きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
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病苦と生活苦のなかで、吉野秀雄は人間に対する慈悲愛を歌い続けているように思います。

次の歌は、胃を侵され、余命いくばくもないはつ子夫人と子供たちの交情を詠ったものです。

つよくイメージに残ります。


・おさな子の服のほころびを汝(な)は縫へり幾日か後に死ぬとふものを

・病む妻の足頚にぎり昼寝する末の子みれば死なしめがたし

・おさな児の兄は弟をはげまして臨終(いまは)の母の脛さすりつつ

・亡骸(なきがら)にとりつきて叫ぶさよならよ母を死なしめて申し訳もなし


吉野秀雄を世に知らしめたのは昭和22年1月、雑誌「創元」創刊号に「短歌百余章」が発表されたときからだと言います。(上記の歌を含む)

編集をしていた小林秀雄が、吉野秀雄の原稿を読むなり、当時八幡神社の脇の山上に住んでいたが、凄い勢いで山を降り、小町の吉野の家に駆け込んで絶賛した、ことから始まります。

吉野すでに47歳、遅いです。

寡作で、随筆なども「やわらかな心」にほとんどが収録されているほどです。

貧しく、病いに終生苦しみながらも、二人の夫人に支えられ、なんとかおだやかな日々を過ごせそうか、と思い始めた矢先に、最後の大事件が起こります。

長男が発狂してしまうのです。

「やわらかな心」を読んでいて、それまでは、苦労に中にも、万葉歌人としてのおおらかさ、女性をこれぐらい愛せなくてなんで益荒男(ますらお)か、という豪快さや、微笑ましさに、ついこちらのこころも和み、美しい晩年で終わるのだろうなぁ、と思っていたとき、突然「わが家のできごと」というエッセイが始まるのです。

僕も、吉野秀雄を語るとき、ここまで伝えないと、半分以上気持ちが残ったままになるので、書きたいのです。


長男陽一は、芸大日本画科に首席で入学した才能の持ち主でしたが、やがて父と同じ結核にかかり、8回の手術をうけるという試練にあう。

多病の父が息子の治療費、その当時の百数十万を作るのも、血の出るような苦労の末だったろうが、本人も青春がめちゃめちゃになった。

やがて、息子は退院し、自宅療養となり、身体障害者五級とはいえ、ぼつぼつ絵の仕事をしたり、文章を書いたりするようになり、近くの高校へ、週二回、絵の講師として通うようになっていた、その時に発狂してしまうのです。

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世間に不幸は無限に起こり、流行病・交通事故・海や山の遭難等、毎日マスコミが報道してもしきれないほどあるが、その一つが具体的に、こんな形でわが家にふりかかろうとは、夢にもしらなかった。

わたしの心臓はまさにとまろうとし、わたしの脳裏にはさまざまな妄想がひらめいた。

わたしの命がいま絶えたら、どんなによかろう。

いっそかれを殺し、自分も死んだら、始末がつきやすいのではなかろうか。

自分も発狂し、精神病院でかれといっしょに暮らせないだろうか。

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とつおいつ、とまどっているとき、わたしははからずも、ナムアミダブツ、ナムアミダブツと、二声三声唱えた。

からだ全体で、しかもしぜんにうながされて、こんなあんばいに称名念仏できたことは以前に覚えがない。

わたしは青年時代から歎異抄を愛読し、時にはすがりついてもきたが、同時に信仰の薄弱さもみずからよくわかっていた。

でもこんどのナムアミダブツは、自分でいうのもおかしいが、いつもとは手応えが違う。

わたしはこんどこそ信仰にはいれたような気がする。

眼前でせがれが発狂する。

じつに突飛なことだが、それが人生の実相なのだ。

平和な三人暮らしがつづくだろうと考えていたのが甘かったのだ。

わたしは家内のためにもせがれのためにも、一日でも多く永らえて、やるだけ力になってやらねばならぬ。

勝手は許されぬ。

狂人といえども人間であり、その生命は尊い。

もう一度直ることもけっしてありえぬことではなかろう。

わたしまででめになったら、不幸は数倍にもふえる。

せがれの狂気は、わたしが自分の存在価値をためす絶好の機会なのかもしれない。

わたしはナムアミダブツと唱えながら、あくまで生きてゆこう。


生をむさぼるのでなく、大きな慈悲に生かされてゆこう。

そして狂人ばかりでなく、世間のあらゆる不幸な人びとに、さらにさらにやさしい気持ちを持とう。

<人の幸福を共によろこび、人の不幸をともにかなしむ>ことは、これまでも心掛けてはきたが、もっともっとそういう類の人間になりきろう。

せがれの哀しみと自分の悲しみとを主題にして、歌も作ろう。

これが歌えなくてはほんものの歌よみとはいえなかろう。

あわれなせがれは、わたしをほんものの歌よみにするためのごとくに狂気してしまったのだろうか。

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やわらかな心、とはこの心境をいったのだと、得心したのでありました。


長男を、ガンで亡くしてしまった僕には、「せがれの哀しみと自分の悲しみ」という言葉が、強く響いて残るのです。


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2009/01/08(木) 18:36 | | #[ 編集]
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