きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
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旅行に出るとき、それがどんなに短い、例えば1泊の旅行であっても、なぜか本を携えていかねば、落ち着かない。

必ず、手持ち無沙汰のなる瞬間があって、その隙間を無駄なく過ごそうとする、貧乏症のせいかもしれない。

今度も、漱石の「硝子戸の中」文庫本を持って出た。

案の定、1泊目に、寝付かれず、ページを繰ってみる。

< あるほどの菊なげ入れよ棺の中 >

という有名な句がある。亡くなった知人の夫人へのたむけの句である。


この句に至る心境が、「思い出す事など」、に語られている。


漱石が伊豆で療養しているとき、大出血して殆ど死に掛けた。

ある新聞では、漱石死亡、の記事まで出たほどの重症であったが、奇跡的に一命を取りとめ、東京に戻って、その回復の日々を「思い出す事など」として綴っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
自分は今危険な病気からやっと回復しかけて、それを非常なしあわせのように喜んでいる。
そうして自分のなおりつつあるあいだに、容赦なく死んでゆく知名の人々や惜しい人々をいま少し生かしておきたいとのみこいねがっている。
自分の介抱を受けた妻や医者や看護婦や若い人たちをありがたく思っている。
世話をしてくれた朋友やら、見舞いにきてくれた誰彼やらにはあつい感謝の念をいだいている。
そうしてここに人間らしいものが潜んでいると信じている。
その証拠にはここにはじめて生き甲斐のあると思われるほど深い強い快い感じがみなぎっているからである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いつもに増して、自分を取り巻く人によって、支えられている自分を深く自覚し、人間関係ももたらす快さに、人生の生き甲斐すら感じている、と述べています。

この時に病床で読んだ宇宙論から、

一方で、人間の一生が、ほんの一瞬であり、自然のたわむれごとであることにも、

深くこころ沁みるように感じています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
物理の原則のよって無慈悲に運行し情義なく発展する太陽系の歴史を基礎として、そのあいだにかすかな生を営む人間を考えてみると、われらのごときものの一喜一憂は無意味といわんほどに勢力のないという事実に気がつかずにはいられない。

この山とこの水とこの空気と太陽のおかげで生息するわれら人間の運命は、われらが生くべき条件の備わるあいだの一瞬時ー永劫の展開すべき宇宙歴史の長きより見たる一瞬時ーをむさぼるにすぎないのだから、はかないといわんよりも、ほんの偶然の命と評したほうが当っているかもしれない。

種類保存のためには何々の滅亡を意とせぬのが進化論の原則である。
1匹の大たらが毎年生む子の数は百万匹とか聞く。
牡蠣になるとそれが二百万の倍数に上るとという。
そのうちで生長するのはわずか数匹にすぎないのだから、自然は経済的に非常な濫費者であり、徳義上はおそるべく残酷な父母である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こうした非情な自然の掟をみつめると、逆に、またいっそうに、この与えられた命の尊さ、その価値に思いいたるのでしょう。

迫りくる思いのたけをこめて。

さきに他界した大磯の知人夫人に対して、

詠んだ句。

< あるほどの菊なげ入れよ棺の中 >


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コメント
この記事へのコメント
60歳の生存率90パーセント
死については・・・・う~ん。
60歳の生存率が90パーセント。
60年前に生まれた人は、10人に1人は死んでいる。
1年の死亡率は約0,9パーセント。
計算をしてみると、1週間の間に死ぬ確率は10000分の1より大きい。私は大きいと驚きました。
下4桁の宝くじに当たるより、可能性が高い。
この1週間の間に死ななかったことに感謝してもいい。
そんな気になりました。
http://www.stat.go.jp/data/nenkan/zuhyou/y0228000.xls
2008/12/14(日) 20:09 | URL | ジャパンドール #A8WrCrNE[ 編集]
生存率
ジャパンドールさん、コメントお寄せいただき有難うございます。
死ぬ確率は高いのだ、と思うのは悲観的・消極的な考えではなく、逆に積極的に生きようとする感覚に通じるのだなあ、と感じました。
あるほどに投げ入れよこの命、いま、このひとときに。
という心境を継続したい、と思いました。
有難うございました。
2008/12/15(月) 01:00 | URL | im8p #-[ 編集]
城崎にて 死を見つめる
昨年の春、城崎温泉に泊まった。満開の桜が散り始めていたとき。
30年前にも城崎温泉にとまったことがある。
どちらのときも志賀直哉の「城崎にて」を当地で読んだ。
いや、30年前は終わりまで読みきれなかった。
あまりにもくだらなく感じたため。
蜂やネズミの死を通して、死を見つめる本を感じることはその当時無理であった。

城の崎にて
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
あらすじ
東京山手線の電車にはねられ怪我をした「自分」は、後養生に城崎温泉を訪れる。「自分」は一匹の蜂の死骸に、寂しいが静かな死への親しみを感じ、首に串が刺さった鼠が石を投げられ、必死に逃げ惑っている姿を見て死の直前の動騒が恐ろしくなる。そんなある日、何気なく見た小川の石の上にイモリがいた。驚かそうと投げた石がそのいもりに当って死んでしまう。哀れみを感じると同時に生き物の淋しさを感じている「自分」。これらの動物達の死と生きている自分について考え、生きていることと死んでしまっていること、それは両極ではなかったという感慨を持つ。そして命拾いした「自分」を省みる。


2008/12/15(月) 19:08 | URL | ジャパンドール #A8WrCrNE[ 編集]
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