きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
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今住んでいるコンドミニアムは、セン・セーブ水上バスの終点で、

(こう、書くと、すごいモダンな水上バスを連想し勝ちですが、

オンボロの木製小型ボートです)、

その最終桟橋の名前は、ワット・シーブン・ルアンです。

お寺が、目の前にあります。

セン・セーブ運河をはさんで、そのお寺とコンドミニアムが

向き合うような形で建っています。


このお寺(全国のお寺がそうなのかもしれませんが・・・)

朝の4時が始業のようで、

カーン・カーン・カーンと、かなり鋭い鐘を、近所四方に鳴り響かせます。

驚くのは、その後で、鐘の音と同時に、

そこらじゅうに居る犬という犬がが、まるで、狼が吼えるかのように、

ウォーン、ウォーン、ウォーン、キャン、キャン、キャンと、

大合唱するのです。

恐ろしい、くらいの迫力があります。


これは、妻のゴイの笑いながらの説明によると、

夜中に地上に降りてきた悪霊を、

新しい日の始まりに、天上か地下に追い散らすために吼えるのだそうです。

本当でしょうか?^O^


とにかく、朝の4時に、目覚めないときは良いのですが、

眠りが浅くて、ついその時間に目覚めてしまうと、

不吉な遠吠えに出合ってしまいます。

くわばら、くわばら。


さて、今日は、明日のユニコでの第二回ミニ・コンペに備えて、

シーナカリンPAR3ドライビング・レンジに行ってきました。

なんと、朝の11時半から午後4時半まで、正味5時間、

クラブを振って、運動してきました。

正確には、クラブのライ角調整と昼食の時間が、1時間ありました。

最近、長の体調不良で、体力・筋力が落ちていることから、

体力強化もかねて、16トレイ、640球。


ひとつの目標は、アイアン・セットをしばらく固定したいと考えて、

ミズノのMP37(X100)とMP62(プロジェクトX6.5)の

二つの試し打ちをしました。

内心では、ルーク・ドナルドの使っているMP62にしたくて、

ライ角の調整までしたのですが、

なんと、却って当らなくなってしまいました!

ちなみに、シ^ナカリンPAR3には、ゴルフ・ショップが5店あり、

そのうちの一軒でにはメカニックが居て、シャフトの交換、

ロフト角、ライ角の調整ができます。

当らなくなったのは、このお店のせいではありません。

ライ角調整1本、100バーツと言うところを、

8本変えるのだからディスカウントを、と言うと、

4本300バーツ、となりました。

ライ角の調整などしたことがないので、相場がわかりませんが、

妥当な値段なのでしょうか。


試し打ちの結果は、MP37。

タイに始めに持ってきたアイアン・セットで、

また初心にもどって、愛用しようと思います。

9月は、ゴルフにはまってみようと、

思っていますので。。。



20110830Par3lunch
サラダとフライド・ライスの昼食です。
お味は良いですよ。


20110830Par3lunch2
いまさら、なにを、と言われそうですが、
最近になって、はじめてこのソースを食してみました。
タイのチャーハンには、欠かせないものだ!
ということがしみじみと分かりました。
かなり好物になってしまいました。


20110830Par3golfshop
ヘンナノ。
一軒のゴルフ・ショップで。
S.K.HOが日本の国旗を背中にしょっていました。
タイ人にとっては、日本人も韓国人も、違いはない、のでしょうか。


さて、明日は、ユニコ。


そして、先週キャンセルになったタイ・カントリーへのお誘いは、

今週の金曜日に入りました。

ゴルフにはまりそうです。


もう、

十分、

はまっていますか?

^O^


感謝。




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誰がなっても、と思っている人が多いと思いますが、

誰かがやらなければならないわけで、

消去法で行くと、やはりこの人になるのか、

という民主党首選挙でした。

野田佳彦・民主党新代表には、身を捨てて、

党のためでなく、

日本のために働いて欲しいと願うばかりです。

前任者が、あまりに我欲だけの管だったので、

何をやっても褒められるかもしれず、

運の良い政治家かもしれません。


議員数削減や公務員給与削減を言っているそうですが、

まず言ったことを守ってみせる、

本当に、公務員給与削減は、増税前にかならず実施して欲しい。

削減、と民間が言えば、それは20%とか30%ですから、

そのつもりで・・・。

2%や3%で削減、などとは間違っても言って欲しくないですね。

人件費が高くなれば、民間では、海外へシフトして対応しますが、

公務員を海外シフト、とはいかないわけで、

だからといって、経費削減を死活の問題としてとらえなければならない

状況は変わらない。

公務員のレイオフだってあって良い、

やって見せてから、

増税議論に入って欲しい、

と願っています。


震災復興に関しては、この機に、再度、国民のこころをひとつにし、

一丸となって復興に取り組む、

強いメッセージと行動を示して欲しい。

それが、ひとつには、連立、という形になるのかもしれないけれど、

官僚たちをうまく使うことも、大事でしょう。

とにかく、管がなにも出来なかったこと陳謝して(あからさまには

難しい、でしょうが・・・管の一派である、という印象だけは

払拭したほうが懸命でしょう)、

出直し宣言をすることが、国民のこころを掴むために必要ではないか。

民主党内での選挙で勝った、といっても、

国民の民主に対する支持は地に落ちている、わけですから。



海外シフト、で頭に浮かぶのは、

円高対応。。。

円高になれば、日本の輸出産業は大打撃を受け、成長はない、

円高抵抗力は非常に弱い(たとえば、ホンダは1円為替があがれば200億円の

損失になる、とか)。

東芝では、2014年3月期には、海外生産比率を60%(前期は53%)に

高める方針だそうです。

いよいよ空洞化が、本格的になってきました。

この悪循環は、どうにかならないものなのか。

円高になれば、海外から安くものが入ってくる、

輸入企業は潤うし、消費者物価を下げるように働く、

と悪いことばかりでは、ないはず。


そして、消費者物価と並んで、工業物価というのがあって、

これは、日本ではずっと前から75円前後だったとか・・・。

とうことは、現行の商業為替が、75円になっても、

日本の企業はやっていけるはずなのではないか・・・?


政府の円高対応方針が発表されましたが、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「円高への総合的対応策の考え方と検討課題について」と題された文書は、
円高により「経済の縮小サイクルに落ち込むことを絶対に回避する」と表明。
基本方針として、
①復興需要の早期実現や内需前倒し、立地競争力の強化によって輸出企業の
不安を解消する
②円高メリットをしっかり示して徹底活用する-を柱に円高対策に早急に
取り組むべきだと明記した。

その上で、具体的な検討課題として、
①雇用の下支えや中小企業の資金繰り支援など円高の痛みの緩和と雇用の
海外流出の防止
②企業の合併・買収(M&A)などの海外直接投資や資源権益取得の促進
といった円高メリットの徹底活用-などを掲げた。
                   (Bloomberg.co.jp)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということで、

対症療法的にしか見えません。。。



製造の海外シフトがますます増加すれば、

タイの国自体や、

タイに住む日本人で、日本企業で働きたい、

という人たちには、

あるいは、駐在員などを目当ての飲食・サービス業の方々は、

跳んで歩きたいくらい、うれしいことでしょう。

しかし、本家本元が斜陽になっては、

先行き不安はぬぐえない。。。


もう、労働人口には数えられなくなった僕が、

やきもきしてもラチもないことなのですね。

抜本的な変革がないと、未来が見えてこない感じです。


そもそも、働きたくて、働けるのに、働く場所が無い、

というのは政治が悪い、のではないでしょうか。

長寿健康日本を謳うなら、定年は無し、してしまえばいい。

70歳でも、80歳でも、働きたい人には職場を与える。

あるいは、企業は、40歳、60歳、80歳の、

3段階定年制をひく。

40歳からは、固定給制ではなく、年棒制になり、

60歳からは短時間、あるいは隔日労働にする、とか。

あはは、

やっぱり80歳までは、働きたくないですか?


タイの日本企業の現地採用の宣伝をみましたら、

専門職なら、60歳を超えていても就職できる、

ということです。引く手あまた、かもしれません。

製造業に勤められて、定年を迎えられた方、

もっと働きたければ、タイへどうぞ、

チャンスがあって、

よさそうですよ!

^O^



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先週から、日曜日はBangkok Post紙を買うことにしました。

今日の新聞は、セントラル・ラットプラオ店の新装開店で、

特別な巨大宣伝紙に包まれて売られていました。

その宣伝紙の1ページです。


20110828centralladprao
見開き、3ページの大きさの紙面です。
はい、3ページ分です。


20110828centralyoshinoya
ハイライトの中に、牛丼吉野家の紹介がありました。
特別に取り上げるだけの価値のある、出店なのでしょう。
タイでの吉野家1号店のようです。
吉野家のニセモノは、どこかに出ていますが。

吉野家の他に、レストラン街情報をみると、

AKA、BAKUDANYA、COCOICHIBAN、

FUJI、KYOTO YOSHINO、OOTOYA、

SAKURA、ZEN

などが入っております。

28店中、10店が日本レストランです。

驚くほどの、タイ人の日本食好みの度合いを示していると思います。

普通のタイ人にとっては、けっして安いレストランではないと思うのですが、

FUJIなどは、いつもタイ人でいっぱいです。

普通のタイ人にとっては・・・なんて、言ってはいけない状況に

なっているのかもしれません。

タイ人の生活レベルは年々向上しているのですから、

生活レベルが年々下降している日本人の眼は、

無意識にゆがんでいるのかも知れませんね。


そして、社会・政治面では、2ページ目に、THE BIG ISSUEという

定番のコラム欄があるようです。

先週は、元首相のタクシンに与えられた日本ビザの問題が取り上げられていましたが、

今週は、新政権による国会での施政方針発表とそれに対する野党の反応の話題。


20110828yingluckbigissue

新政権による初国会は、23日に始まり、施政方針演説、

それに対する質疑を23、24日の二日間の予定で行う予定でしたが、

時間不十分ということで、25日まで三日間の質疑期間となりました。

インラック首相は、8月11日の組閣のあとで、新政権の是非を批評するのは、

少なくても6ヶ月間は待って欲しい、それほど現在タイは混乱の最中にある、

と発言して、その期間を政治ハネムーンと名づけられたらしい。

そのハネムーンも短いよ、というのが、写真にみえる

A QUICK HONEYMOONというタイトルの意味だと思います。

この記事は、基本は批判的で、野党が始めから猛攻撃仕掛けている、

と紹介していますが、結論から言うと、新政権にとって、施政方針発表を

無事に、大きな取りこぼしなく終えることが大目標だったでしょうから、

順調なスタートだったと思っているのではないでしょうか。

インラック首相が、施政方針発表はしたけれど、その後の質疑には参加せず、

副首相以下が対応したことについては、このBig Issueでは一切触れておらず、

タイでは大した問題にはなりえないようです。

このコラムのそもそもの書き出しが、

憲法に則り、首相は国会で施政方針スピーチを行わなければならない、

という文章で始まります。

しかし、そのスピーチの後で、質疑に応じなければならない、とは法律でうたっていない。

内閣で、事前にどのように対応するか議論しており、誰が何について応答する、

と決定していたようです。

どうせ、施政方針演説に対する野党の反論は、天にツバを吐いて平気なようなものになるだろう、

と想像できますから、

とにかくここは、へたな揚げ足をとられない対応をする、

始めからいらぬ向う傷を負ったり、ドロをかぶる必要はない、

という党の判断があったのでしょう。

見方によっては、非常にビジネス・ライクで、良いのではないか。

ビジネス・ライク、という言葉はややもすると、否定語になるものですが、

感情や、必要以上の責任を持たず、将来の成功を第一に目指す、

という意味では、時には、肯定語になっても良いのではないか。

多くの人が、支持している限りは・・・。



次は、「緑の党」の旗揚げ。

世界にも、たくさん「緑の党」があるのではないか、

と思いますが、どうもタイのは、「黄色」が「緑」になったようで、

季節に逆行していて?あやしげです。

名前が、体を現していないのは、タイの政党の特徴、になるかもしれません。

王政復古を目指しているような政策しか実施しない前政権党が「民主党」を

名乗ったり、

先の選挙で、「投票するな!」キャンペーンを動物の看板をつかって

みにくく繰り広げた下品な党が「緑の党」に名称を変えたり・・・。

ここで、取り上げたのは、この発表が、僕の住んでいる場所の近くの、

NIDA大学のセミナー会場で行われた、ということを新聞で知って、

おやおや、NIDA大学って、そんな関係の大学なの?

と思ったからです。

20110828breenpolitics


ここから、本題。

日常のオハナシ。


今日、イチャイさんから、今週の水曜日、

ユニコでのゴルフのお誘いメールが来ました。

GF、CF、パーティ代を含めて、850バーツ。

先回は12人集まりましたが、今度はどうでしょうか。

僕としては、少人数で、パーティも短い方がうれしいのですが、

参加します、

と返事をすぐに返しました。

どなかた、ご一緒しませんか?


そういえば、先回の参加で、2位に食い込みましたので、

賞品をもらいました。

キアタニ・カントリー・クラブの平日プレー代、650バーツのクーポン券です。

1組4人まで使用可能で、9月末まで有効。

僕は、キアタニに行ったことがありません。

どなたか、ご一緒しませんか、というより、

連れていって教えてくれませんか?


今日は、久しぶりに、ちかくのバンカピ団地公園まで、

散歩に行きました。

20110828walking
ほとんど、お花の見えない時期のようですが、
一方で、緑が濃く、あざやかで、歩いていて胸の中が、
す~っとします。


今日も、

一日、

ケンカもせず、

健康に過ごせました。

感謝、

です。





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あはは、申し訳ありません、またゴルフ話です。

僕の日々の備忘録なので、その都度、自分にとって最大の関心事が、

記事になります。


今週は、PGAが早くも2011年のプレーオフに突入、

第一戦のバークレイ・チャンピオンシップが始まり、

LPGAはカナダ・オープンです。

これは、僕のコンドでも見られるゴルフ・チャネルで放送されるので、

昨夜は、楽しみにして2時まで起きていました。

(PGAは、賞金リスト125位までの選手だけが参加できる試合

ですが、タイガー・ウッズがこの125人に入れませんでした)


ゴルフ番組を見ながら、ふとヒラメキました。

パットの打ち方、です。

僕は、パッティングの本も、5、6冊は読んでいます。

そして、そのことは知っていましたが、

本気でトライしたことがありませんでした。

(いろいろなことをトライして、います、

たとえば、ボールを見ないでカップを見て打つ、

とか)

最初に読んだパッティングの本が、パットの名手、

青木選手のもので、

パターの握りは強く、指が白くなるほど、強く握れ、

と書かれていました。

それ以来、白くなるほどに強くは握らないものの、

パットはしっかり握るもの、と信じていました。

パットのフェースをカップに対してスクウェアに保つにも、

その構えのまましっかり握り続ける、

というふうに。


プレーオフに出れなくて、このからの1ヶ月は試合のない、

そして、その後のプレジデンツ・カップにも選ばれないだろうと言われている

タイガー・ウッズのことを思っていて、

ふと彼の言葉として、思い出したのが、

パットの握りは、やわらかく、というもの。

ベン・クレンショーの言葉で言えば、

「そっと、小鳥を両手につつむ」ように。


今までは、そんな柔く握ったら、ぐらぐらして、

安定しないストロークになるだけ、と想像して、

試したこともなかったのです。

早速、部屋のある小さな練習マットで試してみました。

なんと、今までに無い、感覚なのです。

クラブの重さに従うようにすると、無駄な動きが無くて、

まっすぐストロークできます。

30年も、(細々ですが)ゴルフをやっていて、

初めての経験です!

これは、是非にも、実際のグリーン上で試してみなければ

なりません!


実は、金曜日は、練習場で声をかけられて、タイ・カントリーに行く

算段をしていたのですが、

その方から、仕事で都合が悪くなったので延期しましょう、

とキャンセルになっていました。

それで、夜更かしをしてテレビを見ていたわけですが、

これはどうしてもゴルフ場に行かなければ、

ということで、

朝食のあと(奥さんのゴイは学校に行くので)、

一眠りして、

11時にタノン・ゴルフに向かいました。


結果は、やはり寝不足がたたって、OBあり、

シャンクで池あり、で・・・・

いろいろありましたが、今日はグリーン上だけが関心事・・・

最初に70センチを外す、という、いつものパターンで、

やはりダメか・・・と思いきや、

3パットがありません、

そして、バーディが3個も取れていました。。。

スコアは、39+41=80、

上出来、でした。


なんだか、パッティングに関して、基礎の基礎が

「感得」できたような、気がしました。

これをもとに練習のするのが楽しみ、です。

今までは、やみくもに、いろいろ付け焼刃で試してみましたが、

その中でも、これが一番の感触です。

今のところは???

という気を追い払うように、追求してみます。

パターが苦手ではなくなるような、

うれしい予感で、

ふるえています!^O^^O^


24時間生テレビで、徳光アナウンサー(70歳)が、

(命がけ)マラソンに挑戦しましたが、

彼の一言、

「千里の道も一歩から」、

泣かせる言葉でした。

(走る前から、考えていた言葉でしょう・・・が)


その気持ちで、パッティングに取り組めそうです。

僕のエージ・シュートの夢にむけて、

「千里の道」へ進みます。。





カナダ・オープンの方は、宮里藍選手が、初日1位タイでスタートです。

まだ、ゴルフ・チャネルで見れていないのですが・・・。

僕にとって興味が、宮里選手以外、2つあります。

前から、頑張って、と思っているミシェル・ウィー選手も、

2位タイ?ですか、幸先の良い出だしです。


そして、3人目は、韓国のパク・ヒヨン選手。


20110826parkheeyoung


先週のセーフウェイ・クラッシックで、単独3位。

今週のカナダ・オープンでも、上位にいます。

(珍しい、ことです)

テレビに映るかもしれないので、実際のプレーが見てみたい、

と思っているのですが・・・。


今、猛烈な雨が降ってきました。

雨が降ると、ゴルフ・チャネルの局が、すぐサービス停止になります。

もう、なってます。。。


せめて、ビデオでも。

良いスイングで、まねたいですが、無理ですね。

ヤニ・ツェンのスイングを見ているより、楽しい、

ことに間違いはありません。










ゴルフ、って良いですね。


感謝。



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先週のうちからイチャイさんに誘われていた、ユニコでのゴルフ、

実は、3組12人の、ミニ・コンペでした。

**************************
今日は、ゴルフのお話です。

興味の無い方は、おやすみなさい、してください。

**************************

イチャイさんは、半年前まで、100人から150人は集まる

プライベート・コンペを、

マークさんと一緒に、企画実行していたのですが、

運営者側からは身を引いてゴルフを楽しむだけにしたい、

という表向きの理由と、

その背景にはマークさんと気が合わなくなった、

ということがあるようで、

コンペをセット・アップすることは無くなっていました。


ところが、やはり、人を集めて、楽しむ、ということが根っから

好きなんでしょうか、

気がつけば、また、サマゴーンのゴルフ・プレイヤーを中心に、

12人の仲間が集まると、

賞品を、どこからか探して来て、

ミニ・コンペにしてしまうのでした。


そして、コンペになると、僕のゴルフは、平常心がなくなり、

いつも、こんなはずではなかったの結果で終わってしまう、

という事実も、変わっていませんでした。。。


昨日も、いつものごとく、

誰とメンバーを組んで回るのか、

スタートぎりぎりまでわからなかったり、

(昨日は3組なんですから)、

みんな1番ホールから始まると思っていたら、

突然僕にグループだけ10番からスタートすることになったり、

こういう些事が、平常心を失わせていってしまいます。

(僕は、できるならば、コースの設計者がプランしたとおり、

1番ホールから回りたい人なのであります)

同伴者4名のうち、2名は初対面の方です。

その内のお一人は、「僕と同じくらいのハンデキャップ」だよ、

と紹介されました。

<それじゃ、たいしたことありませんね>

とは、もちろん言えなくて、それはきっと僕を持ち上げる気持ちが

あっての言葉だと想像しますから、

<それは、楽しみです>

と応えてみたり。。。


10番ホールは、336ヤード、パー4、

右がわが、100ヤード先からグリーンまで大きな池が広がっている、

右ドッグレッグとも考えられるホールです。

左目には、210ヤードほどにフェアウェイ・バンカーがあり、

それを突き抜けると、クリークの細い川になっています。

狙い目は、飛ぶ人ならば、右の池すれすれに打って、フェアウェイの

右側を攻めるか、

飛びに自信のない人は、左のバンカーの右、フェアウェイ・センター狙い

になるでしょう。


僕は、前者の方向を普通狙います。

あるとき、あと5ヤードでガード・バンカー、

というところまで飛ばしたこともあります。

ところが、その日のプレー、最初のホールである、

まだ、身体が戦闘状態になっていない、

ということは、

飛距離は少なめ、方向は右に押し出す、という危険が

高い。

右を狙うのは、怖くなります。


一緒にプレーする、僕と同じくらいの腕前の人は、

やはりまだ身体がほぐれていないのでしょう、

左バンカーの右側に、当りそこねのボールを打ちました。

快心の当りだったら、突き抜けてクリークだったので、

ラッキーな結果といえます。


僕は、最後で、フェアウェイど真ん中を狙って、打ちました。

ところが、僕も当りそこねで、左に曲がり、

なんとワン・バウンドでフェアウェイ・バンカーに入り、

そこから転がり出たようです。

そのバンカーの左は、ラフが広がっていて、クリークまで距離があるので、

グリーンまでの距離は長くなるけど、

セーフだろう、と思って歩いて行きました。

ところが、ボールが見つかりません。。。

あの当りそこねのボールが、ラフを突き抜けてクリークに入る、

とは信じられなかったのですが、いくら探しても見つからず。

第一発めから、水の洗礼を受けてしまいました。


(この日、ミニ・コンペ全体の握りがあって、

水、バンカー、3パットは、20バーツの罰。

パーティ費用の軍資金に提供させられることになります。

ちなみに僕は、18ホールで7個の罰で、140バーツの寄付。

僕と一緒に回ったブービーの人は、27個のバツで、540バーツ!)


結局スコアは、44+43=87。

まぁ、いつもの通り、といえば言えます。

しかし、5番ホールバーディの次の6番ホール、

ティ・ショットはグッド・ショットでフェアウェイ・センター、

残り、120ヤード。

心に慎重に行こう、という気持ちが強くなりすぎた、のでしょう、

なんとあえなくシャンク、です!

このところシャンクは直った、と思っていたのですが・・・。

シャンクでも、30度~40度くらい右にでるだけなら、

次のリカバリーもありえますが、

90度近いシャンクの場合、とんでもない場所にボールが

飛んでしまっていることになります。

ホールの両側に切り込まれているクリークをは避けたものの、

10メートル以上の立ち木がスタイミーになっているラフ。

サンドウェッジで空高く打ち上げて、グリーンには届きませんでした。


(シャンクを克服しないと、いけません。

また練習場で、研究することになります。

明日からまた、楽しみ、です)^O^


12時にスタート予定が、仲間がそろったのが遅くて、

30分遅れてコンペの開始でした。

僕のグループが18ホールを終えたのは、5時。

シャワーを浴びて、罰などの計算をし、

パーティ会場のレストランに入って、後続のチームが引き上げてくるのを待ちます。

その間、1時間。

(長い、待ち時間・・・)

パーティが始まったのが、6時。

7時半には、(ささやかでした)賞品などの発表も終わり、

サマゴーン以外の参加者が帰宅。

僕も、サマゴーン住人ではないので、同時に抜けようとすると、

イチャイさんが、押しとどめて、

あと1分、付き合って、と言って帰してくれません。

その1分の終わりが見えてきたのが、9時を過ぎること15分。

レストランの他のお客は、7時には帰ってしまっていますので、

僕らのテーブルだけ。

ハイネケンのビア・ガールも、もう帰らなきゃ、と支度をして、

私服に着替えてから、また30分も付き合って。

(ウィニチャという19歳の、色白すらり、の美人です。

日本語勉強中。

色白美人だなぁ、と思っていると、やはり、北タイ、

パヤオ出身、でした)


なんとお開きになったのが、9時半、でした。

僕の場合、5時にプレーが終わって、4時間半。

プレーの時間と同じ長さ、です。

イチャイさんとのゴルフで、怖ろしいのが、このアフター・プレイの

長さ、です。

タイ語を話せない僕としては、かなり苦痛の時間となります。

しかし、開放してくれません。

(きっと、お腹の中で、だからタイ語を勉強しなさい、

とイチャイさんが思っているのではないか。

他のタイ人にも、目の前に座る人に、必ず諭されます・・・)


サマゴーン・メンバーは、これからどこかへ繰り出します。

それだけは、

逃げて、

帰りました!




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タイの電気会社から、請求書が発送されるのは各月の5日で、

僕のコンドミニアムの郵便箱には、5日か6日に、着きます。

その月の15日までなら、コンビニで支払いができ、無料です。

15日を過ぎると、まったくコンビニでは受け付けてくれず、

支払いできません。

そうすると、20日過ぎに料金未払いの、警告レターが来て、

電気会社のオフィスまで来て、25日までに支払いなさい、

それを過ぎると、電気を止めます、

と言ってきます。

これまで、いろいろな事情で、

(僕が日本に帰国していたり、5日の郵便物自体届いていなかったり・・・)

これまで、4度も、遠いミンブリのオフィスまで出かけていって、

(タクシーで、片道100バーツほどの場所です)

支払いました。

そして、今月、5日の請求書が届いていないということが、

(僕は、7日に帰ってきたのですが)、

つい先週、気がついて、

ああ、また警告書だなぁ、と思っていました。

そして、その予想通りに、警告書が送られてきて、

ガッカリ。

また、ミンブリのオフィスかぁ、

あのあたり、今、高架道路の建設で、いつも渋滞してて、

行きたくないんだよぉ。。。


そうして、妻のゴイに、なんとか行かないで済む方法がないかどうか、

インターネットで調べてみてくれないか、と頼みました。

以前も頼んだと思うのですが、良い解決策が見つからないでいました。


なんと、今度は、どうやら、ATMでだったら、期限過ぎでも

支払いができるようだ、

と言うのです。

さっそく、上記の警告書を持って、ATMに行ってもらいました。

ゴイが、「出来たぁ」、と言って、

ニコニコして戻ってきました。

今回は、警告支払い期限の3日前ですから、

遅すぎて、ミンブリのオフィスまで行かなければならないかもしれません。

それは後で確認するとして、

期限切れでも、支払う方法がある、ということを知っただけで、

上出来です。


こんなことを書くと、銀行落としにしたら、と思う方も多いでしょうが、

それは、電気会社にも勧められたことがあります。

ただ、僕は、部屋を借りてるので、引越しの可能性も高く、

引越しのときに、銀行落とし契約解除の連絡をしなければなりません。

そのときに、また問題が起こって、一発では簡単に解除できない、

だろうという危惧が、かなり高いのです。

タイのサービスの質を信用していないのです・・・^O^


大体が、タイの電気会社、

一ヶ月未払いで、即停止、というのは、厳しすぎる。

高飛車で、横暴すぎるような感じさえします。

単身者が、なにかの都合で、2週間家を空ける、

ということはかなりの頻度でありえることで、

それがもとで、電気の供給を止める、というのは。。。

せめて、2ヶ月めの支払いが無かった場合は止める、

というのが常識的な感じがするのですが。

日本ではどうなんだったか・・・支払いを滞らせたことがないので、

わかりません。

いずれにしろ、今日の発見は、大進歩、

でした。



今日は、シーナカリンPAR3ドライビング・レンジに行ってきました。

明日、水曜日、

イチャイさんたちと、ユニコでゴルフの約束があるので、

その調整。

というか、どのクラブを持っていこうか、試し打ちして決めようと。

今、ミズノのMP33と、ミズノのMP62とを、

その日の気分で、組み合わせたりして、使っています。

今日は、12時について、16時半まで、4時間半、

16トレイ(640球)を打ちました。

途中で、30分、食事をしましたので、

夢中で、打ち続けていたわけではありません。

10時から17時までは、希望すれば「打ち放題」になります。

200バーツ、です。

会員になれば、180バーツ。

 
心地よい汗をかいた後で、軽食をとっていると、

近くの打席にいた日本人の方に声をかけられました。

長くタイで、駐在や、出張での仕事をされてきた方で、

定年後も、顧問、という形で、仕事を継続されておられます。

なんでも、ベトナムにも月に一度は行かなければならない、

とか。

顧問という形で、好きなタイで、好きなように住めて、

うらやましい。

ご家族は、関西に居られ、現役の時は一緒に赴任して

生活をされたのですが、定年後は、単身で来ているそうで、

彼女もいるし、

わっはっは、ですよ、

とおっしゃっていました。

タイ・カントリー・クラブの会員の方で、

今度の金曜日に一緒にどうか、

と誘っていただきました。


いろいろなことがあって、

うれしい、

ですね。




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最近は、タイの政治や社会情報にも興味を失っていましたので、

タイの英語紙のインターネット版を読むこともしなくなっていました。

理由は、アビシット政権のよる目に余る情報統制に、

唯々諾々と従うタイのマスコミにあきれてしまったからです。

反骨精神のカケラの見えないタイのジャーナリズムからは、

真実の姿は得られない、と思いました。


今度の民主的な選挙で、インラック政権が誕生しましたから、

情報統制は解除されたでしょうが、

この国には、「不敬罪」という時代錯誤の法律がまだまかり通っているので、

どれほどの自由な意見がマスコミ上現れるか、

大した期待はできない気がします。


ところで、妻のゴイの英語学習の関係で、日々のニュースを元に、

いろいろな課題がでるようになりました。

どの国の英語ニュースでもいいわけですが、

せっかくですので、基本はタイの英字新聞からにしよう、

という希望のようで、

NationかBangkok Postか決めかねていますが、

まずはBangkok Postを、

日曜日版のみですが、購入を続けてみようと、決めました。


それでさっそく昨日の日曜版ですが、

先週の大きな話題のひとつ、タクシンの日本へのビザ問題です。

タイの新政権の外務大臣のスラポンが、日本大使に便宜を図るように依頼した、

かどうか、

が争点になっています。

今や野党となった、野党代表のアビシットが、首相時代には見られなかった

(この人、なんで、絶対有利のはずの選挙に完全敗北したのに、

のこのことまた、野党の党首になんか、なったのでしょう?

将来があるのだから、ここは、いったん身を引くということのほうが

良かったのでは、と思うのですが。いろいろ今でなければならない理由が

あるのでしょうね)

という執拗さで、スラポンを責め立てているようです。

そもそも、その依頼が、新政権の施政が始まる前に(まだ、アビシット政権

だった時期に)行われたことが、憲法違反だ、と言って攻めています。

スラポン外務大臣は、彼が日本大使に依頼したことは、一切ない、と主張。

日本大使の方が、申請されたビザに対して、スラポンに電話してきて、

タクシンにビザを発給することに政府として問題はないか、聞いてきたのであって、

ビザを発給したのは、あくまで日本側の判断である、とかわしています。

アビシットは、なじみの関係があるという日本の官房長官の枝野に問い合わせ、

日本からタイから依頼があった、という事実の確証をとろうとしたようですが、

枝野の公式発言は、「タイ政府から依頼されたら発給しないわけにはいかない」、

というものです。

政治家の発言ですから、これだけでは、スラポンが具体的に何時依頼したか、

などという確証には、なっていない。

スラポンは上の態度を変えてはいなくて、

月曜日の今日、逆にアビシットを警察にComplaint(苦情)を訴える、

と発言しています。


ここで、おかしいのは、アビシットが日本政府、日本大使館を攻撃しないこと。

黄色組みが、このビザ発給に異議を表し、日本大使館前で、デモ行うべく、

フェースブックなどで人集めをしたようですが、

ほとんど人が集まらず、たいした主張にはなっていません。

野党、なんですから、異議があるなら、直接日本側に、ビザ取り消しの

リクエストをすればいい。

しかし、本音は、タクシンを禁固刑付の犯罪者として、国際的な場で共感を得る、

ということは、不可能だと自ら判断しているのでしょう。

その証拠に、タクシン逮捕の依頼を、インターポール(国際警察機構)は、

政争による疑惑に過ぎないとみなして、協力をあっさりそでにしています。

このときも、タイ政府は、インターポールに強力な主張をした、という形跡は

ありませんでした。

そもそもタクシンの嫌疑が汚職で、それもクーデターで政権をとったあとの

法律で裁いた罪であること、

また、その後で、2度も司法クーデターでタクシン系政権を壊滅させた、

世界に冠たるダブル・スタンダードの司法ですから、それが発する罪状など、

国際的に通ずるわけがない。。。

その悪しき司法のボスが、インラック政権誕生とともに、自らの危機を感じたのか、

ようやく辞任したので、

ますます、タクシンの禁固2年の罪状は、あいまいなものになっていく、

そんな感じがします。

タクシン派も、このことに関しては慎重に、

ことを急いで逆効果にはならないようにするでしょうから、

早急な事態の回転はないでしょうが。



アビシットも、自分の政権の期間内にことが進んでいた、

という点が、許しがたい要点らしいのですが。

政権期間ギリギリに、駆け込みで、1370億バーツにのぼる

プロジェクト予算を通したりしているから、

水が漏れたんでしょう。。。


このビザ問題も、ただ騒いで、終わるだけではないでしょうか。


日曜版で面白かったのは、タイ関連ではなかったのですが、


20110821chinabasketbrawl
ジョージタウン大学と中国Bayi Rocketチームの乱闘。
この中国チームは兵隊によるチームだそうで、大学生チームに
暴力の限り。
蹴っているのは選手じゃないですよね。コーチ?
下のビデオをみると、観客まで出てきて、椅子を振り上げているような・・・。


退場するアメリカ・チームに物を投げる、観客。
どういう国民根性なのか。。。

このビデオ、インターネットに流れて、大騒動になったあと、

中国では、さっそく削除されて見れなくなっているそうです。

中国政府は、スポーツ振興に熱心ですが、

何年もかけて、「友好第一、競争第二」というスローガンを、

特に国際競技においては、掲げているらしいのですが、

いっこうに効果は見えないようです。


中国では、バスケット・ボールは大人気のスポーツらしいです。

そして、殴る蹴るの乱闘事件は、日常茶飯事だとか。。。

そもそも、この試合、レフェリーが偏向ジャッジで問題を

醸成していたようです。というのは、ファールによるフリースロー、

中国チームは57も与えられている一方、アメリカチームはたった15。。。

いずれにしろ、中国という国柄、怖いものがあります。

こんな国が、経済的にますます強大になっていったら、

と思うと、ゾッとするのは僕だけでしょうか?



つい最近、中国に対する辛口時評で、ブロガーの世界で有名だったという、

御家人さんという方の、日々是チナヲチ、というサイトを知ったばかりです。

実は、この方は、すでに亡くなられていて、その人生の終わり方、

ブログの仕舞い方、などなど、多くの人のこころを打っています。


最後の入院するときと、死亡したときの、2つのブログの内容を事前に

友人に渡し、そのときがきたら、アップロードするように、依頼しました。

入院するときのタイトルが「サヨナラ」、最後が「店仕舞」で、次の

時世の歌付です。


今生の つとめを果たし いまはただ ただ寄り添いたし 彼岸の君に


いかに人生を生きてきたかが、

どのような人生の閉じ方ができるか、

に直結している、

この方の生き方の潔さ、美しさに、

感じ入りました。


この方のブログを後読みしながら、

少なくても中国のことを、学んでみよう、

と思った次第です。


感謝。






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今回の日本帰国に利用したのはデルタ航空でしたが、

一番安いチケットでも、委託荷物は2個、それぞれ20KGまで無料です。

なんでも、アメリカでは、委託荷物は有料(1個30ドルとか)、

というのが普通らしいので、国際線でもそうなるのではないか、

と心配しているのですが、今回は、そういうことはなかったようです。

LCC(ロー・コスト・キャリア)という格安航空では、預ける荷物は

当然有料になるのでしょうね。

AiaAsiaはそうなっていますし。。。


そういうことで、今回の日本からのもどり便では、

40KGまで無料なので、

いつもの定番の食料品や衣類のほかに、

本を少し多めにもってくることができました。

全部で、50冊。

いくつかのテーマで選択したのですが、

そのひとつに、

既読の本の中で、こころに残った恋愛小説をもう一度読もう、

というテーマがあります。

なにを持って来たかというと、

・時雨の記 (中里恒子)

・風の盆恋歌 (高橋治)

・アカシアの大連 (清岡卓行)

の3冊。

あとは、未読の本ですが、

・幸田露伴の(わかりやすい)本

・柳田國男の本(基本の基の、遠野物語など)

・寺田寅彦の随筆(現代に通ずる新しさが、あるようで・・・)

・斉藤茂吉の秀歌(上・下)と随筆

これらをここに書くのは、

絶対に読みたい、とこころに決めているからです。^O^


7日にバンコクに戻ってから、読み終わった本は、

1.いまなぜ青山二郎なのか (白洲正子)

2.生きる (乙川優三郎)

3.夜の小紋 (乙川優三郎)

4.日本の弓術 (オイゲン・ヘリゲル 岩波文庫)

5.時雨の記

です。

6として、「愛妻日記」(重松清)をあげたかったのですが、

あまりにつまらなくて2,3のストーリーを読んだだけで

投げ出してしまいましたので、カウントしません。



1は、日本の戦後に青山二郎という、何もしない天才、がいたということを

教えられるとともに、その青山を通して、小林秀雄について目を開かされる

エピソードの山でした。一言で言って、この本は、青山二郎と小林秀雄という

1卵生双生児のような天才と秀才について、書かれた本だと理解しました。

この本から、あれこれ思索が飛び、関連の本を読んでみたくなりました。


2と3は、僕の趣味にあったエンターティンメントです。


4はなんだろう、と思う方が多いのではないでしょうか。

僕自身、本を整理していて、この薄い本がでてきて、

なんで買っておいたのだろう、といぶかしい気持ちでしたので。

これは、昭和の初期にドイツからやってきた哲学の先生が、

日本精神を理解すべく弓道の達人に弟子入りし、

5年をかけて師範の免状をもらうまでの、こころの記録です。


彼は並大抵の気持ちでこの訓練を望んだのではなく、

不撓不屈、ドイツ人特有の徹底ぶりで稽古をしますが、

弓を引けるようになるまで、1年かかります。

そして、次は射放つ、段階です。

どうしても、矢を放つたびに、激しい衝撃を受ける。

先生が矢を放つのをみていると、少しも衝撃は起こっていない。

「先生の手は不意に開かれて、それがどうなるのか見る隙も無く、

稲妻のような疾さ(はやさ)で行われた。

私はいくらそれに倣おうとしても、無駄だった」


そこで、彼は、自分はこれ以上どんなに進もうと思っても進めない、

と先生に告白します。


「あなたがそんなに立派な意思をもっていることが、

かえってあなたの第一の誤りになっている。

あなたは頃合よしと感じるか、あるいは考える時に、矢を射放とうと思う

あなたは意思をもって右手を開く。

つまりその際あなたは意識的である。

あなたは無心になることを、矢がひとりでに離れるまで待っていることを、

学ばなければならない」

と先生。

「しかしそれを待っていると、いるまでも経っても矢は放たれません。

私は弓を力の続くあいだ張っています。

そうしてしまいには、まったく意識的に矢を放してやらなければ、

張った弓に両腕を引き寄せられて、矢はまったく放たれるに至りません」

と応えると、先生は、

「待たなければならないと言ったのは、なるほど誤解を招く言い方だった。

本当を言えば、あなたは全然なにごとをも、待っても考えても欲しても

いけないのである。

術のない術とは、完全に無我となり、我を没することである。

あなたがまったく無になる、

ということが、ひとりでに起これば、

その時あなたは正しい射方ができるようになる」

と答えられた。



・・・・・きっと、僕は、ここのところを本屋で立ち読みし、

購入していたのだと、思います。

今、日本精神とは何か、ということを、振り返って理解したい、

と思っています。

震災を境にしてもしなくても、日本とはなんなのか、

日本精神というものがあるとするならば、

それが変わっていこうとしているのか、

変わってしまったのか、

そんな簡単には変わらない不易のものなのか、

そういうことは、僕にとって、腹に落ちるほどに知り通した、

ということはなく、

それゆえ、今、それにとても興味を持っているところなのです。

そして、まったく同じような状況が、

時代と人種が違っても、

昭和初期のドイツ人の、オイゲン・ヘリゲルという哲学者が

かかえていたことなのだ、ということです。

彼は、日本のあらゆる「術」は、その内面的形式から言えば、

一本の根源たる仏教ーさらにいえば禅ーにさかのぼることになる、

ということはすでにヨーロッパ人にとってもなんの秘密でもなくなっている、

墨絵、茶の湯、歌舞伎、生け花、剣術、弓術などなど。



こんな風に言われると、やはり禅のことを、ぼんやりではなく、

(禅については、20才になってまもなく鈴木大拙の本を2,3冊読んでから、

機会あるごとに、人の話や、テレビや、物語の中に現れたり、新たな本を読んだり、

ごく日常のように、接してきているわけです)

もうすこし突詰めてみなければ、と思ってしまいます。

それでも、禅を知る、ということは、知識を増す、ということ、

思弁的なことではなく、

きっと経験的なことなので、

おのずから、座禅とか瞑想をする時間を持たなければならない、

という課題にぶつかります。。。


5は、ゆっくり味わうように読みました。


中里恒子は、30歳のとき、初めて女性として芥川賞をとった作家です。

そのころの作品は、彼女の親類にいた西洋人の女性と国際結婚をした

家族の変転、もっと平たく言えば、試練と克服の物語が多かった。

母親は、日米開戦に先立つこと7年にして母国フランスに帰され、

その娘は戦争直前に二十歳で急死、など幸せな終わりを見せてはいないようです。

中里恒子も、47歳で離婚。

そして中里恒子の一人娘は、ボストンに留学した後、アメリカ人と結婚し、

3人の男子の母となります。

戦前の親類の経験とまったく反対の立場での国際結婚の環境に身をおくことに

なるわけです。

そして、中里恒子が69歳のとき、娘は日本には戻らない、と最後の決心を母親に

伝えます。今後のひとり暮らしを決意しなければならなくなります。

上記のような国際的家庭環境が、逆の力になったのか、中里恒子は、

日本古来の美に深く親しんでいきます。

古典を理解し、骨董を味わい、着物を楽しむ・・・


「時雨の記」は、1977年、68歳のときの作品でベストセラーになりました。

僕が読んだのは、それから10数年後、僕の離婚したあとだったと、思います。

物語は、60間近かの男と、40代の未亡人の、恋愛小説です。

書評に、これは一種の私小説だ、作者の秘められた実の恋愛が語られている、

という声もあって、人気を呼んだのかもしりません。

老いらくの恋、というのは、時に評判をとります。

僕も、一度読んだとき、これは名作だなぁ、絶対に読み返そう、

とつよく思ったものでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いくばくもない一生なんだ、かげろうのようなものなのさ、

出会えたということは、しあわせなんだよ、

わかっているのかい、

多江は、うなずきました。

「・・・終わりの花、残りの花かしら、」

「そんなことはない、僕にとって、初花だ、

五十をすぎても恋は出来る、出来た、

晩年のしあわせが、本当のしあわせだよ、

若い時のはかない盛りとは違うよ、

しずかに思える、」        (文庫本 107ページ)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




さて、それを今度読んでみて、そんなに感動しない自分がいました。

主人公の男性の年齢を超えてしまう、実際の僕なのですが、

ストーリーや登場人物の言葉に、それほどの感銘を受けないのでした。

これは、何故なんだろう・・・。


「いまなぜ青山二郎なのか」を読んで、骨董の鑑識の天才児、青山二郎の

生き様を知ったあとなので、

この小説の登場人物やその背景の中で、重要な役割を演ずる、

骨董や書画のえんえんたる叙述が、鼻についてしまったのか。。。


現実の僕にとっての、こころの問題や、実際の生き方について、

なんらモデルにならないことを感じた、からか。


そういえば、この小説、渡哲也と吉永小百合のコンビで、

映画化されており、そのビデオを買ってもっているのですが、

昨年、観ようとして、前半の20分ばかりで、中断していたことを

思い出しました。

あの時は、なんだか小説の雰囲気が出ていないから、よそう、

と思ったのですが。。。


なんだかわからないままに、

不思議だなぁ、面白いなぁ、

と思っている今、

です。



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昨日からの話題が、まだ続いています。

クアラルンプールとシンガポールにしよう、

とゴイが提案すると、仲間8人が行こう、と言う。

8人、というのは、彼女が学校で普段語り合っているグループ全員です。


昨日の記事に対して、シンガポール在住のAさんから、

「拍手」のコメント機能を通して、情報をいただきました。

ありがとうございます。

「拍手」のコメントに返信する方法がなさそうなので、

本文のこの記事で返信を書きます。


シンガポールでは、リトル・インディアあたりのホテルが一番安そうで、

シンガポール・ドルで20ドルから。

Zlinkという地下鉄・バス共通の乗車カードも便利だ、とのこと。

おすすめのように、3日は居たい、ですね。

Aさん、ひとつ確認したいことがあります。

文字化けで読めない文がありました。

「KL~S'poreはMR80X2=160のBusがあると思います」

これは、きっとKL(クアラルンプール)からSingaporeまで、

マレーシア・リンギット(RM)で片道80RM(往復160RM)の

バスがあります、

という意味だと解釈しましたが、正しいでしょうか?



そして、たった今、このブログを書いているときに、

Honmaさんからも貴重なコメントを送っていただきました。

参考にして、計画します。


それにしても、驚いたのは、昨日ゴイと話をしていて、

初めて知ったことですが、

目を開かれる思いをしました。


まずは、交通手段のことを話しています。

皆さんご存知のとおり、タイでは鉄道よりも、バスの方が発達していて、

長距離でも、バス便の方が早く着きます。

その分、バスの方が鉄道よりも、運賃が高いのです。

長距離になると、2倍近くの違いになるのではないでしょうか。

それで、まず、鉄道を調べています。

あの有名な?マレー鉄道で、バンコクからマレーシアを通って、

シンガポールに至ろう、というルートです。

日本人に、一般的なのは、バンコクからマレーシアのバタワースまで行く、

国際急行寝台列車、らしいです。

バンコクからは、1等、2等、3等、と客車の格の違いがあり、

マレーシアのバタワースまで行くのは、上の2等寝台客車のみで、

1等、3等、その他、食堂車などは、すべて、手前のハート・ヤイ(ハジャイ)

止まりになるから、注意すること、とあります。

バンコクから、延べ23時間もかかる鉄道の旅ですから、

日本人であれば、たとえバックパッカーだ、と宣言していても、

ほとんどが、このマレー鉄道の、2等寝台列車で、バタワースまで行く、

ということになるようです。

いくつかのインターネットのバックパック旅行の記事を読みましたが、

ほとんどがそうでした。


ところが、今、ゴイたちが考えているのは、

そんな2等寝台列車(多分1200バーツくらいします)など、

思いもよらない贅沢、

なのですねぇ。。。


10日間の旅程で、総額5000バーツ、といのが目論見だ、

と言います。

^O^

こんなことがホントにできるのか、大思案中なのです。



マレー鉄道、といえば、沢木耕太郎の「深夜特急」を思い出す人も

多いのではないでしょうか。

僕は、2年ほど前に、読みました。(アジアの部分のみ、ですが)

「深夜特急」は、たしか香港から旅が始まって、

バンコク、

さらにハート・ヤイあたりを通って、

シンガポールに抜けたのではなかったでしょうか。

ちなみに、沢木耕太郎はバンコクに感銘を受けなかった、

という印象が残っています。

香港で受けた、アジア人の強烈な生き様に、

南国の、さらなる熱狂的な激しさを求めてバンコクに乗り込んで、

肩透かしを食った、

そのあげくに逃げるように新天地を求めて旅立った、

そんな記憶があります。

貧乏旅行、とはいっても、彼はすでに著名なノンフィクション作家であり、

目的として、社会の隅にうずくまって生活しているような人々になかに

身をおく旅にしたい、と思ったのでしょうから、

本来のバックパッカーではない。



思えば、小田実の「なんでも見てやろう」から、

そういう旅にあこがれる人々が輩出してきたような気がしますが、

小田実の場合は、

フルブライト留学生として、アメリカで作家修行をした後、

ヨーロッパを回って日本に帰国したい、

その予算は全額で200ドル、

では、1日1ドルの予算で、決行しよう、

という旅行記です。

これなら、かなり、厳しい旅だったであろう、

と想像してしまいます。



話はもどって、ゴイが言うには、バンコクからハート・ヤイまでは、

フリーの列車にのるから、朝早く並ばなければならない、

それでも、座席の切符を持ったひとが現れたら、

席は明け渡さなければならないので、心配だなぁ。

なにを言ってるのだろう。

たとえば、バンコクからバタワースへ行く列車は、

1等、2等、3等、そしてフリーの切符がある、

と時刻表に書いてある、と言います、

そのフリーのことだ、と。

僕は、はじめ、自由席車両がある、ということで、

早い者勝ちで、先にいって席をとってしまえば、

それで座っていける、

それがフリー切符ということだ、と。


ところが、そうではなくて、フリーとは、まったくの無料、ということらしい。

バンコクに、無料バスがあるように、鉄道にもフリー列車がある、

ということ。

だから、ゴイは、ハート・ヤイまで、「タダ」で行こう、というわけです。


それなので、たとえば、3等のエコノミー・チケットで、座席指定の人が

現れれば、その席を明け渡さなければ、ならないのです。


タダ、かぁ。。。


ハート・ヤイからは、マレーシア鉄道の運営になる鉄道なので、

フリーがあるかどうかわからない、

無いものとして、考えて、

ハート・ヤイからクアラルンプールまで40マレーシア・リンギット(MR)、

クアラルンプールからシンガポールまでは、19MR。

これがうまく回れば、バンコクからシンガポールまでの鉄道料金が、

600バーツで済みます。

往復でも1200バーツ、です。



しかし、それを総額予算の5000バーツから引くと、

残りは3800バーツ。

述べ10日の旅として、1日あたり、380バーツ残るのみ、です。

エ~ッ、

宿代は、どうなるの?

300バーツのゲスト・ハウスを見つけて、

二人、一部屋に寝て、一人当たり150バーツとするか。。。

そうすれば、食事とバス代に230バーツ残る。


ゲスト・ハウスって、一部屋単位にプライベート扱いで、

何人泊まっても、いいのだろうか?

そんなことを調べなければ、なりません。


面白いことになってきたのか、

恐ろしいことになってきたのか、

ロングステイヤーが考える、

チープだけれど、快適な旅行、

とは違う様相を呈してきたことだけは確かです。


行くべきか、

行かざるべきか、

それが楽しみ、

だ!

^O^




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大学の一学期末の試験が、10月の初旬に終了します。

それから、2学期が始まるまで、3週間ほどの休暇になります。


この間、どう過ごすか。

学生たちが、計画を立てる時期でしょう。

1年生のときは、ほとんどが田舎へ帰る、

でチョン、決まりです。

それが、2年生になると、

いろいろしてみたいことが出てくるだろうと、想像します。


妻のゴイが、学校から帰ってきて、ちょっと困った顔をしています。

友達数人に、バックパッカーでシンガポールに行ってみたい、

仲間のリーダーになってガイドして、

と頼まれたのだ、といいます。


学校の友達、といっても彼らは、大体20歳くらい、

ゴイは27歳、

いろんな活動で、いつも彼女がリーダー役をやっている様子は、

よく聞いています。

英語専攻の学生たちなので、

英語の使える世界へ行って、自分の英語を使う、

という経験をしてみたい、

という殊勝な目的をもっています。

みんなお金が無いから、

バックパッカーで、バスを使って、貧乏旅行で、行きたいのだ、

と。

仲間の誰も、バックパッカーなんてやったことはありません。

まともに外国、といえる所には行ったことがないでしょう。


ゴイにしたところで、去年僕とシンガポールに行くまで、

ラオスかミャンマーに行ったことがあるだけで、

生活ぶりはタイと変わることのない国々です。

それなので、友達の望みの熱さは、わかります。


それで、どう答えたの?

まだ、答えてない、考えてみる、って言ってある。

休暇は、あたしの夫と一緒にいることにしている、

と友達に言うと、

彼も一緒に、で良いじゃない、との応え。


実は、その3週間の休暇の間に、日本に行こう、という話をしており、

つい先日、

日本大使館からビザを取る方法に調べたりしたばかりなのでした。

そういう背景があっても、ゴイが友達の話に、

行けないヨ、と断定しなかったのは、

頼まれると断れない彼女の気質と、

友達とそういう経験をすることに、かなりの期待もあるのではないか、

と感じました。


あなた、どう思う?

と訊くので、

・ 僕もそのバックパッカー旅行に一緒に行く、ということは考えられない。

  このアイデアは駄目。

・ ゴイが行くかどうかは、もう少し、具体的にマレーシアからシンガポールへの

  バックパッカー旅行について調べてから、決めたらいい。

と答えました。


僕は、見知らぬ国へ、バックパッカー旅行をする、

ということは考えたこともありません。

幸か不幸か、サラリーマンになって3、4年後から、

海外へ行くチャンスが結構多く、

見知らぬ世界を知るためには、そういう必要を感じなかった、

ということもあります。

それなので、安宿で、ゴキブリが夜中に走り回るかもしれない?

ような旅行は、できないだろう、と思っているわけです。


それで、そう答えているのですが、

その話があってから、2,3日たっています。

ゴイは、まだ決めておらず、

友達にも応えていない、ようです。

今朝、学校に行く前に、ちょっとだけ状況を聞くと、

考えをもうすこしまとめて、彼女たちと話合う、

と。

今の考えでは、友達に一人が、南部の出身なので、

1日目は、バスでタイ南部に行き泊まり、

2日目に、バスでシンガポールに入る。

2泊して、戻る。

一人、5000バーツでできるかしら?まだ分かっていない。

そういうことなので、まだ、よくつめていない、という状況です。


バックパッカーというのは、安宿にとまり、食事も屋台で、

タクシーなどに乗らず、てくてく歩いて、、、

という旅行であっても、滞在に関しては、けっこう日にちをかけて、

のんびり旅行なのではないか、という気がします。

その意味では、上の計画は、あまりに駆け足すぎるので、

どうかな、

せっかくなんだから、

クアラルンプールに寄って行くといいのになぁ、

などと思ってしまいました。

いずれにしろ、全体の予算は、かなり重要で、

どれだけ親からお金がもらえるか、次第で、日程も場所も決まる、

ということです。

日本のバックパッカー日記、などインターネットで見てみると、

バックパッカーとはいっても、結構お金は持って出かけているように

見受けますが、どうなんでしょうか。

泊まる宿は決めずに、現地についてから安宿探しをする、

という方のも見受けますが、それでも、現金をかなり持ってそうするのと、

お金もさびしい限りでそうするのでは、なにか違うバックパッカーのように思います。


しかし、

ともう一人の自分が、言います。

僕が、1年半ほど前に、やっていた、

バスを使っての、婚活タイ旅行、

結構安宿にも泊まっていました。

それでも、「地球の歩き方」に乗っている安宿のレベル、ではありますが・・・。

あれも、一種のバックパッカーのはしくれであるならば、

僕にバックパッカー旅行がまったくできない、

というわけではないかも。

などという悪魔のような、ささやきが聞こえたりもします。


20歳の乙女?はらからと一緒に、

バックパッカーをする、って、

2度とない、稀有な体験になること、間違いないぞ、

なんて。



アジアのバックパッカー旅行、

マレーシアか、シンガポール、

経験のある方がおられましたら、

コメントお待ちしております。^O^



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ほぼ、2ヶ月前に、サマゴーンにある中古住宅を買おうと、

相談にものってもらっていたイチャイさんとは、

その住宅の件が不発に終わってから、

僕の日本への帰国などで、忙しくなり、連絡できないでいました。


長引いた体調の不良も、どうやらOKになったようなので、

久しぶりに連絡したところ、

さっそく、喜んで、ゴルフのセット・アップをしてくれました。


昨日の朝8時に連絡したら、その日の11時半に、パインでプレーしよう、

という素早さです。

イチャイさんの方も、仕事が忙しくなった、ということと、

ゴルフ仲間のPさんが、体重過多でヒザの調子が思わしくない、

などがあって、

3週間振りのゴルフだそうです。

サマゴーンに住む、おなじみの、銀行OBのNさん、

アメリカの大学で教えていたDさんを誘ってくれていました。


全員60歳以上、話題も共通のことが多いのは、

タイも日本もかわりません。

タイでも、晩婚化がすすんでいるのでしょうか、

Nさんの二人の子は、上が息子で30歳、TOT勤務。

下が娘で、28歳、父と同じ政府系銀行に勤め、

今はオーストラリアに英語の勉強に行って、8ヶ月めになるけれど、

二人ともまだ独身。

あまり、あせっている様子はなさそうです。


久しぶりのゴルフで一緒、でしたが、腕前はあいかわらず、のようです。

この年齢になると、

上達するよりは、変わりのないこと、下手になっていないことを、

喜んだ方がいいようです。


ハンデキャップをつけてプレーするのも面倒なので、

3パットは20バーツ、

パー3は、スキン・マッチで、敗者は20バーツ、

18ホールで閉めて、

それをプレー後の食事の軍資金に提供ですることで決まり。

それ以外に、Nさんと僕がバーデイ、

イチャイさんがパーをとれば、ビールをもらえることに、、、。

Dさんは、飲まないので、これには不参加、です。

ということで、スタートしたのが、12時半。

午前中に、中規模もトーナメントが開始していたようですが、

時間もたって、

スタート・ホールは我々だけでした。


一人で、きままに運動のために、と思ってするゴルフも良いですが、

そればかりだと、やはり、つまらなくなります。

こうして、知り合いと、和気藹々でするゴルフも、

うれしい限り、です。

僕には、今のところ、日本人のゴルフ仲間が居ないので、

知り合いと回る、

といってもタイ人ゴルフ仲間だけになってしまいますが・・・。


ゴルフの結果は、

どうしたわけか、今日はパッティングが上出来で、

前半で2つのバーディをとることができました。

2メートルにつけた2つのバーディ・チャンスを2つともゲット。

こういうことは、めったにありません。


しかし、そのために差し出されたビールが前半で2つ、

最近飲酒量を減らしている僕としては、

効きすぎて、

後半は、パーが1つで、あとはすべてボギー。

(単なるイイワケです。^O^)

トータル・スコアは、40+44=84。

パッテングが好調だった、とはいっても、

4個の3パットで、食事の軍資金に提供しました。



プレーが終って、クラブ・ハウスのレストランで、くつろぎはじめると、

すごいスコールがやってきました。

20分、遅かったら、びしょぬれになるところでした。

コースを眺めると、雨で、視界は真っ白に見えます。

その中を、まだ残っていたゴルファーたちの走って逃げ込む姿が、

黒子の踊りにように見えます。けっこう、幻想的。。。


そんな雨のせいで、レストランでの時間が少し、長くなりました。


会話の中に、当然、日本の震災その後、のことが出てきます。

菅首相はどうですか?

もう、一日も早く辞めてもらわなければならない、最低の首相です。

え~っ、タイ人には印象が良いですけど。いつも謙虚にみえて。

彼ほど、気楽に、何度も、ゴメンナサイと誤り続ける首相はみたことありません。

謙虚なのではなく、まったく責任の重みを知らないノーテンキなのです。

彼の統率力のなさ、思いつきだけの発言、不信、が蔓延して、復興が遅れています。

ヘー、そうなんだ。見かけがいいのは、アビシットと同じなのかぁ。。。



わがインラック首相はどう見えますか?

なにか、新しい動きが始まるような感じがします。

政治家としての経験がない、といって揶揄するステレオ・タイプな意見もあるようですが、

今のタイの政治家の経験なんて、かえってない方が公正にやれて、良いんじゃないか。

またタクシンのロボット、というこれもステレオ・タイプな主張がいっぱいだけれど、

これも案外、インラックは自分のカラーを出していくのではないか。

そもそも、タクシン自身、追放前と、現在では、いろいろ賢くなって、

物事の見方も、戦略も、変えている、と思う。

昨年の騒動以降、タクシンの発言の方が、アビシット派の発言より、

まっとうに聞こえるような気がします。

日本の多くの企業は、タクシン時代、あまり優遇されなかったという思いがある、

と聞いているのだけれど、それは、その当時、当然だっただろう。

なにしろ、新興勢力として旧勢力を打破せねばならず、

歴史の中で旧勢力と深い関係を結ぶことが必然だった日本企業が、

そのとばっちりを受けて、重要視されず、中国第一の戦略だったことは、

十分うなずける。

ただ、状況は、今、大きく変化している。

インラック勝利の後、タクシンが決めた、訪問先の大国も1番目が日本、だったことは、

彼の思いを、示唆していると思う。

震災地への激励訪問、というパーフォーマンスの容易さはあるとしても、

中国との関係が磐石な今、

(温家宝首相が、インラック首相誕生に送った温かな祝福メッセージを読みました)

タクシンは、日本との関係の見直しを、探ろうとしているのではないか、

それは、タイー日本の関係にとって、良いことではないか、

と期待して、見ています。。。


とか、なんとか、話してみました。



そんな話ばかりではなく、

この年代の、夜の生活の話題など、

いろいろおかしく、

ためになる話なども聞いて・・・。


1時間ほどして、

雨もあがり、

帰宅しました。



久しぶりのパインで、

バーディ2つ、トータル84、

とても、良い一日、

でした。




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この1ヶ月間、なにかと体調不良を訴え続けていましたが、

それもようやく普通の状態にもどってくれたようです。


昨日は、KK(クルンテープ・クリタ)ドライビング・レンジで一汗。

月曜日は、ゴイの授業がないので、

中間テスト明けの息抜きとして、ゴルフに連れてってやることになり、

ゴイも久しぶりの練習です。


ここの練習場、午後2時までに入れば、ボールは100バーツで4トレイ(160球)。

安い、です。

しかし、ボールが古くなってきました。

こんなボールを使っていると、お客さんが来なくなって、

ツブレちゃうんじゃないかと、心配です。


なにしろ、僕が通っていた練習場、

RAM76は昨年、

VIVAゴルフは今年、

潰れています。

その2つの練習場も、最後はこんなボールだったなぁ・・・。


気が乗ると、200バーツ、8トレイ(320球)くらい、軽く打つのですが、

上の事情で、160球で打ち止め。

ゴイは、久しぶりだったので、100球ほどで、音をあげていました。

それでも、言葉は強気で、

なんだか、打てる!という気がする。

弱気な言葉を吐くと、

明日、連れていってあげない、

と言われるのを怖れていたのでしょう、ね。


ランチは、この練習場のレストランで。

結構、美味しい、と思いました。

僕は、初めてのところでは、パッタイを注文することが多いのですが、

(他の料理を知らないので・・・^O^)

それは、同じ料理で、味を他店と比べてみるため、という気もあるからです。

ここのパッタイは、まわりが卵焼きで覆われているヤツで、

僕の好きな味でした。


ということで、

今日、月曜日は、朝から、ゴルフ。

ゴイにとっては、初めてのユニコです。

(といっても、僕のプレーを見るだけで、2回は行っている場所ですが)


9時からプレーして、終了は午後1時、

雨に降られることも無く、4時間の楽しい時間でした。

20110815unico1


ユニコは、短いショート・ホール、

前半3番ホール(110ヤード)、後半17番ホール(130ヤード)、

ともに池越えなので、

女性の初心者は、まず、池ポチャしてしまいます。


それで、総体的に、タノンよりは、難しい!

とか。

デビュー戦のタノンでは129のスコアでしたが、

第2回目の今日は、134。


しかし、カートを使わず、前へ前へと進むことはできたので、

良い運動になったことと、

やっぱり、ゴルフ場のすがすがしさは、好きだ!

ということで、大満足していました。

連れが、満足すれば、

僕もうれしい。



そんな、

健康な一日を、

送ることができました。

感謝。




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産業カウンセラーに、資格更新制度ができたのは、つい5年前です。

その第1回目の、更新時期がやってきたのですが、

カウンセリングの「実業務」に携わっていれば、

資格更新に必要なポイントを得られるようになっています。

その実務を行っていない場合、様々な研修を受講することによって、

代替ポイントを得ることができることになります。


僕の場合、この資格を更新するかどうか、少し考えました。

年齢のことと、ほとんどの時間をタイに住むようになりましたので、

どうしようかな、

と思ったわけです。


結局、

ある意味で、カウンセラーとしての目線で世間を見る、

そうすることによって、

ビビッドに世の動きを感じようとし続けるだろう、

という思いが強く、更新しようという結論になりました。


ついこの間、ブログの読者の方から、どうしてカウンセラーに興味を持つようになったのか、

という問いをいただいたことがありました。

この機会に、少し、述べてみたいと思います。


僕は、ある外資系企業に勤務し、同じ会社で早期退職しました。

33年間の勤務でしたが、その間、企業内の様々な部門、

技術から、製品開発、営業企画、マーケティング、

市場開発(新規分野に子会社を作って参入すること)など、

広い職場で働きました。

外資系企業だから、という点も多かったと思いますが、

結構、個人に与えられる自由裁量の幅が大きいと同時に、

仕事の質と量に関しては厳しい、ということがあったと思います。

そのためか、

社員が、時に、身体的のみならず、

こころの病に倒れてしまう、ということがあります。


まぁ、自分のいる職場では、そういうことはないけれども、

と思って長い間、働いていました。


ところが、実際に、自分の周りで、起きてしまったのです。


(以下の話は、まったくの架空の話として、お読みください。

登場する人も、年齢も、環境も、変えて、話を作っています。

これに似た、話があった、と言う風にお取りください)


40代に自分は、2年に1度、くらいの割合で、

新しいプロジェクトをこなしていました。

(会社は、IT系ですが、僕の場合、

すべてがシステム関係のプロジェクトではなく、

新規市場の可能性を分析し、子会社を作って、参入する、

というようなことも、プロジェクトと考えています)

そのうちのひとつのプロジェクトで、

新しく一緒に働くことになった、30代半ばのシステム・エンジニアさん。

優秀で、理解も深く、仕事も速いよ、

でもちょっと癖があるから気をつけたらいいけど、

と聞いて、

面接をしてみると、なかなか信頼できる人のようでした。

一緒になった仲間の中でも、年齢、経験からいって、

彼に、技術系のリーダーを任せることに、何の疑問もわきません。

全体のリーダーは僕で、顧客との窓口、他部門との交渉、全体計画の作成、

なども僕の責任で、彼にはテクニカルな責任を持ってもらう、という分担。

1年で完了の予定のプロジェクトでしたが、

始めの半年間は、順調そのもの、でした。

海外にも、事例を参考にするため、あるいは、こちらの計画を示し、

意見をもらうため、など、彼にも出張してもらう、というようなことも、

順調にこなしてくれていました。

ところが、半年を過ぎて、ある中規模程度のトラブルが発生してしまいました。

トラブル無しで、プロジェクトが終わる、なんてことはまず無いのであって、

それがあるから、リーダーが存在する、

それを解決することで、人も成長し、プロジェクトも確たるものになる、

と思っているので、僕としては、ある意味、いつものことが起こった、

という感覚です。

ところが、意外なことに、彼の反応は違って、

一言でいうと、パニックに陥ったようになり、

自分自身を見失い、解決への案がまったくみえてこない、

という様子なのです。

そのうちに、同僚・部下とのやり取りもきつい言葉の投げあいが見られるようになり、

出社時間も乱れ、

なんだか嫌な匂いがするので、注意してくれないか、

という相談まで、僕にもちこまれるようになります。

ちなみに、彼は、結婚していて、子供もいる立派な家庭人です。


できるだけの調整はしたものの、プロジェクト完了まで3ヶ月の切る段階になり、

僕は、彼を技術リーダーから外さざるを得ない、と判断しました。


プロジェクトは、計画通り、1年で完了したものの、

彼は、最後の3ヶ月を、まったくの用無しで、

誰からも煙たがれ、孤独な日々を送ることになってしまいました。

プロジェクトが始まった当初の、活き活きした行動はなくなり、

基本的には彼の描いた設計に、多少の変更を加えただけで成功したのですから、

彼の功績も大のはずなのですが、

それを評価する眼が残っていません。


管理者として、僕の責任逃れられません。

後で、機会があって、彼の上司としての前任者に会うことがあり、

その人が、最初に言った、

クセがあるから、

とはどういう意味だったの?

と聞きました。

その人の見方は、まぁ、クセと言えるか、どうか、

誰にでもあることかもしれないけれど、

彼は完璧主義者で、自信家である、

それがうまく回っているうちは良いけれど、

いったん崩れると、他人の眼を気にしすぎ、

自信の崩壊も速く、収拾がつかなくなり勝ちだ、

ということでした。

そういうことが、すでに、何度か在った、と。

僕が、彼とのつきあいで、僕が知ったことが、

その通りにその人の口から、語られているのです。

何故、始めに、そのクセについて、

もっと、真剣に聞いておかなかったのか。。。


ひるがえって、

彼の人事記録を、読み直してみました。

入社早々から、彼は、自分はこの会社の社長になる、

と宣言しています。

学歴は、かなり優秀なものです。

しかし、経験を積み、20代も終わりになっても、

自分が社長になるように、上司は機会もくれないし、

教育もしてくれない、

と不満をもらし続ける人間には、

もっと真摯な、コミュニケーションが必要だったのではないのか。

彼は、周囲に、良く理解されないまま、

15年以上も会社員生活を送ってきたのではないか。


彼とは、その仕事のあと、職場を同じにすることはなく、

ときおり社内ですれ違うたびに、元気かい、

と声を掛け合うだけだったのですが、

5年ほどして、彼の消息を聞くと、

まだ40歳になるかならぬかで、ある種の窓際族になっている、

という話です。

ああ、僕が、彼の会社員生活を、ダメ押ししてしまったのかもしれない。

という悲観に陥ってしまいました。


そうして、僕が、もう早期退職もいいかな、と考え、

自分の会社員生活を振り返ったとき、

大体は満足でハッピーなサラリーマンで過ごせた、というのが

ホントに本音なのですが、

なぜか、こころに残ったことがあるとすれば、彼とのことだったのでした。


あの時、僕自身が、こころの問題についての関心が深く、

彼のことをケアすることができたら、

彼が崩れかけそうになったとき、

すぐにも社内のカウンセリング室に行ってもらったり、

もっともっと知恵を絞って、

最後まで、彼を技術リーダーのポジションから下ろす、

という決定を避けるような努力をしたかもしれない、

それが、彼の人生を変えることの一助になったかもしれない、

という思いだったのです。


早期退職しても、そのときはなんらかの形で、

親会社・子会社との関連は続きそうでしたから、

自分がカウンセラーになって、

もしかすると、手助けができる人がいるかもしれない、

できるならば、ぜひ、その努力をしてみたい、

そう、思って、心理学とカウンセラーの勉強を始めたのでした。



もうひとつは、こんなことがあります。

僕は、案外、優秀な社員だと誤解されていて(^O^)、

将来の幹部候補生だったのです。

(あはは、これも、前の話と同様、まったくのフィクションと

お考えください)

幹部候補生になると、普通の社員教育にプラスして、特別な教育が提供されます。

土、日を含んで、

様々な部門からの代表者と一緒になって、ホテルに缶詰めになり、

重役たちの訓話を聞いたり、その時々のビジネス・ゲームをさせられたり、

かなり密度の濃い、時間を過ごさせられます。

30代になってすぐのころに、そういう研修に参加しました。

15人ほどの仲間が集まりました。

その研修の中身は、どうでも良いのですが、

その仲間の中で、僕自身が、この人物は、将来の社長になる器だ、

と感じた人がいました。

多くの、切れ者の中で、彼が一番優れている、と思わせました。


そして、その研修が終わって、1ヵ月後、何が起こったか。


あの、日航の御巣鷹山(おすたかやま)惨事の、

TVから流れる搭乗者名簿の中に、彼の名前を発見したのです。


僕は、驚愕しました。

人生に、とめどない無常感を、味わいました。。。


それから、しばらくは、仕事に対する熱意を失ってしまいました。


もともと、自分からは、会社員として昇進したい、という欲望はなく、

(これはホントに本当です)

適当なサラリーを得れば、あとはプライベートで好きなことに打ち込みたい、

という人間でした。

そんな人間が、どういう理由か(多分、学業の成績が良かったから、、、?)

分からないままに、幹部候補生として、他人に期待されて、

かなりきつい競争をしのいでいくこと、

そのためにより仕事に専念せざるを得なくなること、

そういうことには、むいていないのです、

すでにハンディキャップを背負っている、

という思いがあり、

仕事に対する熱が冷めていくことをとどめることはできませんでした。


そうして、あとは、自分のやりたい仕事をやるだけ、

みたいになっていきました。

もっとも、僕がやりたい仕事、というのは、

上のような背景がありますから、

他人がやりたがらない仕事、

ということになります。

その内訳は、

失敗が高いと思われて誰も寄り付かない、

とか、

成功しても縁の下の力持ちで、評価は高くない、

とか、

他人の失敗の尻拭い、

などでしたから、

ある意味では、会社にとって、貴重な存在ではありつづけた、

という自負はあります。

しかし、

もしも、あの時、

僕が、コーチング、ということを知っていたなら、

変わっていたかもしれない、

と思います。

20世紀後半の大経営者の一人である、

あのGEのジャック・ウェルチでさえ、採用していたという、

ビジネス・コーチングです。

スポーツの世界では、どこでも、コーチがいるのは、常識です。

あの、タイガー・ウッズにさえ、コーチはいるのです。

コーチは、なにかを教える人ではない。

タイガー・ウッズのコーチは、タイガーがやりたいことを、やるとき、

そばで見ているだけ、です。

そして、なにか、違いがあれば、彼に伝える。

鏡、の役割を果たしている、だけ。

しかし、タイガー自身は、自分の鏡にはなれませんから、

これがいかに必要な、ことか。

ビジネス・コーチも、かれが仕事のやり方を教えるわけではない、

ヒントを与えるわけでも、ない。

しかし、彼がそこにいる、ということ、

彼が、いくつかの質問をしてみたりすること、

そんな会話のなかで、

本人の気づきを引き出したり、

癒したり、勇気をあたえたり、

そんなことが、おこる可能性のある、方法です。

あの時、僕に、コーチがいたら、

あの無常感から、あの喪失感から、

ちがった形で、甦ったかもしれない。

あの時、僕にコーチがいたら、

仕事を通しての人生の見方も変わり、

もっと自信をもって、挑戦意欲を掻き立てていたかもしれない。

それが、良いことになったかどうか、

分かりませんが、そういうことが起こったかもしれない、

そういう、思いは、します。


カウンセリングの延長として、

コーチング、ということも、いつか誰かの役に立つかもしれない、

ということで、勉強しようと決めたのでした。



さて、今日のブログの最初にもどります。

8月4日に、産業カウンセラーの資格更新研修に参加しました。

午前中は、千葉商科大学の上嶋洋一先生の、

「私とカウンセリング」というタイトルでの、

3時間にわたる講演でした。

(今日のブログのタイトルは、先生の講演のタイトルを拝借しました)


上嶋先生は、来談者中心療法による実存的カウンセリングの先生です。

実存的カウンセリング、というのは、「生きる意味」の大切さを中心におく、

カウンセリングの方法論です。

その先生が、30年にわたるご自身のカウンセリング人生を語ってくれるのですから、

さまざまに啓蒙的エピソードに満ちた、

あっという間の3時間、でした。

その中から、ひとつだけひろって、お伝えしてみようと思います。

上嶋先生は、昔の東京教育大学で学び、

その系統で、筑波大学で大学院の勉強を継続されています。

長くお世話になった恩師が、退職をし、自宅に引きこもるようになると、

先生のお宅に、雑多なお手伝いをするため、通うことになったそうです。

恩師が病に倒れ、ほとんど身体の自由を奪わてしまってから、

しばらくは老妻さんが頑張って介護の中心だったそうですが、

ある日、疲れて、上嶋先生に、主人をお風呂に入れて、身体を拭いてあげて欲しい、

と頼まれたそうです。

上嶋先生は、喜んで引き受け、

奥さんに渡されたTシャツと半ズボンに着替え、

お体をお拭きしますから、

とお風呂場につれていかれたそうです。

弟子に、身体を洗われながら、その恩師が、

「こんな体になっちゃあ廃人だよ」

という言葉を、もらしたそうです。

恩師から、こんな弱気な、

自分を卑下するどころか、廃人だ、などという言葉がでるなど、

上嶋先生は想像もしていなかった。

体が不自由になり、寝たきりになっても、

恩師は、いつまでも精神的に強く、りりしくあったからです。

上嶋先生は、返す言葉もなく、ぼうぜんとしてしまいます。


しばらくして、恩師は亡くなられます。

その後、数年、このことが頭に残っていた先生は、

ある時、気がつきます。

ああ、あのとき、なにが起こっていたのか。

体を洗う人、洗われる人、

強者と弱者、

という状況を、自分が作ってしまったために、

恩師に、弱者だという言葉を吐き出させてしまったのだ、

と。

あの時、Tシャツと短パン姿ではなく、

自分も、恩師同様、素っ裸になり、

「先生、一緒のお風呂に入りましょう」

と言えばよかったのだ、

と気づかれるわけです。

それが、共感、ということなのだ、

と。

自分の心の在り様を、そのことに出合うことで変えてしまうような経験を、

「原体験」、といいますが、

原体験は、それに出合ったときに終わるわけではありません。

それをこころに持ち続けて、あるとき、その意味が、忽然とわかる、

そういうことが、原体験の深さなんだなぁ、

と感銘をうけました。


ところが、この話は、これで終わりではなかったのです。


それから、また、上嶋先生は、さまざまな経験を積まれていきます。

そして、あるとき、気がつかれるのです。

ああ、あのとき、こういえば、良かったのだ。

大勢の人から、尊敬され、尊重されてきた人間は、

その尊敬に応えるために、

さらに己を律すること強くならざるを得ず、

たとえ家族や親しい友人にさえ、

なかなか弱音など吐くことができないものです。

恩師も、そういう代表のような人でした。

その人が、初めて、弟子に弱音を吐いたのです。

だから、上嶋先生は、こう応えると良かったのだ、

と言います。

「先生、私も、先生が弱音を吐くことのできる相手になれて、

うれしいです」


弱音のなかには、本音があるものです。

こう言えば、

恩師は、きっと、癒されたのではないか、

と上嶋先生は思っています。





長い記事になりました。

最後まで読んでくださった方は居ない、

かもしれません。^O^

僕とっては、

記録しておきたかった、

内容でした。


感謝。




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田舎に居た妻の妹が、バンコクに働きに来ている、

という連絡が、僕の日本帰国中に入ってきて、

妻は一度会いに行っていた。

幼い二人の子供を田舎の親にあずけて、

ランシットの北の方の工場で、働いている、という。


昨日は、女王の誕生日で、タイでは母の日として、祝日となる。

母の日の休日はどうするの?

と訊いたら、一泊の予定で、田舎に帰る、

という予定を言っていたらしいのだが、

木曜日になって、1拍で、というのは強行日程すぎるので、

今回は田舎帰りをあきらめた、と言う。

それなら、バンカピに遊びにおいで、

と招待。


妹は、今回の職場を、おさななじみの友達の紹介でやってきたらしい。

その子は、高校卒業後にバンコクに働きに出て、6年。

地道な生活を送っている人で、

妹の無二の親友だという。

それなら、予定ななかったら、彼女もいっしょに、

ということに。


なんでも、夜のシフトで、7時から夜通し働いて、

朝の9時に、これからランシットのフューチャー・パークに行き、

そこからバンカピ・モール行きのミニ・バスに乗り換える、

という連絡。

どうやら、友達も、今日の訪問の話を、とても喜んでくれた、

とこちらの気を使うことば。


母の日で、どこもかしこも人出で混雑、

ミニ・バスもなかなか座席がとれずに、、、

結局、バンカピに着いたのは、12時になっていた。


さっそく、Fujiで、昼食。

ここも、(いつものように)、超満員だったけれども、

席を申し込んでから、30分後に妹たちが到着したので、

タイミングは、ドンピシャ。

実際に待つことなく、席につくことができた。

そのお友達は、日本食は初めてのようで、

ナマモノは避けたい、

といってお弁当を注文。

妹とは、同じ年齢だけれど、

控えめで、礼儀ただしく、

きれいな食事の仕方をする女性だった。

おしゃべりではないが、笑顔が可愛く、

様子をみているだけで、

変な風にバンコクに毒されてはいないなぁ、

と感じる。


コンドミニアムに戻り、

僕は、本を読みながら、昼寝。

彼女たちは、写真をみたり、

僕が日本から持ち帰った、チョコレートやお菓子などを食べたり、

なんだか、いろいろな話しをしていた様子。

僕が目覚めたら、みんなすやすや、ご就寝中、

だったけれど・・・。



夕食は、サマーゴーンのレストラン「第二のキッチン」に予約していた。

ライトアップされた景色を見ながらの食事を、

ご馳走してやりたいと思ったので。

母の日だから、きっと家族の予約が多かろう、と思い、

こちらも予約。

一番水辺の席は、もう予約で埋まっている、という。

それぞれ、10人ほどの人数の家族組みばかりで、

僕たちは、水辺から2列目になる、という。


6時に出かけようと、外をみると、なんだか、風が強くなっている。

それまでは一日中良い天気だったのだが、

なんだか、雲行きが怪しくなってくる様子。

レストランに、定刻の6時半に着くと、

駐車場は、満員。

路上にも縦に、長い駐車の列。

そして、レストランの中は、まるでフード・コートのように、

ごった返すような、人。。。


そして、案の定、

レストランの中に入り、予約席に案内されると、

ウェイトレスが、黒味がかった雲の流れを指ししめしながら、

30分以内に雨になるようです、

あいにく屋根つきの席は、満杯で、空きがありません。

どうしますか?

湖のライトアップを最大のおかずに料理を楽しもう、

というもくろみが、もろくも崩れてしまった、瞬間。

^O^


こうなると、とにかく食事ができる場所を探さなければならない。

あたまを絞って、

セリタイ・ロード97にあるレストランは、

オープン・スペースの席に加えて、

屋内の席がかなりの数があったはず、ということを思い出す。

カラオケ個室も、10部屋ほどある、かなり大きなレストランだ。


雨の降りしきる中、行ってみると、ここも超満員の様子。

200台以上車が止められる駐車場が、満杯。

時間は7時半。

雨に打たれて無人のオープン・スペースのテーブルがさびしげ。。。

もう、ここで、待つより他、なし。

ラッキーだったのは、15分も待たずに、4人だったら、席が作れる、

との知らせ。

行ってみると、121番というテーブル、大家族が食事中だったけれど、

5個のテーブルをつないでいる、そのうちのひとつを切り離して、

121-1番のテーブルを作ってくれたわけだった。

ここで、1時間半、

タイ料理を中心に、料理だけを楽しむ。

壁の大スクリーンには、TV中継が映し出され、

王宮近くで行われているらしい女王誕生日祝の行事をみる。

インラック首相が、主役。

白い、正装の衣服に身を固め、髪を短めにアップして、

凛々しく、世界でもっともフレッシュな首相。

タイが、この時期に、

この幸運児を得た幸運を、

国そのものの幸運に結び付けられるように、

思わず、祈念。。。


20110812yingluck
Yingluck---名前にLuckが入っているのがいい。




8時には、レストランの催しの、お客が全員火を灯したローソクを手に、

立ち上がります。

音楽が流れ、歌が流れ、

妻も小声で歌っています。

外では、花火が、どんどんどん、と。


これで、二人の祝日休日も終わり。

まぁ、ランシットに居ては、できない息抜きができたことは、

確かでしょう。


車で、

片道1時間の道のり、

ふたりをアパートまで送り、

バンカピのコンドに戻ると、

夜の11時。


雨が降って、

計画通りには行かなかったけれど、

それなりに、

満足。

それが、

大事。


そんな風に、

思った、

一日でした。






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というわりには、ブログの更新が遅れていたのですが、

理由は体調の異変にあります。

思えば、7月の始めの腰痛から始まり、

ペナン旅行の後は、年に一度の?恒例の風邪を引いて、

長く止まらない咳に悩まされました。

風邪がどうにか回復基調になったかな、

と思えるようになって、日本へ帰国。


日本へは、延べ10日間ほど居たのですが、

実は、風邪が完璧には治りきっておらず、

到着早々は、体調を慮って、寝てすごす時間が多かったのでした。

それでも、帰国したら日課の、庭の手入れや生垣の枝払い、

部屋の整理など、こまめに働かなければなりません。

帰国後、1週間目に、セミナー出席があったのですが、

そのときも、まわりの人に迷惑にならないように咳を抑えることに

普請していましたから、

いかに風邪も長引いていたか、察せられます。


いよいよ帰国する段になって、

やっと、風邪が治った、

と実感できました。

17日にペナンから帰ったことを思うと、

3週間、かかったことになります。

一度、風邪を引くと、回復するまでの時間が、

年齢とともに、だんだん長くなってきているようです。



そして、体調の異変は、この風邪で終わりではなかったのです。

帰国3日前から、どうも、頭痛がする。

僕は、これまで、頭痛に悩んだことは非常に少なかった、

と思います。

自分では、2時間以上、頭痛らしきものが続いた記憶がありませんでした。

ところが、今回、どうもズ~んと重い感覚が、抜けないのです。


自分のために(自分が飲むために)、初めて頭痛薬を購入しました。

それを飲んでも、効かない。

頭を突き刺すような痛みは、一時のもので、

あとは鈍痛、です。

頭が、重い。

長時間立っていると、気持ちが悪くなるし、

寝ていても、頭の具合が悪化するようで、

気分は優れません。


なにが、原因なんだろう、

困った、

と思いながら、バンコクに戻り、

今度は、朝の散歩にも行けない状態になっていました。

原因が分からないうちは、

本当に不安なものです。

(こんなに不安でも、医者に行こう、という気にならないのは、

よっぽど、怖いんでしょうね、お医者さんが・・・)

それで、3日前、ふと気が付きました。

これは、肩こり、から来ているのではないか?

首を回すと、痛い。

肩も、大分、張っています。


僕は、今まで、肩がこると、頭痛がする、

ということは、よくあることと聞いていました。

しかし、自分に関して言えば、

どんなに肩が凝っていても、

(肩がバンバンに硬くなってしまっていても)、

頭痛になったことがなかった、のです。

しかし、今度は、どうやら、違うようです。


思えば、今回、帰国中に、

風邪で体調不十分のなか、

生垣の剪定のために、なが~い枝きり鋏みを持って、

上を見上げながらの作業を、1時間半も、続けていたのです。

そんな日が、3日ほど、ありました。

そのあとから、気分が悪くなったのは、確かです。

その理由として、暑い日中の作業でしたから、

軽い熱射病になっちゃたのかなぁ、

と思っていたのです。


多分、頭痛の直接の原因だったのだと、思います。

それに気付いてから、

肩・首のマッサージと運動、

を念入りに始めました。

体調が思わしくないから、

と完全にストップしていた、ゴルフも、

やはり自分の健康のもとは、これだよね、

と変な理屈をつけて、

頭がフラつきながら、3時間の打ちっぱなしにトライ。

身体全体をほぐすような運動に、快感を感じもし、

ボールを打つ感覚も、あまり衰えていないのを不思議にも思いました。

(大体、数週間ものブランクがあると、5番アイアンから、当たらなくなって、

始めからやり直し、みたいになるのですが・・・)

今回は、3番アイアンも、そこそこ打てます。

(3度に1度、当たります・・・と言う程度です)


それで、思い切って、昨日、タノンに行ってみました。

思えば、

7月は、上記のような状態で、ゴルフのプレーはゼロ、

なのでした。

今年になって、1月は12回、2月は7回、とまあまあでしたが、

3月2回、4月3回、5月4回、6月3回、7月0回、

と完全にジリ貧。


なんのためにタイでロングステイをしようと思い立ったのか、

これが長引く体調不全の原因だ、

(半分冗談です・・・)

と思い、

タノンでゆっくり、ゴルフができる楽しみを味わおう、と。

スコアはまったく気にしないで、

と思っていましたが、

終わってみれば、43・40で、

満足すぎる、上がりでした。



今回の、7月から8月にかけての長期の体調不良について、

物思いにふけながら、

振り返ってみました。


これは、きっと、結婚ということに追われ始めてから、

ずっと続いていた、

自分では気付かない、心身両面の疲労によって起こっているのではないかなぁ、

と思い始めています。

表面的にはスイスイと済んでしまった結婚も、

いろいろな思いもあり、

これからの生き方・心がけも変わるはずなので、

大きな節目なのです。

今回、日本に帰って、

自分の戸籍謄本を取り、

そこにタイで登録した婚姻届が、日本の戸籍にも反映されていることを

目の当たりにして、

大きな節目だとの実感を新たにすることになりました。


また、年齢とともに、体調の変化にもますます気をつけねばならない、

ということにも、

あらたに気付かされたようにも思います。



河合隼雄さんと沢村貞子さんの対談から。


沢村さんが、自分の身体が老いていくのをみつめながらの言葉、

です。


いま、自分が年をとっていくということがとても面白いんですよね、

ああ、年寄りってこういうのかなぁと思いますでしょう。

鏡があって、私が掃除をしながらよたよた歩いてて、

ええっ!これが私?ええっ!こんなのあり?

と思ってびっくりしちゃうんです。

もう、身体のほうはだんだん老いていって、

これはもう、一昨日と今日と、もう違うんです。

。。。


これは、沢村さんが80歳過ぎてからの言葉ですから、

僕にとっては今すぐ、差し迫った感じはないのですが、

とても、味わい深い、と思います。


身体というものは、

変わっていく。

今までの自分が、

自分ではなくなる。

思えば、重い、言葉です。



河合先生の「老いのみち」という本に触れて、

年寄りはブラブラしてたほうがいい、

という言葉がうれしい、と言っています。

生き甲斐だとか、なにをすべきか、とか、

もう、いいのではないか。

さんざん仕事をして一生懸命生きてきたんだから、

あとは生きてるだけで価値がある、

と、

遊ぶと言うのは子供の商売で、

年寄りの商売はブラブラしていること。。。



ちからを抜く、

という生き方。


長引いた、体調不良にも、

それなりに意味があったのだ、

と思う、

今日なのでした。




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日本に帰って、うれしいことの一つは、

本屋さんや、図書館に行って、

日本語にたっぷり触れることができる、

ということがあります。

本を読むことが、ひとつの趣味で、良かった、

とつくづく思っています。

会社員時代は、趣味は、と訊かれて、

はい、読書と旅行です、

と答えるのが、なんともステレオ・タイプで、

嫌だったのですが・・・。

自己紹介で、そんな趣味を言っても、なんの特徴もなく、

人の記憶に残るはずもありません。。。


僕の会社員時代の知り合いで、趣味は?と訊かれると、

狩猟です。鉄砲打ちが、趣味です、

という人物がいて、

訊いたひとのほとんどが、ホーッ、という反応を示すのをみて、

こいつ、巧い趣味を持ち出すなぁ、と思ったものでした。


それでも、この年齢になってくると、読書が趣味、

というのもまんざらでは無いなぁ、と思えるようになってきました。

とくかく、ひとに迷惑はかけないし、

やすいし、

いつでも、どこでも、ひとりでできます。


そして、このごろになると、

一つの興味の糸口から、いろいろな連想がわいてきて、

知識や理解が深まって、楽しいことになったりもします。


日本に帰ると、する作業のなかに、家の内外の清掃・整理がありますが、

今回は、咳が止まらない体調のため、もっぱら家の内の整理に

時間をあてることになっています。

家の整理といっても、なかなか、物が捨てられない気性なので、

こっちのものをあっちへ移動したり、あっちをそっちへ、なんて

やっているだけになってしまいますが・・・。


JALの宣伝誌に、アゴラ(AGORA)という月刊誌があって、

今回は7月号をパラパラとみていたら、

夏の思い出、というタイトルで、旧朝吹山荘(睡鳩荘ーすいきゅうそう)の

軽井沢の写真が載っていました。


20110801asabuki1


2011081asabuki2


これが、フランソワーズ・サガンの翻訳で有名な、

朝吹登水子の別荘。

旧朝吹山荘の近くには、有島武郎の別荘もあり、

有島の次男の敏行が、登水子の初恋の相手で、

この軽井沢で逢うことが毎年の楽しみだった、とか。


そうこうしている中、今日、ブック・オフに寄って、

「老いにくじけぬ男たち」(小島直記)という本をペラペラ

めくっていたら、朝吹英二、という人物について触れていました。

なんでも、福沢論吉を切りに行って、逆に彼に感服し、弟子となり、

ついには三井グループの礎を作った人物。


その英二の息子が、朝吹常吉で、上の山荘を建てた人。

そして孫として、フランス文学者の朝吹三吉と翻訳家の朝吹登水子。

詩人の朝吹亮二は曾孫。

(また、弟・野依範治の曾孫が野依良治ーノーベル賞受賞ーである。

シャンソン歌手、故石井好子なども親類)


最後に、2011年度、第144回芥川賞受賞者の作家、

朝吹真理子は玄孫である。

20110801asabukimariko
今年の1月受賞時は、慶応大学大学院生。
意識過剰、作り過ぎ、という声もあるようですが・・・。


ここまで、来ると、

先月のアンドレ・プレヴィンかかりで、

「ブラームスはお好き?」

に再会した延長戦が続いているような気がします。


もう一度、

フランソワーズ・サガンの小説を、

読んでみようと、思いました。

もちろん、サガンの翻訳は、すべて朝吹登水子さんです。


それらをすべて受け継いできた、朝吹真理子さんの「きことは」

という本も、できれば読んでみたい。。。

「きことは」って、なんだか、見当もつきませんが、、、

なんなんでしょう。


こんなこともあります。

同じく、ブック・オフで、詩人・谷川俊太郎さんの「風穴をあける」

というエッセイ集を目にしました。

僕がまだ持っていない本のようです。

目次をめくると、「愛」と「お大切」、という項目があります。

ああ、これは、先日読んだ、河合隼雄との対談で遠藤周作さんが

紹介していたお話と同じことに触れているな、と思いました。

立ち読みすると、そのとおりで、「愛」ということばが最初に

日本に紹介されたのは、キリスト教の伝来のときで、隠れキリシタン達が、

「愛」という言葉を「お大切」という言葉に翻訳して使った、と言われています。

「愛」という概念(西洋の概念を漢字で表わしていますが・・・)は日本人には

無い心象で、どう理解したらいいのか、一番近い心象が、「お大切」という

ことだった、と聞けば、なんとなく「愛」の基本が分かったような、

気がします。

谷川俊太郎さんのエッセイは、そこから、「哲学」ということばも、その源の

知恵を愛する、という意味がわかるような言葉に翻訳していれば、この言葉に

たいするイメージがもっと豊かになっていたであろう、と述べています。


他の目次をみると、永瀬清子、という項目があります。

これで、この本を購入することに決定、です。(105円です)

そのエッセイは、海外に居て、永瀬清子さんの死のニュースを聞いたときの

様子を書いたものですが、

なかなかに永瀬清子さんを知っている人が少ないことを慨嘆しながらも、

もっともっと、特に女性には読まれていくべき女性詩人だという思いが

述べられています。


以前にブログにも書きましたが、僕は永瀬清子さんのファンです。

1995年に、89歳で亡くなられたのですが、

81歳のときに書かれた「あけがたにくるひとよ」で詩の大賞を受けたり、

主婦をし、子育てをし、働きながら、みずみずしい詩を書きつづけていた長命な詩人です。


美智子皇后は、かつて、まど・みちおと永瀬清子の詩を英訳していることを

紹介し、詩に関して皇后さまの趣味の良さをほめています。

そして、日本の女はみな少なくとも一度は永瀬清子を読むべきだ、

とまで言っています。


その本を買って、家にもどると、さっそく谷川俊太郎の詩集を見つけました。

夜のミッキー・マウス、という詩集のなかに、この詩がありました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

< 永瀬清子さんのちゃぶだい >

ちゃぶだいの上に飯がのった

煮付けた大根がのった

目刺しがのった

トマトがのった

ちゃぶだいの前に男が座った

女と子どもたちが座った

沈みかけた太陽と

遠い海と

隠れた権力者と

さまよい続ける兵隊が

ちゃぶだいをかこんでいる

指と詰めの間に詰まった土をそのままに

女の手が飯をよそう

ちゃぶだいの畑で

言葉は物言わぬ種子


ちゃぶだいの上にノートがのった

万年筆がのった

出がらしの茶がのった

一日の終わりの静けさがのった

ちゃぶだいの前に女は座った

乾いた月と

ばらまかれた星と

色あせぬ恋の秘密と

国々の風の記憶が

ちゃぶだいをかこんでいる

昼間のからだの火照りのさめぬまま

女の手が万年筆を握る

ちゃぶだいの祭壇で

言葉は天を指す緑の茂み


日々の汚れた皿が

永遠の水にすすがれている

今日のささやかな喜びが

明日への比喩となる

永瀬さんのちゃぶだい


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

農業を営みながらの詩人であった永瀬さんには、机というものがなかった、

そうです。

時間を削り、身を削って、世間の人であるとともに、詩人でありつづけた

このひとに、敬意の念を禁じ得ません。

20110802nagasekiyoko
写真は、kyouhanshinbun.hp2.jp/book-nagase-kiyoko.htmさんから、
お借りしました。



そして、きっかけある度に、そのひとの文を読みます。

ひとつの本からの連鎖、です。


読書は、

良いものです、

こころ洗われるような本を読み、

正直であれ、

ということを学びます。




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