きょうもまた、あなたとおいしい朝食を食べる、それが幸せ。 風は、すずやかに、木の葉をゆらし、小鳥のさえずりが、庭に降る。 バンコク バンカピから。今日も元気だ、幸せだ!
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今回の日本帰国に利用したのはデルタ航空でしたが、

一番安いチケットでも、委託荷物は2個、それぞれ20KGまで無料です。

なんでも、アメリカでは、委託荷物は有料(1個30ドルとか)、

というのが普通らしいので、国際線でもそうなるのではないか、

と心配しているのですが、今回は、そういうことはなかったようです。

LCC(ロー・コスト・キャリア)という格安航空では、預ける荷物は

当然有料になるのでしょうね。

AiaAsiaはそうなっていますし。。。


そういうことで、今回の日本からのもどり便では、

40KGまで無料なので、

いつもの定番の食料品や衣類のほかに、

本を少し多めにもってくることができました。

全部で、50冊。

いくつかのテーマで選択したのですが、

そのひとつに、

既読の本の中で、こころに残った恋愛小説をもう一度読もう、

というテーマがあります。

なにを持って来たかというと、

・時雨の記 (中里恒子)

・風の盆恋歌 (高橋治)

・アカシアの大連 (清岡卓行)

の3冊。

あとは、未読の本ですが、

・幸田露伴の(わかりやすい)本

・柳田國男の本(基本の基の、遠野物語など)

・寺田寅彦の随筆(現代に通ずる新しさが、あるようで・・・)

・斉藤茂吉の秀歌(上・下)と随筆

これらをここに書くのは、

絶対に読みたい、とこころに決めているからです。^O^


7日にバンコクに戻ってから、読み終わった本は、

1.いまなぜ青山二郎なのか (白洲正子)

2.生きる (乙川優三郎)

3.夜の小紋 (乙川優三郎)

4.日本の弓術 (オイゲン・ヘリゲル 岩波文庫)

5.時雨の記

です。

6として、「愛妻日記」(重松清)をあげたかったのですが、

あまりにつまらなくて2,3のストーリーを読んだだけで

投げ出してしまいましたので、カウントしません。



1は、日本の戦後に青山二郎という、何もしない天才、がいたということを

教えられるとともに、その青山を通して、小林秀雄について目を開かされる

エピソードの山でした。一言で言って、この本は、青山二郎と小林秀雄という

1卵生双生児のような天才と秀才について、書かれた本だと理解しました。

この本から、あれこれ思索が飛び、関連の本を読んでみたくなりました。


2と3は、僕の趣味にあったエンターティンメントです。


4はなんだろう、と思う方が多いのではないでしょうか。

僕自身、本を整理していて、この薄い本がでてきて、

なんで買っておいたのだろう、といぶかしい気持ちでしたので。

これは、昭和の初期にドイツからやってきた哲学の先生が、

日本精神を理解すべく弓道の達人に弟子入りし、

5年をかけて師範の免状をもらうまでの、こころの記録です。


彼は並大抵の気持ちでこの訓練を望んだのではなく、

不撓不屈、ドイツ人特有の徹底ぶりで稽古をしますが、

弓を引けるようになるまで、1年かかります。

そして、次は射放つ、段階です。

どうしても、矢を放つたびに、激しい衝撃を受ける。

先生が矢を放つのをみていると、少しも衝撃は起こっていない。

「先生の手は不意に開かれて、それがどうなるのか見る隙も無く、

稲妻のような疾さ(はやさ)で行われた。

私はいくらそれに倣おうとしても、無駄だった」


そこで、彼は、自分はこれ以上どんなに進もうと思っても進めない、

と先生に告白します。


「あなたがそんなに立派な意思をもっていることが、

かえってあなたの第一の誤りになっている。

あなたは頃合よしと感じるか、あるいは考える時に、矢を射放とうと思う

あなたは意思をもって右手を開く。

つまりその際あなたは意識的である。

あなたは無心になることを、矢がひとりでに離れるまで待っていることを、

学ばなければならない」

と先生。

「しかしそれを待っていると、いるまでも経っても矢は放たれません。

私は弓を力の続くあいだ張っています。

そうしてしまいには、まったく意識的に矢を放してやらなければ、

張った弓に両腕を引き寄せられて、矢はまったく放たれるに至りません」

と応えると、先生は、

「待たなければならないと言ったのは、なるほど誤解を招く言い方だった。

本当を言えば、あなたは全然なにごとをも、待っても考えても欲しても

いけないのである。

術のない術とは、完全に無我となり、我を没することである。

あなたがまったく無になる、

ということが、ひとりでに起これば、

その時あなたは正しい射方ができるようになる」

と答えられた。



・・・・・きっと、僕は、ここのところを本屋で立ち読みし、

購入していたのだと、思います。

今、日本精神とは何か、ということを、振り返って理解したい、

と思っています。

震災を境にしてもしなくても、日本とはなんなのか、

日本精神というものがあるとするならば、

それが変わっていこうとしているのか、

変わってしまったのか、

そんな簡単には変わらない不易のものなのか、

そういうことは、僕にとって、腹に落ちるほどに知り通した、

ということはなく、

それゆえ、今、それにとても興味を持っているところなのです。

そして、まったく同じような状況が、

時代と人種が違っても、

昭和初期のドイツ人の、オイゲン・ヘリゲルという哲学者が

かかえていたことなのだ、ということです。

彼は、日本のあらゆる「術」は、その内面的形式から言えば、

一本の根源たる仏教ーさらにいえば禅ーにさかのぼることになる、

ということはすでにヨーロッパ人にとってもなんの秘密でもなくなっている、

墨絵、茶の湯、歌舞伎、生け花、剣術、弓術などなど。



こんな風に言われると、やはり禅のことを、ぼんやりではなく、

(禅については、20才になってまもなく鈴木大拙の本を2,3冊読んでから、

機会あるごとに、人の話や、テレビや、物語の中に現れたり、新たな本を読んだり、

ごく日常のように、接してきているわけです)

もうすこし突詰めてみなければ、と思ってしまいます。

それでも、禅を知る、ということは、知識を増す、ということ、

思弁的なことではなく、

きっと経験的なことなので、

おのずから、座禅とか瞑想をする時間を持たなければならない、

という課題にぶつかります。。。


5は、ゆっくり味わうように読みました。


中里恒子は、30歳のとき、初めて女性として芥川賞をとった作家です。

そのころの作品は、彼女の親類にいた西洋人の女性と国際結婚をした

家族の変転、もっと平たく言えば、試練と克服の物語が多かった。

母親は、日米開戦に先立つこと7年にして母国フランスに帰され、

その娘は戦争直前に二十歳で急死、など幸せな終わりを見せてはいないようです。

中里恒子も、47歳で離婚。

そして中里恒子の一人娘は、ボストンに留学した後、アメリカ人と結婚し、

3人の男子の母となります。

戦前の親類の経験とまったく反対の立場での国際結婚の環境に身をおくことに

なるわけです。

そして、中里恒子が69歳のとき、娘は日本には戻らない、と最後の決心を母親に

伝えます。今後のひとり暮らしを決意しなければならなくなります。

上記のような国際的家庭環境が、逆の力になったのか、中里恒子は、

日本古来の美に深く親しんでいきます。

古典を理解し、骨董を味わい、着物を楽しむ・・・


「時雨の記」は、1977年、68歳のときの作品でベストセラーになりました。

僕が読んだのは、それから10数年後、僕の離婚したあとだったと、思います。

物語は、60間近かの男と、40代の未亡人の、恋愛小説です。

書評に、これは一種の私小説だ、作者の秘められた実の恋愛が語られている、

という声もあって、人気を呼んだのかもしりません。

老いらくの恋、というのは、時に評判をとります。

僕も、一度読んだとき、これは名作だなぁ、絶対に読み返そう、

とつよく思ったものでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いくばくもない一生なんだ、かげろうのようなものなのさ、

出会えたということは、しあわせなんだよ、

わかっているのかい、

多江は、うなずきました。

「・・・終わりの花、残りの花かしら、」

「そんなことはない、僕にとって、初花だ、

五十をすぎても恋は出来る、出来た、

晩年のしあわせが、本当のしあわせだよ、

若い時のはかない盛りとは違うよ、

しずかに思える、」        (文庫本 107ページ)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




さて、それを今度読んでみて、そんなに感動しない自分がいました。

主人公の男性の年齢を超えてしまう、実際の僕なのですが、

ストーリーや登場人物の言葉に、それほどの感銘を受けないのでした。

これは、何故なんだろう・・・。


「いまなぜ青山二郎なのか」を読んで、骨董の鑑識の天才児、青山二郎の

生き様を知ったあとなので、

この小説の登場人物やその背景の中で、重要な役割を演ずる、

骨董や書画のえんえんたる叙述が、鼻についてしまったのか。。。


現実の僕にとっての、こころの問題や、実際の生き方について、

なんらモデルにならないことを感じた、からか。


そういえば、この小説、渡哲也と吉永小百合のコンビで、

映画化されており、そのビデオを買ってもっているのですが、

昨年、観ようとして、前半の20分ばかりで、中断していたことを

思い出しました。

あの時は、なんだか小説の雰囲気が出ていないから、よそう、

と思ったのですが。。。


なんだかわからないままに、

不思議だなぁ、面白いなぁ、

と思っている今、

です。



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