きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
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昨日のブルーな気分があまり抜けないままに、帰国するのはいやだなぁ、

と思って、あわただしいですが、午前中にユニコ・ゴルフ・クラブに行ってきました。

昨夜、大分長雨が降ったので、コースがプレー可能でオープンしているか、朝、電話して、

OKだというので、行きました。

電話に出てきた担当者は、英語が話せて、問題なし。


日本人の、ロングステイヤーと一緒に回ることになりました。

あまり深い話はせずに、プレーに専念しようと思いましたが、

やはり、ちらほらとお互いの情報を交換することになります。

ロングステイを始めて、1年ほどの人ですから、

僕と大体、開始時期は同じ、かもしれません。

しかし、違うのは、

タイ語も一生懸命話そうとするし(キャディさんはご指名で、指名のひとつの理由が、タイ語を話して、教えてもらう、なのだそうです)、

屋台での食事も、問題ない、と言います。

(インターネットで知り合った)在タイの日本人の方に手ほどきをうけ、どんどんタイになじんでおられるようです。


ユニコは、平日がキャデイ・フィー込みで、930バーツです。

キャリーで歩いて回れば、あとは、キャデイさんへのチップ、200~300バーツ。

キャデイさんを予約すると、100バーツ。

バンカピからは近くて、タクシー代が、80バーツ(チップ込み)です。

週日5日間を、毎日ゴルフをしても、月10万円で済みます。


今度来る8月は、すべてを忘れて、ゴルフ三昧の一ヶ月を過ごしてみようかなぁ、

と思うかも・・・。

スコアは今日も良くありませんでしたが、

200ヤード、Par3のホールを、3番アイアンでオンし、パーを取りました。

3番鉄:200ヤード
4番鉄:190ヤード
5番鉄:180ヤード

これを維持する体力はまだありそうです。

ブルーな気分よ、飛んで池!

(おっと、池に沢山ボールを落としたことを思い出してしまった)


9時過ぎに部屋を出て、18ホール回り、戻ってもまだ2時を少し過ぎた時刻です。

ゆったり、帰国の準備をしながら、

そんな一日を振り返りました。

典型的なロングステイの生活です。

それも悪くないけど、

・・・・??

という思いを抱いて、帰国します。



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最近、ブログの更新が出来ないでいます。

いろいろ理由はあるのですが、一言で言えば、ちょっとブルーな気分なので・・・。

今年の始めに帰国したときは、次回のタイ訪問にあたって、

心がけたいこと、目標とすること、を思い描きながら、

それまでの3ヶ月の滞在を総括したのですが、

今度は、そういう先の見込みが明確に見えてこない3ヶ月の滞在で終わってしまった、

という感じなのです。

リタイアメント・ビザを取ったり、

バンコク内ですが、引越しをしたり、

念願のタイ・ゴルフを始めたり、

いろいろプラスはあったのですが、

最大の希望であった、親密なタイ女性との出会いが、果たせなかった、

(そんな簡単には出会いないよ、というのは分かっていますが、一応何人かの候補者を立てていたのです・・・)、

むしろ、今後も、難しそうだなぁ、という感触を持って、帰国する、

とういうことで、ブルーなのです。


そして、インターネットを読んでいて、3つのあまり喜ばしくない、記事を読みました。

(1)タイに来て、1年以上も経つのに、タイ語をまったく話せないのは、バカ。

この記述には、がっくり来ました。確かにそうですよね。

そして、僕は全く、なにもタイ語が分からないのです。

(2) 3年目にして、ついにタイ食が嫌いになった、という方がいる。

この方は、最初、一所懸命タイ食を食べよう、好きになろう、と努力したのだそうですが、

ついに、タイ食は嫌いだ、ということを認め、今は日本食中心の生活に切り替え、不満・不安を解消した、と。

僕も、なんだか、この方のように、なりそうな、不穏な予感が、この記事を読んで浮かんできてしまいました。

こころの奥で、タイ食をすきになろうと無理している、それに疲れているのかと想像します。

今でも、僕は、屋台でタイ食は食べれません。

タイ食を食べるのは、誰かタイ女性とデートしているときだけです。


(3)ひそかに愛読していたブログの管理人さんが、タイからの撤退、日本帰国を決めた、という記事。

昨年後半からのアメリカ発金融システム崩壊からの世界不況の影響で、タイでの職業生活が継続できず、日本に帰国。

年齢は僕よりずっと若い方ですが、コンケーン出身の彼女(正式なお嫁さんだった)の居る方で、いつか、どこかで、意図的・偶然にあうこともあろうかなぁ、と思っていた方なのでした。


帰国の前、ぎりぎりまで、タイ女性とのデートを試みていました。

今年の2月から、何度かデートが実現そうになっては、すれ違いなどがあった、

シラチャの美容師さん(32歳)にも、先週の金曜日、会うことができました。

彼女は半日仕事を休んで、パタヤの「水上マーケット」や、スイスの風景を思わせる「レークビュー」、

などなど、観光案内してくれましたが、

なんとなく、心に灯りが点りません・・・。


ちょっと、デートも小休止して、考え直そう、という気分になっているので、

ブルーなのです。


森鴎外に、「妄想」という作品があります。

彼が、50歳のときの作品で、来し方の自分の精神史を小説仕立てにしたものです。

(ちなみに、夏目漱石は、49歳で亡くなっています)

鴎外も、終生、おのれとは何か、何のために生まれてきたのか、

ということを考えざるを得ないで、過ごしています。

(今回の訪タイにあったて、鴎外の一冊ものの全集を持ってきていました。

ヴィタ・セクスアリスから始まる、彼の精神の変遷、ロマンのいくつかを理解したいと思っていたのです)

50歳のときに書いたおのれの精神史に「妄想」という題しかつけられなかった、

無念では在るでしょうが、だからこそ、

真摯な作品だとおもいます。

そのなかに、

「死を怖れもせず、死にあこがれもせずに、

自分は人生の下り坂を下っていく」

という境地を語った、ことばがあります。

今までの、僕だったら、

鴎外さんよ、

「自分は人生の下り坂を、登っていく」

と言うんだけど、どう?

とでも言いたがる、強気なところがあるのですが、

今はブルーなので、

その気持ちが空回りしています。


森鴎外も、亡くなったのは、

ちょうど60歳の時でした。



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やってしまいました ①

バンカピのコンドは、各部屋の郵便受けが一階のエレベーターの前にあるのですが、

僕が入居して以来、僕の部屋に、他の部屋番号の郵便が入り込んでいるのが、

ほぼ毎日のように起こっています。

僕は、まちがいがあるごとに、正しい部屋番号の郵便受けに移してやるのですが、

もし不親切な住民がいて、そのままほったらかしにするとか、勝手に郵便物を開けて、

興味が無ければ捨てる、とかの事故が起きないとはいえず、

いつも不審に思っていました。

このクロンジャン・プレースは、隣に大きなクロンジャン郵便局があるのに、

お膝元でもこんな郵便事情なのかと、半ばあきれています。

そして、とうとうその日が来たのです!

昨日、午後1時、突然電気が切れました。

部屋の外をみると、廊下も灯りがついているし、どうやら僕の部屋だけらしい。。。

そして、部屋の入り口に、電気会社からの、電気供給差し止め(・・・らしい)のメモ・スリップがはさまれています。

コンドミニアムの管理事務所に行って、そのメモを見せ、何事かと相談すると、

英語はほとんど20%くらいしか通じていない様子なのですが、

ことは簡単で、電気代未納のために、電気が止まったんだ、

未納分を、ミンブリの電気会社のオフィスに行って支払わなければならない、

ということです。

僕は、未納、といっても請求書を貰っていない、

来た請求書に関しては、電話代、インターネット代、コンドの管理費と一緒に来た公共料金を支払った。。。
管理費といっしょに払った公共料金は、水道と電気だと思っていたが、そうではないのか?

ここいらから、全然話が通じていません。

もし、電気代も電話代と同じような請求書が来て、コンビミで支払いをする、というのであれば、

今後は管理費に含まれる、という誤解はしないけれども、

郵送されてくる請求書が、ただしく部屋に届けられる、という保障はあるのか?

毎日のように、間違った郵便物は間違った部屋のメールボックスに入っている事情を、

コンドミニアム全体の問題として、となりの郵便局へ改善要求をだしたらどうですか、

みたいなことを言ってみたけれど、

全然通じていないので、あきらめました。

そして、素直にミンブリへ、タクシーで100バーツの距離でした。

ちょうどバンカピからラチャダーまでの距離くらいに離れている電気会社のオフィスでした。

そこで、支払いを済ませ、

請求書は本当に発送されているか、確認してもらうと、出ている、と。

毎月5日ごろにに発送し、支払い期日が2週間で、大体20日前後、それを過ぎると、供給カットだということです。

僕は、来月は日本に帰っていて、20には戻ってこれない、

事前に支払う方法はないか、相談しましたが、

銀行振込みの手続きがある、ということだけ。

銀行振り込みは、いつまでこのコンドにいるか分からないので、キャンセルの手間が嫌に思い、申し込みはしませんでした。

結局、来月バンカピに来るときは、停電覚悟でこなければならないようです。

それにしても、郵便配達の質の悪さで、その被害を早くもあびることになりました。

ということは、

今後何度被害を受けるかわからない、ということ。

大事な連絡は、郵便ではできない、ということ。

ああ、不便。


やってしまいました その②

上の問題で、電気代をミンブリに支払いに行ったのが、午後2時すぎでした。

いつ復旧するか、訊ねると、夕方5時になる、ということです。

3時に部屋にもどってきましたが、

TVも見れない、エアコンどころか扇風機もダメ、なので外に出て過ごすよりしょうがありません。

そこで、近日中のゴルフのお誘いはなかったのですが、

運動のために、ゴルフの打ちっぱなしにいくことに決めました。


練習していると、

前の打席で練習中の年配のタイ人が話しかけてきました。

Can you speak Thai?

タイ語を話せるか、英語で聞いてきたので、最初から期待はしていなかったのでしょう・・・トホホですが、正解!

チャイさんという人で、自分は東京へ行ったことがある、

銀座はきれいなところだ、

しかし成田は遠い、

姪が日本人を結婚して日本にいる、

若いころ、「スキヤキ」の歌を自分でずいぶん歌っていたが、

去年、姪の夫から、あれは「上を向いて歩こう」という歌詞なのだ、と教わり、

タベモノの歌ではなかったのか、とびっくり仰天するとともに、

良い歌詞で、良い歌だと改めて思った、、、うんぬん・・・。

そして、彼が、このゴルフ練習所RAM76のクラブがあり、毎月一回、みんなでゴルフを楽しんでいるんだけれど、どうですか、一緒にやりませんか?

というのです。

ゴルフ練習所の壁に貼ってある、みんなで楽しんでいる写真を見せてくれたり・・・。

それじゃあ、ぜひ参加させてください。

というと、

ウェルカム、ウェルカム、

と言って、練習に来ていた、

そのクラブの会長さん(60代、どうもこのゴルフ練習所のオーナーでもあるらしい)、

ロイヤー(30代後半)、

お医者さん(50代)、

にも紹介されてしまいました。 

7月は、日本なので、8月から参加させてください、

と言うことになりましたが、

さてどうなることやら。

今日一日のチャイさんのご機嫌でそうなって、

忘れてしまうことかもしれません・・・。

とは良いながら、結構ゴルフが、身近のタイ人とも一緒に出来る、

ということは、うれしいことかもしれないのです。

そうこう思っていると、

これは、もっとゴルフに親しんでおかなくちゃ、

という気持ちが強くなってきました。

僕は、今まで、一人でゴルフをすることは好きではなくて、

タイに来てからも、誰かとご一緒にできる機会をずっと待っていて、

今月の9日、ついにウチャラポーンさんの「地獄のトーナメント」に呼んでもらって初ゴルフを楽しんだのでした。

このトーナメントは、月に一回のペースらしく、それも不定期なので、

他の機会も考えられたらいいなぁ、

と思っていたのでした。

それで、このRAM76クラブのことは、置いておいたとしても、

こころの踏ん切りがつきました。

今まで、閉じ込めていた、一人でプレーする、ということを解禁しようと思ったのです。

そして、とうとう、今日、

ユニコ・ゴルフ・クラブに行ってきてしまいました!!!

ユニコは、インターネットで(また僕のブログへのコメントでも)、

1.タクシーで行けて、
2.予約なしで、
3.一人で、

行けるゴルフ場として、知識はありました。

先日のウチャラポーンさんのゴルフ会に参加させてもらって、

タイのゴルフ場でのお作法を教えてもらっていたので、

(ロッカーとか、シャワー室とか、着替えとか、食べ物とか、キャディーさんへの心付けのタイミングとか・・・)

あとは一人で行ける状態になっていました。

ユニコまで、タクシーで70バーツ(ゴルフに行くときは、チップをはずんで100バーツになります)、

受付は、アメリカのパブリックのように、プロ・ショップで、申し込み・支払い。

ゴルフ・フィーとキャディ・フィー、1000バーツでおつりがきました。

一人で行ける、とは言いましたが、9時の到着でしたから、

タイ人(20代)と韓国人(60代)と回ることになりました。


考えましたが、一人で回るとしても、タイでは、個別のキャディーさんが付きます。

だから、キャディーさんと和気藹々やれば、孤独でなないわけです。

アメリカのコースで一人でプレーすることがありましたが、その時に感じた孤独感、味気なさは、感じなくてもすみます。

タイに住むロングステイヤーが、週に2回、3回、とゴルフに漬かる、という話を聞きますが、

かれらは、他にすることもなく、孤独さを忘れるために、ゴルフ場にやってきているんだろうな、

という感想をもちました。。。

そんな風には、

僕は、ならないだろう、と

願いながら・・・。


来週の火曜日には、日本帰国です。

先週土曜日の、赤いバラは、一週間しかもちませんでした。

明日は、シラチャーに行きます。

そして、土曜日は・・・・。

なんだか、やぶれかぶれ、みたいな・・・か?

月曜か、火曜(出発当日)は、もう一度、ユニコに行きます。
(もう、はまってる???)



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2,3日前に、とある小さな祠のある木の下で、女性が昼寝をしていました。

一度、そばを通り過ぎたのですが、

その女性が、あまりにもくつろいで、静かに休んでいる姿が、

なにか祠の仏さまに見守られているかのようで、

もどって、写真を撮らせてもらいました。

bkkroadwoman1
地面に吸い付くように眠っていました。

その日は、晴れた日で、地面からの熱は、むしろ強い日ではなかったか、と思います。

それでも、微動だにせず、まったくに安らかそうなのでした。

なにかの霊に抱かれているように・・・。


今日、たまたま同じ場所を通ったので、

どんな場所だったのか、確認しました。

(僕も、ちょっとしつこい、かも・・・)

bkkonroadwoman2
首と、腰と、足の3段、だんだらベッドでした。

一瞬、僕も横になって、

眠ってみようかなぁ、

と思ったのでした。



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マンションのベランダから、ぼんやり外を眺めています。

遠くに、不穏な雲の動きが見えます。

bangkapicloud20090620


でも、今日は、こちらには来ない様子。

僕の心境を映しているみたい・・・。


昨日は、デートの一部をバンカピ公園で過ごしました。

bangkapipark200906201
仲睦まじい二羽のすずめが、近くに寄ってきて、応援してくれました・・・まさか、ね。

bangkapipark200906202
茶色が濃いんですが、リスでしょうか。

bangkapipark200906203
すずめだけじゃ、ないんです。いろんな小鳥が楽しめます。


ランシットから来てくれた相手は、

中国系の、3代にわたるクリスチャンで、

故郷はLampangです。

クリスチャンですから(誰でもそうだとは言えないでしょうが)、

英語が自由に使えて、

今までの女性のなかで、もっとも会話のできた女性でした。

難点は(というか、心配は、というか)、

やはり年齢差、

でしょうか。。。

(相手が、僕を好むかどうかは、別に置いておきます)


タイ女性と、いろいろ交際しようと思うと、

経験も思いやりもある、成熟度の高い30歳以上の女性を求む、

という気持ちがある一方で、

タイ恋愛の手練手管を経験済みの熟女には、つい絡めとられそうで、

まだ純粋なこころを持っているだろうと、期待する、

もっと若い女性に目が行ってしまう、というのも事実です。

(今まで、ブログに対していただいたコメントでは、

若くても、悪女だ、手練手管を知っている男女関係のベテランだ、

という意見も多く、

若さ=純粋、と一直線には考えられないところも、理解しているつもりです)



そんなことを頭に浮かべていると、昔のことを思い出しました。

僕が、20代の半ば、初めて海外駐在で、カナダのトロントに赴任したときのことです。

70年代半ば、のことです。

そのころは、日本から、カナダに移住する、若者が多かった時代でした。

手に技術があれば、移住が容易に認められていた、と言う背景があったのでしょう。

僕は、企業の駐在員でしたが、

勤務は午後からで、夕方から半日は日本時間の午前中にあたり、

日本からの電話やテレタイプ(ファックスはまだ主流ではありませんでした)による問い合わせに対応する、

という仕事をしており、

夜の9時に仕事を終えてから、夕食を外で食べて、帰ります。

駐在手当てが豊かだったので、

夕食は、当時流行を見せ始めていた曲芸焼肉の「紅花」とか、

数は少ない、日本食レストランに、毎日通っていました。

そういう日本レストランで、夜働くボーイさんは、

たいてい昼は別の仕事をもっているとか、勉強している、日本の若者たちです。

そうして、そんな中から、

移住して、昼・夜働き、

将来はお店を持つとか、

車の修理工場を持つとか、

そんな夢を持つ、同年代の友人が出来ました。


山岸さん、という人に、一番親切に、いろいろ教えてもらいました。


彼の彼女を紹介されたときは、ほんとうに驚いたものです。

彼は、とっくに25歳以上なのですが、

恋人は、17歳の高校生、なのです。

それも、とびっきり可愛くて、学校の成績も良い、普通の家庭の女の子です。

普通の家庭、というのは、貧しくない、という意味ですが・・・。

びっくりした僕は、彼に、

どうしてこんな美人で、頭が良くて、まだ高校生が、恋人なんだ?

と訊いたものです。

彼いわく、

20歳以上は、もう大体ステディーが決まっていて、話もする機会もない。

高校生は、まだ、相手が決まってないから、ねらい目なのさ。

という答え。

赴任して半年たっても、ガールフレンドが出来ていなかった僕に、

女の子を紹介してやる、

ということになりました。

もちろん、彼の彼女の、友達です。

だから、17歳の高校生、だということになります。


その高校でダンス・パーティーがあり、彼女は今、相手がいなくて、

丁度、いいじゃぁないか、

ということになったのです。


ダンス・パーティーの日、僕は、きちんとした格好で、彼女に家に迎えに行きました。

(バラの花束は持っていきませんでした)


すると、両親が待ち構えているではありませんか!

パーティーに出掛ける前に、たっぷり1時間、身上調査をされてしまいました。

日本から来ているのか、

どんな仕事をしているのか、

それが終わったら日本に帰るのか、

それ以外は考えないのか、

うちの娘をどう思って、付き合おうとしているのか、、、。


その後、彼女とパーティー会場に行って、どうしたのか、

その記憶がまったくありません。

この身上調査の思い出の方は、強烈に残っています。

当時は、その彼女と10歳の違いもなかったのですが、、、。


僕は、踊ったのかなぁ、、、

今は、恥ずかしがり屋さんに身を落としてしまいましたが、

当時だったら、踊っていたかもしれません。


日本に帰って、数年して、山岸さんとの音信も絶えてしましました。

山岸さん、

いまごろどうしているんだろう。

カー・ディーラーのオーナーくらいに、

なっているのかなぁ。


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先日のブログに記事で、土曜日はデートです、と宣言しました。

そんなことをわざわざ書くのは、

読者の方の、興味を引きたいため、と思われるでしょうが、

そうではなく、

基本的には、このブルグは僕自身の備忘録のために書いているので、

このデートにかける自分自身の期待、思いの深さを、

表しているとお考えください。


その18日の記事に対して、

ウチャラポーンさんから、親切にも、バラの花を贈ったらどうか、

というアドバイスがありました。


バレンタイン・デーの日には、

日本では、女性から男性へ、チョコレートを贈る、という習慣ですが、

タイでは、男性から女性へ、バラの花を贈る、ということは聞いていました。


それにも増して、

タイ人との恋愛についてもコンサルができるほど経験と知識の豊富なウチャラポーンさんが、

タイ人は、赤いバラは愛している人に贈るもの、と信じているんですよ、

と言うのであれば、

これは準備しないわけには行きません。


僕は、変人では決してなく、

人の信じることは、信じて実行したい、という普通の人ですので、

昨日は、バンカピのどこでバラの花が調達できるか、調査しておきました。


少し歩いて、お花屋さんはあちこちにあるだろう、という予想は違って、

なかなか街中に見つけることができません。

男性から女性に贈る、ちょっとした具合を整えてくれる、そんなお花屋さんです。

それでも、ザ・モールの中に、一軒みつけました。


今日の約束は、早く来れるなら、なるべく早い時間に会いましょう、

としていたので、

今朝になって、10時までには、ランシットからバンカピに行ける、

という連絡がありました。

それで、バラの花を買う、時間の余裕を持って、9時半にはモールに行きましたが、

なんとモールは、土・日と、10時からの開店で、着いた時には閉まっていて、

ちょっとあせりましたが、

10時開店と同時に、速攻でバラを求めて、

約束の場所へ。


めでたく、バラの花を喜んでくれました。

ranshitlady1
大事に持って帰ってくれたようです。


お茶を飲み、

ランチを食べ、

バンカピ公園で、毛布を敷いて座って、

4時までには、ランシットに帰りたい、という予定を話していたので、

3時まで、

沢山の話をしました。


さて、バラの効果は、

この先、

現れてくれるでしょうか?


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前にも書いていますが、マンションから正面足下にみえるセリタイ団地通りでは、木曜日にナイト・マーケットが開かれます。

バンカピに引越して、最初に描いてみた希望は、

同棲するほどの中のタイ女性と出会い、

二人でこのナイト・マーケットを楽しみたい、

というものでした。

それからというもの、なんと木曜日のやってくることが早いことか・・・。

なんの進展もみないままに、もう一週間が過ぎ、また木曜日。

そして、夜ともなれば、煌々と輝くマーケットの明かりと、あやしげなタイ音楽の音色に、

僕のさびしさと、

タイ女性に巡り合えないはかなさが、

ますますに、つのるのです。。。


なんとか、しなきゃ。

と言って、誰でも良いと、こればかりは言えないので。

ここは、がまん、がまん、

なのでしょうか。


先週の金曜日にチャットしました。

タイ女性N : Is Japan beautiful?    (日本は美しい?)

僕B : I think so. (そう、思う)

N: Please tell me more. (もっと話して)

B: Japan has four seasons, clearly distingushed.

         (日本にははっきり違う4つの季節がある)

N: So. (それで)

B: Each season has different beautiful flowers and festivals.

         (それぞれの四季には、それぞれの美しい花とお祭りがある)

Japan is very rich of mountains, rivers, trees, beaches,,with all flowers.

         (日本では山と川と緑と海がお花で一杯なんです)

N: I like folwers very much.  (わたし、お花、大好き)


ここで、何故か僕は、大分前に読んだ武田泰淳の「富士日記」の一文を思い出します。

「なぜサクラ、その他の花が、地球上に存在するのかということは、なぜ人間が地球上に棲息しているのかというぐらい、ふしぎなことである」(昭和45年5月八日)


B: Why are all flowers in the world so beautiful?.....Nobody knows.

(世界中の花、どうして美しいんだろうね、、、誰もそのわけを知らない。

N: Flowers are beautiful.  (お花は美しいわ)

B: Maybe flowers are Smiles of GOD for the world.. (きっと神様の微笑み、なんだね)


相手が、クリスチャンであることを知っていて、そう言ってみました。

これが、痛く相手を感心させて、

あなたの言うことは面白い、

ということになり、

今度の土曜日にデートすることになっています。

ドンムアンからバンカピまで来てくれることになりました。


実は、この土曜日は、

アユタヤの、ある女性ペンパルの誕生日であり、

彼女のアパートの前まで、来てくれないか、

と言われているデートがあったのです。

コラートから移ったばかりで、自分もアユタヤを良く知らないので、

とにかくアパートまで来て、それからどこかへ出かけましょう。

彼女は英語が出来なくて、誰か友達に翻訳してもらっては、メールのやり取りをしていました。

誕生日に、会う、ということは、他には男友達は居ない、ということで、

こころ動くものもあったのですが。。。


お花の彼女とのデートを選ぶことにしました。

こういう風に始まった出会い、

うまくいかないかなぁ。。。


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武田百合子の「富士日記」を読んでいて、こういう文章に出会い、立ち止まってしまいました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昭和41年七月二十五日(月)晴れ

あまり忙しそうなので、いつぞやいた女事務員は辞めたのかと訊くと、
<今年の一月二日に三ッ峠入り口の街道で小学五年の子供を車でひいたので、そんなこんなで辞めた>
という。
おじさんがそのてんまつを話す。
「保険金が百万下りて、スタンドで(お店で・・・管理人記)三十万、娘の家で三十万出して、百六十万払った。
死んだ子供はてんかん持ちで、その子がいるために、その家はひどく貧乏していたが、百六十万入ったので、入った次の日から茶碗も新しくして、襖なんども張り替えた。
親も村の衆も『大きな声じゃいえねえだが、あの子は親孝行もんだ。
いいときに死んでくれて、金まで入れてくれた』と言っている。
はじめ、百六十万持って行くと、二百万だといっていたが、現金を目に前に見たら、やっぱり百六十万で手を打っただ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

てんかんだった、というその子の人生とは、どんな意味があったのだろう・・・。

その子は、親に迷惑をかけることを止めることができ、親にお金を残すことも出来て、死の瞬間は幸せだったのか・・・。

てんかんの子を持ち、世間からつまはじきのようにされ、貧しさに追い込まれる家族になる、というのは、どういう社会なのか・・・。

「All men are created equal」という言葉が無力に響きます・・・。
.

もちろん、この文章を読んで思い出したのは、柳田國男の「山の人生」です。

柳田民俗学の出発点ともいえる「山の人生」には、

「山に埋もれたる人生あること」、という一節ががあります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今では記憶している者が、私のほかには一人もあるまい。

 三十年あまり前、世間のひどく不景気であった年に、西美濃の山の中で炭を焼く五十ばかりの男が、子供を二人までまさかりできり殺したことがあった。

 女房はとくに死んで、あとには十三になる男の子が一人あった。そこへどうした事情であったか、同じ歳くらいの小娘を貰って来て、山の炭焼小屋で一緒に育てていた。その子たちの名前はもう忘れてしまった。

 なんとしても炭は売れず、なんど里に降りても、いつも一合の米も手に入らなかった。最後の日にも空手で戻って来て、飢えきっている小さい者の顔をみるのがつらさに、すっと小屋の奥に入って昼寝をしてしまった。

 眼がさめてみると、小屋の口いっぱいに夕日がさしていた。秋の末のことであったという。二人の子供がその日当たりの処にしゃがんで、しきりに何かをしているので、傍へ行ってみたら一生懸命に仕事に使う斧を磨いていた。

 おとう、これでわしたちを殺してくれといったそうである。そうして入り口の木材を枕にして、二人ながら仰向けに寝たそうである。それを見るとくらくらして、前後の考えもなく二人の首を打ち落としてしまった。それで自分は死ぬことができなくて、やがて捕らえられて牢に入れられた。

 この親爺がもう六十近くなってから、特赦を受けて世の中へ出てきたのである。そうしてそれからどうなったか、すぐにまたわからなくなってしまった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さまざまな人生を思うとき、

さまざまな事件に出会うとき、

時にこの一節が頭を過ぎります。

関係ないように感じられるかもしれないですが、

その時に思うのは、

だから、この人生を、無駄に過ごしてはいけない、

そのことなのです。



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木曜日から4日間、ブログの更新を出来ないでいましたので、

またどこかへ、バスの旅にでも出かけているのでは、

と思われた方もおられるかもしれません。。。

まさか、

そんなことを思うほど、ブログの管理人の動向など気にしてなんかいないよ、

というところでしょうか。


実のところ、バス旅などはせずに、バンコク、バンカピにこもっています。

日本に帰国する予定日を決めてしまい、

あと2週間ともなると、

どうしても、これまでのタイ生活を反省の目で見て、

新たに気持ちを持ち直してみよう、という気になります。


今回のタイ滞在で、

リタイヤメント・ビザの取得、

住み場所の変更(引越し)、

タイで初めてのゴルフ、

など、支えてくれる人のおかげを受けながら、実行できてきました。

しかし、最重要の課題である、同棲するくらいに思うタイ女性との出会いを、現実することが、出来ていない、状態がくやしいのです。

まぁ、もっとも難題ではあることは、自明なのですが。


3月に掲げていた候補者のうち、

本命のルーイの女性は、結局相性が合わない、と分かり、

パホン・ヨーティン(パヤオ)の女性は、

10日ほど前に、バンカピの部屋を訪問して、

その後、女友達とパヤオに一時帰る、と言っていたのですが、

どうやらパヤオには帰らず、

今までの控えめ・消極的だった態度を豹変させて、

一緒に暮らしたい、

と積極的になりすぎることが、

気にいらないのです。

今まで、消極的で、腕を組んで一緒に歩いたことも、キスもしたことが無いのに、

あなたの部屋を見て、一人暮らしだったことが分かったから、

というだけの言い分で、すぐに同棲したい、と言い出すので、

不審な気持ちがおきてしまいます。

腕にイレズミがあったり、

18ヶ月の一人娘の写真も見せてくれたのですが、

子供がいること自体は僕にとって相手としての障害にはならないとは言え、

その写真でみるかぎり、

その娘が、あまり可愛いい顔をしていないのです。


音信普通だったユイからは、メールが来て、

良い友達でいましょう、

ということになり、ホッとしたり、

ウドンとかウボンを訪問して出あった女性とは、

メール友達のレベルに戻ってコミュニケーションは続いていますが、


マイナー・トーンに落ちて、

同棲する、と言う気持ちからは遠い状態です。


候補者、すべて全滅、という悲観的感じの状況に加えて、

Uさんからは、タイ・ラブリンクを覗いてみたけれど、

プロが沢山混じっている、

ネットで探すのは止めたらいいのではないか、

というアドバイスを受けたり、


僕が申し込みのメールを送っていたある女性からの返信があり、

見るとそれは、彼女の彼からの、メールで、

こんなことを言うのです、

「わたしの名前はニコルです。35歳のスイス人です。
このタイ女性のフィアンセで、先週スイスから戻ってみると、わたしのパソコンを使って、ウェブ・サイトのメンバーになり、何人もの相手とやり取りしているのを発見しました。
彼女とわたしはお互いの両親にも会って、了解されている婚約者関係です。
わたしとの間になんら不満や不足はないはずなのに、それでもタイ女性は、もっともっとと求めて、きりがありません。
彼女のことは信じないでください。
交際している人は、止めてください。
タイ女は本当に信用できません。
あなたも十分気をつけてください」

お前も言うか、という、かなり、げんなりさせてくれた、変なメールでした。

そうは言っても、ロマンチックな僕としては、ネットでの出会いにもリアルな良い出会いがあるはずだ、という思いをまだ捨てることができません。

まぁ、職場で出会ったり、風俗に出かけたりすることのない僕とっては、ネットでの出会いが、ある意味で現実的である、

と思っているわけです。

買い物や食事に出かけて、お店に女性や、通りすがりの女性に声をかける、ということはかなり無理があります。

相手が、どんな人かある程度知るまでの道のりが大変。

それに比べれば、偽者が多く混じっているとは言え、タイ・ラブリンクなどは、プロフィールもある程度良く書かれていて、とにかく相手も恋人募集中であることは分かるので、声をかけやすい。

ということで、

バンカピにこもりながら、帰国までの3週間を、

バンカピに近いところに住んでいる女性を中心に、バンコク在住の相手を特に選んで、申し込みをすることにしよう、

と考えました。

一人の女性は、バンカピに職場がある関係で、

5時に仕事を終わる場合、6時には待ち合わせが出来るので、

もう4回も会いました。

大学の学位を、マーケティング、法律の2つを取得していて、

今は、3つ目のインターナショナル・ビジネス・アドミニストレーションを学んでいる、

BUSINESS:FINANCE:INVESTMENT 関連の職場に就いている、

南部タイ出身の女性です。

僕とは、英語の練習パートナーのつもりで、会っているのかも知れませんが・・・。

女性の印象というのは面白いですね。

職場に通う服装で会っているときは、なんだかふっくら見えて、大きく感じるのですが、

土曜日にカジュアルな格好で会ったときは、きりりと締まった身体で、小柄にさえ見えたり・・・します。



そうこうしている中、ショックなことが起こってしまいました。

携帯電話を紛失してしまったのです!

3月は、クレジット・カードを紛失し、

今度は、携帯電話です!

彼女と会う時に、電話で連絡しあって、会う場所を確認したのが、最後に電話器を手にした記憶はあるのです。

その後は、バッグの携帯電話のポケットに、いつも必ず入れることにしています。

部屋に帰ってみると、そのポケットに、電話器がない。

ポケットに入れようとして、入れそこない、落とした、

としか考えられないのですが、

落としたときに、気が付かない、

ということにショックを受けているわけです。

いよいよ、老人力パワーが強くなってきたのか・・・。


この携帯電話は、一番始めにバンコクに来たときに、ある女性に頼んで、

とにかく電話と携帯メールができるだけのシンプルで、安いものを選んでもらったものです。

最近、どうも電話の音声が雑音が多すぎて聞きにくくなっていました。

何度も落としたりしているので、壊れ始めているのか、と感じていて、

いずれ近々、買い換えようと、と思っていたところでした。

携帯電話がないと、なにも出来ないので、とにかく買いにザ・モール・バンカピに出かけました。

今回も、電話機能とケイタイ・メール機能があること、それに旅行中に使う、インターネット接続用のモデムが着いているもの、という選択条件です。

このインターネット接続、というのが、ショッピング・モール内に数多く並んでいる、小さなお店では、ほとんど理解してもらえない、分かっても詳しい説明が出来ない、という状態です。

ザ・モールには4階にモバイル・ランドというスペースが在って、大きな専門店が何軒かあります。

ここで、完璧に、理解してもらい、十分な説明も受け、購入しました。

新しい電話番号も、いくつかの候補の中から、選択できました。

SIMカードというのが、電話器を買うときに付いてくるのですが、お店が何枚か持っていて、その中から好きな番号を選ぶことができるのです。


古い電話器のなかに、今まで知り合った人の電話番号が入っているのですが、それがすべて失われて、

これからまた、すべて入力し直しですが、当然覚えていませんし、紙に書き置いてもいないので、

古いメールを探しては入力することになりそうです。

それでも、緊急に入れておきたい、

また、電話を紛失し、新しい電話番号を直ぐに知らせておきたい人が、

何人かいますので、

その処理をしました。

昨日、日曜日の午後5時です。


貴重な日曜日を、この電話器紛失のために、デートもできないで、静かに過ごすことになりそうでした。

すると、電話が鳴りました。

登録されていない番号です、というタグがついています。

誰?

なにやら元気な女性です。

今どこに住んでるの、バンカピなの、いつ引っ越したの、最近なのね、

バンカピ・モールしってるでしょ、毎日通っているから、いつでも、会いましょう。

僕は、相手が、最初に名前を名乗っているはずですが、聞き損ねています。

相手が、だれやら確認できないまま、

今日は、どう?今日は、なにもすることが無い午後なんだけど・・・。

いいわ、今まだ仕事中だけど、7時半だったら、モールで会える・・・、、、仕事帰りで、オフィスで働いているのはないので、ビューティフルに見えないけど・・・。

分かってる、大丈夫、気にしないで。。。

ということで、デートの約束が急遽成立。

ところが、どうも相手が分からない。

何人もの人に、新しい電話番号を教えたわけではないので、

誰に送ったか、何度も思い出してみようとしました。

考えられるのは、ずいぶん前からメール交際をしていて、まだ一度も会ったことのない、シラチャの美容師さん。

彼女なら、前にラチャダに住んでいたことを知っているので、バンカピに引越したことはニュースで会話は分かる、、、彼女が職場をシラチャからバンコクのどこかに移したのか、、、可能性はある・・・。

もうひとりは、日本の製造業の会社に勤めてる女性。

日本人の上司や、日本人従業員に、面白い感想をもっていて、会って話してみたくて、6月末に帰国する前に会えるよう、依頼していた女性です。

オフィスで働いてない、住んでいるところが、僕にはまだ正確に分かっていないのですが、このバンカピを通る、という可能性があるかもしれない・・・。

それ以外の女性は、どうしても思いつかないのでした。

さて、7時半、ザ・モール・バンカピ。

彼女は来ません。

電話が入り、渋滞だとか、お客が遅くきて製品をもう一度なんとか、話すのですが、よく分からない。

とにかく、7時半には来れないので、食事がまだだったら一人で済ませてくれ、ということになります。

なにか、誰かにからかわれているのか、と思ったりしながら、

一人で、食事。

8時半に食事を終え、モールの中をぶらぶらしながら、9時まで連絡がなかったら、帰っちゃおう、と決めていました。

すると、8時45分に電話があり、

いま、パーキングに車を入れたところだ、と言います。

そして、やって来た彼女をみると、???

見たことも無い女性。

シラチャの女性は美容師さんで、いくら仕事帰りのラフな、疲れた顔だとしても、もうちょっと服装などに気が届いているはず・・・。

この人は、Tシャツにジーンズで、ぺったんこのサンダル履きだ。

日本企業に勤める女性だとしたら、一枚の写真しか見ていないのだけれど、胸がむちむちしてる女性のはずで(これも、僕が彼女の日本人観を聞きたい、と思っていた理由のひとつ、なんですが・・・関係ないか。。。)、

この人は、ひらべったい顔に、胸はぺちゃんこなのです。

???

バンカピのテナント・ショプは10時に閉店する様子で、9時も過ぎると閉店の準備が目立ち始まります。

あまり時間がないけど、とりあえず30分くらいは話しましょう、

と言って、コーヒー・ショップにでも入ろうとすると、マクナルドの方がいい、と言います。

マクドナルドで、彼女はポテト・チップとコーラ、僕はコーラだけ、

注文して、座るけれども、まだ、思い出せません。

それで、まず、職場はどこなの、という話から入り、相手の身上調書を・・・。

時間が無いので、もう危険な作戦、

発音の仕方が分からないから、あなたの名前をここに書いて、発音してみて、

といってペンと紙を彼女の前に差出しました。


そこに書かれた名前。

思い出せば、なんと、僕が、一番最初に、新しい電話番号をケイタイ・メールで知らせた相手ではありませんか!

彼女の電話番号だけは、PCメールで確認し、携帯登録してあるのでしたが、

彼女が実際かけてきたのは、違う電話からなので、

登録されていない番号です、

というメッセージがでたのでした!


それにしても、タイ・ラブリンクのプロフィールでの写真と、実際の彼女との、イメージの差が大きすぎる・・・。

彼女は、チャットしているとき、あまり自分のことを始めから話して相手に知らせないほうがいいわよ、タイ女性には悪い子が多いから、

ということを言って、印象に残っていた女性なのです。

最近もメールをもらっていて、日本に帰国する前に一度あっておきたい、と思っていた女性です。

それにしても、彼女にも、新しい電話番号を知らせていたことが、どうしても思い出せませんでした。

携帯電話器を落としたり、登録者を忘れたり、、、

老人力が高まってきていることを、深々と考えさせられる、

昨日、今日、なのでした。

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本を持って、バンカピ公園に散歩にでかけようと思っていると、雨です。

bangkapirain1
この1分後、雷鳴とともに、スコールが降り出しました。

バンコクでは、ここのところ、お昼ごろから夕刻にかけて、

かならず一度は雨が降ります。


散歩を中止して、ブログを書いてます。

昨日は、Uさんに誘われて、

タイで初めての、ゴルフ経験をすることができた、記念すべき日でした。

そもそも、タイに来ようと思ったのは、

ロングステイから、新たな生涯の生活の場、というものを願ってのことでしたが、

ゴルフを楽しむ、ということも、

タイの魅力のひとつであってのことでした。

それが、タイに来ようと決めたころから、

ほぼ2年間、

ビザのこととか、部屋のこととか、あちこちとタイをバスで行き来するとか、

そんなことで一杯で、

まるでゴルフ・コースからは遠ざかっていたのでした。

ゴルフが好きでタイに来たのになぁ、と、

部屋の片隅に置かれた日本から持ってきたゴルフ・セットを見ながら、

恨めしい思いにかられたり・・・。


それが、昨日、晴れてタイでのゴルフ・デビューです。

Uさん、Fさん、Gさん、

ありがとうございました。


わきあいあいで、愉快に(騒々しいくらいに)、楽しくゴルフを楽しみました。

どんな服装で、どんなエチケットで、タイではゴルフをするのか、

なんにも分からないまま、

多少落ち着かないままに、始まりましたが、

案の定、スコアの大波となり、

ゴルフをやっている気分になってきました。

和気あいあい、とはいえ、

1年間トーナメントだそうで、

敗者には、廃人になってしまうような過酷な罰ゲームが待っているので、

ちらり、ちらりと心理戦の駆け引きなども、行われ、

なかなかの、見ものですよ。

Uさんは、彼女を連れて、一緒に18ホール回り、

一日中、人一番、楽しそうでした。

(仕事の電話をしながらの、プレーでしたが・・・)

1時スタートで、6時ホール・アウト。

途中、2回、小休止。

僕は 缶ビールでエネルギー補給しました。


nasavegas
車の無い僕をピックアップしてもらうためにUさんと待ち合わせた、NASA VEGASホテル。
バンカピから20-30分で、分かりやす場所で、助かりました。
ラムカムヘン地区では有名な格安ホテルらしく、一泊690バーツ。
サービス・アパートメント、一ヶ月4000バーツ。

presidentgc3
プレジデント North/East レイアウト  池とバンカーの多い、簡単なコースではないようです。

presidentgc4
今日のキャデーさんは、最高でした。
打数とパット数を分けて記入してくれています。(自分でも、こんなスコア・カードをつけたことはありません)
5ホール目は、ティーショットが、右の林に浅く入って、ロスト・ボール。
キャデーさんは、このホールだけ、僕のティー・ショットを確認しておらず、ついに見つかりませんでした。
プレー仲間は、いいですよ、ロストにしないで・・・、パーでいいですぅ、、、とやさしく言ってくれたのですが、
このキャデーさんは、自分にちょっと落ち度がある(と感じていながら)、スコア・ブックには、NO BALLと書いてあり、ダブル・ボギーになっていました。

presidentgc5
上がりの9ホールのスコアのつけ方がちょっと変わります。
僕が、久しぶりのゴルフから(ビールの効き目もあって)慣れて、安定してきたと思ったのでしょう、
オーバー・パーのカウントだけを記入しています。
16ホール目は、最悪でしたが、その僕の気持ちを察したコメント、NO GOOD と書きたかったのか、
Oh God 、と書きたかったのか、記入してあるのが楽しめます。


presidentgc1
暮れなずむ、プレジデントGCの18番ホール。
今日も一日、楽しんでくれましたか?
と問いかけてくれているようです・・・。



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武田百合子さんの「富士日記」を読んでいると、

富士山ろく別荘生活の日常を綴っていて、

ほとんどの記述が、季節の移り行きを感じさせる内容になります。

自然を描写しようが、食べ物のことを書こうが、自然に季節感が表現されることになります。


「からまつの芽が日に日に緑になってくる。

このつぎ、来るころは、丁度一番、からまつの芽立ちの美しいころだ」


タイには、もちろん日本ほどの季節の移り変わりはないけれども、

季節感がないわけではない。

上の文章を読んで、思ったのは、

タイ人が季節感を感じるのは、どんな事からなのだろうか、と。

今がそうですが、

沢山の果物が、一斉に出並びはじめることで、季節感を感じる人は多いのでしょうね。


また、

イサーンをバス旅行していると、

乾季には干上がって、からからの土地と枯れて倒れそうな木々にしか見えない、

道路沿いの風景も、

今頃は、同じ土地かと思うくらいに、緑が多くなっていることに気が付きます。


ゆっくりイサーンにでも住んで、

日々の生活を記述していけば、

「富士日記」のように、それはそれで、季節感いっぱいの内容になるかもしれません。。。



「うちの桜は、夕方、陽が落ちるまで一杯に射している場所のが、一番桃色になっている」

という文章を読んで、

西陽の効用というものが、ここにもあったか、と思いました。

今住んでいるバンカピの部屋が、西向きなので、

西陽が強くてかなわん、ということにならないか、

心配していたものでした。

実際のところは、それほど気になるほど暑くは無く(5月からの入居)、

結構、西陽に暮れなずむ風景など、情緒たっぷりで、

ほとんど心配は、杞憂でした。


バス旅行などあわただしくしていたので、

少しは、バンカピにこもろうか、とも思うのですが、

(今でも、バンカピのモールになじみが薄くて、幾たびの迷っています)

やはり、出歩いてしまいます。

その足として、利用することにも慣れてきたサン・セーブ運河のボートについて、

書き留めておこうと思います。


ssboat1
乗る場所で最高なのが、最前列の左右の席、ボート操縦者(運転手)の真横に座ることです。
水しぶきもこの場所が一番被害にあわない様に思いますし、
景色を楽しむことが出来ます。
他の席で、景色をみようと、上を見上げてポカンと口でもあけていると、汚水のしぶきが口の中に入ります!
最初のうちは、この席に座る勇気がなかったものですが、今は平気になりました。
年寄りは、ここには座りません(微笑)。

ssboat2
操縦パネル。左のミニ扇風機は、運転者に風を送ります、その風をちゃっかりいただき、も出来るかな。。。

ssboat3
こんな感じでまわりが見えます。
うしろの普通の座席に座ると、みずしぶき避けのビニールの被いで、外の景色を観賞することは出来ません。

ssboat4
左上に見える、黄色いはしけのように見えるのは、実は渡し舟、です。
人が、立って、渡ります。
見ていて風情があります。

ssboat5
ラムカムヘン大学さんばしヘ、到着するところ・・・。

ssboat6
都心を離れるほどに、川幅は広くなります。

ssboat7
前方の木々の後ろにみえるオレンジ色の建物がモール・バンカピです。
けっこうデカイです。

ssboat8
人々が降りる準備態勢をとっているところ。
舟の天井のロープを片手につかんで、エイッとばかり桟橋に飛び移ります。
まごまごしているわけには行きません。
たまに、運河に落ちる人も出るとか・・・。

ssboat9
そして、クロンチャン・プレースが見えてきました。

最近では、ボートに乗って、

居眠りができるようにまで、

慣れてきました。


慣れたからではなく、

単に疲れているから、

でしょうか?


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貴重なコメントをいただいたまま、返信できずにいましたが、

今日、すべてにお応えを書くことが出来ました。

2時間もかかりましたので、今日は本文の記事はありませんが、

ぜひコメントとその返信をお読みいただければ、

と思います。


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ホア・ヒンに行くには、バンコクの南バス・ターミナルに行き、そこからバスに乗るしかない。

その南バス・ターミナルが、実に遠いところにあるので、ホア・ヒンに足を運ぶことが出来ないでいました。

ところが、ひょんなことから、アヌサワリー(ビクトリー・モニュメント)からミニ・バンが出ているよ、という話が入ってきたのです。

それで、インターネットで調べると、あります、あります。

2時間半、200バーツ。

パタヤには、何度か出向いたことがありますので、比較する意味でも、一度は行ってみたい、

と思っていました。

そこで、早速、実行。

ミニ・バン(ミニ・バス)の発着場所ですが、この記述が、インターネットでも実にあいまい。

アヌサワリーの(数多い)バスの停留場のどこかにある、

なんて感じなのです。

中で、一番くわしい書き方をしていたのが、

「南西角のラチャウィティー病院の前、13番乗り場」

というのがありましたが、13番乗り場、なんてありません。

また、アヌサワリーに行って、そこで、訊けばいい、という指示もありますが、

タイ人にものを訊ねる、まずらわしさを、覚悟しなければなりません。

まぁ、僕は、13番乗り場、やらが見つからなかったので、タイ人に訊くことになりました。

訊くと、かならず何かを教えてくれますが、

行ってみると、そんなものはない、

ということを2度、3度繰り返しているうちに、

買い物帰りの中年の女性に訊くと、この女性も知らなかったのですが、

こんどは僕の代わりにこの方が、タイ人に訊いてくれて、

指示された場所まで、横断陸橋をわたって一緒に行ってくれ、

またそこでも違っていると、さらに訊いてくれ、

とうとう、バスの切符売り場を確認できるまで、助けてくれました。

その間、15分ほどでしたが、ずいぶんと一緒に歩いてくれて、

感謝、感激でした。


ここです、みなさん!

BTS ビクトリー・モニュメントのそばのシネマ・コンプレックスの脇、です。

huahinminivan1
ちょっと見にく角度の写真になってしまいましたが、でっかい映画館です。

huahinminivan2
切符売り場と、待機しているミニ・バン。
乗客がいっぱいになり次第、出発するようですが、大体30分~1時間おきには、出ているようです。


あとは、フォト日記ふうに。。。

huahinhilton
ホア・ヒン ビーチのシンボル?ヒルトン リゾート&スパ
チェックイン・カウンターに行き、空いてる部屋を訊ねると、特別価格を提供しましょう、と言われて、4000バーツでした。(僕が、泊まった、と思いますか?)

huahnseafoodhilton
シーフード・レストラン街からヒルトンを眺める。

huahinfatcat
こちらが、僕がどうどう泊まったFAT CAT ゲスト・ハウス。
海が見える部屋で、900バーツ、でした。

huahinfatcatseafoodrest
それでもシーフード・レストラン街の真ん中にあるんです。

huahinseawalk1
シーフードレストラン街の端から、海に突き出した、桟橋ウオーク。
こういうのを見ると、歩いてみずには居られません。

huahinseawalk2
パタヤのとは、大分赴きが違う、ようで。
傷心旅行には、ぴったり、で。

huahinseawalk3
まるっきり、ただの漁村、ふう・・・。

huahinseawalk4
こういう風景に、哀愁を感じてしまうのでした。

huahinseaparty1
ふいに、声をかけられました。
地元で働く女性たちでした。
Annに Peに Koy。
音楽をかけ、なにやら、にぎやか。

huahinseaparty2
今日は、Peの誕生日、だそうで、こうして食べ物、飲み物を買ってきて、桟橋に座って祝っているのです。
赤ワインを取り出して、紙コップに注ぎ、お前さんも飲みねぇ、一緒に祝っておくんなせぇ、という調子でした。
へんなものが入っていて、みぐるみはがされるか、と一瞬思いましたが、まさか。。。

huahinseaparty3
そこで僕も、しばし、彼女たちのお酒のさかなに、なってあげました。
あとで、写真を送るよ、と約束。
(昨日、送付しました)

huahinseaview
東山画伯ふうに、山並みが、おぼろな色に変化をみせて、美しい、ホア・ヒンの夕暮れ、でした。

翌日、

朝早く、

バンコクに戻りました。


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バンカピのマンションの部屋から、セリタイ団地通りを見ていると、

なにやら今日は、活気付いています。

木曜日、恒例のナイト・マーケットの日なのです。

これで何度目のマーケットの夜か、数えてみると、

ここに引っ越して、もう一ヶ月がたったことになるんです。

恋人とマーケットのの夜店をからかいながら、

屋台で夕食を食べ、

夜が更けるまで飲んで、

帰る、

そんな日が早く来ることを望んでいるんですが・・・。

なかなか、実現しそうにないまま、

今日はアソークのタイムズ・スクエアまで出かけ、

日本帰国のチケットを購入して来ました。




破局は、実に簡単にやってきました。


MAYの実際の家族構成は、子供二人で、ごく普通であり、

親類がコン・ケーンに多いことは、ウボン近くに住むことが厭な場合、

選択肢が多くなって、良いことだと思いました。

彼女も、大学を卒業するまではウボンに居るが、結婚後は、どこに住んでも構わない、と言います。

タイでは、親と将来一緒に住むのは、妹の方、と聞いたこともあり、うなずけます。

これで、僕の、もっとも大きな疑問符で包まれていた複雑な家族の問題は、解消したわけですが、

なぜこんなことを知るのに、こんなにも時間と労力を要するのか、疲れてしまうなぁ、

という思いも強くなります。

彼女のコン・ケーンの親類、また母親系のウボンの親類、それらの家族との付き合い、まぁ、今はイメージくらいでいいわけですが、とても彼女から聞ける様子ではありません。

どんなことをしている親類が居るのか、多くは農家なのか、付き合いは頻繁なのか、などなど・・・。

ウボンの実家を訪れたときもそうでしたが、

自分から、町のことを僕に教えよう、知ってもらおう、見せてあげよう、

そういう気持ちがまったくなくて、

いつまでも、リビングで、TVを見、取りとめのない会話をしているだけなのでした。


話が一段落したので、もう2時にも近いし、

ランチでも食べに、モール・バンカピに行ってみよう、

と言いますと、

暑いから嫌、

とまた同じことを言います。

お腹が空いたし、何か食べないといけないから、じゃ、前の団地通りに行ってみよう、

とにかく、ちょっと外に出よう。

僕としては、団地通りの屋台食堂で、

軽いタイ料理を一緒に食べて、教えて欲しい、

そういう気持ちがあります。

そうやって、思い出を作り、僕のタイ生活も豊かになっていく、

そういう願いです。

ところが、これにも、

MAYはお腹が空いていないから、外には出たくない、

という返事。

彼女は、朝から、なにも食べていません。

僕は、モーチットへの出掛けにパンと牛乳、

部屋のもどって果物を少し食べていますが、それでも、空腹です。

僕が、お腹が空いた、と言っても、僕の気持ちを考えて、行動しよう、という気があまりない。

親に、大事にされすぎて、わがままなのか・・・。

とにかく、もう少し、夕方近くになれば、いくらなんでも外に出て、食事をしたくなるだろう。。。

じゃ、本当に、少し眠るといいよ、

と言って、彼女を寝室でひとりになります。


3、40分ほどすると、彼女が寝室から出てきます。

眠れたの?

少し、だけ。

少し、でも眠れたんだね?

うん、、、。ねぇ、GOLDを買ってくれると約束して。

GOLD?

だから、どんな時期にどんなGOLDを買ってあげるものか、まだ分かってないから、急に言われても、困るなぁ。
まだ、そんな関係じゃ、ないと思うけれどねぇ。

なんでもいいのよ。

僕は、一人で、初めてのバンコクに来た、というそのことに重要さを認めていたので、何か記念に買ってあげることは、考えていました。

GOLDと言っても、リングとか、腕輪とか、ネックレス、とかあるでしょ。
何が欲しいの?

ネックレス。

それじゃ、何か探してみよう。

ネックレスが一番重量がありそうなもののようにも思えましたが、

細い金の鎖もあるだろう、

という気持ちで、そう言いました。

そう言うと、MAYの顔が、大任を果たした、というか、安心した、というか、

喜びの表情に一変しました。

彼女がウドンを出るときに、親から必ずGOLDをもらってくるようにと、

至上命令でも受けていたのでしょう。。。?


もう3時も過ぎたし、気分も良くなっただろうから、

食事に出ないか?

とまた訊いて見ます。

いや、MAYは食べたくない。あまり太らないように、食べないの。

ウボンの時から、本当に食べない子だ、と思っていました。

それじゃ、これから、どうするの?

せっかくバンコクに来て、どこにも出ないで。。。

今から、明日帰るまで、どんなことしようと、考えてるの?

すると、

明日の朝、ショッピングする。

そして、午後1時のバスで、ウボンに帰る。

なんと、そう言うのです。


実は、金曜日には、バンコクに来ることを決め、旅費も送ったのですが、

実際には月曜日に来ることになりました。

そのときに、何故土曜、日曜、月曜、と来ないのか、問いただしたのですが、

日曜は学校に行くから、

ということで、月曜早朝に到着の予定で、帰りは、火曜日の夕方遅く、ということに決着していたのです。

たった一泊で、短すぎる滞在ですが、それでも会いたい、とMAYが言っている、という風に解釈してあげていました。

少しでも時間を共有し、僕にも彼女のことを分かってもらいたいし、彼女も僕のことを知りたいのだろう。

他に目的があったとしても、少しはこの思いがあるだろう・・・と。

ところが、火曜日の夕方遅く帰る、という約束は、すでに変更されて、

昼の1時にバンコク出発したい、と言う。

朝のショッピングで(GOLD買ってもらい)、それでその足でモーチットに向かい、

そそくさと帰りたい、

と言っているのです。

どうして、こんな幼稚な行動をとろうとするのでしょう。

その思惑が、見え見え、ばればれの、こんな話をすれば、

男は、はい、さようなら、おつかれさまでした。

と言うのが、わからないほど、単純なのか、

男を見くびっている誰かの入れ知恵なのか・・・。


僕は、

それはないよ、また約束が違うじゃないか。

今回は短い訪問になるから、来る時間、帰る時間は、最初から重要なことで、

なんども、何度も、確認したでしょ。

それを聞いたうえで、こっちは、あれもしよう、これもしよう、と一所懸命考えていたんだよ。

せっかくのバンコク訪問なんだから、僕が日本に帰るまでもう会えないかもしれないし・・・。

それを、簡単に忘れて、明日1時に帰る、

GOLDショッピングの他はなにもしたくない、

それじゃ、あまりにセルフィッシュだと思わないかい?

それだけ、言いました。


この時間のことだけでなく、さまざまなことを自分から説明しようとしない、

相手の気持ちを察して行動してあげようと思わない、

そういうことも頭をかすめての、セルフィッシュ、という言葉です。


すると、突然、彼女が切れました。

じゃ、もう、今から、帰る!

これも誰かに教わったのか、そう言えば、男は引き止める、と思っているのか。

僕は、朝からの、さまざまな話し合いで、疲れ果てはじめてきていたので、

まぁ、帰っちゃえば?

という気になっていました。

MAYが、あたふた、バッグに荷物をいれ、バス・ルームで顔を整えて、部屋から出て行くときも、なにも言いませんでした。

初めてのバンコク、と言っているので、ちょっと危険かな、とは思いましたが、

レデー・ボーイと連絡とるかもしれないし、

なんと言っても、タイ人なんだし、大学生なんだから、

心配するには及ばない、

と判断して、放っておきました。

それでも、途中から、もどってくるかな、という気持ちは少し残っていたのは、

僕もまだ、甘い、ということでしょうか。

やがて、携帯メールで

今モーチットに着いた。これからチケットを買う。

というメッセージが入りました。

ここで、引きとめがあるか、と思ったのか、どうか。

モーチットに居る、と言うので安心した、気をつけて帰りなさい。

とだけ、返信しました。

朝の4時半にバンコクに到着し、

夕方4時半にバンコクを出発する、

なんとも短い、バンコクのデートでした。


30分ほどして、

もうあなたとは連絡しない。

あなたのことは忘れます。

という短く、強い、メッセージが、

僕に送られてきたのでした。


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MAYからのメールで、

二人で歩いているところを、大学の友達にも見られたみたいで・・・

ということを言ってきましたが、

まんざら嫌がっている風でもなく、安心しました。

そして、今度のMAYのバンコク訪問の、

最大のポイントは、

彼女の、初めての、バンコク訪問だ、ということです。

今まで、ウボンを離れて行ったことのある場所は、コーン・ケンだけ。

そんな彼女が、たった一人で、

しかも、年配の日本人の部屋に泊まりにくるのです。

ノーセックス、プロミス!!!???

ノーセックス、OK!!!

とは言っても、彼女と彼女の母親も気持ちとしては、ただ事ではありません。

MAYが最初はピュアーな自分だけの気持ちで、

一人で行く、

というニュアンスの発言をした後、

実際に母親の打ち明けたところ、母親も一緒に行かなければ、

と思い直し、言い直したことも、十分理解できます。

それを、再度こころを翻し、一人で来る、という。

これは、一言で言って、すごいことで、大胆で、勇気のいる、行動です。

僕が、その約束を守る決心をしたのは、当然です。


MAYの予定では、

日曜日の夜に発ち、月曜朝、6:30分にバンコク、モーチット・バス・ステーション到着。

僕は、モーチットまで迎えに行く、と伝えました。


当日、夜の7時ごろ、バスに乗った、という連絡。

あれ、朝の6:30着にしては、早い乗車で、11時間ほどかかる計算になる。

僕の場合はウボンからバンコクで、10時間半ほどかかったから、

彼女に実家のある町からは、そのぐらいなのかな、と思っていました。


ところが、夜の12時半ころに、今、ナコン・ラチャシーマー(コラート)に着いた、

という連絡がはいるではありませんか!

コラートからバンコクまでは、3時間から4時間の間です。

それだと、4時半ごろの到着となり、6時半ではありません。

迎えに行く立場上、時間を確認しなければなりません。

もし、4時半だとすると、僕もおちおち眠っている時間がなくなります。

MAYに到着時間を再度確認すると、

運転手に訊くと、5時半バンコク到着だといっているとの返事。

1時間の繰上げです。

じゃ、5時にはモーチットで待っているようにするから、

とメールを打って、浅い眠りをとり、目覚めたのが3時15分。

3時45分に、マンションの前で、タクシーを待ちますが、数は少ないし、この時間ですから、普段よりタクシー運転手への警戒感が高まります。

やって来たタクシーに、ラットプラオ通りを行って、モーチット・バス・ステーションまで、とはっきり伝えます。

この時間ですから、道路に車は少なく、非常なスピードでモーチットに着いたのが、4時15分。

深夜料金なのか、130バーツ。

今、モーチットに着いたよ、

とメールを送ると、これが送信エラー!

メール・サービス不可、というメッセージ。

これって、クレジット料金のチャージが必要って、こと!!!

いつも肝心なときに何かが起きる携帯電話だなぁ、と思いながら、

コンビに探してカードを買わなくちゃ、と慌ててると、

MAYからのメールを受信。(受信はOKなのです)

今、モーチットに着いた。人が沢山。

4時20分です。

知らされていた時間から、また1時間繰り上がっています。

電話をしましたが、もちろん通じません。

田舎からポッと出てきた娘が、バンコクのエロ事師に騙されて、売春宿に売り飛ばされる危険から、MAYを救い出せねばなりません!

あせっていると、またMAYからメール。

インフォーメーションの前で待っている。

ああ、これで安心、最小限、必要な連絡はつきました。

ここで、また僕の予想もつかない行動をMAYがとっていたら、と思うと冷や汗です。

インフォーメーションの場所を探して行くと、人混みを避けるように、MAYが立っていました。

僕の顔を発見したときの、彼女の顔に表れた満面の笑顔!

安心したのか、

暑い、人がいっぱい、疲れた、眠い、

と矢継ぎ早に話しかけてきます。

どこかで、朝食を食べるかと訊くと、いらない、早くゆっくりしたい、と言います。

そして、バンカピの僕の部屋に着いたのが5時半前。


シャワーを浴びて、着替えて、一眠りしなさい、と僕。

さっぱり服に着替えた彼女、眠ろうとするかと思うと、今は眠くない、と言い出しました。

こうして、長い、彼女との会話が始まりました。

初めてのバンコクはどう?などという雑談の多くありますが、

ここでは要点のみを書きます。


今日は、何をしたい、どこへ行きたい?

暑いから、どこへも行きたくない。

セントラル・ワールドとかプラトゥナムとか、一緒に行ってみようと思っていたんだけれど。

人の多いところ嫌い、あまり行きたくない。

となんだか、張り合いがありません。

ショッピングもしたくないの?

これには、堅く決心してきた言葉のように、

ゴールドを買って欲しい、

とすらりと出てきました。

おぉ、来たか、という思い。

二人が親密になれば、その証に、ゴールドを男が買う、ということは知っている。

ただ、今は、どれぐらいの段階で、どれぐらいのゴールドを買うのか、まだ分かっていない。

それより、まだ、二人は話し合って知るべきことがある。

私はお母さんとお父さんのことを考えている。

今回、一人でバンコクに来ることは、大変な決心だった。

その家族のことで、話し合わなくちゃ、と僕は思っている。

MAYの複雑な家庭を説明して欲しい。

?  複雑って?

シンプルな家庭じゃないと、思った。

ウボンに迎えにきてくれたのが、お母さんだよね、顔が似ているから、分かる。

そうよ。

実家の町で、2軒目に行った家で、紹介してくれた女性を、MAYは「私のお母さん」と言ったよね。

そう、言った。

MAYは二人のお母さんを持っている。

ということは、お父さんは、二人の妻をもっている、ということ?

オー、ノー、ノー!



2軒目の家は、お父さんの弟の家。

おじさん、ってこと?

そう。

何故、私のお母さん、と言ったの?

いつも親しくして、そう呼んでるのよ。

何故、レデー・ボーイを、私の弟、と呼んでいたの?

レデー・ボーイはおばさんの子供でしょ。

そうだけど、私のお母さんが彼が好きで、彼もうちのことなんでも手伝ってくれる、車を運転するとか、だから弟、と呼んでいるの。



じゃあ、MAYの家族は、お父さん、お母さん、MAY、12歳の妹。

叔父さんの家族が、叔父さん、おばさん、兄、レデー・ボーイ、8歳の妹。

そう。

なんだ、それじゃ、複雑じゃない。

MAYの、他の親類は居るの?

お父さんの兄弟姉妹が4人、コン・ケーンに居る。

お父さんは、仕事の関係で、こっちに来て、お母さんと結婚した。

お母さんの系統の親類は、こちらに居る。


こういう話を引き出すまで、なんと時間がかかったことか。

彼女は、いつもの日常生活をしているときと、まったく同じ頭の中での表現で、

土地柄も習慣も知らない、外国人に、自分の家族を紹介したのでした。

それが、どんな解釈を相手に与えるか、

まったく、想像も、気にかけることも、ないのです。

僕が、気をもんでいるのも、まったく理解しがたいようでした。



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昨日の水無月さんのコメントに対する返信のなかで、

「日本人が結婚するという、リス族やアカ族は、斡旋する人が特殊に居て、なにやら異常な世界だと、僕には感じられます」

という表現をして、あとで落ち着かない気持ちになりましたので、

ここで補足したいと思います。

なにやら異常な世界、という表現を読み返して、自分で笑ってしまいました。

多くの平均的な人々から見れば、僕が行っていることも「異常な」行動だと映っているに違いなく、

そんな僕が、リス族・アカ族の女性たちと、必要に迫られて結婚する人たちを、「異常な世界」呼ばわりすることは、軽率でした。

日本の僻地の農村で、お嫁さんの来てがない農業青年が、貧困にあえぐタイの娘たちと結婚することには、異常さはありません。

なぜ若すぎるほどの娘さんたちが相手なのか、それも、タイの方にも理由があるのかもしれません。

貧しい家庭のために金銭を得て両親を支えることは、子供の責任であり、

若い娘さんほど、環境に対する柔軟性も高く、

幸せな新しい生活を送る可能性が高い、

ということも、楽観的にみれば、ありうる考え方です。


僕が嫌ったのは、

こういう、お互いが、家族のため、自分のより良い将来のために、結ばれようとする人々の動きに便乗して、

単なる性の対象商品として、それらの少女を日本人にうりつけようとする輩が居る、ということでした。


いずれにしろ、何が幸福で、なにが不幸なのか、

個々に、それぞれの場合で異なるのであり、

他人の知りえることではない、

他人が異常だとか、不幸な人たちだとか、御託を述べることは出来ない、ということです。


みんな、死に行く運命の人間に、

人生の、勝ち、負け、はないと思います。

言うならば、人間は、みんなが「負け」る運命なです。

だから、せめて命の終わりには、

いにしえのギリシャで言われたように、

「君は人生を情熱的に生きたか」

と問われて、イエス、と答えて終わりたい、

そう思うのです。。。



さて、ウボン・ラチャターニー・ストーリー、第二部です。

第一部の後、生活が動いていますから、他のことを書こうと思っていたのですが、

どうやら、第一部の(5)のままでは、

誤解が一人歩きしそうな気配が出てきてしまいましたので、

第二部を続けて、記述することにしました。

(そんな理屈はどうでもいいから、早く書けよ、という声が聞こえそうです・・・)



タイ・ラブリンクで、プロフィールを読み、そこに貼られた写真をみて、

興味の沸いた女性に、申し込みのメールを送ります。

返事が来て、さらに自己紹介をし、もっと写真なども交換して、

いよいよ会いたい、と思うと、デートの申し込みをします。

そして、一度会って、写真との違いに驚いたり、

相手が英語を話したがらなかったり、

単に食事やプレゼントを欲しがる、たかり、だったり、

いろいろな理由がありますが、

なかなか2度、3度、会いたい、会いましょう、という相手に巡り合うことは、

それほど簡単ではありまえん。

そういう意味では、MAYとの間は、デートに至るまでも、ウドン・ターニー経由だったり、

一度会ってから、なんどもゆり戻しがあったりしながらも、

ウボンと発つときには、

交際を継続しようと、ということになった、数少ないケースではあります。


ウボンからバンコクまで、また800キロ、10時間強の旅を終えて、バンカピの部屋に戻ったときは、

さすが疲れ果てていました。

(バンコクからウドンまで700キロ、ウドンからウボンまで500キロ、ウボンからバンコクまで800キロ、それで、彼女を2000キロの女、と呼んだわけですが、さすがに2000キロは距離がいがありました・・・)

5月30日には、MAYの町で一年に一度のお祭りがあるから、来れたら来てね、と言われていました。

しかし、頭にはどうしても、MAYの家族の模様が、複雑にからんで、離れません。

万が一にも、話がうまく展開して、彼女と結婚しようか、ということになったとして、彼女の複雑な家庭環境と、折り合いつけてやっていけるだろうか。

大疑問です。

どうにかして、もう少し、家族関係を知らなければ、

という思いが強まります。

そして、5月30日に、またウボンまで行く、という考えは遠い感じです。


別れて、二日もすると、MAYから、

また会いたい、

と言ってきました。

大学の、長い週末があったら、バンコクにお出で、と言う話もしていたので、

MAYがバンコクに来れる?

と訊くと、

行けるけど、チケットを買うお金がない、

と言ってきました。

速攻で、(MAYの気が変わらないうちに)

お金は送るから、銀行名、口座番号、アカウント・ネームを教えてちょうだい。

送られてきた口座に2000バーツ振り込みました。

弟のレデイ・ボーイも、大学入学のためのバンコク行きは、バスだったし、

ぼくもバスでの旅行なので、その金額で十分だと思いました。


ところが、その返事が、またトーンが変わって、第三者の入知恵がありそうな内容です。


5000バーツ送って欲しい。

母親と車で行くから、ガソリン代を出して欲しい。

母親と来るなんて、言ってなかったじゃない・・・

チケットを買うお金がない、と言ってきたからには、

車ではなく、バスか汽車で来ることを意味するので、

またMAYの変身です。

母親と行き、バンコクではレデー・ボーイの所に泊まる、

その間に、僕と会いたい、

というメールが続いて来ました。

大学の勉強があるから(今、夏季学習かなにかで、大学に通っています)

何日も滞在できないバンコクで、レデー・ボーイの所に行ったり、バンカピに来たり、

というのでは、会ってもゆっくり会話など出来ようもなく、

現実的に意味ある訪バンコクになるとは思われません。

前のメールでは、一人で来る、という発言をし、

すぐに今度は母親と一緒、だと言う、

それにレデー・ボーイのところへ行く、

というのでは、会って、話している時間がないので、

今回の話はないことにしよう、

と返信しました。


あなたは私を理解してくれない、私の家族をヘルプしてくれない、

バンコクには行かないから、お金は返す、

と言ってきました。

しょうがない。

と思いながら、まさか、お金を返してくるとは想像していませんでした。

しかし、翌日、僕の口座に2000バーツ振り込まれてきました。

ふ~っ、

まあ、これで終わったなぁ、という思いでした。

(何度、こういう気分になったことでしょう)

それでも、お金を返金してきたのには、ちょっと驚きました。

普通、けんか別れであれば、そのお金はそのままもらったまま、でしょう。。。


しかし、また、翌日になって、

やっぱりあなたに会いたいから、一人で行く、ノー・セックス、OK?

と言ってきました。


僕としては、MAYの発言に、身も心も振り回されながらも、

また、2000バーツ振り込むことになったのでした。


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A story of the lady for 2000KM Bus travel (Part I ) ends today.
Part II : MAY comes to Bangkok, Despair
Part III : Let's start again from the beginning
(Part II and III may come up soon...)


何故、眠れないの?

(これから、まったく、甘い、青春っぽい会話、がはじまります。

年甲斐も無い、と非難精神がむくむくしてしまう方は、ここで読むことを中止してください。

当方は、年甲斐の無いことを、あえて、意識的にしようと思っているのですから)


わからない。 でも、このままで、いいのかな、と思って。。。

あなたは?

僕も、眠れない。。。

(僕は、昨夜から疲れ気味なので、ちょっと眠っていました・・・、こういうウソは許される、でしょ)

いろいろ考えている、ということ?

そう。

(誰のアドバイスも受けない、一人の時は、とても小さな声になります)

ほんとうに、そうなの?

そう、考えている。

もう一度、会う?

会ってくれるの?

(この電話の声を聞いたときに、僕のこころは決まっていたのでした。何度目の変心か!)

明日の朝、ホテルに来てくれたら、もう一度、話しあおう。

来れるかい?

行く。


僕は、彼女が、ひとりで決めたことだろうから、バスでくるもの、と想像しました。

だから、7時まで、などという無理な時間は言いません。

何時には来れるの。

9時には行ける。

今度は、必ず、来れる?

必ず、行く。


ウボンに来て、2日になるというのに、MAYとは最初の3時間しか会っていないのです。

今日は、とにかく、もう一度会おう、という気持ちになっていました。


それから、浅い眠りに着いて、朝食に起きると、

携帯メールです。

あなたが私と結婚するとき、親にお金を上げなければならない、分かってる?

突然の変調に、また戸惑いながら、

(このころには、彼女が親・アドバイザーと話すたびに、調子が変わる、ということに気が付きはじめていました)

僕は、もう、今日はもう一度MAYに会う、と決めていたので、

分かってる。いくらかはしらないけれど。

500万払わないと、いけない。

僕にはお金が無いから、そんなに出せない。100万しか出せない。


タイ女性と結婚するとき、結納金としてお金を出すことになろう、とは思っています。

それでも100万は、僕には多すぎるかな、まぁ実際のときに値切るチャンズもあるだろう、

くらいの気持ちでした。


それで、メールは終わりです。

いいとも、だめとも、返事はありません。

それでも、彼女は、会いにやってくるだろう、

とは思っていました。


食事を終えて、またスターバックのWifiで、インターネットを始めました。

すると、電話。

おいおい、もうバスには乗っているころだろうに・・・。

しかし、ここでも、また意外な発言に合います。


母親と女の友達がいっしょに行く、と言っている。


MAYがウボンまで、誰と来ようがかまわないが、

ホテルには、MAYだけが来て、ふたりで、じっくり話さなければならない。

それは、わかってる。母と友達は、ロビーで待つから。

本当に、ふたりで、部屋で話すんだよ。

分かってる。


常に、話しが変化し続ける、この展開に、

タイ人の柔軟さ、なのか、しぶとさ、なのか、もうこちらとしては、どうにでも、と言う気分にさせられる、

たくましさ、のようなものを感じ始めていました。

もう、付いていくしか、ない。。。。


それで、彼女がやってきたのは、10時です。

僕は、部屋で待っていました。

ドアーを開けると、MAYが抱きついてきます。

ハグはいいのです。

それから、話したのは、

とにかく、今は、ノーセックスであること(MAYの主張)。

ただし、スキンシップは大事だからキスは許すこと(僕)。

ここで一旦、終結をみましたが・・・。

やがて、キスはほっぺに、ちゅ、のアイサツ・キッス(MAYの理解)ではなく、

恋人同士の映画のようなキスであること(僕)、

という、かなり大事な修正案を通したりしました。


それから、買い物に出ることにしました。

何が買いたい?

と訊くと、二人のリングといいます。

僕は、まず、携帯電話と見に行こう、と言いました。


今までMAYが使っていた携帯電話は、母親のもので、彼女自身の携帯はない、

ということだったので。

ロビンソンには携帯電話売り場がなく、

BIGCに行き、その並びにあるIT街のような場所へ行きました。

最新機種の高いのは買ってあげられないから、

6000~7000バーツの予算で、選らんでね、

と言っておきましたが、

選択するのに、あれこれ迷う、というタイプではなく、

あれれ、と思う間もなく、サムソンの黒っぽい、実用的な機種を選びます。

大学で勉強しているのがサイエンス、ということもあるのでしょうか。

値段も、5000バーツです。

そのIT街を出がけに、時計売り場を通りました。

女の子用の、安い、ファッション時計屋さんです。

時計がないから、と腕をみせて、買っていい?

と訊きます。

いいよ、というと、これも1000バーツくらいの時計が一番高い、というお店なのですが、

選んだのは、280バーツの品物。

それでも、腕にはめて、

ビューティフル、

といって喜んでいます。

ショッピングが終わったら、彼女の実家のある町にいくことを決めていました。

一緒に来ていた母親と友達は、ホテルのロビーではなく、別の場所にいて、今は食事中。

MAYは、リングを買いたかったのを忘れているようです。


ネバダ・ホテルの前の通りで、待ち合わせて、

車に乗り込むと、昨夜、電話で話をした、女友達が、居ます。

25歳で、彼女のボーイ・フレンドはスウェーデン人で、6月にタイにやってくるとか・・・。

この友達に、英語の通訳もふくめて、相談しながら、ぼくとの会話を進めていることが、はっきりしました。

運転は、一昨日と同じ、弟のレデー・ボーイ、18歳、です。

車を運転中、MAYの父親の写真を見せられました。

警察官だそうです。

ピストル、持ってる?

とおばかな質問をして、

もちろん、

とドーンと僕の胸をうつ仕草などしてみせます。

まじめに、あまり気持ちのいいものではありません。


よりによって、また警察官か~、って感じです。

というのは、ルーイの女性の父親も警察官だったのです。。。


MAYの町は、ウボンから80キロほど離れたところにあります。

ウボンの街は、ベトナム戦争時代に、米国空軍の基地だったこともあるのでしょうか、

道路の整備が良くされているところで、

この点もウドン・ターニーに似ているのでした。

いよいよ彼女の町に入り、3時に家に到着。

僕は、これまで、タイ・ラブィンクで知り合ったペン・パルの実家を、

3軒ほど、訪問して(させられて)います。

MAYの町と、家は、この3軒とくらべて、もっとも貧しい作りでした。

女友達が、車で来る途中、なんども、僕が、町に住めるかどうか、

質問したり、説明したり、していましたが、

なんとも、今は、答えようがありません。

途中で、女友達は、自分の家だ、といって降りましたが、

彼女の家も、似たり寄ったり、でした。

とくかく、似たり寄ったりの、貧しい家並みなのです。

外国人が住んでいるような、白い壁にオレンジの屋根、みたいな家は一軒もありません。

MAYの家に着くと、妹がいました。

12歳の、かしこそうな、可愛い、女の子です。

学校の成績も、良い、と言っていました。

しばらく、MAYの家にいて、

壁にかかっている彼女や妹の写真のことを、話あっていました。

今日は、夕方、身近の親類とレエストランに行き、夕食をすること。

弟のレデー・ボーイは(ボーと言う名前なんですが、MAYはレデー・ボーイ、レデー・ボーイと呼びます)、夕方のバスで、大学に入るために、バンコクに出発する、

だから、彼は、夕食会には出られない、

というようなことが分かってきます。

この間、妹は出入りしていましたが、母親はどこにいったのか、姿を現しませんでした。

一時間ほどして、今度はレデー・ボーイの家に行こう、と言い出しました。

むこうの方が、涼しいから。

???

ちがう車がやってきて、3分ほど離れた家に移りました。

家に入って、MAYとTVを見ていると(なにもわかりません)、

40台前半と思われる、きれいな女性が現れます。

MAYは、立ち上がって、わたしのお母さん、

と紹介するではありませんか。。。

???

彼女は、にこにこ笑いながら、果物を置いていってくれます。

そのランブータンを剥くために、MAYが台所に立って行ったあと、

ひとりで、

???

を繰り返しています。

そうしていると、20歳代の若い男性が入ってきて、ボーのお兄さんだ、ということがわかります。

MAYがランブータンをもってやってくると、

また一人、小さな女の子の出番です。

8歳です。

MAYは、お菓子代のお小遣いをあげて、といいます。。。

手にお札を乗せると、MAYはそのなかから、20バーツ札を取って、その子にあげました。


よくみると、レデー・ボーイと、その兄、そしてこの8歳の子には、

さっきMAYが私のお母さん、と紹介した女性のおもかげがあるように見えます。


ということは、

ここら辺で、警察官といえば、それなりの豊かな人間で、

それが証拠に、MAYといい、レデー・ボーイといい、大学に行かせているくらいで、

妻を、ふたり、かかえている艶福家なのか???

弟がレデー・ボーイだったり、

妻が二人もいたり、

それぞれが仲良く、行き来している、

これは、僕の想像を超えた、家庭環境なの?


そんなことに驚いている僕なのですが、

MAYたちは、なにごともないように(僕がどんな感情になっているか、おかまいましに)

立ち居ふるまっています。

なんでもタイ北部には、文化も歴史も異にするカレン族がいて、外国人と結婚することも多い、

と聞いていましたが、

ここタイの東部もラオス国境に近くなれば、

カレン族とまではいかなくても、まったく違う文化の世界となるのだろうか。

そんな想いが過ぎります。

それなら、それで、なにか自由な気もします。


MAYは、どうも、僕に町のなかを見せたり、説明して歩く、などとは全然思っていない様子。

これでは、ここに住めるかどうか、訊かれても、判断のしようがない。。。

12歳の妹のミヤが、さっそうとバイクに乗ってきたので、

MAYにバイクにの乗って町を走ってみてくれないかな、

といってみると、大学生になってから、バイクは危ないので乗らない、と言う。

それでも、ちょっと外に出て歩きたい、と僕。

家の外に出ると、

道路に面して、ちいさな食べ物の商いもしているらしく、

屋根をはった下に、何台かのテーブルがあり、

レデ・ボーイとその友人が話しています。

今夜出発する、バンコムのことでも話しているのでしょうか。

MAYと僕が、そのテーブルのひとつに座ると、

なんだか人が、入れ替わり立ち代り、やってくるようになってしまいました。

近所のおばちゃんがやってきて、日本人か、とか訊きます。

また、30代と思われる女性がやってきて、

ハンサムだねー、もう一人、どう?(と、僕をからかったように思いました)

やがて、写真でみた、MAYの父親に似た男性がやってきて、軽く合あいさつしました。

MAYの父親だとすると、なんだか、あっさりしたあいさつ、に感じましたが。

僕たちの斜め前にすわって、柔和な顔で、ひとびとと会話をしています。


そうこうしても、いっこうに時間は過ぎていきません。

夕食会は7時から、とMAYが言いました。

今は、6時過ぎたところです。

ボーは、何時にここを発つの?

と聞くと、7時半に、バス・ステーションを出発だ、とのこと。

みんなでボーの見送り、するんでしょ?

そう。

だったら、7時の夕食をレストランでしていては、見送りにいけないから、

夕食会は、もっと早くしないといけないんじゃないのかい?

じゃ、早くする。

早くする、って、みんなその気なの?もう6時過ぎだよ。

わからない。

僕は、今夜、ウボンに9時までに戻りたい、と言ってあるけど、

分かっているよね。

大丈夫。

ものごとが起きる順番と、かかる時間と、その時刻に関する想像力が、まったく無いような気がしながら、

もう話をする気力が無くなってきます。

どうせ、MAYが仕切っているわけではなさそうなので、

彼女もただ、相槌をうっているつもりだけなのでしょう。

もう、流れにまかせるより、仕方なし。


ということで、

実際には、7時半にボーを見送り、

その後で、関係者は、2台のピックアップ・トラックに乗って、町の郊外の、

あずまや風の小さな建物が、大きな沼に何個も張り出して作られているレストランで、食事。

6畳あまりのスペースに、10人。

場所いっぱいに、食べ物が並べられ、お酒とビールを(二人だけ)飲んで、

2時間ほどの、僕の歓迎の宴が執り行わたので、ありました。

(支払いは、もちろん、僕ですが・・・2800バーツ)


ウボンのホテルに送ってもらったのが、夜の10時。

よくはわからないまま、

ウボンに、MAYに会いにきた目的が、

一応すべて、達せられたような、気持ちが、

ようやく沸いてきたのでした。。。



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