きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
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昨日、ブログ・ランキングの投票依頼を(ひどく依頼心見えみえで自分でも嫌気がさしていました)、止めたとたん、
ランキングへのクリックが、ゼロ。

自分自身の備忘録、という思いを中心に書いているブログですが、あまりにも公開する意味、励みを感じなくなりました。

それで、今日で、「断筆」いたします。


今日の分は、大部分を、下書きに書き込んでいたものなので、更新します。

最後の記事ですが、長さだけは、大作です。

では。

   *****

文芸春秋2008年12月号は、世界同時不況大特集、だったのですが、

その記事に付帯するかのように、団塊世代「定年後」が崩壊する!

退職金40兆円、「貯蓄から投資へ」が悲劇を生んだ、資産暴落をシミレーションする、

という、水木楊という作家が書いた、いかにも客寄せパンダ式の記事がありました。


マスコミは、「団塊世代」と言えば、高い購買欲を得ることができるので、そのフレーズを使いたがります。

また、世間は団塊世代を、疎ましく思っている人の割合が大きくなっているので、マスコミは
彼らの失敗を知らしめ、喜びを与えようとします。

団塊世代には不安を与え、それ以外の世代には、不満の解消を与えよう、という戦術です。


とは言うものの、退職金40兆円と言われた、団塊世代のふところをターゲットに、

あらゆる金融機関が、こぞって「貯蓄から投資へ」という一大キャンペーンを張り、

それが大きなトレンドとなり、

結果、日本の金融機関にV字型の回復力を与える原動力となった、というのは事実でしょう。

それが、この金融バブルの崩壊で、危機に瀕している、というのも、事実。

被害者は、団塊世代だけではないけれども、上に書いた事情で、あのにっくき(うらやましい)団塊世代の悲惨さを、浮き彫りにしてやろう、という魂胆で書かれた、記事です。

まさしく、僕自身が、金利の低い時代には「貯蓄から投資」です、

あなたのホーム・バンキングとして、資産管理を応援します、

という金融機関に乗せられて、

最近ではもっとも株価が高値を示していた、2007年前半に、たっぷり投資信託を買わされました。

そんな事情がありますから、この資産暴落シミレーション物語は、(実例ではありませんが)、他の人の経済状況などを知りたい、参考になるかも、という気持ちから、興味をもって読んでみました。

その骨の部分だけを抜き出してみました。

僕自身の参考のためです。

自分がどのような状況に置かれているのか、うまくやってこれているのか、これからどうなのか、考える糧になろうかと思ったのです。

同じように、感じられる方もいるかもしれません。

5人の事例が載っていますが、実例ではないとは言え、大学卒で、企業につとめ、退職を60歳で迎えた場合に、どれほどの預金があり、どれほどの年金が入ってくるのか、平均値的な情報としては、まるっきりデタラメではないでしょうから、参考になります。

では、5人の人が、60歳で定年を向かえた状態から、始まります。

(2007年は、団塊世代大量退職、開始の年でしたね)

Aさん:政経学部卒、長銀入行、倒産後証券会社を渡り歩きFP資格取得、
    退職後FPコンサルタント。妻とは死別。一人息子はニート。

2007年収支:
収入合計 - 242,000
         (コンサル収入:150,000、年金(報酬比例分)92,000)
支出合計 - 260,000
         (家計ー息子生活費含む 234,000、コンサル活動費26,000
月次収支(赤字は退職金から埋める) - -18,000
固定資産: マンション
金融資産: 25,000,000
負債(退職金で住宅ローン完済): 0

 
Bさん:政経学部卒、建設会社、在職中に宅建取得、退職とともに不動産販売と
     コンサルタント業を開始。
2007年収支:
収入合計 - 540,000
         (役員報酬:450,000、年金(報酬比例分)90,000)
支出合計 - 523,000
         (家計 214,000、事業補填資金 120,000、
          住宅ローン返済 126,000、生損保保険 63,000
月次収支:  17,000
固定資産(ローン残金900万円): 一戸建て
金融資産:  15,000、000 (退職金の大半を会社設立資金へ使う)  
負債(住宅ローン+会社の借入):  12,000,000
 

Cさん: 法学部卒、埼玉県庁、退職後は第3セクター天下りが決まっている。
     妻は小学校の教頭。二人の子供はすでに独立。

2007年収支:
収入合計 - 729,000
         (非常勤役員報酬:154,000、年金(報酬比例分)95,000
          妻の給与 480,000)
支出合計 - 312,000
         (家計 312,000)
月次収支:  417,000
固定資産:  一戸建て
金融資産:  30,000、000  
負債(住宅ローンは55歳時に完済):  0

Dさん: 商学部卒、関東電力入社、柏市の自宅をリバースモーゲージにして、
     御宿にバリアフリーのセカンドハウス建てる。

2007年収支:
収入合計 - 94,000
         (年金(報酬比例分) 94,000)
支出合計 - 197,000
         (家計 197,000)
月次収支(赤字を退職金で埋める):   -103,000
固定資産: 一戸建て +セカンドハウス
金融資産:  27,000、000  
負債(リバースモーゲージは含まず):  0

Eさん(女性): 文学部出身。夫とはすでに死別。門前仲町のマンションに一人住まい。

2007年収支:
収入合計 - 272,000
         (アルバイト収入 122,000、遺族年金 150,000)
支出合計 - 263,000
         (家計 263,000)
月次収支:  9,000
固定資産: マンション
金融資産(夫からの相続遺産):  30,000、000  
負債(住宅ローンなし):  0


さて、彼らが、金融危機から始まる大不況時代を越えて2011年にはどうなるか。
個々人の人生ストーリーを加えて、シミレーションの結果はこうです。
65歳になっている状態です。

Aさん:
2011年収支:
収入合計 - 194,000
         (コンサル収入 顧客減少 40,000、年金 154,000)
支出合計 - 227,000
         (家計わずかに節約 227,000、コンサル活動費 12,000)
月次収支 慢性赤字:  -33,000
固定資産: マンション
金融資産: 豪ドル債、投信で大損失 10,000,000
負債:     0

 
Bさん:不動産販売大不況、赤字を抱えるが、2009年に死亡。以下は夫人の分。

2011年収支:
収入合計 - 160,000
         (年金(遺族年金)  160,000)
支出合計 - 180,000
         (家計 180,000 一人で悠々自適に生活)
月次収支:  -20,000
固定資産(ローンなし): 一戸建て
金融資産:  29,000、000 (死亡保険金で事業赤字を清算、残りが夫人に)
負債(死亡保険金で完済):  0
 

Cさん: 無職。妻とは離婚予定。

2011年収支:
収入合計 - 243,000
         (年金 152,000
          妻の年金比例報酬分 91,000)
支出合計 - 308,000
         (家計 308,000)
月次収支:  ー65,000
固定資産: 一戸建て
金融資産: FX,日本株投資で大損失 17,000、000   
負債: 0

Dさん: 御宿農縁グループNPO代表。

2011年収支:
収入合計 - 237,000
         (妻も65歳になり、年金満額支給 237,000)
支出合計 - 158,000
         (家計 158,000  自家菜園で支出抑える)
月次収支:  79,000
固定資産: 一戸建て +セカンドハウス
金融資産: リスク資産で運用せず、年金満額まで取り崩し 
        24,000、000  
負債: 0

Eさん(女性): マレーシア、キャメロン・ハイランドに移住。

2011年収支:
収入合計 - 150,000
         (遺族年金 150,000)
支出合計 - 120,000
         (家計 120,000  物価の安いマレーシアで節約)
月次収支:  30,000
固定資産: マンション
金融資産: 預金金利で微増 - 31,000、000  
負債:  0


ストーリーは簡単で、投資しなかった人が、勝ち組で、なんにも面白みもないですが、

それがこの記事の趣旨なので、

その勝ち組、負け組は気にしないで、

さて、自分は、今、どのような位置にいるのかな、

と考える、なにかの参考にすれば、良いのではないでしょうか。



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1か月以上に渡って、毎日の記事の冒頭でブログ・ランキングへのクリックをお願いしてきましたが、今日から、止めました。

かなり強制的なお願いで、他のブログでそんなことをしているのを見たことはありません。

それを毎回読むほうも不愉快かもしれませんが(幸い、今まで、クレームは来ませんでした)、

お願いしても、なんの効果もないこと(最近は、一日に4名の方しかランキングへのクリックをしてくれません)を毎日知らされるのも、むなしいものです。

ネットなんて、そんなものなのでしょう。

なにか、コミュニケーションが出来るかもしれない、と思うのは幻想だということ。

それで、あまり、気にしないことにしました。

     *

今日は、WBCの日本ーキューバ戦を見ました。

昨日は、対韓国戦を見て、日本がもう飲まれてしまっている試合に辟易しましたが、

まぁ、連続して今日もキューバ戦が見れるから良しとしよう、と前向きに結論。

今日のキューバ戦は快勝。

対戦相手との相性、というのがあるのでしょう。

韓国チームと日本チームは、ほとんど同じタイプのチームだと思います、きめ細かい野球、データを集め、投打のバランスの良い、チームです。

同じタイプだとすると、差は、精神力に出ます。

韓国は日本のプロ野球を見つめながら成長して来て、ここ数年、日本を追い越した。

韓国は、ゴルフも強い、サッカーも強い、映画もうまい、国連総長も出した、と国際的な面で、一枚、日本より抜きんでようとしているように見えます。

明日、もう一度、WBC4回めの日本ー韓国戦があります。

勝っても負けても、決勝リーグに進みますが、

その時は、僕はもうタイに行っているので、TVで見ることはできません。

僕の予想は、決勝は、5度目の日本ー韓国戦となり、日本が有終の美を飾るでしょう。

そう願いたいです。

    *

久しぶりに「モリー先生の最終講義」を手に取りました。

第1部 自己の現状を理解するには

第1章 肉体的障害との共存
第2章 挫折感の処理
第3章 失ったものへの哀悼
第4章 現実の受容
第5章 過去の再検討

第2部 望みの境地に達するには

第6章 人生への活発な参加をつづける
第7章 他人と接する心がまえ
第8章 あなた自身に親切に
第9章 精神と感情への対処
第10章 神との結びつきの創出
第11章 死を思う

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いかに生きるべきかを学びなさい。
そうすれば、いかに死ぬべきかがわかるでしょう。
いかに死ぬべきかを学びなさい。
そうすれば、いかに生きるべきかがわかるでしょう。

    *

完全に充実した生き方をするための最良の準備は、いつでも死ねる準備をすることです。

死が目前に迫ってくると、目的がはっきり認められるようになり、

本当に重要な関心事がわかってくるからです。

最後の時が近いと感ずると、自分にとって尊いもの、

その中でも愛する者との関係にとりわけて深い注意を払うようになります。

今の病気の間、わたしが心の平静さを失わぬように自分で立てた目標は、

たいていの人が、子供の時以来立ててきた目標とあまり違わないもの、

すなわち、

勇気、品位、寛大さ、ユーモア、愛情、忍耐力、自尊心

などを持って行動することでした。

死が間近に近づいてきても、これらの目標を達成することが、

一生の他の段階におけるより容易になりはしません。

ただ時が切迫してくるだけです。

そして倫理的な生き方をしようという決心が堅いほど、

自分の命が終わるという恐怖感は少なくなります。


わたしは、瞑想の先生から教わった寓話をもって、わたしの話を終わりたいと思います。

それは波の寓話です。


小さな雄波(おなみ)が砂浜の沖の大洋で、飛び上り、飛び下がりしながら楽しんでいました。

突然に雄波は、自分がやがて砂浜に砕け散るだろうと悟りました。

この広い大洋の中を、彼は今や砂浜めがけて進んでおり、

まもなくそこでなくなるでしょう。

「こりゃいかん。俺はどうなるんだ?」

と雄波は渋い、暗い表情でつぶやきました。

そこへ同じように、飛び上り、飛び下がりなどしながら楽しんでいる雌波(めなみ)がやってきました。

雌波が雄波に言いました。

「なんでそんなにしょげてるの?」

雄波は、

「わかっちゃいないんだな。

君はあの砂浜で砕け散って、おしまいになるんだよ」

と答えました。

すると雌波が、

「あなたこそわかっちゃいないんだわ。

あなたは波じゃないわ。

大洋の一部よ」

と言い返しました。


わたしもそう信じています。

わたしはひとつの波ではなく、全人類の一部です。

やがては死にますが、同時に生きつづけます。

何か他の形で?

それはわかりません。

しかし私は自分が大きな全体の一部だと信じています。

                  <第11章 最後のページから>

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


モリス・シュワルツはアメリカの社会心理学者でしたが、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という不治の病に侵され、1995年11月に78歳で他界します。

かれは死の直前、1995年に、「ナイトライン」というTVの全国放送で、3度も特集番組としてインタビューを受けます。

自身の死にゆく姿を全国民の前にさらし、

死プロセスの厳粛さ、荘厳さを知らしめ、

その老賢人振りが、全国民の偶像となった、

と言われています。



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福岡では桜が咲きました。3月末には千葉でも桜が見れますが、バンコクに行ってしまうことに決めました!

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16日、月曜日に、新しいパスポートを受け取りました。

サイズは同じですが、中にICチップが入ったページがあり、旅券を曲げたり、ねじったり出来なくなりました。

なんだか、パスポートを手にすると、日本でやることが無くなってしまったような気がして、こころはタイに飛んで行きます。

ということで、もう、3月一杯日本に居る、という予定はやめて、タイに出発することにきめちゃいました。

昨夜から、今朝まで、格安航空券を入手しようと、インターネットを見ていました。

タイに行って、3か月滞在する、そういうチケットで「格安」はないなぁ、という感じです。

シンガポール航空が、一番安い、という認識で、以前何回か、7万円くらいで入手していました。

ところが、今回は、9万5000円。

変なことに、最近シンガポール航空の燃料チャージが、他社より(タイ航空とか、UAとか)かなり高めなのです。

以前は、そんなに高くなかったのですが・・・日本の航空会社並みになってしまっているらしい。

1年に、3回は日本ータイの往復をするので、航空運賃だけで30万円、というのは、ちょっと痛い。


しかし、もう、頼んでしまいました。


玄宗と楊貴妃が出会ったのは、玄宗56歳、楊貴妃22歳。

そういうコラムが産経にあったので、ホントかな、と思って「長恨歌」を読みなおそうとしたら、

その歌よりも、ゆかいなのがあって、もう気分はタイなのだ、という思いを強くしました。

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       食たりて


めしをすませてごろりとひるね

めざめてまずは茶を二はい

うっとり空をながめれば

夕日は赤く西南にかかる

人生とはおかしなものよ

幸せいっぱいな人々に一日はあまりに短く

不幸な人に一年は苦しく長い

けれど無欲な私は

すべてこの世は なりゆきまかせ

        <食たりて> 白楽天詩集より 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ああ、私も無欲になりたい。



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昨日「納棺夫日記」について触れましたが、今一僕がなんで感銘を受けたか、説明不足のようなきがしますので、もう一度、書きます。

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作者の青木新門さんは、富山県なのですが、本家の跡取りで、近所には多くの分家の親類が住んでいます。

ある分家の叔父がやってきて、新門さんが行っている納棺夫の仕事を止めろ、と迫ります。

そんな「穢らわしい仕事」は一族の恥だ、お前はうじ虫だ、と罵り、絶縁宣言をします。

その叔父が、危篤だという。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

叔父は確か朦朧としているようだった。
しかし、私が誰であるのか分かったらしく、震える両手を上に伸ばそうとした。
私は、その手を握りながら、叔母が用意した椅子に腰を下ろした。
叔父は、私の方を見ながら何か言おうといしてるようだった。
その顔は、以前私に説教していた時と全く違う顔であった。
安らかな柔和な顔であった。
目尻からは涙が流れ落ちていた。
叔父の手が私の手を少し強く握ったように思えた時、
「ありがとう」
と聞こえた。
その後もしばらく私の手を握ったまま、言葉にならないような「ありがとう」をくりかえしていた。
その顔は、まぶしいほど安らかな柔和な顔であった。
叔父は、翌朝死んだ。
私に心から憎しみが消えていた。
ただ恥ずかしさだけがこみ上げてきた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして、井村和清さんという三十二歳でガンで亡くなった医師の書いた、「飛鳥へ、まだ見ぬ子へ」という遺稿集への出会いがつづられます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

癌の肺への転移を知ったとき、覚悟はしていたものの、私の背中は一瞬凍りました。
その転移巣はひとつやふたつではないのです。
レントゲン室を出る時、私は決心していました。
歩けるところまで歩いていこう。

その日の夕暮、アパートの駐車場に車を置きながら、私は不思議な光景を見ていました。
世の中がとっても明るいのです。
スーパーへ来る買い物客が輝いてみえる。
走り回る子供たちが輝いて見える。
犬が、垂れ始めた稲穂が、雑草が、電柱が、小石までが輝いて見えるのです。
アパートに戻ってみた妻もまた、手をあわせたいほどに尊く見えました。

(井村医師の日記の最後のページは「ありがとう」です)

みなさん、どうもありがとう。
北陸の冬は静かです。
長い冬の期間を耐え忍べば雪解けのあと芽をふきだすチューリップの季節がやってきます。
ありがとう、みなさん。
人のこころはいいものですね。
それらが重なりあう波間に、私は幸福に漂い、眠りにつこうとしています。
ありがとう、みなさん。
ほんとうに、ありがとう。

               <飛鳥へ、まだ見ぬ子へ>より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そしてもう一話。作家・高見順の詩。

高見順は、戦後、肺結核で一度死を見つめ、10年後に再びガンの襲われ、死の一年前に詩集「死の淵より」を著わして他界します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

      電車の窓の外は

電車の窓の外は

光に満ち

喜びにみち

いきいきといきづいている

この世ともうお別れかとおもうと

見慣れた景色が

急に新鮮に見えてきた

この世が

人間も自然も

幸福にみちみちている

だのに私は死なねばならぬ

だのにこの世はにしあわせそうだ

それが私の悲しみを慰めてくれる

私の胸に感動があふれ

胸がつまって涙がでそうになる

       <死の淵> より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

単純化を恐れずに言えば、

人間が自分の死を見つめ、それを受容するとき、ひとつの「悟り」が得られるのでしょう。

いままで、自分に取りつき、どうしても切り離せなかった、自我や欲望から、解放される。

今まで、苦の連続でしかなかった世界が、光いっぱいの幸福な世界となって見える。


どうして、じぶんは、もっとやさしくなかったんだろう、どうしてもっと感謝と慈しみのこころで生きていなかったんだろう。

生きる、ということは苦しいことではなく、すばらしいことなのだ。

昨日、

青木新門さんが書いたのは、人間の枠を超えて、死の向こう側からみた生の尊厳、みたいなものでしょうか、

と書いたのは、こういう思いからでした。


この世は、うつくしい、いのちは、うつくしい。




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:::::::::昨日書いた記事を、間違って消去してしまいました!!!::::::::
::::::::: 何をどう書いたか、うろ覚えですが、最少限の再生を試みます :::::::


昨日、引き続いて部屋の整理をしていて、ひとかたまりの本をダンボールに入れようとした時、ふと眼にとまった本があります。

「納棺夫日記」 青木新門 文春文庫。

これが、アカデミー外国語部門賞で、一躍有名になった、「おくりびと」の隠れ原作であると、ピンと来ました。

いつ、なぜ、どこで買ったのか、全然記憶にありません。

多分、裏表紙に書かれた説明文に、宮沢賢治と親鸞の名前があって、買ったのだと思います。

それで、部屋の整理をそのままに、読んでみることにしました。

1章を読んだところで、これはとても良い本で、びっくりしました。

「おくりびと」の映画は、主演の本木雅弘がこの本を発見し、惚れこんで、どうしても映画化したいと、10年をかけて実現した作品だと、TVで何度か聞いていました。

アカデミー賞の模様もTVに流れました。

アカデミー賞の受賞で舞台に呼ばれたとき、製作の代表者である映画監督も、一歩譲る感じで主演の本木雅弘を遇していたのが印象に残っています。

この映画を現実のものにした、真の製作者は、本木雅弘なのだ、ということを表しているのでしょう。

監督は、手放し、有頂天で、この受賞を喜んでいるのですが、その横に立つ本木雅弘は、ちょっとはにかみ気味で、喜びも半分、みたいな感じで、おや、と思いました。

もっともこれは本木雅弘の性格で、もともと喜びをおおっぴらに外に出す人ではないのかもしれません。

そんな事もあって、興味がわき、インターネットを検索してみると、

本木雅弘と「納棺夫日記」との出会い、そして映画化の話がすすみ、最後の段階で青木新門さんが、その映画の原作者として、名前を出すことを拒否する、という経緯が書かれていて、面白かった。


青木新門さんは、早稲田を中退したあと、郷里の富山に帰り、飲食店を経営しながら詩を書き、小説を勉強していた。

やがて、作家の吉村昭に認められ、小説書きに没頭するようになって、飲食店をつぶしてしまう。

行き場のない状態で、ふと眼にした葬儀会社に就職する。

そこで、納棺夫を実体験することを通して、生と死の、そして宗教の洞察を深め、人間として成長していく。

その様を描いたのが「納棺夫日記」です。

本木雅弘が、初めてこの本を手にしたのが、彼が写真集製作のために、インドへ行っていた時。

想像するに、インドで、生と死に、本気で向き合っていたのではないでしょうか。

彼は、その写真集に、「納棺夫日記」の文章を入れたい、と思うのです。

それは、死体から這い出たウジ虫の一群が、光って輝く場面の文章なのでした。

(その文章をここで、引用してもいいのですが、食事前なので、気分がすぐれなくなるのを恐れて、引用は控えます。つまり、そんな文章なのです)

青木新門さんは、この、ウジ虫が光輝く様子をうつくしいと理解できるということは、生と死がつながっており、一体である、ということを理解できている、ということだ、まだ若いのにすごい、と感銘してしまうのです。

それで、映画化の話も、本木雅弘が主演をやるならば、という条件で了承し、あなたが監督もやりなさい、と勧めたりもするのです。

ところが、最後の段階で、映画に原作者としての名前を出すことには、反対するのです。

インタビューで、その理由を語っています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 --しかし青木さんは原作者として名前が挙がることを、辞退されていますね。

 青木さん 送られてきたシナリオを見るとね、親を思ったり、家族を思ったり、人間の死の尊厳について描かれているのは、伝わってきて、すばらしいんです。ただ、最後がヒューマニズム、人間中心主義で終わっている。私が強調した宗教とか永遠が描かれていない。着地点が違うから、では原作という文字をタイトルからはずしてくれって、身を引いたんです。

 --できあがった映画「おくりびと」をご覧になってのご感想は。

 青木さん ここまできれいで、美しい映画になるとは思わなかった。風景がよかった。俳優さんたちの力に脱帽しますと本木君には言いました。本音です。やはりスタッフもみんな力がありますよ。人間中心主義かもしれないけど、人と人とのつながりや家族のきずなが大事だとアピールしていますよね。どの場面でも、必ず家族が後ろにいます。本木君が『納棺夫日記』に出合って、映画が出来たというのは確かですが、『納棺夫日記』は『納棺夫日記』で、映画は映画というスタンスは今も変わりません。

おくりびと:「納棺夫日記」との違いは?なぜ原作ではない?「納棺夫日記」著者・青木さんに聞く


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「おくりびと」は良い作品です。

しかし、それは人間中心主義で、人間からみた死の尊厳。

青木新門さんが書いたのは、人間の枠を超えて、死の向こう側からみた生の尊厳、みたいなものでしょうか。

生と死がつながっている世界、宗教の世界、それが青木新門さんが、納棺夫に仕事を通して見たことなのです。

納棺夫日記、でいうと、第一章と第二章で映画のアイデアがとられ、もっとも重要な第三章が映画では描かれていない、ということでしょう。

初めて本木雅弘が青木さんの家に電話をしたとき、受けたのは年頃の長女で、興奮して、

「お父さん! モックンから電話!」

「モックンて誰や?」

それから、10年、とうとう、映画化にこぎつけます。

本木雅弘にとって、自分の思い入れはこの著書から始まっている、どうしても映画の中に原作の名を刻んでおきたい。

富山まで出かけて、説得・依頼しますが、青木新門さんの考えは変わらなかった。


ご両人とも、見事!


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今日は、バンコクに戻る前、家の中の整理をしようと思い、一日家のなかに閉じこもり。。。
あっちのものをこっちへ動かすだけだったり、本を段ボールに詰め込もうとして、手にした本を1時間も読みふけったり・・・部屋が散らかるだけ・・・これでは明日もまただなぁ。

・・・・

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今日は、午前中に部屋の片づけを、少しだけ行うつもりだったのですが、昨年の暮の大掃除らしきことをしていなかったことを思い出し、なにか力が入ってしまいました。

結果は、整理どころか、それぞれの部屋をめちゃくちゃにかき回しただけ、みたい。

部屋中、なにか思い出に囲まれているようで、掘り起こすと、写真をみたり、本をかき集めたり・・・でした。


宮沢賢治といえば、小学校の教室の壁に貼られていた、雨ニモ負ケズ、という詩です。

この歌は、意外な発見のされ方をしているんですね。

詩人・永瀬清子の「すぎ去ればすべてなつかしい日々」に書かれています。


賢治が存命中は、「春と修羅」という1冊の本しか出版されていなかった。

岩手の田舎詩人が書いた詩集は、見向きもされず、神田の夜店で投げ売りされているのを、草野心平が買い集めて友人に配ったりしたもののようです。

少しばかりの理解者は、この草野心平と高村光太郎くらいで、やがて誰にも知られず他界してしまいます。

その死後、弟の宮沢清六さんが、積極的に賢治の詩を出版しようと奔走するんですね。

新宿の喫茶店で、賢治の追悼会を開く、という名目で、中央の少ない理解者、関係者に集まってもらい、トランクいっぱいに出版のための原稿をもってやってきます。

集まった殆どの人が、賢治のことも、岩手・花巻のことも知らない。

しかし、清六さんが生で読む詩には、感動してしまう。


じつは、雨ニモ負ケズ、の詩は、出版しようという原稿の中には無かったのです。

賢治が使っていたそのトランクの蓋の裏ポケットに隠れていた、黒い小さな手帖のなかに、賢治自身の覚え書きのように書かれていたものだった。

賢治が、その詩でうたう「でくのぼう」のように生きるため、自分自身のために、書かれていたように。


子供のころは、その詩は、とにかく貧しくても頑張るように、という歌に思え、大人になってからは、おとなの応援歌、最終の死の恐怖にたいしても、こわくはないんだと、やさしく癒してくれる詩でした。

全文です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラツテイル
一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ小サナ萱ブキノ小屋ニイテ
東ニ病気ノコドモアレバ行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニワタシハナリタイ

                      雨ニモ負ケズ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

賢治の手帳

僕が今回初めて知ったことがあります。
この喫茶店に、岩手の花巻から来ているひとがいて、中央の人々に花巻の土地がら、賢治の人がらを説明するのです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

花巻には、「親戚というよりも少し広い意味での『まき』というものがあり、いくつかある『まき』の中でも『宮沢まき』は有数のもので、彼の家は土地で大変尊敬されている。
一方、町には乞食の代表もあり、彼らはいわば浮浪の徒でありながら、ある意味では人気者でもあり、一例を言えば、ある乞食は有力者の電話番号を全部暗記している。
有力者に出会えばすぐその番号をすらすらのべることが、相手へのお追従でもあり、お恵みに浴する大事な仕事にもなっているのです」
尽きないおもしろさの具体例によって、いささか非近代的でもある花巻という町の、親しい雰囲気を十分に描き出すものだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

岩手・花巻は、まるで、タイの田舎のようではありませんか?

都会がどこでも同じように、田舎はどこでも、同じなのか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

また学生のひとりは、次のような話をした、
神経質な青年がいて、世の中の事は解らぬことばかりだから生きていてもつまらぬ、死んだ方がまし、と言い続けるので、皆が心配して、賢さんに説得してもらうように頼んだ。
すると一度話しただけで青年の態度がなおり、よく仕事もするようになったので、みんなが驚いた。
彼は何を話したのかとみんながあやしんでいたが、あとで聞くと、賢さんは、

「解らない人生を自分なりに解いていくことが人間に与えられた大きな仕事であり、それはその気になれば少しも休む事ができないくらい興味深い発見の積み重ねなのだ」

と語られたそうだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ところで、今日、自宅の本をいじっていると、今まで、読むことのなかった詩人の本のページがめくれ、一瞬、「宮沢賢治」という言葉が立ってみえましたので、読んでしまいました。

和田文雄詩集です。

この方は、少しづつの詩作を、公務員時代につづけておられたあと、56歳で初めての詩集を私家本で出版し、その後更に本格的に取り組まれた方のようです。

初期の詩は、堅く、僕には分り難いものが多かったのですが、年齢が高じるにつれ、わかりやすいロマンの詩が見られるようになったと感じられました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

      いのり

播く人のゆかしさで芽生え

なつかしさをみのりとする

いのちなりけりのつぶやきを

きけばいい

ゆるやかでいい

しなければならないことを

さわやかにわがものとすればいい

ひとさまの荷物をしょって

ともとしていけばいい

うるわしいひととなって

そのひとのすむところ

播くたねにいのり芽生えすればいい

             詩集 <村> より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

作者、71歳の詩です。

全くの蛇足ですが、雨ニモ負ケズ、に通ずるこころを読みました。


整理にあけくれ(荒らしただけ)、ビザの調べたいことができなかったので、

ちょっとがっかりしそうな一日だったのですが、

こうした出会いがあり、

今日は、良い一日だった、というべきですね。


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今日も、摂氏10度前後なのに、暖冬だそうです。今日の桜開花予想では、熊本16日、東京24日。
開花日に7日足すと、満開日だそうで、3月30日には、東京でも満開だ~。ソメイヨシノを観てからタイ出発、出来そうです。

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前からインターネットではニュースが流れていましたが、昨年も自殺者は3万人を超え、32,124人だったそうです。

今日は、NHKの午後9時のTVで、このことを伝えていましたが、3月期末を向かえて、なお自殺者が増加するのではないか、という危惧のためでした。

日本は世界の中で、自殺率が高いのでしょうか?

高い、です。

先進国ではダントツで、世界の7位。

この表をみると、東ヨーロッパの寒い国の自殺率が高いのですが、どうしてなのでしょう・・・。


図録:自殺率の国際比率


日本でも、秋田県(わが故郷)が、ずーと日本一自殺率の高い県になっていますが・・・。


日本でやり切れないのは、先進国でありながら、自殺の理由に経済的な原因が多い、ということです。

事業が破綻した、会社にリストラされた、働く場所がない、家族を養えない・・・。



昨日の相田みつおさんの詩、


うばい合うと
足らないけれど
わけ合うと
あまっちゃうん
だなぁ


という社会は、夢の社会、ということなんですねぇ。

次のような話もあります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

地獄と極楽の食事風景。

大きなテーブルを囲んで、たくさんの人間が、長~いハシを持って座っている。

やがて、食事が運ばれてくると、

極楽の人びとは、みんなが箸でつまんだ料理を対面の人の口に入れてあげるので、全員が食事できる。

ところが地獄の人びとは、みんなが自分の口に入れようとするから、長~い箸がじゃまになって、誰も食べることができない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

他者への愛の大切さ、

それが結局は自分を生かしてくれる、

そういうことは、誰でも分かっていることだろうけれど、

いっかに実現しそうにない、現実の世界。


タイでの生活が、もっとも夢の世界に近い、であろうか?

日本に戻って、10日以上経つ。

メールはほそぼそ、つながっている。



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日本に帰ってから10日間、ほとんど摂氏5度から10度の毎日。今日は、始めて15度で、4月並みの気温だった。しかし、また明日から10度前後・・・。それでも今年は暖冬で、桜の開花も早いんだとか。

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今日は、確定申告書を税務所に提出。

準備に時間がかかったわりに、決算書、青色申告書とも、係官の簡単なチェックで終わってしまう。

受領印をそれぞれの控えコピーし押してもらう。

これで、終了。

新しいパスポートは、16日に入手できる。

この二つが、今回の日本滞在中に、どうしてもやらなければならないことでした。

あとやるべきことは、もろもろ沢山、数限りなくあって、どこかで諦めて見切り出発するだけ。

3月中には、バンコクに戻ることが出来そうになってきました。


こういう一区切りついた日は、なんだかぼんやりしてしまう日です。

そんな時は、音楽を聴いたり、手あかがつくほど馴染みの本を手にしてみたり、する。

こころにビタミンが欲しいときに、手に取る、相田みつお、そんな人も多いのではないだろうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・

うばい合うと
足らないけれど
わけ合うと
あまっちゃうん
だなぁ

・・・・・・・・・・・・・・・・

セトモノ と
セトモノ と
ぶつかりっこすると
すぐこわれちゃう
どっちか
やわらかければ
だいじょうぶ
やわらかいこころを
もちましょう
そういうわたしは
いつもセトモノ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まける人の
おかげで
勝てるんだ
よなあ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一生
勉強
一生
青春

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   
           <生きていてよかった>角川文庫

タイで生活するこころ持ちとして、ピッタリするような、相田みつを、です。



最近、熟年になって、ますます精進に励んでいる人のニュースや本に眼が行ってしまいます。

そのような先達の知恵を、自分の励ましにすることが、必要になる年齢だ、ということですね。

「私事(わたくしごと)」という本を手にとりました。

歌舞伎の女形役者で人間国宝の、4世中村雀右衛門さんの本です。

歌舞伎役者を父に持って、子供のころから舞台は知っていたが、女形をやれと言われのが、戦場から帰った27歳の時。

有名な中村歌右衛門などは、3歳のころから、自分は女形になるのだ、と決まっていたといいますから、20年以上の差が既にあります。

必死に頑張っても、どうしてもうまくなれず、死のうともします。

女形になれと命じた7世松本幸四郎は(現在の市川団十郎の父)、これをみかねたのか、励ましの言葉とあたえます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「女形は六十歳にならないとものにならないよ」

びっっくりいたしました。
二十七歳になったばかりの若者にとって、六十歳という年齢はとても遠いものです。
その年まで修業しないとものにならないということは、永遠にものにならないと宣言されたようなものです。
これから先、三十年以上も「だめな状態」がつづくのです。
それからは、ことあるごとにに岳父のこのことばが頭をよぎります。
「六十歳にならないとものにならないよ」
いま、八十歳を超えてみまして、では「ものになったか」と問われると、やはり「とんでもない」とお答するしかありません。
ですから、七十一歳の年に、「人間国宝」の指定を受けましたときにも、自分のことではないような気がいたしました。
だれか、ほかの方とお間違えになったのではないのかと。
八十歳になる前に、少しは芸というものの形がおぼろげに見えたような気がしたことがありましたが、それもやはり錯覚でした。
と申しますのは、八十一歳の年にやっと、「女形の芸はこれなんだな」と身体で感じることができたからです。

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中村雀右衛門さんは、今年、89歳になります。

私事(わたくしごと)―死んだつもりで生きている私事(わたくしごと)―死んだつもりで生きている
(2005/01)
中村 雀右衛門

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下記ホームページに利根川裕さんのGoodなコメントが載っています。
中村雀右衛門公式ホームページ




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昨日は、とてもアクセス数が多かった。大体こういうときは、誰かのサイトでここを参照していることが多いのだが、さてどんなサイトなのだろうか、わからない・・・。

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経済人を中心にした伝記作者として、功なり名を遂げた小島直記は、

自分の小島直記文学館に、蔵書をすべて寄贈したあと、

71歳でガンが見つかり、直腸癌の手術をします。

その2年後にまた違うガンがみつかり、入院しますが、どうにか命をひろって帰宅します。

家に本がなく、あまりにさびしいので、鈴木大拙全集32巻を注文し、

命ある間に、読了しようと、決意します。

73歳の新たな決意です。


僕も、定年を迎え、悠々自適の生活にはいったら、誰か大家の全集を読み続けながら、脳の衰えを防ぎたいものだ、と思っていました。

親鸞とか、漱石とか、ニーチェとか、トインビーでも。

ところが、実際は、早期定年退職しても、悠々自適どころか、まだまだ生活放浪中で、読書も雑読・積読ばかりです。


今日、ふとブックオフで手に取ったのが、新藤兼人さんの「いのちのレッスン」という本です。

95歳の時の本です。

「愛妻物語」で有名な新藤兼人さんの人生模様については、昨年NHKのドキュメンタリーで見ていました。

3人の女性との結婚と別れ、映画監督と女性、ですから結構派手な生き様ですが、そのこころの在り方は、愛、という一本の筋が通っていて、感銘をうけます。


最初の妻は、久慈孝子。

27歳と23歳の出会いと結婚。

まだ無名の、自信なく実績もない20代のときに、自分を励まし、育ててくれたのは、最初の妻でした。

一度は、君には才能がない、と烙印をおされた溝口監督に、もう1年続けて師事していきましょう、と提案し、支えたのが彼女でした。

そして、新藤兼人が、ようやく最初のシナリオを溝口監督に認めらようとしているとき、

彼女は、結核にかかり他界します。

急性結核で吐血、三ヶ月後には死んでしまうのです。

入院させることもできず、京都の長屋の一室で死にます。

新藤兼人は、27歳の彼女の命を、自分が奪ってしまった、と思います。

自分のことより、新藤兼人の将来を心配し、シナリオライターとして一人前になることを何よりも願った。

新藤兼人の夢を自分の夢、とした。

新藤兼人にとって、久慈孝子は、永遠の女性像です。

その姿を描いたのが、「愛妻物語」という映画で、シナリオを書き上げたあと、これはどうしても他人の監督に撮らせるわけにはいかない作品だ、自分が撮らなければ描けない、として彼の映画監督のデビュー作ともなるのです。

そして、映画の久慈孝子役をつとめたのが乙羽信子。三番目の妻となる人です。

実は、この間に、二番目の妻がいます。

戦後になって、友人の紹介で、34歳のとき、見合結婚します。

相手は、創作には縁のない、田舎育ちの純粋な女性で、24歳、

シナリオライターとして一人前になった新藤兼人は、映画という仕事に生きがいを感じ、長男も生まれ、逗子に家も建てた。

そして、39歳のときに、乙羽信子に出会う。

新藤兼人は、妻も子供も家も守りたかったので、乙羽信子との関係を続けながら、逗子に家に帰り続けます。

暗黙の了解、で押し通しますが、妻50歳、新藤兼人60歳のときに、妻が離婚を申し出ます。

息子は大学を出、娘は20歳を越えたので、妻がもうこれまで、と考えたのでしょう。

家庭裁判所で(ということは、あまりすんなり話し合いが行われる間柄ではなかった、ということでしょうか)、妻の要求通りに、財産を等分にわけ、別れます。

ちょっと面白いのは、娘といっしょに暮らしたいと思っていた妻に、娘はついて行かず、自分の意思で逗子の家に残るのです。

たぶん、新藤兼人がひとりになっては、生活が大変だろうと、察したからなのでしょう。

5年後に独立するまで、一緒に暮らします。

息子も、映画の製作の仕事をするようになり、新藤兼人の影響をプラスで受け取っているようです。

離婚すれば、乙羽信子と結婚するだろうと、誰もが思っていたが、新藤兼人はそうではなかった。

死ぬまで結婚はしない、それがせめても別れた妻へのけじめだ、と固く決心していたのです。

二度目の妻は、実家にも戻らず、ひとりで戸籍をたてて暮らし、一度の連絡がないままに、5年後、他界してしまいます。

これに、新藤兼人はうちのめされてしまった、と言います。

それでも、やがて、妻の死後1年ほどして、

乙羽信子が、体調を崩して入院し、電話を通して力無い声で、

「心細くてしかたがない。結婚したい」

と言われ、決心します。

乙羽信子は、妾の子で、大変な苦労をしょった人生を歩んできて、家庭に餓えている女性です。

新藤兼人66歳、乙羽信子54歳。

そして、映画「午後の遺言状」まで、乙羽信子とのドラマチックな人生が続いていきます。

(男と女は、結局、ドラマチックなわけですが・・・)

1994年、乙羽信子、享年70歳で、ガンにより他界。


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夫婦とはなにか。
三人の妻を失ったわたしだが、明確な答えも持ちあわせていない。
しかし、一つだけ言える。
男と女が一つ屋根の下で肩を寄せ合い、生きることは、自然である。
素敵なことである。
男と女が営む家があって、家には窓があり、社会につながる。
そして、人は生きる。
たとえ、それがどんな結末をむかえようと・・・。

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古本屋でふと手にした本ですが、家にかえってみると、新藤兼人の本が何冊かあります。

新藤兼人の足跡というシリーズものの本の第一巻が、青春、というサブ・タイトルで、

3章が、出会い、という名で、<私的乙羽信子論>を書き、

4章は、シナリオ「愛妻物語」が載っています。

僕は、新藤兼人にとって、久慈孝子と乙羽信子は、ふたりで一人の女性だったように、思います。


愛妻物語のあらすじを知りたい方は、下のサイトをご覧ください。
映画:愛妻物語。


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僕が早期定年退職をした会社で、まだ働いている、同年齢の友と、食事をしました。

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所得税の確定申告の用紙の記入がすべて終わって、ほっとしたところで、友に会いました。

確定申告を書いてて、見ると、19年度は国民健康保険料を50万円払っていました。

20年度は、前年が初めて年金中心の収入になり、個人事業も赤字だったので、保険料が3万円に減りました。

すごい、減額です。。。

年金生活になると、収入はもちろん減りますが、出る方も、税金、保険料、と大きく減るので、うれしい。



さて、日本に戻ったときに会う友人、といってもそれほど数多くいるわけではありません。

その中で、まず、必ず会うだろうという友に、昨夜あって、食事をしました。

友は、60歳定年のところを、2年定年延長を申請し、認められて、まだしばらく働く様子です。


いつものとおり、現在の状態、すぐ先の生活設計など、お互いに語り合います。

働く者、早くやめる者、それぞれの事情で、それぞれに満足していれば、それでいい。

生涯に得る収入と、生涯に得る自由な時間と、それぞれに価値を測って、身の処し方を決めているので、二人とも、相手をうらやましがることなく、近況を報告しあえることが、うれしい友です。


ただ、僕がかなり企業年金に頼っているところがあり、それも考えものだよ、という話になります。

その企業が破産したときは、企業年金も清算して、はい、終わり、だそうです。

それなりの規模の会社なので、時代おくれの企業になり、年金額の多少の減額は将来あるかもしれない、

とは思っていても、まったくの企業破産は考えていませんでした。

しかし、かのGMでさえ、破産の瀬戸際に立たされています。

何が起きるか、わからないなぁ、と暗澹たる気持ちになってきます。


それに、この金融バブル崩壊で、株と投資信託で、かなりのダメージを僕は受けています。

その額を彼に言うと、

それは、厳しいね。

それだったら、思いには反するかもしれないけれど、もう少し働いてみたら?

その損失の穴埋めのため、かせいでおいた方が、いいんじゃないの?

そんな話になってしまいました。


早期退職した直後も、覚悟が不十分で、依頼された仕事を1年間継続したものでした。

月額100万円のITコンサルタント・プロジェクトマネージャーの仕事で、12か月ちょうど、きりのいいところでやめました。

もう、働くのは、いっぱい。

そんな気持ちでいます。

しかし、この状況で、

また、友がそんなことを言い出すと、ちょっと考えさせられます。


僕のブログの読者で、すでに早期定年された方は、なんらかの仕事をされている人が多い様子です。

タイで生活していくにも、もうちょっと現金があった方が、いいかなぁ。


みんなが悩むことを、今また僕が、考えている、ということでしょうか。


大連とクアラルンプールに仕事がある、と言ってくれます。

僕が、初めてのことでも、海外での、たいていの仕事をこなすことを彼は知っています。

ちょっと考えてみるかなぁ、

と言って昨日は別れました。


タイの、今、頭の中にある女性たちの顔を思い浮かべながら、

あの中の誰かをだまして、大連に連れて行けるだろうか、

なんて。


そんな、都合良くは、いきませんよね~。


大連なんか行ったら、タイのバラ色の生活が凍りついてしまって、

このブログも閉鎖ですね。




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のんびり、WBCを見ていましたが、中国相手に本気丸出し、でも4対0の辛勝。韓国でも、台湾でもない、中国ですよ。前回は18対2だったのに・・・。日本が弱くなったのか、相手が強くなったのか。

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青春、というと、詩、を連想します。
そして、詩、というと次の詩です。
詩というものは、不思議なもので、わかるのかわからないのか、好きなのか好きでないのか、ひとそれぞれです。
それで、いいのだ、と思います。
詩人の言葉に、琴線ふれるものがあり、それに導かれて、自分の中の詩に出会えれば・・・。

伊藤整という作家は、若い頃詩を書いていたのですが、その作品は1巻本の全集の中に一部納められていたりするのですが、僕の好きな次の詩は、その全集のなかには、含まれません。
ということは、作者の代表作とは一般にみなされていないことだと思われます。
それで探すのがやっかい、です。
家に、一冊あるのですが、旅の途中で、ふと読みたくなって、思い出すことがあります。
それで、ブログに書き込んでおいて、いつでも読めるようにしておこうと、思いました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   もう一度


みんながあの日の服装で

あの日の顔つきで 落葉松の緑が萌えている道を

笑ひながらもう一度やって来ないかな

そのときこそは間違いなく

本当に生き直したい

あの過ちをすべて とりかえしたい

         <冬夜>より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もう一つの詩を書きこんでおきたい、と思います。
永瀬清子という詩人の詩です。
若いころからず~っと詩人であることで、人生を律してきた方で、81歳の時の作品です。
ある日、朝方に、ラジオからこの詩が流れてきて、言葉の一部だけが頭に残り、作者と作品を知らずに、探し続けていました。
そして偶然に古本屋で手にした詩集に、その詩が載っていたのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   あけがたにくる人よ

あけがたにくる人よ
ててっぽっぽうの声がする方から
私の所へしずかにしずかにくる人よ
一生の山坂は蒼くたとえようもなくきびしく
私はいま老いてしまって
ほかの年よりと同じに
若かった日のことを千万遍恋うている

その時私は家出をしようとして
小さなバスケット一つをさげて
足は宙にふるえていた
どこへいくとも自分でわからず
恋している自分の心だけがたよりで
若さ、それは苦しさだった

その時あなたが来てくれればよかったのに
その時あなたは来てくれなかった
どんなに待っているか
道べりの柳の木に云えばよかったのか
吹く風のちいさな渦に頼めばよかったのか

あなたの耳はあまりに遠く
茜色の向こうで汽車が汽笛をあげるように
通りすぎていってしまった

もう過ぎてしまった
いま来てもつぐなえぬ
一生は過ぎてしまったのに
あけがたにくる人よ
ててっぽっぽうの声のする方から
私の方へしずかにしずかにくる人よ
足音もなくて何しにくる人よ
涙流させにだけくる人よ

            <あけがたにくる人よ>より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

僕にも、そしてどんなひとにも、落葉松の道を歩いた人や、
あけがたにしずかに訪れてくる人がいるのだ、と思うのです。


僕は、千葉の郊外の住宅団地に住んでいます。
団地内には、小公園が、4つほどあります。
僕の家に一番近い公園は、貯水池のとなりで、横40メートル、縦60メートルほどの小さな公園です。
木々で囲まれ、鉄棒やブランコ、砂場、ベンチ、などがあります。
僕は、夜、散歩の途中で、この公園に寄ることが多く、僕にとっては、夜だけの公園です。
今夜も、気温がすこし穏やかだったので、公園まで散歩にいってきました。
人っ子一人いない夜の公園は、こうこうたる明かりが灯され、静かに僕を迎えてくれます。
白い息をはきながら、公園で身体を動かしてみます。
空には、星は無く、おぼろにかすんだ三日月だけが出てます。
なんだか、とても孤独を感じてしまいます。
しかし、それは、そこで終わる孤独ではないような、そんな予感がする孤独なのです。
今の、時間を大切にしろよな、そんなことを自然に思わせてくれる。
独り占めにしている、夜の公園です。


さて、最後に、これもどこかに書いておきたくて、ここに書きます。
今度のバンコクからの帰りの飛行機便で、朝日新聞の2月29日版を読みました。
バンコク滞在中は、日本の新聞は全然見る機会がないので、3か月振りの日本新聞です。
それで、よけい印象が強かったのかもしれません。
ライフスタイル、というセクションで、慶應義塾長の安西祐一郎さんが紹介されていました。
安西さんは、学生時代の4年間、ラグビーに汗と血を流したそうです。

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「足腰が立たなくなって、一度横になると起き上がれない。
トイレにいきたいのに歩けない、なんてこともありました」
とハードな日を振り返る。

勉強と両立しながらも挫折しなかったのは、ラガーマンが共感できる絆に魅せられたからだ。

「タックルされて倒れる瞬間、必ず味方の誰かが後ろにいてくれると信じてボールを手放す。
その揺らぐことのない強い信頼感は、同じ仲間と同じ練習を幾度となく繰り返し、それを乗り越えることのみで築くことができるんです」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こういう絆は、若いときでなければ出来ないことなのでしょうか?

無心の信頼、ということだと、と思う。

それならば、今からだって。



今日は、僕が、何を言いたかったのか、わからないという方がおられるかもしれません。

前にも言いましたが、僕はブログを自分の備忘録として書いています。

今日も、自分が感じていることを、書きとめておきたかったのです。


青春は、まだ終わっていない、


そういう気分を書きとめておきたかったのです。


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日中の最高気温が摂氏6度だと言う、もうタイに帰りたい・・・。

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今、平成20年度の確定申告の準備をしています。

早期退職してから、個人事業主として、登録しており、青色申告を行います。

一年間の、収入、経費などを、決算書ソフト(インターネットから入手した無料ソフト)に入力し、決算書を作成します。

ずぼらなので、1年分の領収書は、ひとつの箱にどんどん投げ込んで、ためてあるだけなので、それを整理しながら、ノートにぺたぺた貼っていくことだけで、1日かかってしまいます。

大体、赤字決算になることは、分かっているので、それほど正確に経費の入力をする必要はないのですが、やはり、実際に近い数字を知り、経緯なり、比較なりを、自分自身、確認したいので、多少時間がかかっても、この作業をすることにしています。
(将来黒字になる(ことはない)かもしれませんので。)

昨日、やっと決算書ができたところです。

それを元データのひとつとして、いよいよ青色申告書を書く番です。


ところが、この寒さ。

なんとかならないか、と言っても、なんともなりません。

日本に帰って、うれしい、日本のお風呂も、寒いのために朝晩2度、入っていると、飽きてきます。

日本に帰って、3月一杯は、のんびりしよう。

タイを離れて、これからのこともゆっくり考えよう。

そう思っていたのですが、これはもう、なるべく早く戻るほうがいいかな、と考え始めました。


そうすると、今やっていること、考えなおさなきゃ、という点があります。

確定申告を終えてから、次にパスポートの更新申請をする、という風に考えていました。

しかし、パスポートは申請してから、受領するまで、日にちがかかります。

ということは、確定申告にあと2,3日かけてから、次にパスポートという流れは、直線的に日にちがたされるだで、かしこくありません。

ここは、まずパスポート申請をして、受領できるまでの間に、確定申告の作業をする、というふうにする必要があります。

ということで、昨夜、インターネットで、パスポート申請手続きを再確認。

さっそく、今日、申請書を提出しました。

旅券事務所までのドライブ、見慣れた風景や、お店があちことと、目につきます。

エ~、アノお店には、去年の11月に行ったばかりのところ。

でも、なんだか、先週だったような気がします。

タイに行っていた3か月が、すっぽり抜けて、ついこの間だったように、感じるのです。

他の見方を言えば、なんと時間の経つこの速さかな、です。

ほんとうに、うかうか、してはいられません。


10年パスポートの申請をしました。

最低、10年はタイで生活するぞ、という気概も生まれてきました。

なんたって、手数料が16,000円もするんですね。

案の定、今日4日に申請して、受け取ることができるのは16日、です。

結構、かかるものですね。

それでも、3月中に、タイに戻る気になってきました。

2月27日の、タイ熟年婚活のことを書きましたが、あのこころの準備に3月一杯、日本に居よう、ということでもあったのですが、かまっちゃいられなくなりました。

早く、決着をつけたい、という気持ちになってきたのか・・・。


ある人生の達人の言葉、です。

「私も今年65だ。
それだけの歳月、人生を私のような眼でみてきたら、このあとやれることはもうふたつしかない。
すなわち、笑うか、自殺するか、どっちかだ」

僕は、はた、と思いました。

その、笑いと自殺、同時にできる方法がある、そして僕はその入口に立とうとしている。

すなわち、

タイ人とこの年齢で結婚すること。

あはは、どうでしょう。



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作家の久木綾子さん、ってご存知ですか?

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今朝の4時過ぎ、眠気にもうろうとしている中、NHKラジオ深夜便で、作家のインタビューが耳に入ってきました。

久木(ひさぎ)綾子 「瑠璃光寺五重塔に魅せられて」という番組です。

驚きました。

彼女は、89歳の、新人作家さんなのです。


まずは、五重塔の日本三名塔のひとつと言われる山口市の、瑠璃光寺五重塔です。(他は、奈良の法隆寺、京都の醍醐寺)

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写真はElliottさんのブログからお借りしました。


久木綾子さんは、89歳にして、作家デビューされた新進作家で、その処女作は、「見残しの塔 」──周防国五重塔縁起 という本です。

この写真の五重塔を作った人々の物語なのです。

「人は流転し消え失せあとに塔が残った。塔の名は瑠璃光寺五重塔。中世室町。五重塔の誕生をめぐる人びとの数奇な運命を描く歴史小説の大作」

何といっても、構想十四年、執筆四年といいますから、70歳を過ぎてから、とりかかった処女大作というところが、すごい。

ラジオから聞こえる声は、みずみずしく、ほとけ様のような純真さで、インタビューに応えていました。

発表の場所は、地方の同人誌「文芸山口」に4年間連載したものを加筆800枚の単行本としたものです。

執筆に4年かかったのは、文芸山口が年2回の発表しかなく、また自分が独占的に発表するわけにもいかず、その年月が必要になった、というわけのようです。

若いころに、作家志望で、東京の同人誌に参加して勉強していたそうですが、山口県の男性と結婚してからは、専業主婦で、文学活動からは、離れていた。

ところが、平成元年にご主人が逝去され、文学の道に戻られたのだそうです。

作者は、徹底した取材主義で、実際に見ないものは書かない、のだそうです。

宮大工の基本を理解するために、大工の弟子にさえなった。

山口市の瑠璃光寺五重塔を建てた、物語の主人公、宮大工副棟梁左右近は宮崎椎葉の人。

縁あって、作者は宮崎にも4年間住んで居た。

なんども何度も、ゆかりの土地を訪問取材することになります。

地元の学者に案内してもらっていると、ある不思議なことが起こって、どうしたのでしょう、と言うと、
その地元の学者が、自分たちのことを書いてくれる人が現れた、と言って喜んでいるのでしょう、と応えたとか。

平成元年、と言えば、作者70歳のときです。

そして超大作に最初から挑んだ。

そこがすごいと思います。

そして、そんなすごさを、みじんも感じさせない、インタビューの声なのです。

なにか、尼僧のような優しさと、女優のようなおちゃめさを、持っている方です。

「今度は、羽黒山の塔を書くんです、今度はもっと早く、短く、200枚くらい、まだまだ、書きたいこといっぱいなの・・・」


たんたんと、いつからでも、なんでも、(思いがあれば)、始められるのだ、

ということを教えていただいたように思います。


じつは、彼女は、(思いがあれば)、などという教訓めいたことも、言っていないのです。

ごく自然に、いつからでも、遅いということは、ないのよ、と語ってくれているように、感じました。



ここからは、後日思い出したので、追加した分です。

物語の主人公に、作者が言わせた言葉なのか、印象に残った言葉がありました。

こころに望みを描き、それをめざして、日々に研鑽を怠りなくせよ、夢はかなう。

そういう志を謳った言葉だと読みました。


<心に塔を建てよ>




作者については、こちらのブログ、の3月1日分で、紹介してくれています。
また、番組の内容についてのあらましにも、触れてくれています。

本の内容は、郷土の本・書評、で取り上げられていますので、ご覧ください。



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28日の朝、6時半に、成田着陸しました。

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着陸前の機内アナウンスで、ただいまの東京の気温は摂氏4度です、という発表がありました。

え~っ、ウソでしょう。

しかし、朝6時、ということもあって、それは本当の気温のようです。

もう、成田に降りる前から、バンコクに引き返したくなりました!


しかし、今回は、そうはいきません。

日本で、3月16日までに、確定申告をする、というのが最大の目的です。

早期退職して、まず失業保険をもらいました。(意外に少ない金額で、期間も4か月ーだったと思うーで短かいなぁ、と思いました)

それが切れる頃、前の会社の関係義理で仕事を請け負わざるを得ず、1年半ほど仕事をしました。


それで、収支が赤字になったのは去年初めて。

所得税が、全額戻り、その延長で住民税も一部戻ってっきました。

所得税がゼロになると、次の年から、国民健康保険の保険額も大幅に減額されるので、大きい効果があります。

仕事をしていたころと、企業年金だけの今では、所得が四分の一以下に減りましたので、なんとか外に出ていくお金を少なくしたくなります。

第一が税金、第二が保険。

仕事を止めると、会社勤めのための費用(洋服代とか、食事代、飲み代、、、)と社会的付き合いで出ていくお金がめちゃくちゃ減るので、額面の収入額が減っても、あんがい平気なものです。

ましてや、人に気兼ねなく使える、自分自身のための時間が、たっぷりあるわけです。


僕は、会社員時代を、それほど嫌な時代だった、とは思わない人間です。

タイで早期退職してロングステイを始めた嚆矢ともいえる、青木さん、という方は、サラリーマン時代を呪っておられて、「犬のように暮らしていた」時代だったと、書いていたりしますが、この感覚は、僕にはありません。

もちろん、会社勤めには、嫌なことも沢山ありますが、面白いことも多く、とくに経済成長と一緒に、会社員生活を送ってこられた僕の世代には、同様に感じている人も結構多いのではないか、と思います。

僕が初めてアメリカへの海外出張を命じられたのは、入社後4年の1975年。

ニューヨークやサン・フランシスコ(ロスアンジェルスも?)以外の地方の都市では、日本食レストランが見つからなかった時代です。これにはほんと、困りました。

ホンダが自社の車をアメリカで売りに行って、自社のドライバーがアメリカの高速道路に乗り入れるのを、怖がってしまった、というような本を読んで、アメリカに発ったことを記憶しています。

それが、10年後には、ジャパン・アズ・ナンバー1と言われるようになっていました。

アメリカに居住する日系人の同僚に、最近日本人であることに誇りをもてるようになった、アメリカ人に敬意の目で見られることも多く、すごく暮らしやすくなった、と言われたりしました。

日本のレストランもどこでも見つけられるようになっていました。

日本ブームだったわけですが、その一翼をになっている、と思えたし、それを実感していました。


しかし、バブルが崩壊して、その要因が、いままでの成功を支えていたはずの、半社会主義ともいわれる国家主導の経済政策と、日本的経営が、ダメだとされ、

グローバル・スタンダードにならなければならない、と言われだしてから、あまり仕事への面白さを感じることがなくなってきました。

もちろん、高給をはむ年配社員にリストラという風が吹き始めた、という時期でもあります。

先見の明のある先輩社員や、止めたくて辞めたくて仕方のなかった社員やらが、第一陣の早期退職を取り始めました。

僕の感覚では、優秀な社員ほど、先に早期退職していくなぁ、と感じ。


そういう先輩たちが、何をしていたのか、あまり知りもしなかった時間が7,8年も続いて、今、僕もようやく本格的に早期退職後の、新生活を開始しだした、というところでしょうか。

多くの先達たちが行い、経験したことを、僕も今、同様に、繰り返そうとしています。



ところで、もう、3月です。

新生活を始めた、といってからもう2年目に入ろうとしているのです。

なにが変わったのか。

まだ、なにも変わっていないような気がします。

あせっても、しょうがないのですが。

昨日、ウチャラポーンさんからコメントをいただきました。

「たとえ皆が通った道であっても、楽しいことは楽しいものです(^0^)
きっとハッピーエンドが待って いますよ(*^0^*) 」

ありがとうございます。

そうであることを願っています。



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