きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
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雪降れば雪子とぞ思ふ走りいでて

      心ゆく迄 掌に取らま欲し

バンコクにいるのに、なんで雪なの、と思われるかもしれませんが、

一昨日のブログの続き、です。


バンカピ公園で、石坂泰三の生涯、という小さな文庫本を手にとっていました。

石坂泰三、といっても今の人には思い出すこともない、過去の人になっているでしょうか。

僕としては、以前から、財界総理とか財界帝王とか言われた、剛毅な表面と、

和歌をたしなみ、その愛妻に対する純情をつらぬいたという生涯に興味を持っていて、

何冊か、本を積読(つんどく)していた人物、です。

今回のタイ訪問にあったて、ふとそのうちの一冊を、カバンに入れてきました。


その本を、彼女とのんびりバンカピ公園でくつろぎながら、読んでみました。


石坂泰三さんは、1886年(明治19年)生まれ、1975年(昭和50年)に89歳で没しました。

公務員から、第一生命に転じ、その社長を8年、その後東芝の社長となり、8年、経団連の第二代会長を、6期12年勤めた、戦前・戦後の大・財界人です。

役人生活は、課長まで勤めますが、部下に不正があり、その責任を問われて戒告を受けるなど、あまり気に入った職ではなかったようです。

第一生命の創始者から、将来の社長候補として、迎え入れられるわけですが、そのとき29歳、です。

第一生命は、その当時業界12,13位で、社員60人の、中小保険会社。

それを、日本生命に次ぐ、堂々の業界2位の会社にまで、育て上げるのですが、

創業者の社長とは、バラ色の日々だけではなく、

石坂さんが力をつけるにつけ、多くの確執があった、ようです。


戦後、公職追放の仮指定をうける立場となり、第一生命の社長を辞任しますが、

オーナーの創業者からは、退職金も、報奨金もなく、裸同然で追い出されるような、境遇を味わいます。

そのとき、すでに61歳、です。


そして、翌年、戦後を代表する大争議中の東芝に、請われて入社に、みごとにその大争議を平定してしまいます。

(戦後、共産主義、労働組合が、もっとも強大な力を持っていた時代だったそうで、現代からは想像すること難しい状況、です)

それから、石坂泰三の財界人としての、華々しい生涯が始まるのですが、

62歳から、89歳で没するまで、約30年。

高年齢からの、この活躍ぶりに、目を瞠ります。


現代は、ますます寿命も延びて、高年齢者があふれていますが、(そして、身体的には元気なはずですが)、このような活躍をする人が、少なくなってきているようです。

政・財・学界など、若返りは、良いことなのでしょうが、人間の成長は、限度が無いという立場に立つとすると、どうでしょうか。

もっともっと、石坂泰三のように、長い人生をかけて、大人物になる人が増え、日本人の灯火になって欲しい、と思うのですが。


石坂泰三さんは、幼少の頃は、大学、論語、中庸、孟子などの中国古典を両親から叩き込まれ、

長じて、シェークスピア、テニスン、エマーソン、カーライル、バイロン、などを英語で、

ゲーテ、シラーをドイツ語で親しみ、

同時に、国語で古事記、日本書紀、万葉集、徒然草、古今集などを学んでいます。

好きな西洋の古典は、晩年になって、暗記して諳んじるほどです。


そして、彼はクリスチャンで、学生時代は内村鑑三の聖書研究会の熱心なメンバーであったそうです。

(最期の床に会って、洗礼を受けて、神の子になり、他界)

このように、和漢、西洋の、古典や知恵を、深く身につけ、

こころは純情、「老いて夢見るロマン」を抱き続ける人生は、

80年や90年では、短すぎるのではないでしょうか。


最後に、僕が惹かれる、その「純情」な面を。

第一生命に転進する2年前の、1913年、27歳のときに、雪子さんと結婚しています。

親が気に入り、決めた相手で、結婚式当日が初めての出会い、そして一目ぼれ、したそうです。

東芝の社長を勤め上げ、いよいよ経団連会長になろうという3ヶ月前に、雪子夫人を、病で失ってしまいます。

その後、20年を、雪子夫人を想い続けて、一生を終えるのですが、冒頭の歌は、その代表作。



夢なれど逢ふはうれしわが妻は

      いそがしそうにはたらきいたり


あの世をばこの世のごとく思ひつつ

      われなすことあしきにあらず




今からでも、遅くは無い、

1センチでも、このような人生に、にじり寄りたい、

と想ってみました。


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コメント
この記事へのコメント
ちょっと話しがそれるかもしれませんが
知識があるということは、幸せな事だと思います。
それだけで確実に世界は広がります。
よく最近の子供に、計算式をしらなくても、化学をしらなくても
生きて行けると主張する
類いが増えているらしいですが、
知識とはそういうものではないと。
石坂泰三という人の人間の深みは
幼少の頃の積み重ねからでしょうね。
2010/03/22(月) 06:30 | URL | ウチャラポーン #RuBj8cxQ[ 編集]
石坂泰三
 すごいひとだということで、名前だけは聞いたことがありました。
やはり、苦労を経て財界のドンに登り詰められたのですね。それも60才を超えてからとは・・・・・
 今の詰め込み教育で昔の政界、財界を引っ張り、ドンと言われ、世界と渡り合える人物は育つのでしょうか?
それにしても、彼女?と公園でのんびりと本を読めるのは、のどかで、ほのぼのとした雰囲気が感じられていいですね。
2010/03/22(月) 13:15 | URL | Take #-[ 編集]
Re: 石坂泰三
Takeさん、
レスポンスが遅れてしまっています、もうしわけありません。
本当に、名実ともにそろった大人物が、政界にも財界にもいなくなってしまったような気がして、残念です。しかし、これも、長く続いた平和と繁栄上昇のため、とも言えるのでしょうから、しばらくはこれで(100年ほどは)、行かざるを得ないのかもしれません。まもなく、中国に属国扱いにされ、韓国に小突きまわされて、国民全体が苦汁をなめて、それからようやく発奮して再興する、というシナリオになるのではないでしょうか。
なにか、まだ、できることがあるのかなぁ、・・・、あって欲しい、と思いますが。


>  すごいひとだということで、名前だけは聞いたことがありました。
> やはり、苦労を経て財界のドンに登り詰められたのですね。それも60才を超えてからとは・・・・・
>  今の詰め込み教育で昔の政界、財界を引っ張り、ドンと言われ、世界と渡り合える人物は育つのでしょうか?
> それにしても、彼女?と公園でのんびりと本を読めるのは、のどかで、ほのぼのとした雰囲気が感じられていいですね。
2010/03/29(月) 13:51 | URL | imhappy #-[ 編集]
Re: ちょっと話しがそれるかもしれませんが
ウチャラポーンさん、
最近のこどもに、そんな考えを教えている親がいて、そういう子供が増えているのですか?
子供の考えは、一にも二にも、親の影響から始まるとおもいます。
こういう平和と繁栄の時代ですから、親が放任しても、なんとか子供は育ち、それからこんな考えの子供が増えてくるのでしょう。
もう、親の世代に「教養」というものが無くなってしまっているのだ、と痛感せざるを得ません。
石川泰三さんにしても、幼少のころ、何にも分らずに親から中国古典の素読を強制され、それが将来の基礎になっていた、ということでしょう。
親が、大事、とつくづく思います。


> 知識があるということは、幸せな事だと思います。
> それだけで確実に世界は広がります。
> よく最近の子供に、計算式をしらなくても、化学をしらなくても
> 生きて行けると主張する
> 類いが増えているらしいですが、
> 知識とはそういうものではないと。
> 石坂泰三という人の人間の深みは
> 幼少の頃の積み重ねからでしょうね。
2010/03/29(月) 13:58 | URL | imhappy #-[ 編集]
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