きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
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今日は、バンコクに戻る前、家の中の整理をしようと思い、一日家のなかに閉じこもり。。。
あっちのものをこっちへ動かすだけだったり、本を段ボールに詰め込もうとして、手にした本を1時間も読みふけったり・・・部屋が散らかるだけ・・・これでは明日もまただなぁ。

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今日は、午前中に部屋の片づけを、少しだけ行うつもりだったのですが、昨年の暮の大掃除らしきことをしていなかったことを思い出し、なにか力が入ってしまいました。

結果は、整理どころか、それぞれの部屋をめちゃくちゃにかき回しただけ、みたい。

部屋中、なにか思い出に囲まれているようで、掘り起こすと、写真をみたり、本をかき集めたり・・・でした。


宮沢賢治といえば、小学校の教室の壁に貼られていた、雨ニモ負ケズ、という詩です。

この歌は、意外な発見のされ方をしているんですね。

詩人・永瀬清子の「すぎ去ればすべてなつかしい日々」に書かれています。


賢治が存命中は、「春と修羅」という1冊の本しか出版されていなかった。

岩手の田舎詩人が書いた詩集は、見向きもされず、神田の夜店で投げ売りされているのを、草野心平が買い集めて友人に配ったりしたもののようです。

少しばかりの理解者は、この草野心平と高村光太郎くらいで、やがて誰にも知られず他界してしまいます。

その死後、弟の宮沢清六さんが、積極的に賢治の詩を出版しようと奔走するんですね。

新宿の喫茶店で、賢治の追悼会を開く、という名目で、中央の少ない理解者、関係者に集まってもらい、トランクいっぱいに出版のための原稿をもってやってきます。

集まった殆どの人が、賢治のことも、岩手・花巻のことも知らない。

しかし、清六さんが生で読む詩には、感動してしまう。


じつは、雨ニモ負ケズ、の詩は、出版しようという原稿の中には無かったのです。

賢治が使っていたそのトランクの蓋の裏ポケットに隠れていた、黒い小さな手帖のなかに、賢治自身の覚え書きのように書かれていたものだった。

賢治が、その詩でうたう「でくのぼう」のように生きるため、自分自身のために、書かれていたように。


子供のころは、その詩は、とにかく貧しくても頑張るように、という歌に思え、大人になってからは、おとなの応援歌、最終の死の恐怖にたいしても、こわくはないんだと、やさしく癒してくれる詩でした。

全文です。

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雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラツテイル
一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ小サナ萱ブキノ小屋ニイテ
東ニ病気ノコドモアレバ行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニワタシハナリタイ

                      雨ニモ負ケズ
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賢治の手帳

僕が今回初めて知ったことがあります。
この喫茶店に、岩手の花巻から来ているひとがいて、中央の人々に花巻の土地がら、賢治の人がらを説明するのです。


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花巻には、「親戚というよりも少し広い意味での『まき』というものがあり、いくつかある『まき』の中でも『宮沢まき』は有数のもので、彼の家は土地で大変尊敬されている。
一方、町には乞食の代表もあり、彼らはいわば浮浪の徒でありながら、ある意味では人気者でもあり、一例を言えば、ある乞食は有力者の電話番号を全部暗記している。
有力者に出会えばすぐその番号をすらすらのべることが、相手へのお追従でもあり、お恵みに浴する大事な仕事にもなっているのです」
尽きないおもしろさの具体例によって、いささか非近代的でもある花巻という町の、親しい雰囲気を十分に描き出すものだった。

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岩手・花巻は、まるで、タイの田舎のようではありませんか?

都会がどこでも同じように、田舎はどこでも、同じなのか?

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また学生のひとりは、次のような話をした、
神経質な青年がいて、世の中の事は解らぬことばかりだから生きていてもつまらぬ、死んだ方がまし、と言い続けるので、皆が心配して、賢さんに説得してもらうように頼んだ。
すると一度話しただけで青年の態度がなおり、よく仕事もするようになったので、みんなが驚いた。
彼は何を話したのかとみんながあやしんでいたが、あとで聞くと、賢さんは、

「解らない人生を自分なりに解いていくことが人間に与えられた大きな仕事であり、それはその気になれば少しも休む事ができないくらい興味深い発見の積み重ねなのだ」

と語られたそうだった。

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ところで、今日、自宅の本をいじっていると、今まで、読むことのなかった詩人の本のページがめくれ、一瞬、「宮沢賢治」という言葉が立ってみえましたので、読んでしまいました。

和田文雄詩集です。

この方は、少しづつの詩作を、公務員時代につづけておられたあと、56歳で初めての詩集を私家本で出版し、その後更に本格的に取り組まれた方のようです。

初期の詩は、堅く、僕には分り難いものが多かったのですが、年齢が高じるにつれ、わかりやすいロマンの詩が見られるようになったと感じられました。

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      いのり

播く人のゆかしさで芽生え

なつかしさをみのりとする

いのちなりけりのつぶやきを

きけばいい

ゆるやかでいい

しなければならないことを

さわやかにわがものとすればいい

ひとさまの荷物をしょって

ともとしていけばいい

うるわしいひととなって

そのひとのすむところ

播くたねにいのり芽生えすればいい

             詩集 <村> より

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作者、71歳の詩です。

全くの蛇足ですが、雨ニモ負ケズ、に通ずるこころを読みました。


整理にあけくれ(荒らしただけ)、ビザの調べたいことができなかったので、

ちょっとがっかりしそうな一日だったのですが、

こうした出会いがあり、

今日は、良い一日だった、というべきですね。


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