きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
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女が男に求める経済力について,日本とタイの比較。
というタイトルで、altrerathousさんから、10月12日の「ウドン・ターニーへ、デートの旅(5)」の記事に対して、下記のコメントがありました。
単純なコメントではありませんでしたので、トピックとして取り上げて、このブログの読者のみなさんにも、読んでもらいたいと思いました。

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(男の価値を測るとき)経済力を判断材料にするという点では、日本の女も変わらないのではないでしょうか。経済力を判断材料にしている人の割合は、日本の女とタイの女で、どちらが高いか、むしと日本の方が高いのではないかと思ってしまうくらいです。
経済力の弱い女は経済力の強い男を求め、経済力の強い(あるいは育ちがとても良い)女は、別に経済力の強い男を求めないとしても、どうしても同じような社会の人と出会うことが多いため、必然的に、経済状態の似通った(あるいは育ちがよい)男女が出会う、そして経済力の弱い(あるいは育ちが悪い)女は経済力の強い男を求めても、どうしても経済力の弱い男と出合う機会の方が多い、実際はそういうところはありませんでしょうか。
特に日本も景気のよかった20年超前なんて、女の求める男の条件で、「3高」とかいうのを、女自身が自分に持ち合わせている条件を省みずに声高に言われていたので、「何考えているんだよ」とか思っていましたが、working poorとかさえ問題になってきた昨今では、「3高」とか、高飛車な言葉はあまり聞かなくなりました。
しかし今でも、「3高」とまではいかないまでも、女が男にいろいろ条件を求める姿勢は、日本の方がタイより強く、タイの方が純粋なのではないかと思っている次第です。(タイのことをあまり知らずに書いておりますが、印象です。)                altrerathous
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男の価値に、経済力があるのは、古今東西、変わらない事実なのだと思います。
それが、どの程度強いのか。
また、それが、どの程度自由に、獲得できたり、行使できたりするのか。
そこに、いろいろな社会においての、違いはありそうです。

タイは強い階級社会だ、と言われます。
王侯・貴族のみならず、延々たる歴史の中で、社会のエスタブシッシュメントは、既得権力となり、社会に定着・固着してしましました。

altrerathousさんがおっしゃる、育ちにいい男女は、お互いに必然的に出会い、育ちの悪い男女はまた、同様な部類と出会う、度合いが、ほぼ決定的だといいます。

下層のタイ人が、上層のタイ人と、結婚するということは、その機会すら、ほとんど無い、と言えるのではないでしょうか。

タイの下層の女が、経済的に有利な、上昇志向の形で、上層の男と結ばれるのは、ただひとつ、愛人・おめかけさんになることでしょう。

しかし、これは、上層部の人間の仲間入り、することではありません。


階級社会であり、格差社会である、ことを示すひとつのバロメーターは、中流社会が存在するかどうか、ではないかと思います。

タイは、おどろくほど、中流社会層が、薄い、だろうと思っています。

中流社会大国だった日本も、急速に中流層がやせ細り、いまや格差社会に突入している、と最近叫ばれています。

「3高」云々、と歌っていた時代は、1億中流階級で、そのなかでも頭ひとつでも、上に登りたい、と夢見ていた、小さな「ジャパン・ドリーム」だったのでしょう。


タイの貧しい娘が、その美貌を生かして、タイの上層男のおめかけさんになれば、経済的には中流階層に属する生活はできる。

しかし、あくまで、愛人や2号です。

現在、経済的力だけをみれば、魅力的な外国人がやってくる時代になりました。

タイ娘、かつその親も、富裕なタイ人のおめかけ・2号より、

外国人の正妻の方が自尊心が保てる、

と考える人が増えているのではないでしょうか。


そうして、若いタイ娘が、外国人と結婚して、少なくても下層社会からの脱出を図るケースがどんどん増えている。

そういうことが、タイで起こっているのだ、という気がします。

それが、タイにおける「国際結婚ブーム」の姿なのではないか。



ある24歳の、薬剤師のタイ女性と、交際メールのやり取りをしていました。


夢は、自分のドラッグ・ストアーをもつこと。

そして親のケアをすること。

そうなんだ。
(何人の兄弟姉妹で親の面倒をみるのか気になって)
家族は、何人なの。

9人。

9人か、大家族だね~。

3人と3人、母親が違うの。

ああ、そうなのかぁ、それじゃー大家族になるよね~。

おじいちゃんかおばあちゃもいるんだね、9人家族だったら。

いいえ、いないわ。

だって、こどもが6人で、両親が2人、だったら8人だよ。

お母さんが二人いるの。
みんな、大の仲良しなのよ。

お母さん、二人も、仲が良いの?

そうよ、一緒に住んでる。

そうなのかぁ!! (僕はびっくりしている)


だって、お母さんは、姉妹なの。

なんだって?

お母さんたちは、姉と妹、なの。

(僕は、またまた、びっくり)

エ~ッ、タイでは、それって、ノーマルなんだね。

(彼女、しばらく無言で、やがて)

アブノーマルよ。


そして、この後、彼女からは、一切音信が無くなってしまったのでした。
(2号さんの、特異なケースだった)

altrerathousさんの投げかけた、より純粋なのは、日本女性か、タイ女性か、という命題には、答えになっていない、内容になってしまいました。

ただ、その比較には、様々な角度からの検討が必要で、一冊の論文になってしまいそうです。


ということで、
若いタイ娘が、小金持ちの外国人と(相手が熟年であっても)結婚するするのは、
必ずしも、後ろめたい思いを感じることなく、むしろプラス志向の思いで、行っていることだ、
という気がする、
という論点にとどめておきます。


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コメント
この記事へのコメント
日本は本当の格差社会か
格差の拡大とかよく言われますが、それでも大多数が中流に属している現状では、諸外国に比較すればまだまだ格差は小さいのではないかと思っております。その中流の中での「中の上」か「中の下」で競い合っているくらいでしょう。本当の「上」は極めて少数でしょう。
ただ、いわゆるworking poorという下流が増えているのは報道のとおりでしょうか。
努力してもしなくても差が今より小さかったかつては、むしろ日本は社会主義国家ではないかと思う筋がありました。
人間、どれだけ努力したかで、将来どれだけ報われるか、日本の現状における格差くらいは、資本主義国家においては仕方ないのではないかと思います。
2008/10/14(火) 22:10 | URL | alterathaus #USufH/tE[ 編集]
タイにおける上流と下流の区別は
タイにおける上流と下流の区別は、どういう区分になっているのかとは思うのですが、中流が少ないとすれば、今まで出会ったタイ人につき、どんなものなのか、記憶を感慨深く振り返りながら考えてみたいと思います。

タイからの留学生(複数,1982年-1985年頃):みなさん上流な感じでした。タイの国費で来られていました。上流間違いないと思います。

政府関係者(1990年代前半当時):上流な感じで、東京都区部西部の私鉄沿線の家までも行きましたが、きれいで立派な家で、高そうなベンツで駅まで送迎してくれました。

バンコクおよびアユタヤでの男のガイド(1997年):日本語じょうずでした。こういう方はどんなものなのでしょうか。なお、ガイドと別にいた運転手さんはお話しできませんでした。車は結構とばしましたね。バンコクよびアユタヤ2泊の最後に、この時点では日本人6-7人いたので、みんなで1000円くらいずつ出してお礼としたのを覚えています。

バンコクで入ったタイマッサージ店の女性(1997年,日本の女性と店に入ってとなりどおしでマッサージを受けました):英語はかなり片言だけ、日本語の一部の単語のみ。15歳とか言っていて、タイマッサージしながら英語を覚えているみたいに言っていましたが、マッサージはうまく、かなり肩こりなどほぐれて大感謝でした。15歳でタイマッサージベテランとなりますと、高等教育は受けておらず、下流なのでしょうか。

プーケットで同行した女性ガイド(1997年):同行した日本人女性によると、この女性ガイドは、口紅や化粧品にお金を使っているので、お金は持っているはずだと言っていました。旅行会社のオプショナルツアー以外で、女性ガイドが持ってきた、象に乗るツアーというのに参加しましたが、結構高くて驚きました。(ひとり6000円くらいだったように思います。それも日本円で支払った記憶あり。)日本語ぺらぺら。身ぎれいにしていて、好感度は良かったです。スタイルは小柄で、日本人にもよくいる程度の体格,スタイルでした。こういう方はどんな階級なのかと思いました。
なお、この身ぎれいにしていた女性ガイドのほか、男性運転手もいましたが、こちらは一言も言葉は通じませんでした。

Phuket townのショッピングセンターの女性:Thavorn Palm BeachからPhuket townまで、往復乗せてもらった小型タクシー(軽自動車)の運転手さんが、「みるだけみるだけ」と言って、本当にみるだけで何軒かお店も寄ったのですが、そのPhuket townのお店の一軒では、入店して商品を見ている間もずっとつきっきりで付き添っていたのです。その女性が、肌は日焼けしていて、顔はかなりの上級で、スタイル抜群の女性で、その場で日本人女性の同行がなければどうなっていただろうなんて思ったくらいの上等な人でしたが、こういう方の階級ってどんなものかと思った次第です。それ以外の情報は全くなくて、判断には困りますが、こういった方はいかがなものかと思いました。その店では、同行の日本人が、買わないとかいって確かほとんど買わなかったように思いますが、こうやってずっと随行されますと、つい買わざるを得なくなってしまう人もいるのではないかと思いました。

その日午後-夜までまるまるつきあってくれた運転手さん:格安のタクシー運賃(日本だと数キロくらいしか乗れない運賃)で夜暗くなるまでつきあって、暮らしていけるのかとは思いましたが、「みるだけみるだけ」と言って連れて行かれたお店で、言葉どおりお客が買わないで「みるだけ」でも少しはマージンもらったのでしょうか、でも収入はわずかでかわいそうでした。(もちろん少し上乗せはしましたが。)失礼ながら下級でしょうか。
思い出しましたが、前述の像に乗るツアーで行ったところをこのタクシーで通りかかったとき、象に乗るか聞かれたのですが、このタクシー運転手の紹介ならもっと安かったのではないかと思いました。
2008/10/15(水) 02:21 | URL | alterathaus #USufH/tE[ 編集]
タイの階級
タイの人口は6500万人
推測だが、
上流階層:5% 300万人
中流階層:25% 1600万人
下流階層:70% 4600万人  
2008/10/15(水) 18:55 | URL | 三嶋 #qbIq4rIg[ 編集]
タイの階級
三嶋さん、情報ありがとうございます。やはり、中流階層が俄然少ないのですね。なんと下流階層の多いことか。。。
altrerathausさん、すごい記憶力ですね。10年前の旅行の細部まで覚えているなんて、感服します。三嶋さんの比率等からから考えて、タイ国費留学生、政府関係者は上流階層、それ以外の人たちは、皆、下流階層の人たちでしょう。運転手やガイドやショッピング・センターの売り子はとてもとても安い給料・所得しかないと思います。その中から、親への仕送りなんか、しているもののようです。くらくらした売り子さん、顔やスタイルが上流?でも下層の女性ではないでしょうか、おしいことでしたね。
2008/10/15(水) 21:02 | URL | im8p #-[ 編集]
タイの階級の件とPhulet townのショッピングセンターの思い出
やはりタイでは上流と下流に分かれるとはいっても、上流は少な目ではありますね。
しかし日本では上流はもっと少なく、中流が減ったとはいえ中流が多いのではないでしょうか。
しかし、またまた感慨深く思い出しますが、Phuket townのショッピングセンターでずっとついてきた女性は相当いい女でした。
日本人女がもし一緒にいなかったら、どうなっていただろうなど妄想になってしまいます。
まあ、日本人女も、旅行好きで、Phuketでリゾート気分を味わう道連れとしてはよかったので、それはそれで思い出ではありました。Phuketなら女道連れでないと寂しかったかなあと。アユタヤへのオリエンタルホテルの日帰り船旅行も同様。
バンコクなら、Phuketのようなリゾートともまた違う、都市ならではのいろいろな楽しみ方があるでしょうから、単独行動とか、貴殿のようなベテランと道連れで行動するのも面白そうな感じがするのですが。

あともうひとつ思い出。
Thavorn Palm Beach Resortの近くにいたタクシー運転手に、小舟での島々への一日旅行を手配してもらって、島々巡りをして帰ってきた日の夜だったか、同じ運転手さんに夜もホテルにきてもらってパトンに連れて行ってもらう約束をしていた。すると、その時間にタクシーは来ず、近くの別の運転手が、そいつのお母さんが亡くなったのだ、と言っていた。しかし、5分か10分で約束の運転手さんはきて、確かに母親は死んだが、約束だから来たと。Thavorn Palm Beachからパトンに行く途中に、確かMeridienの手前くらいだったか、お寺に死んだ母親がいるから寄ってくると、数分待ったんだった。
そして夜おそく、パトンからホテルに戻る時も同じ運転手さんと約束していたが、帰りの際は運転手さんの妻が運転してきたのであった。そしてまた途中でお寺によって、数分待って、今度はこどもも乗ってきて、ひまわりなんかの花を持っていて、ひまわりの花をもらったのであった。そしてホテルに戻った。
結構寄り道したりするがドラマ性のあるタクシーだった。
思い出すところ、日中に船着き場まで乗せてもらった際も、途中で運転手の買い物のために青空魚市場に寄り道したし、帰りは駄菓子屋みたいなところに寄り道して運転手と駄菓子とサイダーを飲食したような気がする。
2008/10/15(水) 23:22 | URL | alterathaus #USufH/tE[ 編集]
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