
タイ人にも、観光客にも人気がある、タイすき、の店である。
夕食時間の6時に近かったので、普通、待たなければならないことも多い。
運良く、4人がけのテーブルが空いていた。

基本の野菜メニューをまず選んで、あと、魚、貝、肉、つみれ、きのこ、などなど一皿毎に、オーダーする。
野菜メニューは、190バーツと、390バーツがあり、390バーツを選ぶ。
どちらにするか、僕の意見を聞くので、390バーツ。
選択メニューの皿も、僕に選ばせる。
5皿、オーダーする。
これで、十分なのだろうと想像した量である。
ニンは、それほど大食いではないことは、昨夜の様子でわかっているつもり、なのだった。

ところが、すぐにわかったことは、僕の5皿のオーダーとは別に、ニンも4皿ほど、オーダーしていた。
間もなく、テーブルに乗り切らないほどの、皿が運ばれてくる。
僕は、誰がこんなに食べるんだ、とびっくりしているのだが、ニンは、平気の様子。

野菜、肉、魚、などなど、てきぱきを鍋に入れ、出来次第に、ぼくの食皿にのせてくれる。
そのこころ配りは、大変、親切なものだ。
ニンは、お酒を飲まない。
僕は、タイのシンハービールを少々。

それにしても、頼んだ具の量は多すぎる。
僕は、3分の2も食べないところで、ギブ・アップ。
ニンは、最後の具の皿も、鍋にいれたが、さすがに食べることはできない。

その姿を見て、量、に対する感覚が、壊れているのではないか、という疑念が、すこしわきあがってくる。

夕食の後、歩いて5分ほどのショッピング・モール、エスプラナーデに移動する。
4階にあるシネマ・コンプレックスで、映画を観ようということになっていた。
そのエスプラナーデの、エスカレーターの前に、アディダスのスポーツ・ショップある。
それをみると、エスカレーターはをよそに、どんどんその店に入っていくのである。
赤い、小さめな、スポーツ・バッグを手にとって、欲しいなと思っていたバッグなの。
と言う。
さっき、ドレスに合う、バッグを買ったばかりなのに、である。
それは、バッグの種類が違うのはわかるが、映画を観に来ている今、なんでスポーツ・バッグを買う必要があるのだ?
かんたんに、あしらって、4階に行く。
幸いに、すぐ観れる映画があって、二人分、240バーツ。
新作アメリカ映画のロードショーが、一人、120バーツ(380円ほど)なので、安い!
映画館内部、椅子、ゆったりできて、すばらしい。
恋人同士、の雰囲気で、2時間、映画を楽しんだ。

外に出ると、9時半ころで、暗くなっていた。
コンドに戻る道、ラチャダ通りの露店は、まだ開いている店が多い。
映画館で、冷えすぎて、気分が良くなくて、はやく部屋に帰りたかった。
すこし、急ぎ足にもなっていたかもしれない。
ところが、ニンは、それに抵抗するように、またもや、道からすこし奥に入った露店に、つかつか、近寄って行く。
化粧品の店である。
あれこれ、触って、なにやら、900バーツのセットが欲しい、というそぶりを見せる。
僕が、頭を振ると、他のものをみて、これは140バーツ、だという。
まだ、いろいろ見ているので、さすがの僕も、ここまで、だと思った。
ニンに、140バーツを渡して、もう、帰るぞ、と言った。
そして、僕は、歩き出した。
ニンが、買い物を済まして、あるいは、買い物をせずに、僕の後を追ってきたら、追いつくようにと、ゆっくり歩いた。
しかし、ニンは、追いついてこなかった。
さらに、化粧品を見ているのかもしれない。

ゆっくりコンドまで、歩いたが、追いついてこないので、コンドの入り口で、待った。
10分ほど、遅れて、ニンはやってきた。
僕が、機嫌をそこねているのは、彼女にもわかっていた。

何故、わたしを置いていくの?
追いつけるように、ゆっくり歩いたよ。

でも、何故、わたしを置いて、行ったの?
つぎから、つぎへと、買い物は出来ないんだよ。ニンは、ものを欲しがりすぎる。異常だ。

話しているうちに、彼女への期待したものが、しぼんでいくのを感じ、ますます腹立たしくなってしまった。
もう、無口で、部屋に戻る。

さすがに、ニンも、僕の怒りに気が付いたのだろう。
今日は、帰らなければならない、と察したようだ。

すると、これまた、僕の予想外の行動に出たのである。

妹が、勉強するために、5000バーツ必要だ、といって困っているの。

???

あなたは、わたしを理解してくれないの?

???
妹が、どうした、というのだ。
僕には、関係がないではないか。
ニンとの間で、その妹の面倒までみなければならない関係がいつ出来たのだ。

ニンにしてみれば、お金を持っている人間が、知人の困っている状況を助けるのは、当然の行為なのだろう。
タイでは、そう、考えるのだ。
しかし、僕は、まだニンに対して、そんな責任を感じるほどの付き合いではない、と確信している。
まして、今は、ニンの物欲の、あまりの強さに、嫌気がさしてきているのだ。

僕には、関係のない話だ。
もう、帰ってくれ。お願いだ。

あなたは、わたしをわかってくれない。
わたしは、お金がない。
わたしは、あなたのために、掃除をした、料理をした、髪をきった、髪を染めた、あなたのために、今日は仕事をやすんだ。
どうして、わたしをわかってくれない?

昨日、今日のことで、今は、ニンのことが理解できない。
また、あとで、話そう。
今日は、帰ってくれ。

わたしは、あなたのために、今日仕事を休んだ、5000バーツ、妹のために欲しい。

僕は、これを渡したら、別れになるな、と思いながら、2000バーツを出して、彼女に渡した。

ニンは、泣きながら、部屋を出て行った。



Thai Dating, Singles and Personals



ノートパソコンが欲しいの。
昨夜、コーヒーを飲みながら、いろんな話をしたつもりだが、ニンが熱をいれて語ったのは、何にかを欲しい、というとき。
あなたとインターネット・チャットもいっぱい出来るし、わたしの仕事にも、とっても大事なの。

それと、あれ、iPOD。
すごっく、かわいい、楽しい。
持ってる友達いるんだけれど、うらやましい。

iPODが、巷の人気を博していることは、ニンとのこの会話から知らされた。
その数日後、日本でもソフト・バンクから発売され、驚異の人気だ、とテレビで知らされた。

そんなことを聞かされながら、夜が更けたので、あまりいい寝つきではなかった。

目が覚めたのは、8時ころ、だったろうか。
気が付くと、ニンは、すでにベランダ・キッチンでなにか、やっている。
へぇ~案外、早起きだな。

目が合うと、
「わたし、今日、あなたのために仕事を休む」
と言う。
「そうか、ありがとう」
と一応答える。

あんまり、早々とべったりなのも、息つく暇もない感じがするので、本当は、面倒だなぁ、とも感じていた。
あまり積極的な態度には、落とし穴がある、という気が抜けない。

一所懸命にやってるのは、ハム・エッグ作りだった。
道具はそろっていないのに、蒸して作ろうとしている。
ふたをするものが見つからなかったらしく、上がオープンのまま、卵4個分とハムを入れたどんぶりをフライパンの上で、蒸そうとして、悪戦苦闘している。
見た目、ちょっと無理だろう、とわかる。

深めの鍋を、調理だなの上のクローゼットから出して(ちょっと探せば見つかったはず)、フライパンに替え、ふたをして、調理再開。
それからでも、30分くらいは、かかっていたのではないだろうか。

ニンは真剣に、出来具合を気にしていた。
昨日食べた、茶碗蒸しが、頭にあったのだろうか。
料理にことは、僕にはわかないが、何故蒸してつくろうとしたのか。

あとで、テーブルに出てきたハム・エッグを食べたが、味はまぁまぁだった。
ただ、フライパンで、揚げて2,3分でできるものを、なぜ1時間ちかくもかけて蒸して作ろうとしたのか。
電気代を考えてみれば、選択は明確なのだが、どうもそういうことは、気にならないのだろうか。

しかし、食べた後の片付けとか、食器あらい、とかは、てきぱきしている。
僕は、食器洗いは、自分の役割でやってもいいのだが、そのすきがないくらい、手早いのだった。

さて、これから、どうしようか。
映画でも、みようか。
という話をすると、
それよりも、まず、
といって、僕の髪の手当てをしよう、と言う。

ビニールの大きな買い物パック袋を探し出して、僕の肩にすっぽりかぶせる。
まず、簡単に散髪。
5月に、千円の髪きり屋さんにいっただけなので、かなりの伸び方のはず。
いっそ、長髪にしようか、と思っていたのだが、それが、あっさり、すっきり、刈られていく。

次に、ジュースの紙パックを切って、高さ15センチほどの容れものとし、そのなかに昨日買った毛染めの薬を入れる。
自分は付属品の手袋をして、いよいよ、毛染めの開始。
こてに液剤すくって、少しづつ、塗っていく。
美容師さんの腕前である。
かなり、丁寧な、作業振り、なのである。
いやいや、やっている雰囲気は皆無で、僕の頭をいじることを、楽しんでくれている。
これは、されている側も、気持ちのいいものである。

染め薬を塗った後の待ち時間もいれると、1時間以上もかかった。

シャワーから出てきた僕をみて、
いいよ、いいよ、
と嬉しがっている。

リンスの入ったシャンプーは、絶対使わないように、と繰り返し、教えてくれた。
染めた色が、落ちる、ということなのだろう。

料理をしたり、髪を染めたりしたので、すこし部屋のなかでくつろいでから、外に出よう、ということにした。

ジャスコとカルフールの間に、小さな露店商が並んでいる。
それは、ジャスコのパーキング・スペースの一画を、縦に一列、占有している形になっている。
間口、1.5メートルほどの小さな店が、ドレスやらアクセサリーやら化粧品などを売っている。
ラチャダ地域は、バーギャル、マッサージギャル、が多く住む地域として有名らしい。
また若い子たちの遊び場もあるらしい。
それで、この60軒ほどの露店で扱っている品々は、けっこう流行に敏感で、カワイイ系や、コギャルっぽいものが、多く置いてあるように思う。
4時から、8時過ぎまで、若い子達で、毎日、にぎわっている。

夕食を食べながら、映画を観よう、と外に出たが、当然、この露店商の前を通る。

肩をあらわに見せるタンク・トップで、ミニ丈の、ドレスを置いてある店先にくる。
ピンクのドレスが気に入ったらしい。
あれこれ、身体にあわせて、値段の交渉をしている。
こういう場所では、けっこう高目の、500バーツ。
しかたが、ない。
OK。
すると、そのドレスに合う、バッグが置いてある店の前で、また、止まる。
値段の交渉。
今持っているバッグは、確かに、ピンクのミニ・タンクトップ ドレスには合わない。
それで、そのバックを買う。300バーツ。

夕食は、カルフールの中の、MKで食べることにする。
ここは、いつも混んでいる場所だが、さいわい、すぐにテーブルが空いた。

ここでも、またニンの意外な面を見ることになるのだった。    (続く)



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エスプラナーデには、十軒のほどの日本食レストランが入っている。
カジュアルな店は、地下一階だ。
ニンが、日本食に対してどんな反応をするのかを見たいので、迷わずFujiへ入る。

寿司、天ぷら、餃子、イカ焼き、茶碗蒸し、など。
茶碗蒸しを好き、というかどうか。
日本食は、初めてではない、注文するものも、自分で選べる、そんな感じだった。
茶碗蒸しは、食べたことがなかった、といいながら全部食べていた。

日本食に対しては、まずまずの好みだ。
今後、僕が日本食を食べたいと言っても、いやがらずに、ついてくるだろう。

食事の帰りに、途中のジャスコに、買い物に寄る。
ここが、大変、だった。

ジャスコの中を2度は、ぐるぐる歩いたのではないだろうか。

モップはあるか。ない。
モップで拭き掃除をするときの、バケツあるか。ない。
床掃除の洗剤はあるか。ない。
洗濯の洗剤はあるか。ない。
食器洗いの洗剤はあるか。ない。
ニンがお泊りする、歯ブラシ、化粧水、あるか。もちろん、ない。
化粧品は、よくわからないが、2、3種類買った。

歩いているうちに、女性の下着コーナーでピタリと足が止まった。
ワコールのブラジャーとちっちゃなパンティのセットがいたく気に入ったらしい。
女性店員とあれこれ話しこんで、欲しいというそぶり、丸出し。

日本から、お土産を買って来ようかと思いながら、時間がなくてできなかったので、これをプレゼントしてもいいか、という気になる。900バーツ。
そうすると、やわら店員が、もう一つブラジャーを買うと、パンティが無料で付くキャンペーン中だと言いだした。
今度は、それも欲しそうな気分で、店員の勧めに応じたがっている。
それを買うと、1500バーツになる。
いっきょにブラジャー・パンティ2セット、というのは、さすがにおかしく思えるから、それはダメダメ、で押す。

それから、伸び放題の僕の髪の毛を見て、髪を染めるとしたら、どの色にしようか、などといい始めて、ダーク・ブラウンの染料を買う。
後で、染めてあげるから、プロに任せなさい。とか言う。

コンドのもどってからの食べ物と、明日の朝の食料をみつくろう。
その時、なんという名前じゃ、僕にはわからないが、タイ人が良く食べる貝が、魚介コーナーに出ていた。
それを食べたいか、と聞く。ここで、煮る、調理をしてくれる、という。
食べたい。
それで、注文ということになったのだが、なんだか10キロの単位で買おうとしている。
おいおい。ボールにひとつ、それぐらいでいいよ、と押さえる。

また、ハムを買うときも、同じ様子。
うすくスライスしたハムの味は、僕が選んで決めると、量は、10センチも買おうとする。
そんな、明日の朝食だけだし、味もよくわからない初めてのハムだから、5センチでいいよ、とこれも押さえる。

買い物を始めると、ブレーキが利かなくなる、そんな情動の持ち主、というのが存在するのだろうか。
あとで思うと、そんなことをふと考えさせる様子だと言えた。

その時は、とにかく、あれこれしたい思いがあり、知識もあまりないのかな、というくらいにしか思わなかったが。

そんな、こんなで、大量の荷物をかかえて、コンドの部屋に戻る。

僕は、日本から到着したばかりでもあり、くたびれていたので、ゆっくりソファでくつろぎにかかる。

ニンは、僕には、休んでいていいよ、と言う。

ところが、自分は、ベランダのある、洗濯機用の蛇口を見つけると、今買ってきたばかりの、モップとバケツを取り出した。
以前から買ってあった、ほうきと、塵取りで、まず部屋全体を掃く。
ワン・ルームで、40平方メートルの広さである。
それが終わると、バケツに洗剤を入れ、モップで床の吹き掃除。

実に手際よく、嫌がらず、きれい好き、という感じで、僕に手伝えば、というそぶりもみせなかった。

掃除が終わり、ベランダのから外の景色を眺めている。
そばに寄っていくと、椅子に腰をかけて、
あ~ぁ、この椅子にすわって、書き物のことを考えられたら、いいな~。

ねえ、あなたが、日本に帰っている間、ここに来ても良い?
そうしたい、な。
どう思う?良いかしら?

なんだか、超スピードで頭が回転しているみたいだ。
僕は、まぁ、そういうこともあるかなぁ。
わからないよ、まだね。
というタジタジの返事。

この展開は、どうなっていくのだろうか?
自分でも、予測がつかないスピード進行である。    (続く)



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ターミナル出口はCだよ、と言っておいたので、
ゆっくりゆっくり迎え人たちの顔に目を留めながら出ていったが、ニンはみつからなかった。

バンコクのスワンナプーム空港には出口がA,、B、C、と縦に並んで3箇所ある。
パブリック・タクシーのカウンターに近いので、出口Cを指定したのだが、英語がほんの少ししかわからないニンには、メールで書いた内容が伝わっていないのだ。
本当に迎えに来てくれるのか、と何度も念を押していたので、どこかに来ていることは確かだろう。

昨年11月から、8ヶ月の間に、5回目のバンコク訪問である。
前の旅行で交換したバーツをそのまま持っているので、両替は、空港ではしない。
携帯でニンを呼んでみる。
すぐに応答がある。
どこにいるの?
EXIT3だと、言う。
僕の頭上をみると、EXIT9と書いてある。
ニンは、ターミナル出口Aを出たところにいるらしい。
そのまま、そこで待っているように言って、僕がニンの入るところへ向かう。

EXIT3に着くと、かなりの人が迎えに出ている。
どうも、みつからない。
お互い、写真でしか知らない関係なので、簡単ではない。
EXIT3を通って、外に出て見るが、こちらには人がほとんど居ないので、やはり中で待っているようだ。
もう一度、電話してみると、すぐ応答がある。
どこにいるの?インサイド?アウトサイド?
と聞いても、その意味は通じない。
台車にバッグをのせて押しながら、また、中にもどって、携帯にむかって、
どこ?どこ?
と叫びながら歩いていると、ようやく人陰から、忍び寄るようにニンが現れた。
サングラスをかけている。
おいおい、2枚の写真でしかしらないのに、サングラスなんかかけてちゃ、僕のほうから見つけることなんて出来ないじゃないか。
でも、ニンは無事に会えたことが、奇跡のようにうれしいらしく、オーオー会えた、といってはしゃいでいる。

写真でみた感じとは、少しで違う。
ちょっとだけだが、期待の方が、上回っていたようだ。
2枚に写真は、すぐに送ってくれて、良い表情だった。
すぐに好きになった。
3枚目は、なかなか送ってくれず、届いたのは、めちゃ小さくて、海岸でワンピース姿なのだが、全然顔が判別できない写真だった。
写真は、あまり送りたくなかったのかもしれない。
歯が矯正中だった。
タイには、歯を矯正中の若い女性がやたら居る。

パブリック・タクシーのカウンターが、Cの出口の方にもあった。
行く先を、ラチャダ、エスプラナード、と告げる。
すんなり分かってもらえ、タクシーが当てられる。
これが、前には、なかなかできず、紙に行き先を書いて説明していた。
今回は、ニンも居るので、通じなければ彼女に言ってもらえばいいと思い、紙に書くことも無く話してみたのだが、簡単に通じた。
僕の方の、単なる慣れ、なのか。わからない。
バン形態の大き目の車で、女性のタクシー・ドライバーだった。
すぐにメーターを倒して、メーター・タクシーになり、気持ちの良いスタートだ。
これが、ややもすると抜け目のないドライバーは、乗客を見て少しでも有利な料金を稼ごうとしてメーターを倒さなかったするので、嫌な思いをしながら、メーターを倒してくれ、と言わなければならない。

ニンは、何度もチャットで説明していたのにもかかわらず、僕がホテルではなく、コンドミニアムに行くことにびっくりしていた。
部屋を借りている、とは思っていなかったようだ。
これでは、話したことの、どれだけが伝わっているのか、全然わからない。
なにも伝わっていない、と考えたほうが良さそうだ。
ふたりで並んで座ると、うれしそうに手をにぎってくる。
相手が積極的すぎるのは、危険信号だが。
と内心思いながら、ニコニコして、とにかく会えたことを嬉しがっている様子は悪くは無かった。
ニンも、あのようなチャットだけで、本当に会えるとは、内心思っていなかったのかもしれない。
僕の話した分の、3割しか、ニンには分かっていなかっただろうから。
それだけに、会えたそのことだけで、嬉しい、という気持ちが、僕より強いのかもしれない。
と、僕のこころの中の警戒信号がゆるんで行く。

タクシーは高速も使わず、道を遠回りもせず、コンドに着いた。
タクシー代が今月から値上がっており、航空タクシーだけが新しいメーターを備えて対応している、と聞いていた。
メーターは、280バーツで、サービス料金50バーツ、チップを入れて360バーツを渡す。

ニンも、手荷物を一つ持ってくれる。
セキュリティを通り、エレベーター10階まで行く。
エレベーターにはコンドの住人が乗ったが、ニンは平気だ。
部屋に入ると、わぁー良い部屋ね~、とニンが言う。
ベランダに出て、わぁーバイヨークが見える、と言う。
ここを本当に借りているの?
あなたの名前で借りているの?
と確認したがる。
安心したいのだろうか。
一月ばかり留守をした部屋なので、すこし誇りっぽい感じある。
僕は、荷物を置いて、まず食事に行こうとしていた。
しかし、ニンは、バス・ルームに雑巾があるのを見つけると、ソファ・テーブルの上や、クローゼットのドアのさんなどを、拭き始めた。
僕は、びっくりしてしまった。
ニンは、美容師で、最近は小さな書き物もしている、と言っていた。
とにかく、そうじは後にして、食事に行こう、と外にでた。
シンガポール航空での貧弱な機内食だけしか、口にしてないので、僕は空腹だったのだ。
歩いて、3分ほどの、エスプラナードというショッピング・モール内の、日本食店、Fujiに入る。

ニンとの1日が、こうして、始まった。   (続く)



Thai Dating, Singles and Personals


有名人の言葉から英語を学ぶ、という類の本で出会ったのが、始めだったと思うのですが、この言葉には、その後、何度も、いろんな人が引用していて、出会います。

ウルマンの「青春」のように、多くの人の共感を引き起こす言葉のようです。

英語は、

The way I see it, if you want the rainbow, you gotta put up with the rain. 

by Dolly Parton

その英語の学習書を読んで、他にはなんのフレーズも記憶にないのですが、この言葉だけは、なぜか心に響いたので、記憶に残っているのです。

簡単に言ってしまえば、成功するためには、努力しなきゃいけないのよ、ということでしょうが、人生の禍福の綾を言い当てているように思います。

ドリー・パートンが、カントリー・ミュージックの大御所のような存在である、ということは知っていましたし、歌も何曲か聞いたことがあります。
その彼女の言葉としては、美しく、意外だったから記憶に残ったのでしょうか。


先日、放送大学の「日本の古典ー古代編」というテキストを学習していたら、次のような言葉に出会いました。

それは、本居宣長が「源氏物語」から引用した箇所で、

蓮(はす)を植えてめでむとする人の、濁りてきたなくはあれども、泥水(ひじみず)をたくはふるがごとし。

美しい蓮の花が咲き出すためには、汚い泥水がなければならない、ということです。

虹に雨、はすに泥水、

というわけです。

こういうバリエーションなら、他にもありそうだなぁ、と思っていると、

火が欲しかったら、煙くらいは我慢しなければ。  (ドイツの格言)

に出会いました。
いかにも実直なドイツの発想です。

3つを比べると、やはり、ドリー・パートンの、虹と雨が、一番、絵画的で、美しいですね。

記憶に残るはずです。

ドリー・パートンをもっと知りたい方は、次のページをごらんください。

http://dreamgate.ameblo.jp/dreamgate/entry-10088960275.html



ベトナムの高級レストランの綺麗なボーイだった彼を口説き、
妻子ある彼の愛人となり、
金持ちの日本人として、彼に小遣いをやるようになる。

その小遣いは、彼がベトナム人としては割のいい高級レストランをやめてしまってもいいと思うほどのもので、彼女は毎月の5日間は、ホーチミンで過ごし、彼はその間、ガイドであり、運転手であり、5日間に20回のセックス・パートナーのお手当てだった。

しかも、彼女は、その愛人の妻も、妻の母も、気持ちよく付き合い、妻の家にいくたびに、その母のもてなし手料理をご馳走になっていた。

しかし、そんな日も長くは続かない。
愛人の妻の弟に結婚式の費用を出して欲しい、と言われて、彼女は、がぜん、態度が冷える。

初めてのまとまった、大金のおねだりだった。
大金といっても、1000ドルから2000ドル、日本円で10万から20万で、彼女の短編小説、1本分だという。無理すれば、一日でかせげる額だ、そうだ。

しかし、彼女は、いやになる。
小出しに、自分になんらかのメリットのある出費なら(食事代や時計などのプレゼント、そして小遣いー上記のサービス料・・・)なら、しょうがない、金持ちなんだから、と支払い続けていたのだが、愛人の義理の弟の結婚式の費用、となると、直接のメリットが全く感じられないのだろうか、こころが冷えてしまう。

ベトナム人からみれば、金持ちだから愛人なのであって、金持ちの愛人であれば、家族みんなを助けて当然、という感覚であろう。
しかし、彼女の結論は、こうだ。

「そもそも。
あなたは私と出会った頃は真面目な働き者だったのに。
私に出会って小遣いがもらえるようになると、家族ぐるみで私にくれくれと言うようになった。
これまで私はあなたが可愛いから、あなたの家族も好きだから、言いなりになっていた。
でも、もうやめよう。
別れという言葉は口にはしない。けれど、しばらく会わない方がいいかもしれない。
私がケチなんじゃない。あなた達のための思いやり」

彼女は、愛人と会えなくなって、困らないのか?
困らないのです。
この頃すでに、韓国に新たな愛人を作っていたのだ。
韓国の愛人の方に気持ちが、性欲が傾いていた。
だが、ベトナムの彼も可愛くて、惜しくて、困っていた。
可愛くなくなる、理由を探していたところに、この大金?のおねだり、となった。
おあつらえむきのタイミング、だった、というわけです。

僕が、なんで、こんな話を書いているかというと、
岩井志麻子がしていることは、日本の男たちが、タイやフィリピンなどのアジアでしていること、として非難される、お金で当地の女性を買っている、ということと、同じ類の話だと思うから。

そういう意味で、彼女のユニークさは、日本の女性の励みになるかもしれない、と思うから。

そのまま、同じように、愛人を金でつくれ、ということではなく、
ある程度の経済的な基礎があれば、日本人女性は、アジアの男性の魅力を勝ち得ることができる、という自信をもてる、という意味で。
それを、もっと、実質的に活用すれば、良い。

しかし、岩井志麻子は、やっぱりケチだと思う。
別れのきっかけが、たった20万円のおねだりだった、というのだから。
愛人を持つ男性の場合、家を作って欲しい、なんていわれて、何百万も出してしまうケースが多いのに・・・ね。


成田発、9時40分、バンコク・スワンナプーム空港着、14:00時の予定のシンガポール航空のフライトSQ631でした。

バンコク到着は、なんと13:15分。
45分も早い、到着でした。

予定到着時間より早く到着する飛行機、なんて初めてでした。

大体が、出発時間の予定9時40分が、New Time として、9時25分発、と成田で言われたことから、びっくりしました。

予定の出発時間を繰り上げるなんて。
まぁ、実際には、出発は9時40分で、定刻どおりになったのでしたが・・・。

到着の早さには、驚きました。

食事は1回。
6時間のフライトであれば、到着前に軽食が出るのが通常だが、45分も短縮すれば、その軽食を出す必要もあまり、感じないし。
メリットがあるのでしょうね。

乗客としても、早いことに越したことはないので、
うれしいことです。

出向かえの人とのやり取りを、ちょっと心配しただけでした。

空港からのエア・ポート・タクシー(Public Taxi)、女性ドライバーでした。
空港タクシーは、もう値上げ実施のメーターも準備OKで、実施されているそうだ。
空港からコンドまで、280バーツ。
チップとエア・ポート・タクシー費用(50B)を合わせて、360バーツそ支払う。
やはり、値があがっている、様子です。

いずれにしろ、これから3週間、またバンコクでよろしく、です。


一言で言うと、モテルからである。

彼女は妖艶な人気作家さんである(そうだから)、日本でも、男に不自由したことはない、だろう。

たとえば、この私小説で書かれている、ホーチミンに通っているころは、日本に男が居た。

彼女担当の編集者であり、男でもあった。

そんな彼女がなぜ、わざわざアジアにでかけるのか。

それは、一目ぼれしてしまうくらい、美男で優しい男に、愛されるからである。

日本のホスト・クラブにいるような、病人じみたやさ男ではなく、映画スターかとみまがうような、美男でしなやかな身体をもった、若者なのである。

南国アジアの国の男たちは、日本の女性が好きです。
まず、日本人は、白い、と言われる。

南国アイジアの美人の要件は、1に白いこと、2に白いこと、
なのです。

それで、日本の女性はもてる。

そして、日本の女性は年齢よりはるかに若くみられる。

そして、お金持ち、である。

この3つの美点を活かしして、彼女は、当然のように、
10歳以上若い、美男の、おとこを恋人に出来る。

考えてみると、これは、岩井志麻子だからできること、
だけではないです。

ほとんど、だれでも、日本の女性なら、アジアにいけば、できる。

もう、いわなくっても、そういう女性で、あふれかえっている、ともいえるのかな。

いまのところは、「若い」日本女性はモテルという、理解ではないか。

実は、もっと、年齢が行っても、
岩井志麻子さんのように、絶世の美男を射止めることが、できる。
という気がする。

そんな気持ちになれる、40代以降の日本女性、もっと増えないかな?




岩井志麻子さんの小説を読んだこともないし、

特別な関心もなかった(あやうく、岩下志麻、と読み違えるくらいの、関心のなさ)のだけれど、

タイへ旅行中にたまっていた新聞をみていると、5月24日の夕刊に、

2年越しの恋仲だった18歳年下の韓国人と4月に、ソウルで婚姻届を出した、という記事をよんだ。

やるな~、と思って、インターネットを見てみると、

『ベトナムと韓国に愛人が居る生活ぶりを「夜のОDA」と言っている』、

そういうひとだ。

ふ~んと思っているうちに、昨日、本屋に寄ると、「私小説」という文庫本がある。

ホーチミンのレストランで口説いたボーイと、ソウルでのホテルマンとの、自伝的恋愛小説、だという。

もちろん、買って、今読んでいるところです。

この人の面白いのは、ベトナムの男も、ソウルの男も、一目ぼれしちゃって、好きになって、かけもちで、続けていくところ。

一方で、女を買うためにだけに海を越えてくる男たちのように、男と恋なき性欲を分かち合うために、アジアに行く、とも言う。

相手の男は妻子持ちだったりで、自分の方が、愛人、なのである。

それでも、「夜のODA]、のつもりでいる。

そんなところが、海を越えて女を買いに行く、男たちと、共通だ。

そんな彼女が、結婚した相手は、このベトナムのボーイさんでも、ソウルのホテルマンでもなく、ソウルのカラオケ店のボーイさんだ。

日本人が、アジア人と国際結婚する場合、もっとも多いのは、

男性は、バーやカラオケやマッサージ店で知り合った女性と結婚する、

女性は、旅行中の、レストランやホテルやリゾートで働く従業員と結婚する、

というのが、一番、多いであろう。

岩井志麻子さんの場合も、出会いのきっかけは、同じだ。

なんで、こんなことを、書いているかというと、

日本の女性も、どんどんアジアに、遊びに出かけて行って、いいのではないか、と思うから。

日本で、うじうじした男にしか出会えず、

不満をかこっているのなら、

言葉も文化も違う、南国での出会いそれだけで、エキゾチックな魅力がある。

ひょうたんから、コマ、もあります。

日本にいるより、そのコマは、多いかもしれません。

とにかく、岩井志麻子さん、お見事!






 もう一歩 

いかなる時でも自分は思う、
もう一歩。
今が実に大事な時だ、
もう一歩。

 なるようになる

なるようになる
全力をつくせ。


  日々新

日々新
日々決心
日々真剣
日々勉強
日々成長

  この道より

この道より
我を生かす道なし
この道を歩く。


武者小路実篤、なんて、今では、明るいだけの老人ボケだ、
というような評価になっているのではないだろうか。

だけれども、若かりし頃、この人の健康さに、ずいぶん気持ちが
癒され、人生を前向きに見よう、という救いがあったことが、
思い出されます。

今でも、時に思いだして、その健康さに触れてみるのも、
いいものですね。

いくつになっても、人生、前向きに、ですから。



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