きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
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若者は、愚かでよい。
若いうちは、無知で、無恥で、無謀で、ある。
だから、どんなことにも、真剣に、裸になって、取り組むことができる。
過ちを多く繰り返し、そして成長するのだ。

かえって心配なのは、無難な生を望み、生半可に大人になってしまう、
過ちを侵すことおそれ、冒険をしない、若者である。
これでは、人間は成長しないし、
なにか、大切なことを理解しないし、そして、後の世代にただしく
ものを伝えることすら、できない。。。。

これは、よく、言われることだと、思います。
それならば、と、僕は思うのです。

大人は、愚かでよい、と思う。

と。

いや、さらに、そういうならば、

人間は、愚かでよい、と思う。

人間は、所詮、100年くらいの寿命の生き物です。
できることは、限られている。
いくら、努めても、過ちを侵さなくなる、ということはない。

なにか、しようと、思うかぎり、年齢に関係なく、過ちを侵すものです。

過ちを侵すことが、悪いのではなく、
過ちすら侵さない、なにも新しいことをしようとしない、
そのことが、悪い、のです。

人間は、いつまでも、無知で、無恥で、無謀で、いいのではないか。
自分が、そうと、わかっていれば。
そして、それにめげずに、
生きている限り、新しいことに、向かって行こう、
という気概の方が、大切ではないか。

恋は、若いものがするもの。
年配になっての恋は、老いらくの恋、などどと、
世迷言のように、言われていた、時代があった。

今は、90代の独身者同士が、老人ホームで出会って、
車椅子同士であったのが、リハビリに励んで、励んで、
車椅子のお世話にならなくなったばかりか、
セックスまで、楽しむことになった、
というレポートまで、ある時代です。

人間は、愚かでよい、

ということが、
こういうことを導くものなら、

真実それは、人間のためによい、考えだと言える。

そんな気がしますが、どうでしょうか。


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