きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
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一昨日、カウンセラー仲間と会って、久しぶりに日本語の長い会話を楽しみました。

とても、気持ちが穏やかになり、帰りに、寝ながら読む本でも買おう、という気持ちでブック・オフを除いてみました。

こういうときは、結構いい本に巡り合います。

ふと目に付いたのが、パール・バックの150ページに満たない薄い本。

中国が舞台の「大地」を書いたこのノーベル賞作家に、興味をもったことはいままでありませんでした。

しかし、この本は、彼女の障害をもった娘さんの話です。

” 私は、この物語を書こうと決心するまでにはずいぶん長い間かかりました。
 これはうそ偽りのない本当にあったことなのです。
 そして、そのためにこれは話しにくいことなのであります。・・・・・
 しかし、私はとうとうこの話を書くべき時がきたと決心しました・・・・
 私の子供ー彼女は知能的には幼児の水準から一歩も発育しない子供の一人です。  ”


この先を読む前に、次のムービーをご覧ください。(明治生命の宣伝つもりではありません。)


●あなたに会えて良かった。動画のクリック

http://stream.bmgjapan.com/oda_kazumasa/meijiseimei_cm/11_broad.asx


パール・バックが、自分と自分の子供に起こったことを書こう、
という気になったのには、いくつかの理由がありますが、
知能の発育の遅れた人たちの命の、
われわれ人間社会における重要性やその意味について、
彼女自身が納得するに至ったというのが、
一番の理由でしょうか。
(同じ問題に悩む実に多くの家族のためになればいい、という思いは当然ですが・・・。)

数多い神の子のうち、この子供たちより無邪気なものはありません、と彼女はいいます。

” 正常なお子さんたちの方が、望みの無いお子さんよりは確かに社会のためになるでしょう。
 しかし、果たしてそうでしょうか?
 私は自分の娘からいろいろのことを学びました。
 まず、娘は私に辛抱することを教えてくれました。
 娘は私に、人間とは何であるかということを教えてくれたのでありました。
 私は人の心はすべて尊敬に値することを、
 すべての人は人間として平等であり、
 そして万人はみな 人間として同じ権利を持っていることをはっきり教えてくれたのです。
 
 娘はまた、知能が人間のすべてではないことも教えてくれました。 
 娘ははっきり私に話すことはできませんでしたが、その意志を私に通ずる道はほかにありました。
 娘の性格にはなにか異常なほど一貫したものがあったのです。
 彼女にはすべての嘘がはっきりわかるようでした。
 そしてどんな嘘も彼女は決して許しませんでした。
 娘は何か偉大な純粋さをもっていたのです。

 もし彼女と同じ寄宿舎に住む、他の子供が大声で泣いたりすると、
 娘はどうしてその子が泣いてい るのかをみようとそばに飛んでいきます。
 そして他の子供がその子をたたいたり、あるは世話をするひとが余りにきつく怒ったりしたことがわかると、彼女は大声をあげて舎監さんを探しに行くのです。
 彼女は、他の子供をいじめる子に立ち向かってゆくので、学校でも評判になっているのでした。 
 彼女は不正なことを黙って見ていられない性質なのです。 ”

三歳になっても話せない娘のことをおかしいな、と思い始めてから、パール・バックが歩んだ苦難の道が書かれています。

150ページに満たない小冊子のなかに、感動的なエピソードがちりばめられていますが、ここですべてを紹介できません。

健康で、力と活気と知性に満ち溢れて成長したパール・バックは、こどもを何人も欲しいと思っていましたが、結局はこの娘がただ一人の実の子供となります。

パール・バックは父が宣教師として赴任していた中国で生まれ、英語よりも中国語を先に覚える、という環境で育ちます。
大学以降の高等教育はアメリカで受けますが、中国に戻り、南京大学の教授と結婚します。
1921年に娘キャロルを生みます。

障害を持って生まれた自分の子供に理解を示さない夫と離婚し、自立の道を歩みます。
彼女が得たほとんどの収入はこの娘にそそがれていました。

 
取り除くことの出来ない悲しみとともに、生きていくにはどうすればよいか、どのようなプロセスを通して人はそうなっていくかを、彼女は自身の体験として書いています。
(このプロセスは、キューブラー・ロスが「死ぬ瞬間」で描いてみせた、死とそれを受け入れていく過程、と殆ど同じように思えます。)

まず、「どうして私はこんな目にあわなくてはならないのだろう」という、否定、怒りの感情から、絶望にいたります。
やがて、同様な体験している人々がいかに大勢にることかに気がつき、他の人が悲しみとともに生きることを悟ることができたのなら、自分にもできるに違いない、と思うようになります。
悲しみとの融和は、あるがままのものをそのまま受け入れることでした。
そして子供の将来についての方向を決心することができるようになり(当時彼女は中国に住んでいて、中国革命という事件も、その決心の発端となります)、彼女は、絶望から這い出ていきます。

” そして私の魂を、反抗によって疲れさせることはやめました。
 私はそれまでのように、「何故」という疑問を次から次にもたなくなりました。
 しかしそうなった本当の秘密は、私が自分自身のことや悲しみのことを考えるのをやめ、そして子供のことばかり考えるようになったからでした。

 私が自分を中心にものごとを考えたり、したりしているかぎり、人生は私にとって耐えられないものでありました。
 そして、私がその中心をほんの少しでも自分自身から外せることができるようになった時、悲しみはたとえ容易に耐えられるものではないにしても、耐えられる可能性のあるものだ、ということを理解できるようになったのです。  ”

そしてそれから、彼女は、娘の生きている意味や、価値について、つまり人間精神について、娘から学ぶ一年間へと入っていくのです。

” 私が申し上げているように、
ご両親は自分の子どもの生命が決して無駄ではなく、
たとえ限られた範囲であっても、人類全体に対して何らかの価値をもっていることを知って慰められるに違いありません。

 私たちは喜びからと同じようにまた悲しみからも、
 健康からと同じようにまた病気からも、
 長所からと同じようにまた短所からもーおそらくはその方がより多くのことが学び得られるのです。

 人の魂は十分に満たされた状態から最高度の域にたっすることは滅多になく、逆に奪われれば奪われるほど伸びていくものです。  ”


「ひとりの人間のいのちが、人類全体にたいして何らかの価値をもっている」、という言葉は、僕には、次のジョン・ダンの詩を想い出させます。

「いかなる人も、一つの自己完結的な島などではない。
人は誰も、大陸の一片であり、本土の一部なのだ。
たとえ一片の土くれでも海水に洗い流されたならば、ヨーロッパはそれだけいっそうちいさなものとなってしまうのだ。
それは、君の友人、または君自身の所領が洗い流されることと同じなのだ。
いかなる人の死も、私をそれだけいっそう小さなものにしてしまう。
なぜなら、私は全人類のうちにその一部として含まれているのだから。
だから、弔いの鐘が誰のために鳴っているかを知ろうと、人をつかわしてはならない。
それは君自身のために鳴っているのだから。」

この詩は、ヘミングウェイの小説「誰がために鐘は鳴る」の巻頭に掲げられています。
また、アンソニー・ストーの「人格の成熟」の第二章で引用されています。(この本は、精神分析的な意味において「自己実現」とはなにか、を語っています。ジョン・ダンの詩に、久しぶりに再会したものでした。)

パール・バックは、1930年、キャロルを終の棲家であるニュー・ジャージーの養護施設・研究所にあずけることになります。
1931年に「大地」を出版、ピューリツア賞を受けます。
「大地」には、主人公の子供として、一人の白痴の娘が登場するそうです。
(僕は、「大地」を読んでいません。)

パール・バックは実の子供としては、キャロル一人でしたが、やがて多くの子供たちの里親になっています。
アメリカの軍人が駐留先のアジアで置き捨てた混血児たちを養子・養女として引き取り、立派な国際人として育てるために、1948年には「 ウェルカム・ハウス 」を開設しています。そこには常時30人~50人ほどの混血児たちが共同生活をしていたそうです。
1973年没。
(感謝・合掌)

参考:
AUTHOR: John Donne (1572–1631)
QUOTATION: No man is an island, entire of itself; every man is a piece of the continent, a part of the main. If a clod be washed away by the sea, Europe is the less, as well as if a promontory were, as well as if a manor of thy friend’s or of thine own were: any man’s death diminishes me, because I am involved in mankind, and therefore never send to know for whom the bells tolls; it tolls for thee.


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すべての成功すべての巨富はアイディアから生まれる。ナポレオン・ヒル(米国の著述家)
2008/12/09(火) 08:58:35 | 名言ブログ
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