ネットサーフィンをしていたら、2006年の記事に、高倉健さんが、文化功労賞に選ばれた、とい記事に出会いました。
遅ればせも、いいところですが、そうかぁ、うれしいなぁ、と感じました。
75歳。歳を降れば何人もの人が栄誉をになうのだろうと思っていたが、俳優としては初めてだといいます。(だから、今は、77歳なんですね〜)
極限の地や、極限の立場に置かれた人を演じてきた高倉さんが、以前、こう述べたことがある。
「孤独な作業に命をさらし・・・揉まれに揉まれ、悶え苦しんだ者だけが、やさしくてしなやかな心を持つことができる。
僕はそういう人間に感動します。(アサヒグラフ)」
という朝日新聞の記事に惹かれて、健さんの「あなたに褒められたくて」を久しぶりに手にしました。
この本は「宛名のない絵葉書」というお話から始まります。
檀一雄という作家が、ポルトガルの西端のサンタクルスという小さな漁村に住んでいたことのドキュメンタリーを撮る、という仕事でのお話です。
檀一雄と高倉健という、どこか似た、さすらい人を感じさせる好エッセイという気がします。
ほとんどの撮影が終わって、あとはヨーロッパ最西端のロカ岬で、大西洋に沈む夕陽を撮ることになります。
落日を拾ひに行かむ海の果て
と、謳って、檀一雄はこのロカ岬に沈む夕陽をこよなく愛したと言われます。
(なんで、檀一雄はヨーロッパの果ての果てまで来て、知る人も居ない小さな漁村で、一人暮らしを始めたのでしょう。
自分自身の落日を見とどける、という意味もあったのでしょうか。2年間の滞在のあと、身体を壊して日本に帰国することになります。)
夕陽を待つ間、健さんは日本に送る手紙を書きます。
「ヨーロッパ大陸の最西端のロカ岬の、村はずれのカフェで、この葉書を書いています。
夕陽が大西洋に沈む、そのときを待ちながら、なぜかあなたのことをとっても思っています。
ここまででいっぱいになった葉書を手にして、健さんは、誰に書いているのか、いったい誰にだしたらいいんだろう、とわからなくなってしまいます。
誰なのでしょう。
この答えは、この本の最後のお話「あなたに褒められたくて」で明らかになるのですが、一旦わきに置いておいて、もうひとつの話題を。
高倉健の、もう一冊の本に「南極のペンギン」があります。
大きな活字で、振り仮名も付けられた、子供向けの絵本のようになっています。
最初に「アフリカの少年」というお話があります。
アフリカで撮影をしているとき、砂嵐に襲われます。
ひろい砂漠の地平線が、まっ黒い雲におおわれて、いままでの青空がかき消されるように、みるみるその雲が近づいてきます。
砂あらしは砂と石を大量にふくんだ突風です。
「砂あらしになります。早くホテルにもどりましょう」
とおびえたように現地のスタッフが言います。
車で一目散にもどる途中、砂漠の一本道を走り続けているときです。
道標の下に、大きな黒いかげが見え、よく見ると15,6さいの少年です。
少年は、はだしの両足をしっかり地面につけ、両ひざをかかえこんでうずくまっています。
「どうしたんだろう?」
と僕がきくと、
「砂あらしがとおりすぎるのを、待っているんですよ」
と現地のスタッフは、見慣れた光景のように、無表情にこたえます。
顔をあげた少年と、ほんのわずか、視線があった。
うらやましそうな、悲しい目だった。
車をとめて少年を乗せ、家に送り届けるのは簡単だった。
だが、僕はあえてそうしなかった。
少年はだれにも助けをもとめていなかった。
自分で考えてとった行動なのだろう。
おさないときから、彼はなんども砂あらしにおそわれているはずだ。その経験から、その場にうずくまって待つのが、いちばんいいと判断したにちがいない。
そう思った僕は、彼をそっとしておきたかった。
”夢をみろよ”
僕は心の中で少年に話しかけた。
どんな土地に生まれるのか。
どんな親に育てられるのか。
だれにもわからない。
こどもはなにも選べず、ただ生まれてくる。
だが、夢なら自由に見ることができる。
その夢をかなえる時間は、まだ君にはかぎりなくあるはずだ。
砂あらしにうずくまる君を、現地の大人たちは助けない。砂あらしにたえる力を、子どものときから身に付けさせるためだろう。
そうしなければ、この土地でいきていくのはつらい。だから、大人たちは見て見ぬふりをする。
それも大人のやさしさだ。
旅人の僕は、なおさら君を助けられない。ずっとそばにいるわけにはいかないからだ。
”だから、夢をみてくれ ”
さて、もういちど、最初の本にもどります。
それは、「あなたに褒められたくて」と題した小エッセイです。
そして、最後に次のように、タネを明かして、しめくくられています。
お母さん。
僕はあなたに褒められたくて、ただ、それだけで、あなたがいやがってた背中に刺青(ほりもの)を描れて、返り血浴びて、さいはての「網走番外地」、「幸福の黄色いハンカチ」の夕張炭鉱、雪の「八甲田山」。
北極、南極、アラスカ、アフリカまで、三十数年駆け続けてこれました。
別れって哀しいですね。
いつも。
どんな別れでも。
あなたに代わって、褒めてくれる人を誰か見つけなきゃね。
(蛇足)
高倉健は幼少年のころはからだのとても弱い子でしたから、お母さんはスパルタで育てました。
一方、彼が俳優になって映画を見るときには、ストーリーではなく、危険な目にあっていないかを見ていました。危険を感じると、仕事をやめろと長い手紙を書いたといいます。映画のポスターを見ただけで、「アカギレが足にできちょるね。もう寒いところで撮影をしないように、会社の人に頼んでみたらどうね」と言ってくる。ポスターの撮影のとき、健さんはメークさんや衣装さんやカメラマンには、アカギレができていることを肌と同色の絆創膏をはったりして隠し通していたのですが、お母さんには、ポスターをみただけなのに、分かってしまったのです。
遅ればせも、いいところですが、そうかぁ、うれしいなぁ、と感じました。
75歳。歳を降れば何人もの人が栄誉をになうのだろうと思っていたが、俳優としては初めてだといいます。(だから、今は、77歳なんですね〜)
極限の地や、極限の立場に置かれた人を演じてきた高倉さんが、以前、こう述べたことがある。
「孤独な作業に命をさらし・・・揉まれに揉まれ、悶え苦しんだ者だけが、やさしくてしなやかな心を持つことができる。
僕はそういう人間に感動します。(アサヒグラフ)」
という朝日新聞の記事に惹かれて、健さんの「あなたに褒められたくて」を久しぶりに手にしました。
この本は「宛名のない絵葉書」というお話から始まります。
檀一雄という作家が、ポルトガルの西端のサンタクルスという小さな漁村に住んでいたことのドキュメンタリーを撮る、という仕事でのお話です。
檀一雄と高倉健という、どこか似た、さすらい人を感じさせる好エッセイという気がします。
ほとんどの撮影が終わって、あとはヨーロッパ最西端のロカ岬で、大西洋に沈む夕陽を撮ることになります。
落日を拾ひに行かむ海の果て
と、謳って、檀一雄はこのロカ岬に沈む夕陽をこよなく愛したと言われます。
(なんで、檀一雄はヨーロッパの果ての果てまで来て、知る人も居ない小さな漁村で、一人暮らしを始めたのでしょう。
自分自身の落日を見とどける、という意味もあったのでしょうか。2年間の滞在のあと、身体を壊して日本に帰国することになります。)
夕陽を待つ間、健さんは日本に送る手紙を書きます。
「ヨーロッパ大陸の最西端のロカ岬の、村はずれのカフェで、この葉書を書いています。
夕陽が大西洋に沈む、そのときを待ちながら、なぜかあなたのことをとっても思っています。
ここまででいっぱいになった葉書を手にして、健さんは、誰に書いているのか、いったい誰にだしたらいいんだろう、とわからなくなってしまいます。
誰なのでしょう。
この答えは、この本の最後のお話「あなたに褒められたくて」で明らかになるのですが、一旦わきに置いておいて、もうひとつの話題を。
高倉健の、もう一冊の本に「南極のペンギン」があります。
大きな活字で、振り仮名も付けられた、子供向けの絵本のようになっています。
最初に「アフリカの少年」というお話があります。
アフリカで撮影をしているとき、砂嵐に襲われます。
ひろい砂漠の地平線が、まっ黒い雲におおわれて、いままでの青空がかき消されるように、みるみるその雲が近づいてきます。
砂あらしは砂と石を大量にふくんだ突風です。
「砂あらしになります。早くホテルにもどりましょう」
とおびえたように現地のスタッフが言います。
車で一目散にもどる途中、砂漠の一本道を走り続けているときです。
道標の下に、大きな黒いかげが見え、よく見ると15,6さいの少年です。
少年は、はだしの両足をしっかり地面につけ、両ひざをかかえこんでうずくまっています。
「どうしたんだろう?」
と僕がきくと、
「砂あらしがとおりすぎるのを、待っているんですよ」
と現地のスタッフは、見慣れた光景のように、無表情にこたえます。
顔をあげた少年と、ほんのわずか、視線があった。
うらやましそうな、悲しい目だった。
車をとめて少年を乗せ、家に送り届けるのは簡単だった。
だが、僕はあえてそうしなかった。
少年はだれにも助けをもとめていなかった。
自分で考えてとった行動なのだろう。
おさないときから、彼はなんども砂あらしにおそわれているはずだ。その経験から、その場にうずくまって待つのが、いちばんいいと判断したにちがいない。
そう思った僕は、彼をそっとしておきたかった。
”夢をみろよ”
僕は心の中で少年に話しかけた。
どんな土地に生まれるのか。
どんな親に育てられるのか。
だれにもわからない。
こどもはなにも選べず、ただ生まれてくる。
だが、夢なら自由に見ることができる。
その夢をかなえる時間は、まだ君にはかぎりなくあるはずだ。
砂あらしにうずくまる君を、現地の大人たちは助けない。砂あらしにたえる力を、子どものときから身に付けさせるためだろう。
そうしなければ、この土地でいきていくのはつらい。だから、大人たちは見て見ぬふりをする。
それも大人のやさしさだ。
旅人の僕は、なおさら君を助けられない。ずっとそばにいるわけにはいかないからだ。
”だから、夢をみてくれ ”
さて、もういちど、最初の本にもどります。
それは、「あなたに褒められたくて」と題した小エッセイです。
そして、最後に次のように、タネを明かして、しめくくられています。
お母さん。
僕はあなたに褒められたくて、ただ、それだけで、あなたがいやがってた背中に刺青(ほりもの)を描れて、返り血浴びて、さいはての「網走番外地」、「幸福の黄色いハンカチ」の夕張炭鉱、雪の「八甲田山」。
北極、南極、アラスカ、アフリカまで、三十数年駆け続けてこれました。
別れって哀しいですね。
いつも。
どんな別れでも。
あなたに代わって、褒めてくれる人を誰か見つけなきゃね。
(蛇足)
高倉健は幼少年のころはからだのとても弱い子でしたから、お母さんはスパルタで育てました。
一方、彼が俳優になって映画を見るときには、ストーリーではなく、危険な目にあっていないかを見ていました。危険を感じると、仕事をやめろと長い手紙を書いたといいます。映画のポスターを見ただけで、「アカギレが足にできちょるね。もう寒いところで撮影をしないように、会社の人に頼んでみたらどうね」と言ってくる。ポスターの撮影のとき、健さんはメークさんや衣装さんやカメラマンには、アカギレができていることを肌と同色の絆創膏をはったりして隠し通していたのですが、お母さんには、ポスターをみただけなのに、分かってしまったのです。
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