きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
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タイにもゴールデン・ウィークがあるんですね。

暦を見ると、明日から、飛び石で3日休暇を取れば、11連休になりそうです。

もっとも、土曜日も休日として僕は数えたので、タイでは現実的ではないかもしれません。

(実際のところ、どうなんでしょう?)

いずれにしろ、明日から連休が始まるらしいので、ビザのリエントリー・パーミットの取得に行ってきました。


今回の訪タイも、すでに、1ヶ月を経過しましたが、これまでのもっとも大きな出来事は、

ノービザからノン・イミグラントOビザの切り替え(3月26日)、そしてそれを延長して、リタイアメント・ビザとすること(4月8日)、

だったと思います。

Oビザ取得に関しては、4月18日の記事で書きましたが、

リタイアメント・ビザの時のことは触れていませんでした。

80万バーツを3ヶ月間、タイの銀行に保持していることの証明が取れるのが、4月7日以降だったので、

実際には、4月8日の午前中に、シーロムのバンコク銀行本店でBank Certificateを取り、

お昼を近くのマクドナルドで食べて、

スワンプルーのイミグレーションに着いたのが、午後1時。

Information Counterで整理券をもらうと、なんと69人もの人が待っている番号。

それから、実に3時間以上かかって、4時半すぎに申請終了。


5、6箇所に担当官がいて作業しているのですが、全体の処理能力は、1時間に20-25人程度なのです。

1時に来たのが失敗でした。

リタイアメント・ビザの取得と、それに対するリエントリー・パーミットも1日で取りたかったのですが、

時すでに遅しで、リエントリーの受付は終了、もう一度来なければならないことになってしましました。


それに懲りて、今日は、朝早く出て、スワンプルーのイミグレには、8時40分に到着。

もらった番号札723番を手に、座っていると、タイ人女性が寄ってきて、番号札を替えて欲しい、という。

彼女の番号は711番で、12人早くなる番号だ。

こんなこともあるのか、と前回のことをうらめしく思い出しながらも、

申請作業があっというまに終わって、9時20分には開放されました!


これで、僕のパスポートも重々しくなってきました。

新しいパスポートで、初の日本出獄・・・おっと日本出国、

そしてリタイメント・ビザは、ビザ期限が2010年6月、

リエントリーもOK!

朝早く、なにか大事をし終えると、気分がいいものですね。

なんだか、もっと他の事も出来るような、1日儲かったような気分になります。

実のところ、部屋に戻ってきたのが、10時ですから、

いつも朝食を終えて、インターネットでニュースを読んでいる、時間です。


今日は、そんな気分だったので、2ヶ月振りに、ゴルフの練習場にも、行くことにしました。

最近、全然運動をしていないので、うれしい気分。

地下鉄、ステッサン駅から歩いて5分のゴルフ・レインジ。

100バーツで40球箱が4箱、160球の練習は、久しぶりの僕には丁度手頃な数です。

1時間ほど、汗を流しました。

久しぶりなので(いや、いつものことながら・・・)、ドライバーはまともに当ってくれませんでしたが、

7番アイアンまでは、そこそこだったような気がします。

これなら、いつコースに出ても、他のプレーヤーの迷惑かけなくて済みそうだなぁ、

と自己満足。


そして、部屋のもどってみると、なんと、JALCARDがEMS(国際スピード郵便、というんですね)で、マンションの管理室に届いている、という知らせ。

火曜日に発送した、という連絡がありましたから、実質3日で、無事到着です。


お~っ、今日は、3つも良いことがあったぞ~。

楽しい一日でした。

ありがとう。

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かれこれ2週間にわたる転居先探しも、棚からボタモチ式の話もなく、終焉を迎えようとしています。

昨日の午前は、パホンヨーティンへ地下鉄で行き、ロータスのある辺りなどを歩いてみましたが、

あまり適当な感じの所無く、

足が痛いなぁ、

と思っていると、

日本で買った丈夫なはずのサンダルのつるが壊れてしまっているのでした。

そこから、午後に予定していた、バンカピにバスで向かいました。

ザ・モール・バンカピに行き、履き替えのサンダルを探すと、これがなんとも簡単に見つかりました。

履物とか、バッグには、結構趣味が表れるもので、

安い買い物でも、すっと手が出ることが少ないのですが、

1階の靴屋さんで、セールを行っていた中に、色、形、丈夫さなど、いまの自分にぴったりなサンダルが、見つかりました。

売ってくれた女店員さんも、可愛い感じで、百点満点。

バンカピに新天地を決めた瞬間でした。

なんとも、単純。


さて、今日は、前に見た2ベッド・ルームの他の物件を見るのです。

20階、1ベッドルーム、50M2, エアコン2台、9000バーツ。

室内キッチンで、冷蔵庫、TVも新しく、クーンサイズ・ベッドで、ソファ、食事用テーブルもあります。

インターネットは550バーツで1M。

ところが、部屋は西向き・・・・。


前に見た、2ベッドルームで、内装備品、完璧な、15000バーツの部屋は、ちょっと問題を抱えていました。

デポジットが3か月分だと言うのです。それに前家賃で、一度に6万バーツ。

通常はデポジットは2ヶ月が常識だと思います。

エアコンを僕の要求でもう1部屋に付けるので、デポジットを3か月分貰いたい、

とその条件を後でいってきたので、なんだか良い気分がしないでいました。

しかし、備品は金庫からお皿まで、完璧で、何一つ買い加えるものがなく、生活を楽しめそうだったので、こころが動いていました。

ところが、今日の1ベッドルーム、9000バーツを見て、

紹介の労をとってくれている人が、断然こちらを勧めるのです。

なんで、6000バーツも高い部屋にする必要があるの、

この部屋で十分、

西向きなんていったって、どちら向きでもタイは暑いから、エア・コンつけてれば関係ない、

ここは電気代も安いし、

家賃が安いだけ、気楽です。

というわけで、この部屋に、決めました。

僕としても、今のラチャダーの部屋より、安いところで、1ベッドルーム、50M2、というのは得した感じです。

15000バーツが、無職退職ロングステイヤーの基準の家賃としては、高すぎる、

(なんとなく、まだ、僕の日常生活が、どなたかロングステを望む方の参考にでもなれば、と言う気が残っています)

そんな思いもしなくて済みます。


それにしても、昨年、最初にバンコクに住もうと、その場所を探していたとき、

安い場所として、ランカムヘン辺りを紹介するインターネットの記事などを読み、

そして地図を見て、

ナルホド、ここまで遠く来れば、それは安いでしょうよ、

でも、学生さんばっかりでしょう、こんなに辺鄙なところに住むのは。

と思っていたのでした。

それが、1年目にして、その地(よりも遠く)に住むことになろうとは!

なんとも、人生の妙味です。

バンカピが、どんなところか、まだわかりません。

めっぽう、交通の不便なところ、と言われていますが、どうか?

見かける人の顔をみると、こころなしか、都心の人々よりも、表情がゆるやかなような気がします。

年齢層的に、若いひとが結構多い、という感じがします。

外に出て、退屈はしないような、気がします。


今、日本から持ってきた、武田百合子の「富士日記」を読んでいます。

夫の武田泰淳と、富士山ろくに別荘を建て、東京赤坂と富士の別荘の往来の日々を書きつづった、

日記文学の名作です。


タイ関連のブログをみても、バンカピに住んでいる人は居ないようなので、

これからの、僕のブログは、

「バンカピ日記」とでも、しようかな。

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こんな形で、スーザン・ボイルを紹介することになるなんて。

実は、2日前、お伝えしましたが、このブログのアクセスが急増し、その日は382のアクセス回数。

それが、一日では終わらなくて、昨日も激増は継続、488回のアクセス。

そして、ブログ・タンキングのクリック回数も、一昨日28、昨日48。

本当に、何が起きたんでしょう?

誰か、知っている人がいたら、教えてください。

まるで、一夜にして、別世界です。


せっかくですので、この、一夜にして別世界、という稀に見るエピソードをお伝えしようと、思います。

あまりに有名なストーリーですので、ほとんどの方がご存知のこと、かなぁ。

スーザン・ボイルさんのお話しです。

イギリスの、スター誕生のような番組に、47歳(もうすぐ48歳)で応募した、

一見も二見も、さえないおばちゃんが、

歌いだすや、一声で、審査員や聴衆すべてのこころを鷲づかみにし、圧倒してしまった、すごいお話しです。

その実況が、YOUTUBEで全世界に流されました。

すでに1億人以上の人が見た、といいます。


まだ、ご覧になっていない方のために、ここに紹介します。

正に、世紀の一瞬です。

ヒューマン・ドリームの極地、ここに見る思いがします。


歌は心ースーザン・ボイル


人生って、こんなこともあるのだ、という

人間の素晴らしさを、

素直に信じられる、こころを豊かにしてくれる、ストーリーです。

ありがとう、スーザン・ボイルさん。


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5月15日、転居の予定で、新しい部屋を探しています。

現在のコンドミニアムには、転居の旨(契約更新日の1ヶ月前に事前連絡が要)を知らせてあるので、

どうにかして、見つけねばなりません。

今住んでいるラチャダーが不便だとか、嫌なところだとか思っているわけではなく、

便利と言えば、僕のようなタイ語も話せず、タイに詳しくもない、無職のロングステイヤーにとっては、

この値段で(月1万バーツ)、これほどの便利なところはない、とも言えるところです。

ただ、1年住んで、飽きてしまった。

そして、タイ女性と(もしかして可能な)共同生活をする場所、としては面白くない、と感じて、

転居を決意した次第でした。

ただ、まだ自分の眼と知識で、転居先を探すには、

バンコク内をあちこちと動き回って過ごした1年ではないので、

土地勘も、好みの場所の知識もない、

まったくのバンコク初心者に近い状態であることに、探し始めて気が付きました。

それでも、紹介してくれる人があり(その人はタイ語で物件を検索してくれます)、

ラットプラオ、バンカピ、ランカムヘンなど、バンコク都周辺地の部屋を検討しています。

都心のアヌサワリにも2度ほど探索に行きましたが、あいにく、最初の訪問時には、良い空き部屋がなく、2度目は、5月、6月は満室という話しになり、つぶれました。

ここは、日本人に人気のところで、この不況時に、日本からタイに逃れる人が増えているのでしょうか?


バンカピは、4月20日の記事でも紹介しました、運河を行く、ボート・バスが交通手段となり、面白みがあるところですが、

その他の交通手段、生活の便利さなどが、当初思ったほどのことではなく、

なかなか決断できないでいます。

大きな市場に近いのですが、差し当たりの独居生活では、タイ庶民のマーケットで買い物、食事は出来ようもなく、

かといって、1番近いスーパーマーケットの、ロータスが、歩いて5分と思いきや、10分かかることがわかったり。。。なのです。

でも、多分、いまのところは、このバンカピになりそうです。

いかに、自分の生活パターンを想定するか、にかかっています。



ところで、

この転居先さがしや、クレジット・カード紛失・再発行・ 送付待ち、などの関係で、

バンコクを離れることができません。

ソンクランが終わったら、そちらへ行くから、と言っていたウドン・ターニー行きの約束が果たせないでいました。

どうしたの、いつ来れるの、忘れたの・・・と言われ始めたので、

旅費を出すから、バンコクに来て頂戴、とお願いしたらOK。

土曜日、日曜日、と2日間、共同生活の1端を予期させるような時間を過ごしました。

日曜日は、僕の引越しにそなえて、近所の簡易引越しサービスをしてくれるお店を探そうと、

近場のソイを歩きながら、タイ語で書かれた宣伝を読んで、それらしきところを探してもらおうとしてみました。

ところが、なかなか、僕の言っていることが通じない。

1時間半ほど、歩いて、これらしきところもなく、部屋にもどってきました。

あ~あ、くたびれただけだったね。

というと、自分は車サービスと書かれたところの電話番号を2つ手帳にひかえてきた、

と言います。

なんだ、そうか、それじゃ、そこへ電話して、引越しサービスをしてくれるのか、もしそうなら、どこなのか、電話してきいてちょうだい、

と頼みましたが、これがいうわけか、電話しようとはしないのです。

たまたま日曜日だったからなのか、僕の主旨がわからないためなのか、

いずれにしろ、電話はしないで、グズグズしているので、諦めました。

なんとも、僕がタイ語を話せない限り、意思疎通は難しいのか、と思い知らされました。

僕は、かなりげんなりしてしまった2日間でしたが、

彼女は、二日間、たっぷり僕の愛情を受けて、嬉々として月曜日、モーチットを去っていきました。

ぼくは、へとへと、です。

そして、また今日から、部屋探しです。

JALCARDからは、火曜日、カードをEMSにて発送した、とのメール連絡あり。

緊急カードではありません、今年末で期限l切れの予定を、期限延長審査した上での、

新カードの発行です。

依頼してから、実労働日3日の再発行作業でした。


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最近のアクセスは、いつも、90件内外だったのですが、

今日は異変。

なんとアクセス382人!

6倍強、のアクセス増加です。

以前にも、こういうことがあって、誰かが僕のブログを参照してくれると、

一日パッとアクセスが上がります。

それは、最新の記事に対してではなく、過去記事に対する参照で、

なかなか誰が、何故、というのが掴み切れません。

そして、そういうアクセスは、アクセス数が増えるだけで、

ブログ・ランキングのクリックをしてくれる人が増えるわけではない、

通りすがりの読者、のような場合が多かったと思います。

ところが、今回は、ブログ・ランキングのクリックの数も、一日に28人、という記録的数字です。

どなたが、どんな参照をしてくれたのでしょう?

もし、分かる方がいたら、教えて欲しいと思い、このことを記事に書いています。

拍手の数、からの異変からみると、

久木綾子さん、89歳の作家デビュー

に対する拍手が一日で4件と、集中しているので、この記事に関係した何かでしょうか?

棚からボタモチ、みたいな気分です・・・(笑い)

今、バンコク内の転居で、新しい部屋探しに悪戦苦闘しているのですが、

そっちも、棚からボタモチの良い部屋が見つからないものか、

と、思ってしまいました。

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そんなに丈夫な、ハートじゃない。

と続くのですが、久しぶりに思い出したのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

騙されたって 傷つかない

そんなに丈夫な ハートじゃない

あいつもきっと つらいだろう

あいつもきっと 泣いてるだろう

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実は、僕が毎日チェックするブログは4、5個なのですが、そのうちの一つに、

ウチャラポーンさんの「バンコクでコンサルティング」があります。

先日、そこで「人を信じる事の難しさ・・・」という、

特にタイにおける人間関係の難しさに触れ、

それでもそれを乗り越えてあくまで優しさをつらぬきたい、   

というウチャポーンさんの人柄あふれる、心情こもったエッセイを読ませてもらい、

これはなんとかコメントを返したい、と思ったのです。     

そして、書いて、投稿しましたら、

ハネラレました。

なんと、コメントの文字制限があって、800文字だというのです。

僕がなにか思いを書き出すと、とにかく長くなる傾向があります。

考えがはっきりしていないから、なのでしょうが、とにかく長くなって、嫌われます。

そのコメントも、どういう計算か分かりませんが、3000文字を越えている、というではありませんか。

それで、とにかく、なにかメッセージをお伝えしたくて、

削りに削って、許容範囲に抑えて、コメント送信しました。

文章の、起承転結のない、転のところだけのメッセージになってしまいました。

もう、最初に書いた文章を思い出すことはできませんが、

うろおぼえのポイントを2、3、書き残しておきたいと思いました。

騙されて、騙されても、なお親切をつくさずにはいられない、人へのメッセージとして、

上にある一番先の文を書きました。

騙されたって、平気だ、とは言わない、信頼を裏切られてとても苦しい、

でも、相手も今頃同様に苦しんでいるだろう、泣いているだろう、

という気持ち。

あいつは、自分を騙して、恩をあだで返すけれども、

あいつも、それは、誰かを助けるためだったかもしれず、

自分はあいつを通して、その先の誰かを助けたのかもしれない、

お互い、苦しんでいるのなら、

あいつを、許してやろうか・・・・。

そういう気持ち。

これが、起承転結の、起、の部分。



転、の部分は、マザーテレサの言葉。

僕が初めて彼女の本を読んで、圧倒された言葉が、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私がお願いすること。
 飽くことなく与え続けてください。
 しかし残り物を与えないでください。
 痛みを感じるまでに、自分が傷つくほどに与えつくしてください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ひとにものをあたえるときは、残り物なんかじゃだめだ、

与えて、自分が傷つくほどに、大切なものを与えなければ、

与えたことにはならないのだ。

見方を変えれば、

ひとに親切にするということは、

自分が傷つくことなのだ、

自分が傷つくくらいの親切でなければ、

それは十分な親切ではない、

と言えるかもしれません。

という、これほど強い信念を実行する力は、僕にはとても無いのですが、

それでも、深くこころに沁みて、来ました。



「転」の部分は、ウチャラポーンさんのブログのコメントをご覧ください。

(無断で、ブログを引きます。ウチャラポーンさん、ごめんなさい)

人を信じる事の難しさ~ウチャラポーンの独り言

そして、「結」の部分は、

・・・・・・・・

それは、内緒にしておきます。




それにしても、騙す人間は、タイ人ではなく、タイ在住の日本人が圧倒的だ、というのは、

とても、悲しい現実ですね。


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実は、今月の17日に、ウドン・ターニーからバスで戻る途中から、家に着くまでの間に、クレジット・カードを紛失してしまいました。

18日の朝、買い物に出ようとして、いつも入れているサイフのポケットに、カードが無いことにすぐ気が付きました。

少し、ズボンのポケットや、旅行にもっていったバッグなどを探してみましたが、ありません。

こんな大事なものを紛失した経験は、初めてです。


手帳に控えてある、盗難・紛失の時のDC海外ホット・ラインに電話。

出たオペレータは最初に、今僕が使っている電話の事を訊いてきました。

宅内電話か、タイの携帯電話か、日本から持ち込んだ携帯電話か。

どうやら、日本から持ち込んだ携帯電話では、海外通話料が無料にならない場合があるらしいのです。

僕は、タイで入手した携帯で、タイ国内通話料はかかるかもしれないけれど、国際通話料金は、とられるとは思えないので、そのままコールを続けました。

まず、紛失クレジット・カードを使用停止にする。

再発行を今すぐするかどうか、

そして、再発行は、海外緊急カードにするか、普通の再発行にするか、相談。

あと2ヶ月、タイにいる予定なので、

カードに付帯している海外保険のことがあり、

再発行が必要、と判断。

海外緊急カードだと、使用期間が1ヶ月にしかできない、という。

それで、普通の再発行で、海外住所に送ってもらうこと決定。

ただし、JALCARDなので、再発行依頼は、DCカードセンターではなく、JALに電話して欲しい、とのこと。

そして、地元の警察署に、盗難・紛失届けを必ず、提出してください、とのこと。


その警察への届けが、面倒だなぁ、と思いながらも、カード再発行の前提条件らしくも聞こえたので、

行かねば、と思う。

ただ、いま、転居のことを考えていて、あちこち見て回ったりしてもいるので、

警察への届けは、2,3日後になってしまった。



コンドミニアムの事務所で、最寄の警察署を訊く。

事務所の人が、タイ語で、

モーターサイのドライバーに行き先を(ホイクアンの警察署)、

警察宛には、クレジット・カードの盗難・紛失届け、

と紙に書いてくれた。


警察署に入ると、すぐに受付カウンター(INFORMATION)があって、

女性の事務員が一人、応対している。

警察官の服装ではなく、ただの事務服(普段着)である。

3人ほどの人を待って、僕の番になる。

英語で話しかけながら、書いてもらった紙切れを見せると、すぐパス・ポートを、と言う。

そして、届出の書類と思しき用紙に書き込みを始め、僕に、カードのタイプ(JALCARD VISA)、タイの住所、電話番号を訊く。

何時、どこで無くしたと思われるか、盗難だと思うか、単なる紛失かの質問は全く無かった。

それで、その申請書を書いた後で、僕は、だれか警察官と面談があり、どういう経緯でなくしたと思われるかとか、とかの話しがあるものと、想像した。

ところが、である。

その受付の事務員さんが、用紙に書き込みが終わると、2枚目の写しを、僕に差し出して、

はい、これで、終わり、

だと言う。

まぁ、こんなものを探しても見つかるわけがないから、探そうとする態度をひとつも見せない、というのもすっきりしているなぁ、と感心しました。


昨日、KDDを通して、JALのカード盗難・紛失係りへ、コレクト・コールをして、

カード再発行の依頼をしました。

EMSで、今住んでいるコンドまで送ってもらうことになり、初めてのEMSに不安もあるのですが、

任せることしかありません。

案の上、警察への届けがどうの、ということは一切話題にもなりませんでした。


なお、紛失カードが、他人に不正に使用されていないかどうかは、

毎日DCのWebサイトで、確認していましたが、

僕自身が最後に使用した17日以降、誰も使用していないので、ホットしています。


それにしても、あの、カード、一体どこへ消えたやら。。。




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皆さんへ、問題です。

次の文章を読んで、どの国のことを語っているか、当ててみてください。

(1)
メーにしてみれば、これから先、ポーはあてに出来ない。
十三になる長女のユイと、生まれたケイの将来にだけ、頼らねばならない自分の未来が見えていた。
ポーが女道楽をはじめてから、メーは肥りはじめていた。
「金は、今まで通りでいいか」
「結構です」と、メーは答えた。
生まれたばかりの子供に、金がかかる道理はなかった。
「女の子が生まれて、よかったと思うんだ。男の子じゃ始末が悪いが、女の子なら、年頃になれば、金になる。ユイは、もう十三だろう。そろそろ働きに出したらどうだ」

(2)
「この国で一番安価なものは人の命と時間」である。








解答です。

(1)は、昭和初期を時代背景にした、<夕映えの中にいた> という日本の小説です。固有名詞を変えてみただけです。

葉にしてみれば、これから先、根一はあてに出来ない。
十三になる長女の幹子と、生まれた夕子の将来にだけ、頼らねばならない自分の未来が見えていた。
根一が女道楽をはじめてから、葉は肥りはじめていた。
「金は、今まで通りでいいか」「結構です」と、葉は答えた。
生まれたばかりの子供に、金がかかる道理はなかった。
「女の子が生まれて、よかったと思うんだ。男の子じゃ始末が悪いが、女の子なら、年頃になれば、金になる。幹子は、もう十三だろう。そろそろ働きに出したらどうだ」

作家は、有馬頼義で元貴族の家柄出身です。

(2)は、幕末に日本へやってきた外国人の記録です。

日本人は生来几帳面で時間に正確だったわけではないようです。
江戸時代は、宵越しの金はもたない、とかその日暮らしとか、のんびりゆったりした生活であり、一方武士道は、命よりもメンツを重んじていました。

タイは貧しいとか、教養がないとか、遅れているとか、時間にルーズだとか、いろいろ言いますが、

日本だって、ついこの間までは、こうだったのです。

日本も、この間の戦争の前までは、不敬罪があり、天皇陛下は神様だったのです。


今の、タイも変わっていくでしょう。

黄色や赤色や青色、騒々しいです。

もう、どうにか、穏やかになって欲しい、と願う声が、タイ在住の日本人から聞こえます。

僕は、これは、決して、収まらない、と思っています。

社会が変わっていく、必要があるから、騒動が絶えないのだと、思っています。

不敬罪などという悪法が存在して言論の自由が禁じられている国、

司法クーデターなどという前代未聞の暴挙をしてしかも法治国家であるがごとき体を装うことに恥ずることの無い国、

官は上から下までワイロが常態で、貧富の差、格差の存在を前提に、安定社会を目指す、という偽民主主義の国、

そういう国である以上、変化の胎動は、止めることはできないでしょう。

タクシンは役者として、どぎつすぎたようですが、彼の様な破天荒な人間でなければ、風穴はあけられなかった、のでしょう。

タクシンの役目は終わったのかもしれませんが、彼が投じた一石は、きっと収まることなく、

新たな波として、誰かに引き継がれていくのではないでしょうか。

国外追放は、恥ずべきことではありません。

自分の行動を、事後に作製された法律によって、裁かれて国外追放なら、なおさらです。

あの孔子でさえ、自分の国の王へ建白した意見が通らず、国外追放を受け、一生を放浪生活で終えたのですから・・・。
(あはは、タクシンを大・孔子と比較して誉めているわけではありません・・・)

上のように、タイの実情に関し、批判的な表現をしたからといって、

僕は、タイを馬鹿にしたり、嫌いになっているわけでは、ありません。

もうそろそろ、この馬鹿げた騒乱を収めて欲しい、という意見のほうが、

タイをバカにしているかもしれない、と思います。。。

逆に、タイが好きだから、

もっと良い国になって欲しいから、

そして、僕が住んでいる間は、非常な興味を持ってその変化をみつめていたいから、

三色まみれの騒乱は、

今後も続くであろうと思うし、

続いて欲しいとさえ、思うし、

今、この国に住まわせてもらっている身としては、

温かく、気長に、見守っていきたいと、思っているのです。


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このブログを再開するにあたり、何人かの方から直接はげましのメールをいただきました。

書きたいときに、書けばいい。

ゆっくりのんびりマイペースの自然体で。


ありがたいことです。

せっかくタイにきているのですから、ゆったり、のんびり、マイペースが大事ですね。

自然体、ということは、あくまで、自分の自由な気持ちのありのままで、ということ。


それで思い出しました。

以前に、こういう言葉をある人に贈ったことがあります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

バラは バラ

百合は 百合

あなたは あなた

そのままで

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その方と初めて会うとき、

自分は美しくないから、

と言ってきたので、贈ったことばです。

美しいとか、可愛いとか、

それは人の主観で、

どこにも正しい基準などというものは無いのです、

あなたが、あなたのままで、自然体であるならば、

僕はあなたを美しいと感じるでしょう、

そういう気持ちを伝えたかったのでした。


その後、その方とは、別れ別れになってしまいましたが、

京都の高校の先生だった彼女は、

自分の教え子達の卒業にあたり、上の言葉をはなむけに贈った、

と、後で聞きました。


確かに彼女は美しかった、

という思い出が、

あります。


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ジャスコ、カルフール、ロビンソンという日常のショッピングが歩いて1、2分、

エスプラナードという映画館や多くの日本食レストランのある娯楽館まで歩いて5分、

そして地下鉄のタイ・カルチャー・センター駅から歩いて3分、

賃貸料月1万バーツ(他に管理費680B,インターネット700B,電気・水道代が追加)、

そういう場所で、ほぼ1年間過ごしています。


部屋の更新の時期でもあり、タイ・ロングステイ滞在1年目なので、転居の可能性を考えいます。

まだ、決断していないのですが、今、こうして書きながら判断がついてくることを期待しています。

定年退職者の、バンコクでのロングステイの住む場所として、

アパート・コンドの賃貸値段、買い物・交通の便利さ、それなりに外国人も住んでいる気安さ、などから、このラチャダー・エリアは、適当な場所ではないか、と思っています。

スクンビットは敷居が高く(部屋の賃貸料と、現役・日本企業駐在員御用達、みたいな感じ)、アヌサワリー付近は、もっとタイに深入りした(沈没、という言葉があるらしいのですが・・・)人が好むような街に思えます。

それで、この1年、ここラチャダーに満足だったわけですが、

1年も居ると、慣れすぎて、毎日ジャスコやカルフールの往復に、なんの新鮮味も感じなくなってしまいます。

それに、ここには、タイの街のマーケット(市場)がありません。

隣の駅のホイ・クアンにはあるのですが、市場に行くために地下鉄1駅乗るのでは意味ありません。

市場は歩いていけるところ。

それと、今は、日本で言えば、ワン・ルーム・マンション(こちらではSTUDIO)で、40M2あるとはいえ、単身者の住まいです。

僕は、今、単身者なので問題はないのですが・・・。

この点も、2年目には、やはり誰かと共同生活したい、という希望(野望)をもっていたりしますので、

やはり転居にこころは傾いていきます。

市場のないところで、タイ人と共同生活しても、面白くないというか、バンコクにいて、タイ人の生活を理解するのに適していないような気がしてもいます。

僕の1つのアイデアは、バンコクで、今よりもっと安い8000バーツ位に収まる、市場に近い部屋を一つ借り、

同時に、ウドン・ターニーとかコン・ケーンとか、チェンマイとかに、これも8000バーツ位でもう一つの部屋を借りて、

バンコクともう一つの街を行ったり来たりする、

という考えです。

このためには、まず、バンコクで今より安い部屋を探さねばなりません。



そこで、知る人があり、その案内でバンカピの方へ出向いていきました。

そこは、サン・セーン運河を走るボート・バスの始発点で、コンドの下の橋を渡るとボート乗り場です。

これで、プラトゥナムまで、18バーツで、渋滞なしで行ける。

また、バンカピのこのエリアは、バス路線が沢山入ってきており、基本の交通手段は、バス便になります。

歩いて5分ほどに、ロータス・スーパーマーケット、

そして、タイの市場(かなり大きいです)、

さらに歩いて5分で、バンカピ・モール、とその周辺のデパート。

バンカピ・モールの裏手には、プタトゥナムのように、女性向け屋台洋服店がずら~りならんでいます。

また、MACROという卸売りのセンターもあります。


部屋は、1ベッドルーム(50M2)が8000バーツから、2ベッドルーム(65M2)が12000バーツからある、ということでした。

部屋をみた結果、

1ベッドルーム:予算は上の僕のアイデアに一致。部屋の中にキッチンが付いている。
          きれいさかげんは、いまいち。

2ベッドルーム:12000バーツ。21階。キッチンが無いが、希望なら簡易キッチンを作りこむ、その他なんでも希望を言って見て欲しい、可能な限り作りこむ、息子が使っていた部屋だが米国留学のため、賃貸することに決めた、使用に耐えるこうな改造を行うつもりでいる。現在、3つのエア・コンあり。

2ベッドルーム:15000バーツ。17階。3つのエア・コン、キッチン、洗濯機、2つのベッド。きれい。


bankapicondo1
バンカピはバンコク都東北部、夜にはスワンナプームへの飛行機が見えるはず・・・

khlongjan1
ボート乗り場。コンドを出ると、すぐ橋で、その先が乗り場。こんな生活もいいかも・・・。

khlongjan2
水しぶきを避ける青いビニールの覆いを引揚げたところ・・。正面に見える輪を引くと、覆いがあがります。


決断のポイントは、バンカピというこの地域を生活ポイントとするかどうか、という点と、

予算や、今持っているアイデア(2つの生活拠点をもつこと)を変更せざるを得ない、という欠点をどう見るか。

職を持たない、年金収入中心のロングステイヤーに、15000バーツの家賃代というのは、少しかかり過ぎだと、感じます。

ロングステイヤーとしての、まぁ、普通の、分相応の生活振りでいきたい、という気持ちがあります。

僕の先輩達には、年金を月60万円もらっている、と言う人がざらにいました。

そういうシニアな人たちと、ゴルフをするたびに、彼等から、君たちは可哀相だね~、年金がズ~と少なくなるんだね~、と言われたものです。

彼等は、月60万円の年金(企業年金と厚生年金を60歳から受給しています)の他に、まだ子会社や関連会社で、仕事を続けており、たぶん現役時代と同様に月100万円以上の収入は軽く越えていたのではないでしょうか。

それに比べると、なんとも少ない、現在の僕の収入なのですが、まぁ、あまりうらやましいとも、思わなくなりました。

負け惜しみ、ではなくて、そういうことにこだわらない、自由な心持を、持てるようになっている、と今の自分は思っています。

他人と比べることは、意味がないのです。

他人の生活は、所詮わからないものです、表面豊かでも、どれだけ心労・苦労しているか、わからない。

そして、それも、そのひとの望む、あるいは避けられない生活なのであれば、それでいい。


だから、自分の気持ちに、素直に満足できれば、すべて良し、なのです。

好きなことを、好きなときに、好きなようにできれば、申し分なし。

出来ないことは、好きにならなければ良い、あはは、です。



いずれにしろ、買うわけではないので、1年でも住んで見るか、ということであれば、気は楽。

ううう、、、なんだか、バンコクの場末の、バンカピでの生活に動いているような・・・。

交通の便が悪くなるような気がしますが、仕事をしていないので、外に出るといっても現実にはあまり遠くにいかないわけだし。。。

そばに、うろうろする場所が、目白押し。

ラチャダーに住んでると、お風呂が好きなんですね~と言われたものです・・・一度も行ったことがありません。

バンカピに住むと、女子大生が好きなんですね~と言われそうです。

なんでも、大学が3つもそばにあるというのです・・・。


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3月の24日に、タイに来て、まず最初の課題は、ノービザの状態から、ノン・イミグラントOビザを所得することでした。

タイでのロングステイを目指し、昨年5月にバンコクに1ルームの部屋を借り始めて、小手調べをして、うまく行きそうだったら、長期滞在ビザを所得する、という段取りでした。

日本でロングステイ・ビザを取得する、という方法はありますが、手続き、準備に要する資料などが煩雑です。

多くの人が、タイに来て、タイのイミグレーションで、O-ビザを取って、延長申請してリタイアメント・ビザに変える、という方法を勧めています。

タイで申請するときの書類は簡素で、基本的には、

(1)タイの銀行に80万バーツの預金があること、

(2)そのお金が日本から持ち込まれた(円からバーツに交換された)お金であることが証明できること(日本からの送金証明か、入国するときに持ち込んだ円の申請証明書)、

この二つが重要な申請資料となります。

ただし、チェンマイやパタヤのような、ロングステイヤーが多いところの入国管理局では、上の(2)の書類は無くても、ノン・イミグラントO-ビザの取得が出きるようになっています。

しかし、バンコクでは今でも、これが必要です。

そこで、80万バーツに相当するお金を日本の銀行から、タイの自分の口座のある銀行へ送金して、その送金証明を取れば、ことは簡単なのですが、この送金に要する銀行の手数料が、年金中心の生活をしていく中高年者には、ちょっと高い。

80万バーツの相当する金額とは、為替の変動によるわけですが、まぁ300万円くらいとすると、その送金に要する手数料が25万円~30万円くらいかかる。

やはり、職を持たない人間にとっては、節約したい金額です。

また、僕のように、一挙にロングステイの長期ビザを取ろうとは、当初思わずにいて、2~3ヶ月の滞在を、観光ビザのレベルで過ごしてしまおう、という人たちが、途中で長期ビザが欲しくなったとき。

大体は、なんどもの訪タイを繰り返すうち度に持ち込んだ円のに、使い残しが、タイの銀行に溜まっていくのではないでしょうか。

僕の場合は、それが1年で、80万バーツを超えていました。

この場合は、送金証明は取れないし、入国の通関のときの円・持込申請もしていない、ということになります。

そして、やはり、住まいがバンコクですから、住まいに近いバンコクのイミグレーションでO-ビザを取りたい。


その顛末です。

まず、バンコク銀行で、80万バーツの残高証明を入手しました。

近くのラチャダーバンコク銀行支店では、証明書を発行するのに、本店まで書類を送り、本店で証明書を作成して送付してもらう、ということで5日も日がかかる、と言われたました!

そこで、直接本店に行き、カウウンターの50番台で、Bank Certificateというサインのあるところで、申請。
すぐ、その場で発行されます。

バンコクで失敗したときには、パタヤに行くつもりなので、証明書は2通、取りました。

翌日、いよいよ、バンコク・イミグレーションです。

3階の303室が、ノービザからノン・イミグラント・ビザへの切り替え申請の部屋です。

そこに、独立の受付カウンターがありますが、申請者は、5、6人で、混んではいません。

すぐに、僕の番です。

銀行の残高証明者、銀行の口座手帳のコピー、パスポートのしかるべきページのコピー、パスポート原本、 申請書TM-87を提出。

係官は、30代前半の、黒っぽい男性。

「送金証明がないですね」

「はい、これは、口座手帳をみてわかるように、何度も、日本から来るたびに持ち込んだお金を少しづつ、入金したものです」

「日本から送金したものではないのですね」

「はい、しかし、事実、日本から持ち込んだお金です」

「その証明が要ります。空港で持ち込みの日本円の申請の証明はありますか」

「一度に100万円以上、という大金は持ち込まないので、それもありません」
(実は、これはウソです。だいたい、いつも100万円以上持ち込んでいました)

「それでは、必要書類が不備、ということで許可はできませんね」

「しかし、事実、日本からの持ち込みで、私のパスポートの入国日と、銀行の入金日を見れば、何ヶ月間かにわたって実施されているのが、状況をしめしていると思うのですが」

「銀行で両替したのなら、両替の控えはありますか」

「スーパー・リッチという街の両替屋で交換したので、正式な両替控え、とよべるものはありません」

「スーパー・リッチに証明書を書いてもらいなさい」
(僕は、十何枚かの、スーパー・リッチの計算式の書いた紙っきれを、もちこんで説明しました。。。これは、ない方が、良かったかも。話しが複雑になってしまったので)

「スーパー・リッチはそんなサービスをしてくれる店とは、到底思えません」

「私が電話してみるから、スーパーリッチのカードをみせさない」 (親切!)

「カードはありません」

「それでは、無理です。ここは、役所です、必要書類がそろっていないと、許可することはできません。

If you don't have enough certification documents, I cannot ask my boss to approve your application.
I am an officer, I need all documets in line.」

普通ならば、僕もここで諦めるのです。

役人が一度ノーと言ったら、まずノーなのだとは分かっていますから。

しかし、チャンマイやパタヤでは、送金証明無しで許可している、ということがあるので食い下がります。

もちろん、チェンマイやパタヤでは、その証明書は、いらないはずだ、というような直接談判法は取りません。

「I understand your position. I think you are right on that decision.

But I heard that Thai government is now strongly promoting and welcome many and more foreigners to visit and stay in Thailand, especially after the last year's damage caused by political issue.

So can you please let ME ask your BOSS directly on this matter?
I would like try to explain by myself, please.I don't disagree with your decision at all.
Just give me a try」


この担当官は、しぶしぶながら、それでは向こうの席でまっているように、という。

ボスはいま、部屋にいない、という。

しばらく待っていると、彼の隣に座っていた、もうちょっとシニアの女性担当官が、寄ってきました。

「本当に、銀行の両替証明はとれないの?」

「銀行じゃないから、絶対証明書なんて発行してくれないと思います」

「それじゃ、彼の言っていることは正しいわ。私たちは、不備な書類の申請は認められないのよ」

「分かっています。彼の判断は正しいです」

「一応、ボスに言ってみるわね」

10分ほどして、ボスがやってきました。

まだ、30代の、いかにもキャリアらしい、きびきびとした歩き方をする、女性でした。

彼女が部屋に入ると、しばらくして、さっきの女性担当官が、中に入りました。

そして、ほどなく、担当官が僕を手招きして、部屋に入るように言います。

女性ボスの前の椅子に座ると、

「おいくつですか?」

と言う質問。

「XXX」

と応えると、「お若いですね」、というお世辞。(おや?)

「部下の判断は間違っていません」

(あらら、やっぱり、パタヤ行きかなぁ)

「なぜタイに来ているのですか」

そこで、ロングステイの、タイの文化を勉強の、、、と言い出すと。


「6000バーツ、支払えますか」

僕の話を途中でさえぎって、担当直入に、言ってきた。

僕は、ボスの心情に訴えて、あわよくば許可をしてもらおうと思っていたのだったが、

ああ、こういうことだったのか。

彼女も、僕が、しつこく引き下がらないのは、お金でなんとか解決したい、それができるかどうか、ボスに掛け合いたい、と思ったのだ、と判断しました。

「通常の手数料2000バーツ、この特別処理のために4000バーツ、今支払えますか」

僕は、一瞬、値引き交渉をしようかと、頭によぎるものがありましたが、

彼女のメンツをつぶしてはならない。

また、いずれパタヤにいくとした場合は、2泊くらいしなければならない(パタヤでは申請日翌日渡し、だと教えられていました)、その経費と時間を考えたら、

余分な4000バーツは妥当だろう、と判断しました。

「OKです」

僕は、4000バーツを女ボスに直接、女担当官の目の前で、渡しました。

領収書は、ありません。

ボスは、その女性担当官に指示をして、僕の申請は認定されることになりました。

正規の2000バーツの手数料分は、領収書が発行されたのでした。

こうして、僕のパス・ポートには、


ノンイミグラント・O-ビザのスタンプが、どん、と押されました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

長い間、断筆していたので(今となっては、休筆、ということになりますが)、ほぼ一ヶ月振りの書き込みです。

この間、数名の方から、親切な励ましのメールを頂いております。

ありがとう、ございました。

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ブログのランキング・クリックがゼロになったことが引き金で、

書くことの情熱といいますか、楽しみを、一挙に失ってしまって、

断筆宣言をしたのが、3週間前になります。

その後、2,3日置きくらいに、自分のブログを、覗いていました。

といいますのは、更新しないで放って置いて、ブログ・ランキングがどんどん落ちて、

全然眼に着かないくらいに下がってしまえば、

また新たに書きたい気持ちになるのではないかなぁ、

と思っていたのです。

予想通りに、ランキングはどんどん下がって来ました。

ところが、想定した通りには落ちるスピードが速くなく、なかなかに、鈍いのです。


そして、昨日見てみると、なんと13位だったのが、逆に12位に上昇しているではありませんか!

4,5名の方が、クリックしてくれているらしいのです。。。


断筆宣言も、クリックが引き金なら、

再開宣言も、このクリックしてくれる方々の存在がきっかけです。

僕は、また、書いてみようという気に、急に火がついたのでした!

お見事、というほどの単純さ、ですが、それで良し。



備忘録として書き留めておきたいその時々の心境、

タイ滞在を始めて1年になる節目としての変化、

また、最近、赤とか、青とか、黄色とかの、日本の信号機のようなタイの政情。

書きたいことが毎日ふつふつしているのは、事実なので・・・。


ブログ再開宣言をいたします。



ただ、今現在は、1年の節目の変化を意識的に起こそうと、移動中なので、

実際の書き込みスタートは数日後になると思います。


その気になった、という宣言を、これまでクリックしてくださった方々にお伝えしたくて、

いつものおいしい朝食前ですが、

今日、久々に書いてみました。


その気にさせていただき、ありがとうございました。


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