きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
昨日は、放送大学の単位試験を受験してきました。

暑い中、多くの学ぶ仲間がキャンパスに集い、真剣に何事かに取り組んでいる様子を見ることは、気持がいいです。

今回の試験で、7科目うまくパスすれば、心理学を中心にした、放送大学の勉強も、ひと区切り、です。
残りは、明日、8月2日に、4科目、受験します。

それが終わった8月からは、いよいよタイ語の勉強に、本格的に取り組む予定です。


さて、今回の勉強の中で、タイトルに掲げたG・H・ミードの言葉に出会いました。

ミードは、「過去の記憶」や「未来の創造」という現在とは別の時間に属する経験も、現在、という時間の中で再解釈され、自己を膨らませていくものだ、と考えます。

過去は単なる過ぎ去った過去として記憶や文書に保存されたものではなく、現在生じつつあるものを条件づける形で、再解釈され、現在の中に統合されていくものである。

過去は現在の中にあり、未来もまた同様に、現在の中にある。

現在を軸にしながら、過去と未来を再解釈していくことは、過去と未来を創造していくことである。

それは、過去と未来を含んだ現在が、創出されることであり、自己が変容・更新されていくプロセスともなる。

過去に、さまざまなことがあります。
楽しかったことや、悔しかったこと、決定的な別れや、大きな失敗。
振り返れば、ネガティブな思い出の方が多いのではないでしょうか。

過去は、変えられない、という言葉を聞いたことがあります。
しかし、ミードは、過去は死んだものではなく、それをどう解釈し、どう現在に取り込み、未来につなげるかで、過去をも創造できるのだ、と言っているのです。
創造、というのが言い過ぎならば、過去の意味を変容させることができるのだ、と。
そして、それらの目指すところとは、未来なのだ、と。

未来を、今、創造する、そのために現在がある。

未来は、やがてやってくるものではなく、今、ここ、この私の中の、現在にある。

つらい過去に、とらわれ、うつむくことなく、

未来に向かって、視線を上げよう!




コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://im8p.blog25.fc2.com/tb.php/58-8adf9002
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。