きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
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バンコクにいるときは、コンドミニアムが加入しているケーブルTVが、チャネル数は多いけれども、NHKは見られません。

それで、大体は英語のチャネルをつけることになるのですが、あまりTVを見たい、とは思わなくなっています。

それが、日本に帰ると、やはりTVを見てしまいます。

今日は、衛星放送の、海外ニュースを見ていて、英国の事件にいたくこころを動かされました。

英国の、サーの称号をもらうほどに有名で有能な、音楽の指揮者が、妻とともにスイスの自殺幇助センターでともに自殺を遂げた、というニュースでした。

サー・エドワーズ・ダーンズ(85)がジョーン夫人(74)と、こども達にみとられながら、スイスの自殺幇助クリニックで、穏やかな死をともに迎えた、というものです。

Conductor Sir Edward Downes in assisted suicide with wife after she got terminal cancer


その背景は、まずジョーン夫人が、不治のガンを宣告されたことがあります。

ダーンズ氏は、この15年間眼が見えなくなり、最近は耳も遠くなりつつあり、過去50年間にわたって献身的に支えつづけてくれた夫人なしでは、生きていく力も湧かない。

いっそ愛する夫人とともに、あの世に旅立ちたい、という決心からの選択でした。

僕は、何か月か前に、ドイツで、ある精神科医が、自殺幇助をおこなうサイービスをしていることが問題視されているという新聞記事を読んでいました。

その時も、自殺幇助が、ドイツでは法律違反ではないようだ、法律ではそれを明確に規定していないようだ、

ということを知って、びっくりしたことがあります。

自殺幇助は許されるべきではない、ことは先進国では、当然であり、常識ではないか、と思っていたからです。

この記事、ほんとかなぁ、と思ったものです。

ところが、今度のニュースで、自殺幇助は、英国では違法であるけれども、スイスでは合法なのだ、ということを知りました。

人間の究極の自由は、死の選択ができるかどうか、である。

という思想があるのかもしれません。

個人主義、自由主義の行き着くところで、それを認めているのでしょうか。

「若きウェルテルの悩み」でゲーテが描いたのは、人を愛することの崇高さ、とともに、自己の生を尊厳を持って終えるに、自殺する自由は奪えない、ということだったと思います。

(「若きウェルテルの悩み」は、バンコクの古本屋で買って、読んだばかりの本です。

ちなみに、assisted suicde、というキー・ワードで、YOUTUBEを引くと、自殺する人たちのその時を映像でみせようとしている人たちが、たくさんいることがわかりました。

おぞましいので、見ることをお勧めはしませんが・・・)


日本では、なかなか受け入れられない考えかもしれません。

自殺、と聞くと、理由、背景がどうであれ、

とにかく生きなければだめなんだ、死んではいけない、という

単純な人道主義発想の大連呼になります。

たとえば、江藤淳さんが、最愛の妻に先立たれ、ほどなく後を追ったときも、

やはり、江藤さんには、そこを乗り越えて生きて欲しかった、

という声が大きかったことを思い出します。

江藤淳さんにとっては、妻なきあとの世界は、生きた世界ではなかったのでしょう。

「妻に褒められたくて」、すべての仕事をしてきた人だったからです。


とにかく、人の死、とくに自殺について、今日は深い思いをいたしました。

美しい死、

というものをさえぎってはいけない。

世の中に、常識という、

魔物がいる。

本当の、自由な精神とは、

なにか。

世界の法律も、

さまざまです。

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コメント
この記事へのコメント
本当に難しい問題ですが
少し話しは違うかもしれませんが、
最近私もインドに「夫が死んだときには妻も一緒に炎に身を投じて
死ななければならない」という
風習がある事を聞き、あまりの時代錯誤な風習に
驚いたところです。
もちろんそれを美しいと感じるならばそれは仕方ないのかも
しれませんが、最近はその妻の親族が
周りの人間への体裁の為に、無理矢理炎に投げ込むとか。

また一方で自分で死ぬ事を許されない日本の常識にも疑問はあります。
私はタイ人によく「日本人はすごい長生きだね」と言われたとき、
「死なないように生かされているから」
と答えます。体中に装置がついていても、死ぬ事を許されない。

もちろん時と場合と状況を吟味しないといけませんが、
自ら死を選ぶ事も、本当にその人が望んでいるなら、
もう本当にどうやっても先に希望がないなら、
認められるべきかもしれません。
本当にその人の事を思えるなら、
認めないといけない時もあるかもしれません。
2009/07/17(金) 00:52 | URL | ウチャラポーン #RuBj8cxQ[ 編集]
インドの風習、酷ですね
ウチャラポーンさん、
インドの風習、すごい話ですね。
人口の多いインド、宗教、そして過去からの風習、ということで、彼らにとっては、美しい死、なのかもしれませんが・・・精神の自由のないところ、近代的ではない、と思います。
精神の自由が、いかほどのものか、という根底をゆすぶる議論が、イスラムの社会などにはあるかと思いますので、深い思想が必要ですね。

自殺の是非も、いろんな議論はあると思います。
私は、ただひとつ、自殺してしまった人を、さげすんだり、気違い扱いしたり、残された家族までが特別な目で見られてしまうような、社会偏見だけは無くなるようにと願っています。
ウチャラポーンさんは、実に、いろんなことを感じ、考え、行動されているんですね・・・。
2009/07/18(土) 17:14 | URL | im8p #-[ 編集]
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