きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
皆さんへ、問題です。

次の文章を読んで、どの国のことを語っているか、当ててみてください。

(1)
メーにしてみれば、これから先、ポーはあてに出来ない。
十三になる長女のユイと、生まれたケイの将来にだけ、頼らねばならない自分の未来が見えていた。
ポーが女道楽をはじめてから、メーは肥りはじめていた。
「金は、今まで通りでいいか」
「結構です」と、メーは答えた。
生まれたばかりの子供に、金がかかる道理はなかった。
「女の子が生まれて、よかったと思うんだ。男の子じゃ始末が悪いが、女の子なら、年頃になれば、金になる。ユイは、もう十三だろう。そろそろ働きに出したらどうだ」

(2)
「この国で一番安価なものは人の命と時間」である。








解答です。

(1)は、昭和初期を時代背景にした、<夕映えの中にいた> という日本の小説です。固有名詞を変えてみただけです。

葉にしてみれば、これから先、根一はあてに出来ない。
十三になる長女の幹子と、生まれた夕子の将来にだけ、頼らねばならない自分の未来が見えていた。
根一が女道楽をはじめてから、葉は肥りはじめていた。
「金は、今まで通りでいいか」「結構です」と、葉は答えた。
生まれたばかりの子供に、金がかかる道理はなかった。
「女の子が生まれて、よかったと思うんだ。男の子じゃ始末が悪いが、女の子なら、年頃になれば、金になる。幹子は、もう十三だろう。そろそろ働きに出したらどうだ」

作家は、有馬頼義で元貴族の家柄出身です。

(2)は、幕末に日本へやってきた外国人の記録です。

日本人は生来几帳面で時間に正確だったわけではないようです。
江戸時代は、宵越しの金はもたない、とかその日暮らしとか、のんびりゆったりした生活であり、一方武士道は、命よりもメンツを重んじていました。

タイは貧しいとか、教養がないとか、遅れているとか、時間にルーズだとか、いろいろ言いますが、

日本だって、ついこの間までは、こうだったのです。

日本も、この間の戦争の前までは、不敬罪があり、天皇陛下は神様だったのです。


今の、タイも変わっていくでしょう。

黄色や赤色や青色、騒々しいです。

もう、どうにか、穏やかになって欲しい、と願う声が、タイ在住の日本人から聞こえます。

僕は、これは、決して、収まらない、と思っています。

社会が変わっていく、必要があるから、騒動が絶えないのだと、思っています。

不敬罪などという悪法が存在して言論の自由が禁じられている国、

司法クーデターなどという前代未聞の暴挙をしてしかも法治国家であるがごとき体を装うことに恥ずることの無い国、

官は上から下までワイロが常態で、貧富の差、格差の存在を前提に、安定社会を目指す、という偽民主主義の国、

そういう国である以上、変化の胎動は、止めることはできないでしょう。

タクシンは役者として、どぎつすぎたようですが、彼の様な破天荒な人間でなければ、風穴はあけられなかった、のでしょう。

タクシンの役目は終わったのかもしれませんが、彼が投じた一石は、きっと収まることなく、

新たな波として、誰かに引き継がれていくのではないでしょうか。

国外追放は、恥ずべきことではありません。

自分の行動を、事後に作製された法律によって、裁かれて国外追放なら、なおさらです。

あの孔子でさえ、自分の国の王へ建白した意見が通らず、国外追放を受け、一生を放浪生活で終えたのですから・・・。
(あはは、タクシンを大・孔子と比較して誉めているわけではありません・・・)

上のように、タイの実情に関し、批判的な表現をしたからといって、

僕は、タイを馬鹿にしたり、嫌いになっているわけでは、ありません。

もうそろそろ、この馬鹿げた騒乱を収めて欲しい、という意見のほうが、

タイをバカにしているかもしれない、と思います。。。

逆に、タイが好きだから、

もっと良い国になって欲しいから、

そして、僕が住んでいる間は、非常な興味を持ってその変化をみつめていたいから、

三色まみれの騒乱は、

今後も続くであろうと思うし、

続いて欲しいとさえ、思うし、

今、この国に住まわせてもらっている身としては、

温かく、気長に、見守っていきたいと、思っているのです。


↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
<タイ・ブログランキングに、登録しています。
応援ください。読んだら、必ず、クリック一回!>

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓


タイ・ブログランキング




わたしのお勧め出会いサイトです↓
Thai Dating, Singles and Personals

コメント
この記事へのコメント
タイの政治体制
タイの政治の混乱の背景には諸々の要因があります。

●法律の規制(限界)

アセアン諸国の中で民主主義国家と言えるのは、タイ、インドネシア、マレーシア、シンガポールでしょうか?
ベトナムは共産党独裁、ミャンマーは軍部独裁です。
カンボジア、ラオスは現在の国家体制の歴史が浅く、コメント以前です。
マレーシア、シンガポールには治安維持法があって、反政府運動は事前に弾圧できるので、タイのような混乱は起きません。
タイでは、2006年に治安維持法が復活しましたが、政権側はまだ適用に躊躇しています。
ここに、タイでは反政府運動が他国に比べて、自由に行えて、暴走する原因があります。
サミットの中止などで国際的な威信が低下した、と言う報道が大半ですが、アセアン各国の内情をみれば、反面、タイは民主国家であることの証明とも言えるかも?

●産業構造の変化に取り残される農民(貧困階層)

タイの産業構造はかつて農業中心でしたが、先進各国、特に日本の製造業が、円高で生産拠点を国内から海外へと移転させる動きが加速、タイは投資優遇措置を積極的に導入したこともあいまって、多くの日本企業がタイに進出し、タイの工業化が急速に進みました。
これにより、1970年にGDPの25%程度を占めていた農業のウェイトは、2007年には11%強、輸出額ベースでも約10%に低下しています。ただし、現在でも農業は就業者の40~50%を占めており、農業が就業人口ベースでは主要産業であることに変わりはありません。一方、製造業は、就業者数の約15%から17%を占めるに過ぎないが、輸出の約85%、GDPベースでも約35%を占めるに至っています。

農業国から工業国へ産業構造が変化し、製造業の発展で潤うバンコク中産階級と、地方に取り残された農民の深刻なギャップが生じました。

●タクシンの登場

タクシンが民主主義を体現する存在なら、タイ国政治の未来は明るかったのですが、残念ながら、タクシンは、民主主義には関心が薄い独裁者でした。
正確には民主主義を弄ぶ政治家です。
タイの貧困階層には、「お金をくれる人はいい人、お金をくれない人は悪い人」という素朴な価値観があります。良い悪いは別にして、タクシンはこの価値観にうまく付け込みました。
タイの産業構造の変化に取り残された農民をうまく取り込んだタクシンは、ポピュリズム(大衆ばら撒き政策)で選挙の票を買い、権力を握るや、国家資産の収奪を行ってきました。(国有地の払い下げ、巨額の脱税他)
マスコミを弾圧し、独裁者のようになりました。
国民相互間の亀裂を激化させ、独裁者として振舞った末に、クーデターという非民主的な方法で追放されました。
4月のバンコク暴動では、デモを扇動しておきながら、鎮圧された後、タクシンは「俺はデモには関係無い、単なる応援者だ」と逃げ口上を言って、国内の支持者の多くを失いました。
暴動前に、家族を海外に脱出させて、高みの見物をしたのも、タイ国民の怒りを買いました。

●真の民主主義の実現には・・・・

タイの政体は、国王と言う絶対権力の下で、ある程度制約された民主主義です。
いずれ、タイも、真の立憲民主政治の時代がやってきます。
その時には、タクシンのような民主主義の仮面を被った独裁者ではなく、真の民主主義を実現する政治家の誕生を待たなければなりません。
しかし、その前に、有権者の過半数が中卒、小卒と言う発展途上国に、民主主義が必要なのか、と言う根本的な疑問があります。
1人あたりGDPが3000ドルのタイには、絶対権力下で経済発展を図り、GDPが1万ドル超になった暁に初めて、真の民主主義に移行するのがベターな気もします。
2009/04/26(日) 23:28 | URL | 卯月 #qbIq4rIg[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://im8p.blog25.fc2.com/tb.php/257-e5382484
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。